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夢のバースデー

泣き声に近づいていく。

赤子の入った箱を開けて、銃を構えた。


ああ!あああ!!


うるさい。


あああ!!ああ!あ!


うるさい。


あああああ!!


うるさいんだ。


殺すには、十分な理由だ。


「ごめんね…。」


銃声が、泣き声を切り裂いた。

放たれた弾丸が貫いたのは、赤子ではなくクマのぬいぐるみだった。

銃口が私の思っている方向に向いていない。


「クロ!」


「ノアちゃん…ほら、赤ん坊は泣きやんだよ。もう銃を降ろすんだ。」

クロの手は私の腕を掴んでいた。

私は何をしようとしたんだろう。

空撃ちするだけでもこの子は泣き止んだのに、なんで真っ先に殺すことしか頭になかったんだろう。

涙が溢れてきた。


「君はきっと、ずっと限界なんだろう。こんな世界でエネミーと戦い続けてきたんだ。感覚が他の人間とズレていたって何もおかしくは無い。」

クロは俯く私の背中をさすった。


「夢なんて…見れなければ…!!」


しゃがみこむしかなかった。

両手で顔を覆っても、指の隙間から落ちていく涙。


「帰れるさ。また元の世界に…。」


「戻っても何も変わらないの!!」


変わらない。

そう、変わらない。

また寝室に閉じ込められるだけ。

睡眠薬を飲まされるだけ。

窓から見える外の景色を、羨ましく思うだけ。

夢を、見るだけ。


あーあー


ふと、小さくて冷たい手が私の頭に触れた。


あーぅ


顔を上げた。

赤ん坊の瞳に、ぐしゃぐしゃになった私の顔が映った。

きっと酷い顔だ。

それでも私に笑いかけた赤ん坊の笑顔が、この世のものとは思えないほど美しかった。


「あぁ…ごめんね。ごめんね。ごめんね…。」

この子は、エネミーだった。

そして私が、今まで夢の中で殺してきた人たちも皆、エネミーだった。

今日までの自分がどれほど残酷で、残忍で、愚かだったことか。


***

きっと誰かが、この世界を望んだんだ。その想いが夢となって現れる、変な話じゃないさ。

***


「ごめんなさい…!」

"この子たち"の全てを分かったわけじゃない。

でももう敵じゃない。

『想い』を持つ、同じ人間じゃないか。

きっと、そうだ。

取り返しのつかないことをした気がしてならないんだ。

そう思わないと壊れてしまった自分を憎めないんだ。

私なんか、罪だらけなんだ。


「ノアちゃん。もう大丈夫さ、疲れたんだろう。ここで休もうじゃないか?」

「うん…うん。」

それからしばらく、名も無き赤ん坊と3人で休憩することにした。


「どうやら君はひとつの夢につき一人の人間に襲われていたようだね?」

「そう。みんなに心配させたくなかったから、メディアには公開してなかったんだ。私を襲ってくる人間のことを、エネミーって呼んでたけど、その呼び方はもうやめることにしたよ。ね?」

私は赤ん坊に微笑みかける。


あぅ


赤ん坊は両手を上げて喜んでいる。

純粋に可愛い。


「うーん…何故容赦なく君を襲うんだろうねぇ。御本人様に聞いてみたいけど、生憎僕らに通じる言葉を発せないのがね…。」


ぅう…


なんだか悲しそうだ。

どうやらこちらの会話は理解しているらしい。


「ご、ごめんよ。悲しませるつもりはなかったんだ。僕は君の笑顔が見たいな!」

赤ん坊の表情がぱぁっと明るくなった。

本当に可愛い。


「なんかこう…苦しめたくなる可愛さだね。」

「それはキュートアグレッションだね。」

すると突然、赤ん坊がまだ開けていないプレゼントの箱を引き寄せ始めた。


「おっと、これが欲しいのかい?僕が開けてあげるよ。」

赤ん坊はお辞儀をするように自分の頭を下げた。

開けた箱の中に入っていたのは、小さな本だ。


『おやすみロジャー』


2匹の親子ウサギが表紙に描かれた、絵本だった。

ページを見開いてみれば、読みやすいひらがなで綴られた文章が出てくる。

すると赤ん坊は必死に自分の小さな手を伸ばしてひとつひとつのひらがなを指さしていった。

私たちもゆっくりと、その言葉を読み上げていく。


『し ら な い ひ と が き た』

『こ わ く な る』


一瞬その意味が分からなかったけど、すぐに理解した。

「私が急にこの部屋に現れて、怖くなって泣いちゃったんだね?」

赤ん坊はうんうんと頷く。

「なるほど。みんな自分の世界に知らない人、つまりノアちゃんが入ってきて、怖くなったから襲っているということかい?」

赤ん坊はまたうんうんと頷いた。


意思疎通ができた。

こんなの初めてだ。

なんだか急に嬉しくなってしまって、もっとこの赤ん坊の話を聞きたいと思った。

「このお部屋たちは、君のものなの?』


『う ん』


クロもすかさず口を挟む。

「こ、コアとはなんなのか、分かるかい?」


『だ い じ な も の』


「えーっと…それはそうなんだけど…。」


『お ぼ え て る こ と』


覚えていること。

頭の中で反芻してみた時、すごく重要な発言をしていることに気付いた。


「コアってつまり…『記憶』ってことかな?」

赤ん坊は笑顔で頷いた。

「なるほど…コアは夢の持ち主の記憶である…と。」

クロは忘れずに資料へメモしている。


私は赤ん坊の純粋な瞳を見ていて、大きな喪失感に襲われた。


「ねぇ、前に私はここへ来たんだよ。その時は、君と出会わなかったよね。」


赤ん坊とクロは私を見つめた。


「そうだよ。誰もいないこのたくさんの部屋の中で、コアを見つけて…それを当たり前のように持ち帰ったんだ。」

クロは、私の言いたいことを分かってくれたみたいだ。


「私は…君の…いや、たくさんの人の記憶を盗んで…。」

「ノアちゃんは何も知らなかったんだ。それ以上自分を責めても、過去が変わりはしない。」

罪悪感で狂いそうになる思考を必死に抑えた。


「謝りたいんだ。こんなことで私の大罪が償えないことは分かってる。でも、謝らせてほしい。」

私はその場で正座になり、床に頭をすりつける。

しばらく、自分の中で醜い自分の愚かさを思い返した。


「ノアちゃん。この子が何か言いたいみたいだよ。顔を上げて。」


私は拭いきれない気持ちを押し殺して、赤ん坊が指をさす絵本の文字に目をやった。


『き て く れ て あ り が と う』


もう抑えられなかった。

さっき十分に流したはずの涙が大きな雫となって目から零れ落ちていく。

それでも懸命に私に言葉を贈ろうとする赤ん坊の指を、ずっと追いかけた。


『ぼ く の ゆ め を か な え て く れ る ?』


「うん…もちろんだよ。」


『お た ん じ ょ お び ぱ ー て ー し て』


お誕生日パーティー。

きっとそれが君の『夢』だったんだね。


「いくらでもやってあげるよ。飽きちゃうくらいに、祝ってあげるよ!」

「素晴らしいことに、ここにはいっぱい風船があるみたいだからね?」

赤ん坊は、今まで見せてくれた笑顔の中で一番素敵な表情を私たちに届けた。

私の罪は、一人の人間に許されて終わるようなものではないけれど。

今はただ、目の前の『夢』を叶えてあげることが使命なんだ。


「ここじゃ狭いね。まずは移動してから、特大のパーティー会場を飾りあげよう!」


あぁぅ!


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