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一夜の過ち

薄暗いホテルの一室で、葵は目を覚ました。

見慣れない天井を数秒だけ見つめ、重い肺から熱を逃がすように息を吐く。


昨夜の断片が、澱のように沈殿していた。

酒、騒がしいバー、隣にいた女。そのままの熱で、ホテルへ。

そこまで思い出し、葵は短く舌打ちした。


「……最悪」


身を起こし、隣に横たわる肢体には目もくれずベッドを降りる。

床に散らばったシャツを拾い、無造作に袖を通した。

背後から届く女の寝息を置き去りにして、財布とスマホを掴む。


午前六時。通知はない。

発光する画面を一瞥し、ポケットにねじ込んでドアを開けた。

ホテル特有の乾いた空気に満ちた廊下を通り、エレベーターの前で足を止める。

鏡面仕上げの壁にもたれ、目を閉じる。


脳裏に蘇るのは、あのカフェの光景だ。

窓際の席。メニューを決められずに迷うユキ。林檎のように赤くなった頬。

そして――。


(……ナカジマ)


あの店員。黒髪で、どこか眠たげな目の男。

あいつの連絡先なら、あの場で半分強引に交換させていたはずだ。

だが、葵の眉が不快そうに寄る。


昨日、ユキは言っていた。


『連絡先渡されたら、やっぱ気になるってことかな』


あの言い方。あの熱を帯びた瞳。

あれは、ナカジマのことじゃない。あいつの連絡先なら、とっくに持っている。


(……もう一人、いるのか)


到着を告げる電子音が響き、エレベーターの扉が開く。

下降を始めた密室の中で、思考が加速する。

カフェ店員のナカジマ。それとは別に、ユキが意識し、連絡先を交換した「男」。


葵の唇から、自嘲気味な笑いが漏れた。

胸の奥に、砂を噛んだようなざらついた感触が居座っている。

当のユキは、きっと何も気づいていない。

自分がどれほど無自覚に男を惹きつけているか。

その男たちがどんな想いをしてるかも、今の彼女には考える余地すらないだろう。


『葵もさ、ちゃんとお付き合いしなよ?』


無邪気に笑うユキの顔が浮かぶ。

その純粋さが、今はひどく、刺さる。


「……ほんと、残酷すぎ」


一階に到着し、朝の光がロビーに流れ込んできた。

葵はポケットに手を突っ込んだまま、眩しさに目を細めて歩き出す。

頭の中を支配しているのは、ただ一点。


(……どこのどいつだよ)


ユキの中に、静かに楔を打ち込んだ「見知らぬ男」の存在だった。

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