第2話:遠征用の食料が腐ってる? 「浸透圧」と「燻煙」で、噛むほど旨い『魔薬ジャーキー』を錬成せよ
魔王城の厨房に、「無菌室化計画」が発令されてから数日。
私――味野リカは、今日も頭を抱えていた。
「……ない。どこにもないわ」
私は厨房の裏手にある食材置き場を漁っていた。
探しているのは、私の最大の武器である「白い粉(グルタミン酸)」の原料となる、**昆布**だ。
転生時に持っていた小瓶の中身は、もう残り少ない。
私は魔法が使えない。つまり、素材から科学的に抽出するしかないのだ。
「海藻がないなら、トマトか、チーズか、キノコ……。グルタミン酸を多く含む食材を見つけないと、私の『味の革命』が詰んでしまう……」
◇
その時、厨房に血相を変えたヴォルク(兵站局長・狼男)が駆け込んできた。
「リカ! 大変だ! 緊急案件だ!」
「何よ、騒々しい。今、菌床の温度管理で忙しいの」
「それどころではない! 明日から『北方遠征』が始まるのだが、携行食料が全滅した!」
ヴォルクがドサッとテーブルに置いたのは、ドス黒く変色し、異臭を放つ巨大な肉の塊だった。
「倉庫の冷却魔法陣が故障して、備蓄していた『オークのモモ肉』が腐りかけている! これを持たせたら、兵士たちが戦う前に食中毒で全滅する!」
私は肉をツンツンと指で突いた。
ヌルッとした感触。腐敗臭。
「……完全にアウトね。タンパク質の分解が進んで、アンモニア臭が出てる」
「どうすればいい!? 代わりの食料を調達する時間はない! 魔法で浄化してくれ!」
「無理よ。私は魔力ゼロのただの人間だもの」
私は冷たく言い放った。
ヴォルクが絶望で耳を垂れる。
「終わった……。兵站局長の責任問題だ……切腹か……」
「……でも」
私は肉の断面を凝視した。
「腐っているのは表面だけ。中心部はまだ生きている(食べられる)わ。それに、この少し熟成が進んだ状態……『旨味』が増している可能性もある」
私は白衣を翻した。
「ヴォルク、今すぐ『岩塩』と『香辛料』、それと大量の『乾燥した木材(桜の木に似たやつ)』を用意して。科学の力で、この腐りかけの肉を**『極上の保存食』**に変えてみせるわ」
◇
調理開始。
今回のテーマは**「保存性」と「携帯性」、そして「中毒性」**だ。
まず、肉の表面の腐敗部分をナイフで削ぎ落とす。
残った赤身肉を、薄くスライスする。
「いい? 腐敗の原因は『水分』よ。微生物が繁殖する水を抜けば、腐らない。これぞ**『浸透圧』**の原理!」
私はスライスした肉に、大量の岩塩と香辛料を擦り込んだ。
塩分濃度の差により、肉の細胞から水分が外へと絞り出されていく。
さらに、ここで秘密兵器を投入する。
「そして、旨味の添加!」
私は残り少ない**「白い粉(グルタミン酸)」**を、岩塩に混ぜて肉に揉み込んだ。
肉自体のイノシン酸と、白い粉のグルタミン酸。
水分が抜けて味が凝縮される過程で、これらが化学反応を起こし、爆発的な旨味結晶となる。
「仕上げは**『燻煙』**!」
魔法の火は使えない。
私はドラム缶のような窯を作り、下でチップを燃やして煙を発生させた。
煙に含まれるフェノール類が殺菌効果を発揮し、肉をコーティングする。
モクモクと立ち上る煙。
厨房が火事のようになるが、ゴブリンたちは「リカ様がまた儀式を始めた……」とガスマスクをつけて作業を手伝ってくれている。教育の成果だ。
数時間後。
水分が抜け、飴色に輝く、硬く引き締まった肉片が完成した。
「完成よ。『熟成オーク・ジャーキー ~悪魔のスパイス風味~』」
◇
「……これが、あの腐りかけの肉か?」
ヴォルクは、干からびた木片のような肉を摘み上げた。
「小さくなったな。水分が抜けて軽いが……硬そうだ」
「保存食だもの。よく噛んで食べて」
ヴォルクは半信半疑でジャーキーを口に入れ、ガリッと噛んだ。
硬い。
しかし、噛みしめた瞬間。
ジュワッ……!!
乾燥していたはずの繊維の奥から、凝縮された肉の旨味と、脂の甘み、そして燻製の香ばしい香りが、爆弾のように口の中で炸裂した。
さらに、白い粉(グルタミン酸)が唾液と混ざり合い、脳の報酬系を直接刺激する。
「――ッ!!??」
ヴォルクの全身の毛が逆立った。
「な、なんだこれはぁぁぁ!! 噛めば噛むほど味が湧き出てくる! 止まらない! 飲み込みたくない! ずっと噛んでいたい!!」
ガツガツガツ!
ヴォルクは野獣のような勢いで、次のジャーキーを口に放り込んだ。
「うまい! 塩気がたまらん! 酒だ! 誰かエールを持ってこい!!」
普段は理知的な局長が、ただの酔っ払いオヤジのように叫んでいる。
「成功ね」
私はデータを記録した。
「水分活性値は0.6以下。これなら常温で半年は持つわ」
◇
翌日。
北方遠征部隊の出発式。
兵士たちには、例のジャーキーが配給された。
最初は「なんだこの木切れは?」と不満げだった兵士たちだが、一口食べた瞬間、全員の目の色が変色した。
「うおおお! なんだこの肉は!」
「力がみなぎる! 疲れが吹き飛ぶぞ!」
「もっとくれ! これがないと手が震える!」
ジャーキーに含まれる高濃度の塩分と旨味成分が、行軍中の兵士たちに過剰な興奮状態をもたらしたのだ。
結果、遠征部隊は**「不眠不休で3日間走り続け、敵の城塞を素手で破壊する」**という異常な戦果を挙げた。
後日。
魔王城には、こんな噂が広まっていた。
『第3厨房の人間族は、兵士をバーサーカーに変える「白い粉」を使った禁断の魔薬肉を作っているらしい』




