妻の愛情
冷や汗なのか、俺の額に汗がぶわっとあふれた。手ぬぐいか何かないかと懐を探る。と、何か布に包まれた物が指先に触れた。
「なんだこれ?」
とりだすと小さな巾着袋だった。中を開けてみると小さな馬に乗った仏像のような人形だった。
転生してきた俺を着替えさせた奥さんが俺の懐に入れておいたんだろうか。
「奥方様が仏師に特別に彫らせた愛宕大権現でございます」
そばにいた家臣が教えてくれた。
「お守り的な…? 俺はいつもこれを持って戦に出てたの?」
「ええ、持ってないと奥方様がキレますので。御本所様はいつも肌身離さず」
あの奥さん、信雄のことをいつも心配してたんだな。ちょっとヒステリックな人だけど、健気なとこもあるんだ。
なんか、会いたくなってきた。不思議だな。まだ俺と奥さんは出会って間もないのに。昔から知っているような感じがする。やっぱり信雄の意識とか魂の名残りみたいなのがこの身体にあるからだろうか……。
◇
「いつ、帰れるの?」
目を覚ました茶阿ちゃんが無邪気に尋ねる。
「う、うーん。それはまだわからない。でも俺と茶阿ちゃんのお父さんは勝つからね」
確証できないことを俺は口にする。この幼い人質は自分が置かれている状況をどこまで理解しているのだろうか。戦国武将の娘に生まれた宿命とはいえ、こんな小さい子が……。
「御本所様、あまり人質と親しくするのはおやめになった方が……」
「何故だ?」
「もし、蒲生が裏切るような事があれば、この子は処刑しなければなりません。親しくしていたら、あまりにも辛い別れになります」
「……」
「明智勢に安土城をとられ、戦局は不利です。蒲生が寝返る可能性も考えておかなければなりません」
なるほど、家臣の言うことはもっともだ。俺が生きていた時代と戦国時代は違う。俺が子どもの頃は学校から帰ったらおやつ食ってゲームばっかしてたわ。でも、茶阿ちゃんは……。
蒲生が裏切らなかったとしても、俺たちが明智勢に負けたら茶阿ちゃんはどうなるんだ……。
そして、松ヶ島にいる奥さんとお腹の子どもは?
お腹の子が女の子なら、命はとられないだろう。でも、男の子だったら……? 織田の血をひく男児を光秀は生かしておくだろうか?
俺は懐にしまったお守り袋をもう一度とりだし、しばし見つめた。
地元ネタ
松阪市愛宕町の龍泉寺。愛宕大権現が御本尊。
戦国時代に信雄夫妻も参詣したのかな、なんて妄想がはかどります。




