アンヴェルドへの報告
ハイセントリム焼失から一夜明け、遠く離れたレスコーネ城にもその報が届けられた。
下士官からまずは内政のトップであるケンプ大臣に凶報が伝えられる。
「ば、バカを言うな! ハイセントリムだぞ!? 帝国力の中でも屈指の都市じゃないか! 何かの間違いに決まっておる!!」
ケンプ大臣はルーファス・レスコーネ王子の庇護を受けて現在の地位に就いた男であり、その本質はルーファスと非常に似ている。
だが、認めたくない事実が次々と報告されていく。
大火災となったハイセントリムの消火活動に近隣の街から多くの兵が動員されたため、いくらケンプが認めたくなくても現実は大きさを増していく。
彼は慌ててリンツ兵長を呼んだ。
「……これは。大変な事になりましたな」
「ど、どうしますかな!? ひとまず現地に偵察隊を送り込んで、様子を探りますか!?」
「なにを悠長な事を……」
リンツは頭を抱えるケンプを見て「そうしたいのは自分だと」顔をしかめる。
ハイセントリムは多くの冒険者を抱える大都市。
帝国軍が駐在していないとは言え、よほどの大戦力でなければ一夜にして崩壊する事は考えにくい。
つまり、魔王軍は本気で帝国領を潰しにかかっているとリンツは察した。
ならば、今はまずレスコーネ地方の防御を固くするべきではないか。
ハイセントリムは帝国領の南東にあり、レスコーネは中央部に位置するため、一概に同じ状況ではないが、昨夜彼の地が落とされて、明日レスコーネが無事である保証などない。
「いくつかの小隊に分かれて、レスコーネの全域の守備態勢を整えよ! 魔法兵団にも出動要請を!!」
リンツの判断は正しい。
だが、いくら中間管理職が有能でも、トップが無能であれば虚しいものである。
「兵長。魔法兵団の主力である部隊は、先日ルーファス様の指示で大部分が投獄されております。セシリア様の……いえ、セシリアの教えを受けていた者たちです」
「……そうだったな。……居ない者を悔やんでも仕方がない!! 動けるものだけで兵団を再編成させろ! それから、誰か王子を叩き起こして来い!!」
有事の際にはいつも惰眠を貪っているルーファス。
だが、平時でもそれは変わらないので、その点の議論に割く時間ほど無駄なものもない。
「お、おい! 報告を聞いたぞ! あれは全部が本当か!?」
今回のルーファスは動きが早かった。
さすがに事の重要性を理解する脳はまだ生きているらしく、寝間着のまま執務室へと駆けこんで来た。
「すべて事実のようです」
「首謀者は捕えたのだろうな!?」
「まさか。1人たりとも捕虜はおりません」
「くっそ! 無能どもが!! そうだ、《ハイセントリムの翼》はどうした!? 帝国領の中でも屈指の強さだったろう!? あいつらはどうした!?」
ケンプが気まずそうに口を開いた。
「戦死したようです。ただ、1名。僧侶のカリーナだけは生き残っており、今は近くの街で保護されているとのことで」
「死んだぁ!? あの役立たずども!! 俺がどれだけ目を掛けていたと思っている!! くそが!!」
リンツ兵長はルーファスに対して、重大な報告を行う。
彼自身もまだにわかには信じられずにいたが、事実は事実として上に報告するのが彼の任務である。
「王子。セシリア・フローレンスを覚えておいでですね?」
「セシリアぁ!? またあのバカ女の話か! 死んだヤツの事などどうでも良い!!」
ルーファスには、以前リンツによって「セシリア生存の可能性」について報告がなされている。
もちろん、リンツもこの王子がそれを覚えているとは期待していない。
「ハイセントリムの生き残りであるカリーナと、消火活動に駆け付けた近隣の兵たちが証言しています。大火災を巻き起こした魔法を使った魔女。その者の顔が、セシリアと瓜二つだったと」
「ばっ……!!」
ルーファスは「バカを言うな!」と口に出しかけたところで、息を飲む。
彼の頭でも分かるほどに、パズルのピースが埋まっていく。
リンツは以前、言っていた。
「王子に強い恨みを持つ者がいる」と。
そして今回の襲撃で、死んだはずのセシリアが目撃された。
セシリアはルーファスがありもしない罪を作り上げて謀殺した、かつての救国の英雄。
さぞや自分を恨んでいるだろうとルーファスも認めざるを得ない。
無能な王子はテーブルを力任せに叩いた。
もちろん、自分の無能さに苛立った訳ではない。
それを棚に上げて、ただただ、自分の思い通りにならない現実に腹を立てる。
「くそったれ!! あのセシリアが生きているだと!? もしそうなら、今すぐ殺せ! もう1度殺せ!! 生き返ってきたら2度殺せ! 3度も4度も、殺せ!! 俺の前に現れる前に、さっさと殺してこい!!」
ルーファスの怒りは収まらず、しばらくの間、執務室の備品に当たり散らかし続けた。
それに満足したのち「あとはお前らがどうにかしろ!」と吐き捨てて、自室へと戻っていく。
恐らく適当な女でも抱くのだろうとリンツは知っていた。
彼は因果応報の意味は知らずとも、快楽で現実逃避する方法はいくつも知っている。
そんな人間が自分の生殺与奪の権利を持っている事が、リンツは情けなくてたまらなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
魔王城の廊下では、ユイナとナギサが言い争いをしていた。
「だからぁー! わたしが魔王様にご報告するってばー!!」
「あたしが行くって言ってんでしょ!? あんたこそ、いい加減にしなさいよ!!」
「それじゃあ、ここは私が! 2人は祝勝会の会場に行っておいてください! 隊長がいないと兵の皆さんも宴が始められずに困っていますよ!」
「「ぐぬぬっ」」
最近、ユイナとナギサの上手い操縦法を身に付けたセシリア。
渋々廊下を戻っていく2人の背中を見届けて、謁見の間に向かった。
「アンヴェルド様。セシリア様が参られました」
「……そうか」
カミラとアンヴェルドが、まずは作戦の成功と無事の帰還を労った。
セシリアも「ありがとうございます」と跪く。
「顔を上げよ、セシリア。転移門の構築、並びに大魔法による人間たちの殲滅。見事であった」
「へっ!? ご、ご覧になっておられたのですか!?」
カミラが「あらあら」と笑いながら2人の間を取り持つ。
「アンヴェルド様の目の届かない場所など、この世に1つとしてありませんよ?」
「あ、あぅ……。これは、大変なお目汚しを……。すみません」
「ほう。あれを目汚しと申すか。ならば、次の作戦は更なる戦果を期待して良いのだな?」
「は、はい! もちろんです! 全力で人間を根絶やしにします!!」
アンヴェルドは短く「良かろう」と答えた。
その後はカミラが受け持ち、つつがなく報告を終えたセシリアは謁見の間を出て、祝勝会の行われている第二食堂へと向かった。
「言っておくけど、うちの部隊の防御力は十架戦で1番なんだよ!」
「それならうちは攻撃力よ! どこの部隊にだって負けないわ!!」
食堂では、隊長たちのやり取りを酒の肴に両部隊の兵士たちが肩を組み、勝利の美酒を味わっていた。
セシリアがやって来た事に気付くと、ユイナとナギサが駆け寄る。
「ただいま戻りました。2人とも、本当に仲が良いですねぇー」
「どこが!? セシリア、戦いで疲れてるんじゃないかな!?」
「そうよ!! しっかりと休息を取りなさいよ!!」
セシリアは「ふふっ」と笑って、リザードマンが持って来てくれたワインを片手にテーブルについた。
当然、ユイナとナギサは両隣をがっちりキープ。
「それにしてもすごかったわね! セシリアの魔法! あたしを驚かせるとか、さすがだわ!」
「いえいえ。ナギサの魔法だってお見事でしたよ。あ、もちろん、ユイナの剣捌きもお見事でした」
セシリアに褒められると、2人の言い争いの種がなくなるらしい。
そこで彼女はさらに一計を案じた。
「ユイナ部隊のおかげで、転移門の維持と魔法に集中する事が出来ました! さすがです!!」
「そ、そうかな? えへへ、ありがとう!」
「ですよね、ナギサ?」
急に同意を求められたナギサは「えっ」と戸惑うも、ぶっきらぼうに答える。
「ま、まあね。壁としては、まあ優秀だったと言えなくもないわよ?」
「そうなんだー? ふーん? 素直に言えば良いのに!」
「でも、ナギサの魔法がなければ勝てませんでしたよ! ね、ユイナ?」
今度はユイナが「うぇっ!?」とバツの悪そうな顔をしながら、そっぽを向いて答えた。
「そ、そうだね。魔法のおかげでちょっとは楽だったかも。なくても平気だけど!」
「あんたこそ、もっと素直に言いなさいよ!!」
「ふふっ。今日もみんなが無事で私は幸せです!」
作戦の最後は笑顔が一番。
セシリアはそう結論付けた。
なお、翌日になって二日酔いのセシリアに苦労するウルミが、実はこの作戦で1番苦労する事になるのだが、それは少し未来の話である。
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外れスキル《目覚まし》~雑魚スキルだと言われて実家から追放されたけど、実は眠っている神々を起こすことができるスキルでした。今更帰ってこいと言われても遅い。これからは目覚めた神々と最強の領地を作ります~
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