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第1話 泥舟の王宮、無知なる断罪

今回は全5話。各話を少し長めにしてみました。

「ユーリ・ランバート。貴様を本日付で宮廷調達官の職から解任し、国外へと追放する。お前のような、ただ帳簿を付けて金を右から左へと流すだけの無能に、これ以上我が国の尊い国税を食いつぶさせるわけにはいかないからな」


ヴェルダン王国の第一王子エリックの、傲慢極まりない声が、豪奢な装飾に彩られた謁見の間に鋭く響き渡った。


天井に吊るされた巨大なクリスタルから放たれる魔導光は、彼の悦びに満ちた下劣な表情を冷酷に照らし出している。

その隣には、胸元を大きく開いた扇情的な薄紅色のドレスに身を包んだ「自称・聖女」のセシリアが寄り添っていた。彼女は、私を憐れむような、それでいて自らの完全なる勝利を確信した、計算高い薄汚い笑みを浮かべている。


周囲の雛壇に並ぶ貴族たちからも、クスクスという品性の欠片もない忍び笑いが漏れていた。

「ようやくあの陰気な平民が消えるか」「裏でどれだけ私腹を肥やしていたことやら」――そんな根も葉もない囁きが風のように流れる。

それは、長年この国を裏から必死に支えてきた者に対する敬意など微塵もない、あまりにも浅薄で無知ゆえの嘲笑だった。


私はただ静かに、深く頭を下げた。

真紅の絨毯の緻密な刺繍を見つめながら、私は心の中で湧き上がる「ようやく、この底なしの呪縛から解き放たれる」という本物の歓喜の震えを、必死に噛み殺していた。

表情をピクリとも動かさず、ただの打ちひしがれた無能な元官僚の仮面を被り続ける。



「……身に余るお言葉です、エリック殿下」


私はあえて声を震わせるようにして、消え入るような声で応じた。


「ですが、最後に一つだけ確認させてください。私がこれまで管理していた魔石の輸入経路や、隣国グラン・ルミナス帝国からの食糧調達網はどうされるおつもりですか? これらは王国の名ではなく、私の個人的な信頼関係と、多年にわたる交渉に基づいて締結された契約も多く含まれております。私が退くとなれば、それらは――」



「ふん、そんなもの、このセシリアが魔法で一瞬にして解決してくれるわ!」


私の言葉を遮り、エリックは鼻で笑って聖女をその逞しい腕で抱き寄せた。


「彼女は天から授かりし『聖なる魔力』の持ち主だ。無から清らかな水を生み出し、さらには光り輝く宝石をも出現させることができる。貴様がこれまで、コソコソと卑しい商人どもに頭を下げて買い叩いていたような安物の魔石や穀物など、もうこの偉大なるヴェルダン王国には不要なのだ!」


聖女セシリアが、猫が喉を鳴らすような甘ったるい声で王子に囁きかける。


「そうですわ、エリック様。ユーリ様がやっておられたことは、結局のところ、平民の商人に国の予算をばら撒いて機嫌を取っていただけ。私のように、神から与えられた聖なる奇跡を国民に見せつければ、愚民どもも魔法の力を信じ、より信心深く、より豊かな国になりますわ。わざわざ他国に金を流す必要などありませんもの」


それを聞き、私は内心で呆れ果てていた。

それは魔法の絶対的な基本原則である『等価交換の法則』を完全に無視した、あまりにもお粗末でお伽話じみた幻想だった。


この世に、対価なしに無から有を生み出す魔法など存在しない。存在するとすれば、それは一時的に視覚を誤魔化すだけの幻影か、あるいは術者の生命力や周囲の環境エネルギーを前借りした、極めて危険な禁忌の術だけだ。


そもそも、このヴェルダン王国には資源がほとんどない。

国中の魔導具や防衛結界を動かすための魔石も、近年急増した人口を養うための穀物も、そのすべてを私が『個人名義の信頼』と、十年にわたる泥臭く地道な他国との交渉によって、相場の半値以下という奇跡的な低価格で融通させてきたのだ。


それを「ただ金を右から左へ流すだけの無駄な経費」と切り捨てる彼らの無知さと傲慢さが、今の私には滑稽を通り越して、哀れですらあった。


だが、私のすぐ後ろに控えていた一人の巨漢が、抑えきれない怒りを孕んだ低く唸るような声を出した。

荷運び役のハンスである。


彼は、騎士団の重い鎧や遠征用の物資を一人で黙々と運ぶ「ただの頑丈な平民」として、他の貴族や騎士たちからは家畜同然に扱われてきた男だった。

だが、彼こそが私の右腕であり、大陸中の険路や魔物の巣窟を潜り抜けて確実に物資を届けてきた、私の敷いた物流網のまぎれもない「心臓」だったのだ。



「……エリック殿下。ユーリ様がどれほどの労力と不眠不休の時間を割いて、この国の胃袋と防衛を支えてきたか、本当にご存知の上での発言ですか? 彼女というくさびがいなければ、この城のきらびやかな晩餐すら、三日と持ちませんよ」


ハンスの巨躯から発せられる静かな威圧感に、謁見の間が一瞬だけ凍りついた。

しかし、エリックはその不穏な空気を察することすらできなかった。


「黙れ、卑しい荷運び風情が! 王族に対して意見するなど、本来ならその場で首を跳ねるところだぞ! 貴様もユーリと共に今すぐ失せろと言いたいところだが……まあいい。貴様はその並外れた怪力だけは使い道がある。残って、聖女様の下で馬車馬のように死ぬまで働くがいい。それが貴様のような無学な人間に残された、唯一の存在価値だろうからな」


ハンスの伏せられた瞳の奥に、静かな、しかし苛烈な炎が宿るのを私は見逃さなかった。

彼の私に対する忠誠心は、いつか古い歴史書で読んだ「主のために国を滅ぼしかけた伝説の従者」にも劣らぬほど、すでに限界を突破していたのだ。


「ハンス、いいのよ。それ以上は」


私は静かに右手を挙げ、ハンスの爆発寸前の怒りを制した。

彼は悔しそうに拳を握り締めながらも、私の指示に従って一歩後ろへと下がった。その従順な態度すら、無知な貴族たちには「怯えた」ように見えたらしく、再び嘲笑の声が大きくなる。


私は懐へと手を伸ばし、あらかじめ用意していた一通の羊皮紙を取り出した。


「エリック殿下、御意のままに。国外追放の処分、謹んでお受けいたします。ですが、解任に際し、手続き上、一点だけお願いがございます。この『調達管理権譲渡および清算合意書』に署名と捺印を。私はしがない平民の身ですので、私が去った後に『仕事に不備があった』などと、後から身に覚えのない責任を追及されては夜も眠れませんので」


「しつこいな! 貴様のような無能の責任など、今更誰も問わん! その薄汚い顔を見ているだけでも不愉快なのだ。ほら、早く寄こせ!」


エリック殿下は、差し出された書類の内容に目を通すことすら面倒くさそうに、乱暴にひったくった。そして机の上に広げると、羽根ペンで殴り書きのような署名をし、王家に伝わる魔力を帯びた印章をドスンと叩きつけた。


「これで満足か!? さっさと私の視界から消え失せろ!」


「はい、確かにいただきました」


私は恭しく書類を回収し、胸元に仕舞った。

エリックは知らない。この書類の裏面には、通常の肉眼では判別できないほど極小の魔法文字で、厳密な「法的・魔法的な罠」が刻まれていることを。


そこには『宮廷調達官の管理権が他者に移動した瞬間、ユーリ・ランバートが締結したすべての外部契約は、管理者不在の異常事態として即座に凍結される』と記されていた。

さらに、『彼女が私物として王宮から持ち出す廃材および物品について、王国側は一切の所有権を主張せず、異議を唱えない』という条項もしっかりと含まれている。


「あと、もう一つだけ。退職金代わりと言っては何ですが、地下の資材置き場の隅に転がっている、古い『刻印石スタンプ』を一つ、私物として持ち出す許可をいただけますでしょうか? 長年使い古された、ただの石ころですが、私にとっては思い出の品ですので」


「そんなゴミ、好きにするがいい! 薪にでも何にでもして燃やしてしまえ! 衛兵、この無能どもを早く門の外へ叩き出せ!」


エリックは苛立たしげに手を振った。

彼をはじめ、この場にいる誰一人として知る由もなかった。その古ぼけた刻印石こそが、大陸中の大商会の会長たちが『伝説の調達官ユーリ』への絶対的な信頼の証として認める、魔法的なサインの原本であることを。

あの石が押された書類一枚で、数百万ゴールド規模の物資がノーチェックで動く、いわば「大陸最高峰の信用状」そのものだったのだ。


「……温かいお言葉、深く感謝いたします、エリック殿下」


私は最後に、これまでで最も深く、そして最も優雅な一礼を捧げた。


「それでは殿下、失礼させていただきます。沈みゆく泥舟の王宮で、精々、聖女様の素晴らしい魔法の宝石(見せかけだけのゴミ)でお腹を満たしてくださいませ」


「……何だと?」


エリックが私の言葉の棘に気づき、眉をひそめた時には、私はすでにハンスを伴い、きびすを返していた。

一度も振り返ることもなく、私たちは堂々とした足取りで謁見の間を後にした。


* * *


重厚な大理石の廊下を歩き、冷たい鉄製の城門を抜ける。

見上げた空は、驚くほどどこまでも高く、青く澄み渡っていた。濁りきった王宮の空気とは違い、胸いっぱいに吸い込んだ外の空気は、信じられないほど美味しかった。


「後悔したって、もう遅い」


私はポツリと、その言葉を呟いた。

それは私を裏切った愚かな上層部へ向けた言葉であり、同時に、これから確実に訪れるであろう、ヴェルダン王国の無惨な断末魔に捧げる鎮魂歌でもあった。


「ユーリ様、お荷物はすべて私のマジックバッグの中に。次の目的地への準備は万端です」


ハンスが、その厳つい顔に似合わない晴れやかな笑みを浮かべて言った。


「ありがとう、ハンス。私たちの新しい人生の始まりよ」


一週間後、この国からすべての「当たり前」の日常が消え失せ、地獄が幕を開けるとも知らずに、王城では聖女セシリアの新たなる宮廷調達官への就任を祝う、豪華絢爛なパーティーの準備が着々と進められていた。



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