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朝霧家のわがままな義妹  作者: 雪嶺さとり


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第三十六話 終幕、ある喫茶店にて(1)

『佐条ホテル開業待たずして炎上。生還者たちは神に導かれたと語る。集団幻覚、怪奇事件か』



 小新聞の一面を飾る仰々しい文字を読み上げ、九朗は声を上げて笑いだした。



「ほんとに神になっちゃったね」

「なっちゃったね、じゃないわよ」



 千里ははぁっと大きくため息をつく。


 

 前にデートで訪れた喫茶店『ラヰアー』にて、二人は久方ぶりに落ち着いた時間を過ごしていた。





 ――――――あれから、一通り九朗の血を吸い落ち着いたところで、ホテルから皆を避難させなければならないという大仕事が二人には発生していた。


 早瀬亨の死体を見られてしまえば大騒ぎになってしまう上に、警官の到着を待っていては、九朗たちは殺人罪で逮捕されてしまう。


 実際には人ではない怪異で、あれでしっかり死んだのかも分からない状態だったのだが、とにかく、この惨劇を片付けなければならなかった。


 飛び散った血を拭い、死体をテーブルクロスで一旦は隠したところで酷い臭いはかき消せない。



 しかし間の悪いことに魔術の効果が切れ、眠っていたはずの人々が目を覚ましてしまった。


 

 動揺した彼らのうちの誰かがテーブルの燭台を薙ぎ倒し、それに火がついてあっという間に燃え広がり、それどころではなくなったのだ。


 建物は木造で、真新しいとはいえすぐにでも火が回ってしまう。


 

 そこで九朗が、どうにかして全員を避難させようとあることを思いついたのだ。


 

「天から降臨した白き聖女ってなんなのよ……こんなの恥ずかしすぎるわ……」



 亨に吸血鬼化をされたことで千里の容姿は変貌し、髪が真っ白になっていた。


 まるで、あの肖像画に描かれていたエウリュディケのように、白く長い髪を靡かせ、人間離れした姿になってしまったのだ。



 その容姿を利用し、千里に『私は天から皆を救いに降臨した聖女である』と宣言させ注目を集め、避難誘導を行ったのだ。



 流石に無茶がある、と止めたものの、全員があまりに動転しすぎていて、かえって冷静な千里についていこうと大人しく従ってくれたのだ。


 というよりも、元々社会的地位や良識のある大人たちが集まっていたおかげか、意識を失ったままの人は手分けして担いで運び出してくれたおかげで死傷者はゼロ人。


 こればかりは亨によって変貌させられた外見が助けになってくれたと言えるだろう。


 千里や九朗からしたらドタバタのとんでもない脱出劇だったが、助け出された人々は魔術の影響か記憶があやふやになってあるようで、口々に『白髪の聖女に助けられた』などと語るのだ。


 皆が同様のことを口にするが、千里たちは騒動に紛れてさっさと逃げ出したのでもちろん白髪の聖女の行方を知る者は誰もおらず、集団幻覚という扱いになっている。


 その上、不思議なことに誰一人として神秘学術協会のことを覚えていなかったのだ。


 あの晩餐会は開業祝いのために開かれたものだったとされていて、早瀬亨という名前も、元々存在しなかったかのように誰一人として知らなかった。


 千里や九朗は覚えているが、喜久子や尚政はすっかりそんな人物のことなど知らないとばかりに忘れてしまっている。


 長年開業しなかった怪しいホテルが炎上し、集団幻覚まで……それはもう様々な新聞社が飛びついて面白おかしく記事にしたが、神秘学術協会などという単語すら書かれていなかった。


 結局、ホテルは全焼し証拠はひとつとして残らず、さらに早瀬亨の遺体も見つからなかった。


 灰となったか、それともどこかで逃げ延びているのか。


 千里には分からないが、とにかく、かなり予想外の形ではあったものの全て解決した次第である。



「髪色、ちゃんと戻って良かったね」

「ほんとよ。あのままだったら女学校の先生に怒られちゃうところだったわ!」



 髪色は一時的なものだったのか、一日経つ頃にはすぐに元に戻っていた。


 喜久子と尚政は他の被害者同様に病院に搬送されており、次の日に退院して来た時にはすっかり元通りである。


 幸い尚政は白き聖女とやらが千里であると気づかなかったようだが、喜久子はなんだか千里によく似ていたなどと言い出したので、こっそり冷や汗をかかされた。

 


「気にするのそこ? でも、僕は似合ってて可愛かったと思うけど。『白薔薇の君』なんて書かれてるけど、僕からしたら可愛い鈴蘭だね」

「誰が鈴蘭ですって。もう、九朗さんまでやめてよ」



 ふん、とそっぽを向いたところで頼んでいたクリームソーダと珈琲が運ばれてくる。


 もちろん、九朗が珈琲で千里がクリームソーダだ。


 目の覚めるようなカラフルな緑の炭酸が弾けて、グラスの上部には丸いアイスクリームが乗せられた、見た目も鮮やかで楽しい一品だ。


 アイスクリームの上にはちょこんとシロップ漬けのさくらんぼが乗っていて、可愛らしいアクセントを与えてくれる。


 目を輝かせてクリームソーダを堪能する千里を、九朗はそれはそれは愛おしそうに見つめていた。

 


「美味しい?」

「とっても!」

「それは良かった。前は落ち着いてデートなんて出来なかったからね。今日は二人でゆっくりしようと思って」

「そうね。今日は姉さんたちも二人で出かけてるみたいだし」

 


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