表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
朝霧家のわがままな義妹  作者: 雪嶺さとり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
35/37

第三十五話 わがままな妹

「さっきから聞いてれば勝手なことばかり! 私はエウリュディケなんかにならない! 私は、朝霧千里よ!」

 


 千里の叫びに、亨はやかましいとばかりに眉をひそめる。



「君の意思は関係ない。その体は僕のものだ」

「いいえ、私のものよ! 前世とか魔術とか、そんなの私に関係ないわ! 私は九朗さんと幸せになるって決めたんだから、邪魔しないで!」



 未来予知で見た千里は、どの時間でもどこか無力で無気力で、諦めたような目をしていた。


 亨が知っている千里は、根がそういう人間なのだろう。


 だが、今の千里はそうでは無い。


 九朗と出会い、自らの意思で幸せを掴むという願いを抱いている。

 このまま亨に好き勝手にさせているのを、ただ傍観するような無力な娘ではない。



「やはり、今回の君は変わったね。驚いたよ」

「そうよ。私は変わったの。あんたなんかに好きにされるような安い女じゃなくってよ」



 驚いた、と言いながらもその声に感情はこもっていなかった。



「じゃあ今回は、少し趣向を変えてみよう。君と私で取引をするんだ。君が勝てば、解放してあげる。金輪際、君にも朝霧家にも関わらないと約束しよう」

「取引……」



 思わぬ誘いだった。もしそれに応じることができたら、千里の抱えている問題は全て解決することになる。


 

「ダメだ千里さん。この男がそんなことをするはずない。信じてはいけない」



 九朗に止められ、ハッと冷静になった。


 魅力的な誘いだが、裏があるに決まっている。


 これほどまでに執着していた亨が、あっさり解放してくれるとは到底思えない。


 千里に不利な、不公平な取引を持ちかけてくるのは考えるまでもなかった。

 


「私を殺す魔術も持ち得ないくせに、騎士気取りか? 時間を戻しすぎて、全盛期より圧倒的に魔力は減っているだろう。無理をするのはやめておけ」



 小馬鹿にしたように笑いながら、亨は九朗に手をかざす。

 途端、九朗は胸を押えて呻きながら膝をついた。



「僕はまだ……っ、ぐっ!」

「九朗さん!」



 何をされたのか外見からでは分からないが、九朗は荒い息をして苦しんでいる。


 尋常ではない苦しみように、千里は彼を支えようとするも立つこともできないようだった。

 


「ほら、ちょっと弄っただけですぐこれだ。君はこの女を守るために命を削りすぎた。前世の報いだろう」



 九朗がそこまで無理をしていたなんて知りもしなかった。

 このままでは九朗は死んでしまうのではないか。


 恐ろしい考えが頭をよぎり、千里は思わず亨の方を振り向いてしまう。

 


「……いいわよ、あなたと取引してあげる。私はどうすればいいの」

「千里さん、ダメだ……!」

「今から一時的に君の体を作り替える。吸血衝動が収まるまで、彼の血を吸わずに耐えられたら認めてあげよう。耐えられなければ君の体は僕のものだ。大人しく死んでもらうよ」



 以前未来予知で見た有紗のように、人ではない体にされてしまうということだ。


 あの時有紗は変わっていく自分に怯えて錯乱していたが、一時的なものだと分かっているのなら、なんてことはない。

 少しの間耐えれば良いだけだ。



「……分かった。やってやるわよ」



 千里は覚悟を決めて頷いた。



「君がこの取引に応じたのは今回が初めてだ。今回で最後になることを願っておくよ」



 亨の方へ歩いていく千里を、九朗が裾に手をかけて止める。

 亨には聞こえないほどの小さな声で何かを呟いた。

 それを聞いた千里はにっこりと笑顔を見せる。



「大丈夫」



 それから、ぎゅっと優しく九朗を抱きしめた。


 別れを惜しむように見つめあってから、千里は手を離し、亨の元へ歩いていく。



「死ぬのは私じゃない。あなたよ」



 キッと睨みつけてやるが、千里の足はひとりでに亨の元へ進んでいく。


 まるで、糸で操られたかのように無理やり亨の胸元へ引き寄せられてしまった。



「そういう態度は男を煽るだけだ。屈服させて、泣かせてやりたくなる」

「ひっ!」



 襟元を強引に開かれ、首筋に亨が顔を埋める。

 ぷつり、と鋭い針のような牙が突き立てられ、千里の柔い皮膚を破った。



「うぁっ……! っ、やぁっ……!」



 悲鳴を上げて逃れようと暴れるが、次第に手足に力が入らなくなり、くたりと亨に体を預けてしまう。


 嫌悪感よりももっと強い、痛みと刺激が千里の脳を焼き尽くす。


 心臓の鼓動がどくどくと早まって、視界が歪んでいく。

 これほどまでに苦しいとは思わなかった。


 ようやく亨の口が離れるも、千里は動けず、声にならないか細い音を上げるばかり。


 苦しむ千里を、亨は嗜虐心に満ち溢れた表情で見下ろし、喜びをあらわにしている。



「千里さん……!」



 九朗の呼び掛けに千里は答えない。

 虚ろな目で宙をぼうっと見つめている。



「そろそろかな。乾きを感じて、今すぐ血が欲しいと、心が訴えかけてくるだろう」

「……っあ」

「ほら、そこに獲物がいるだろう。昔、私が教えてあげた通りにやってごらん」



 亨が千里を九朗の方へ誘導する。

 教えた、というのはエウリュディケのことだろう。

 もはや亨は、既に千里を手に入れたような気になっていた。



「千里さん。僕の目を見て」



 九朗が千里に訴えかける。

 千里はそれに反応せず、倒れ込むように九朗に近づいた。



「あぁ……こんな光景が見られるなんて思わなかったよ。素晴らしい……」



 愛する男を自らの手で殺めてしまえば、例え吸血衝動が収まっても、千里は正気でいられない。


 これまでの退屈そうな顔を欠片も残さず、亨は今か今かと千里が九朗を殺める瞬間を待っている。



「……っ」

 


 千里が九朗の首筋に頬を擦り寄せた。

 次の瞬間、鮮血が散る。



「――――――――あ?」



 散ったのは、亨の首元からだった。


 赤い鮮血が吹き出し、辺りを染めていく。


 生臭い鉄のようなきつい匂いが辺りに充満し、びちゃびちゃと液体が飛び散っていく。


 すぱん、と亨の頭が鋭い刃物出来られたかのように離れた。


 ごとりと音を立てて、亨の胴と頭が分裂したまま床に落ちる。



「お前の負けだ。僕のことを侮りすぎたな」



 九朗は千里を抱きとめながら、亨の頭にそう言った。

 九朗は苦しんでいる振りをしながら、その傍らでずっと前から魔術を展開させていた。


 亨に気づかれないように、綿密に、繊細に、確実に命を奪えるようなものを。


 九朗にそれほどの力が残っていないと亨が言ったのは、そのためだ。

 大掛かりな魔術を気づかれないように時間をかけて展開していれば、他の魔術を同時に使って対抗することはできない。


 亨の元へ千里が行く前に、九朗はそのことを千里に教えていた。


 だからこそ千里は亨との取引に頷けたのだ。

 最初から、亨が真っ当な取引なんてするはずがないとわかっていたからこそ、こちらも取引なんてするつもりはなかった。


 ただ、九朗が亨を仕留めるまでに注意をひきつけ、時間を稼ぐ、そのためだけだ。


 二人の目論み通り、亨は千里に夢中になり足元をすくわれた。

 


「……また、最後はその男を選ぶのか」



 まだ息があるのか、亨は千里に問いかける。

 また、ということはエウリュディケも何かしらの理由で、最後は魔術師の伯爵を選んだのだろう。


 だが、そんなこと、千里には関係のないはなしだ。


 

「言ったでしょう。私はもう……無力で何も出来ない妹じゃない。わがままで意地悪で……、自分勝手で、誰よりも傲慢な、朝霧千里よ」



 荒い息をしながら、千里は勝ち誇ったように笑ってみせる。

 亨は目を閉じて、それきり動かなくなった。



「終わった、の……?」

「まだだ」



 付近のテーブルからカトラリーのナイフを手に取ると、九朗はそれを勢いよく亨の胸元に突き刺した。

 びくり、と亨の体が反動で跳ね返るもそれ以上動くことはなかった。



「本当は杭を打ち付けるのが一般的な作法だけど、今は仕方ない。それより千里さん、体は大丈夫?」

「た、たぶん……」



 亨は既に動かなくなり、神秘学術協会の会員たちも倒れ込んで目を覚まさない。

 今なら、誰にも見られないだろう。

 


「僕の血を吸って。死ぬようなことにはならないはずだ」

「だめ、そんなの……」

「その状態で外には出ていけないだろう。千里さんになら、僕は何をされても嬉しいよ」

「こんな時に冗談言わないで!」

「冗談なんかじゃないさ。僕は君の為なら死ねるって、本気で思ってる」

「九朗さん……!」



 九朗はシャツの襟元を開けると、おいで、と千里を抱き込む。


 千里は少し迷ってから、小さく口を開けて牙を突き立てた。


 拙い動きで血を吸い出せば、口内に熱い液体が流れ込んでくる。


 正気ならこんなものを血液を口に含むなど考えられないのに、今の千里には、乾きを癒す水のように美味しく感じられた。



「ふふっ、くすぐったいな」



 九朗は痛みを感じるどころか、笑っているぐらいだった。


 子猫に甘噛みされた程度にしか思っていないかのような様子に、千里は安心し、もう少しだけ血を吸い出す。



(九朗さん……大好き……)



 頭の中がふわふわして、思考がまとまらない。

 今はただ、九朗への愛しさだけに溺れていたかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ