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朝霧家のわがままな義妹  作者: 雪嶺さとり


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第二十九話 潜入開始

 あっという間に晩餐会当日となり、千里はいつもより気合を入れて着飾っていた。


 華やかな銘仙は薔薇があしらわれたモダンな柄で、千里もなかなかのお気に入りである一着だ。

 唇にも薄く紅を塗り、髪型も丁寧に整える。


 以前の紺のワンピースのような洋装と違い、少しだけ大人っぽく見えるように思えて、千里としては悪くない出来だと、鏡の前で何度も見つめ直す。

 どうせなら神秘学術協会のためではなく、九朗とのお出かけの為にお洒落をしたかったものだと思ってしまう。

 


(そういえば、未来予知の中で一度も九朗さんは出てこなかったわね……)



 間違いなく千里の人生に絶大な影響を与えたであろう人物なのに、どの未来でも出会わないというのは違和感を覚えざるを得ない。


 あの日偶然出会ったのは、運命的なものなのかもしれない――――なんて考えるのは流石に浮かれすぎだろう。


 ふと思いついた小っ恥ずかしい考えは、千里はすぐさまかき消した。


 今日の晩餐会は、やはり千里の予想通り神秘学術協会の本拠地となる建物内で行われるという。


 晩餐会が始まるよりも早くに向かい、尚政がほかの協会員と談笑するかたわら喜久子は準備を手伝い、千里もそれについていくという予定になっているらしい。


 当然、千里が大人しくしているはずがない。

 晩餐会までの時間で神秘学術協会の建物内を探索し、協会を破壊するための手がかりを手に入れてみせるのだ。



「千里、行くわよ。尚政さんをお待たせしてはいけないわ」

「はぁい」



 あくまでお淑やかに、上品に振る舞うことを心がけていれば喜久子や尚政からは気にされることはない。


 突然寝込み出したことで喜久子は動揺していたようだが、尚政は特に気に留める素振りもなく、風邪なら使用人たちにうつさないように、とだけ言われたぐらい。


 唯一気がかりなのが有紗だ。


 怒らせてしまったのを謝りたかったのだが、あれ以来有紗とは顔を合わせていないのだ。

 ずっと寝ていたというのもあるが、起きてからも有紗は母屋に近づかず、食事も一人で部屋で摂っているというのだ。


 女中たちは婚約者を盗られて塞ぎ込んでいるのだと陰で言っていたが、それはありえない。

 有紗なりの考えがあってのことだとは分かっている。


 それよりも、実の娘の様子より神秘学術協会の方が大切な父親を前にすれば、誰だって塞ぎ込みたくはなるだろうと言ってやりたかった。



 自動車に乗せられ、大人しく過ごしていれば数十分で目的地に到着した。


 市街地から少し離れた場所で、建設工事は終わったというのに、なぜか開業されないホテルがある。


 以前からなぜ開業しないのかと噂になっていたが、結局、運営会社の経営破綻が原因と言われたり、工事費用の未払いだとも言われていたりで有耶無耶になっていた。


 その建物内を現在使用しているのが、神秘学術協会だ。


 元は本当にホテルとして運用する計画だったらしいが、運営会社の社長が神秘学術協会の会員であり、協会の新たな本部として使用する方が有意義だと言い出したのがことの発端である。



(本当に、未来で見たままね……)



 未来と違う場所だったらどうしようかと思ったものの、予想通りの内装のままだった。



「朝霧様、お待ちしておりました。本日は一家お揃いですね」



 到着するなりスーツ姿の紳士がこちらへ寄ってくる。

 その顔を見て、確か、この人物はどこかの新聞社の関係者だったと思い出した。



「ああ。喜久子さんの娘の千里だ」

「ほう、では彼女が例の」



 例のって何よはっきり言いなさいよと思いつつ、千里はにこりと笑ってみせる。



「朝霧千里と申します。本日はよろしくお願いいたします」



 礼儀正しい娘として名乗れば、紳士もにこやかに挨拶をしてくれた。

 未来予知での情報収集は意外にも上手くいっていたようだ。

 京矢の場合は未来とは別人、という展開だったが、神秘学術協会に限っては全く差異が見られない。

 


「どうもこんにちは。いやあ、喜久子さんに似てとても美しいお嬢さんだ。知っていれば先にうちの次男坊でも紹介したかったぐらいだよ」

「まあまあ、お上手ですこと。まだ幼いところもあるものですから、なかなか皆様にご挨拶できずにおりまして」

「こういう若い方がいると場が華やかになるからね、いつでも来るといい」



 千里が愛想笑いを浮かべて合わせていれば、紳士は機嫌よく笑いながら、尚政とどこかへ向かう。

 何とか場を乗り切れたようだが、こういう慣れない場所は肩に力が入って早々に疲れてしまいそうだ。


 と、落ち着いたと思いきやすぐに他の人に話しかけられる。



「あら、喜久子さん。もういらしていたのですか」

「一恵さん。娘の千里ですわ。本日はどうもよろしくお願いいたします」



 ほほほと愛想良く笑う上品な貴婦人は、尚政と仲の良い小野寺という男性の妻だったはずだ。


 確か、数年前に娘を亡くし、それがきっかけで神秘学術協会に来るようになったという。


 喜久子と女性はにこやかに会話をしており、千里もそれに合わせる。



(死人が蘇るなんて、あるはずないのに……)



 未来予知でも小野寺夫妻は娘の復活を願って何度も神秘学術協会にかけ合っていた。

 亡き妻を蘇らせたいと必死になっている尚政と同じ部類の人ということだ。


 正直、千里としてはあまり見ていて良い気がしない。


 人の死を悼む気持ちを利用して、都合のいい作り話で叶いもしない夢を抱かせる。

 

 人の命は有限で、別れは避けて通れない。

 

 亡くなった人にもう一度会いたいという気持ちは否定しないが、人の哀しみを悪用することがまかり通る世の中なんてどうかしている。


 目の前にいるご婦人が、どれだけ娘のことを大切に思っていたのかを未来予知でかいま見た今では、なおのことやるせない思いだった。



「慣れない場所で疲れたでしょうから、待合室で少し休んではどうかしら。早瀬さんもまだいらっしゃらないようですし」

「ありがとうございます。そうさせていただきます」



 千里の緊張を察してか、気遣うようにそう言われて頷く。



「向こうの待合室で待っていなさい。時間になったら誰か呼びに行かせるわ。他の部屋には行っちゃだめよ」

「分かりました」



 素早く喜久子に囁かれ、千里は大人しくそれに従うふりをした。

 もちろん待合室など行くはずがない。


 

 玄関ホールから待合室はほど近いが、喜久子の立ち位置からでは階段の陰が死角になる。

 二人はすっかり話に夢中になっている様子で、千里の方を振り向くことはない。


 脱出するなら今だ。


 自分から頃合いを見て、足が疲れたから休みたいと言い出すつもりだったから助かった。



(さて、まずは人のいなさそうなところからかしらね……)



 本当ならもっと機密情報が眠っていそうな場所に行きたいが、見つかる危険性も高くなる。

 鍵が無くても入れない資料室があったはずだから、まずはそちらへ向かうことにした。


 未来予知で事前に何度も見たおかげで、間取りは頭にしっかり入っていた。


 三階へ上がり人がいないか確認してから慎重に廊下を進んでいく。


 万が一誰かに遭遇したら、道に迷ったふりでもするしかない。


 予想通り資料室は施錠されておらず、簡単に侵入できた。


 施錠されていないということは他者に見られても構わない程度の情報しか得られないかもしれないが、未来予知で全てを見たわけではないのだ、少しでも調べる価値はある。


 元々ホテルだった建物を改装しているということらしく、資料室も背の高い棚がぎっしり縦に並び、書物や紙類で溢れていた。


 今一番欲しいのは、『神の子』とやら、そして早瀬亨についての情報なのだから、関連しそうなものを探さなければならない。


 と、意気込んで調べ始めた矢先のことだ。

 


「――――それで、結局裁判沙汰で揉めているそうなんですよ」

「そりゃ災難な話だな」



 男性二人の話し声が廊下から聞こえてくる。

 


(うそ、誰か来ちゃう!)



 足音はこちらに近づいてきた。

 まさか、資料室に来るつもりなのか。


 心臓がバクバクと音を立てて暴れ出す。

 どこでもいい、とにかく隠れる場所を探さなければ。


 震えながら後ずさるも、足音は近づいてくる。

 逃げなければと焦っていれば、行き止まりの壁に背中が当たった。



(どうしよう――――!)



 その瞬間、千里の背後の壁が消えた。



(えっ)

 


 背中からふらりと倒れ込んでいく。



「きゃぁあっ――――――んんっ!」



 思わず悲鳴を上げるも、それはすぐにかき消された。


 あたたかな感触が、唇に触れる。


 初めて味わうそれに、千里の頭は真っ白になった。


 悲鳴は吸い込まれていき、息ができなくなる。


 体は固く抱きとめられていて身動きすら出来ない。

 

 数秒間なのか、もっと長かったのか。


 しばらくしてから、千里の口を塞いでいた彼の唇がようやく離れて、解放される。

 

 そこでやっと千里は、壁が消えたのではなく扉が開いて隣の部屋に引き込まれたということと、自分を抱きしめている人物が誰なのかを理解した。


「……く、九朗さん!?」

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