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朝霧家のわがままな義妹  作者: 雪嶺さとり


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第二十八話 神になりたい

 神秘学術協会の言う、『神の子』とやら。


 一部が千里に該当する部分はあるものの、早瀬亨の持つ異能力や血と言うものが何かはまだ判明していない。


 もし神の子に該当できるのであれば、この際、神秘学術協会を乗っ取ってしまうことも出来るのではないか。

 なんてことを考えていると、襖の外から声がかけられる。



「ち、千里お嬢様、もうすぐ登校のお時間ですが」



 女中が遠慮がちに顔を覗かせてくる。外はいつの間にか明るくなっていた。


 寝坊したことに千里が機嫌を損ね八つ当たりでもしてくるのではないかと怯えているのだろう。


 だが、今は呑気に登校している場合では無い。



「今日は休むわ! 私、体調が悪いの! 頭が痛くて今にも死んでしまいそうなの!」

「えぇ……!?」



 突然の仮病の申し出に、もちろん女中は目を丸くして呆気にとられてしまう。


 その隙に千里はさっさと彼女を追い払い、情報収集を続けることにした。


 

「じゃ、寝るから。母さんたちに伝えておいて」



 日頃からわがままな性悪娘として振舞っているおかげで、女中は怯えるだけで何も言い返してこなかった。


 怒った母が突撃してくる前にさっさと眠らなければと、千里は素早く他の寝間着に着替えて布団に戻る。

 なんだか湿っぽいけれど、干している暇などない。


 ぎゅっと目をつぶり、夢の中へと落ちていった。



 それから数日間、とにかく千里は仮病を使いながら眠り続けていた。


 眠っていると言っても脳は働き続けている状況な為か、眠気がなくなるどころか疲労は蓄積するばかりで、このまま一週間でも眠り続けていられそうなぐらいだった。


 もちろん、母の喜久子も黙ってはいない。


 最初は仮病だとすぐに気付き叩き起される時もあったが、千里のあまりの気迫にそのうち本当にどこか悪いのではないかと心配するまでになってしまった。



「お嬢様、また今日も寝てるの? 本当にいいご身分よね」

「しっ、聞かれたらどうするの。でもまあ、本当に体調が悪いのだとしたら、姉から婚約者を奪ったバチが当たったんじゃないかしらね」

「ま、あの冴えない姉と比べたら男の人には妹の方が良く見えるんでしょうね」



 くすくす嘲笑う声が廊下から聞こえてきて、千里は目を覚ます。



「さいあくだ……」



 思わず悪態をついてしまった。


 女中たちの陰口にではない。今しがた見た夢の内容だ。


 せっかく解決への大きな足がかりが見えてきたばかりだと言うのに、今見た未来では、なんと千里は早々に朝霧家を出ていき、知らない男性と結婚してしまっていた。


 神秘学術協会からは遠く離れ、二人で駆け落ち同然に飛び出していき貧しい暮らしを続けていたものの、貧しさ故に夫が犯罪に手を染めてしまい、最後にはどうにもならなくなり無理心中というオチである。


 警官に怯える日々に、借金取りの怒鳴り声が玄関先から毎日聞こえてくる生活、千里が知りたい情報は何ひとつ得られないばかりか不快感だけが残された。



(未来の可能性は無数にあるのだから、自分で選べない限りこうなるのも仕方ないか……)



 ふうとため息をつく。そろそろだとは思っていたが、手詰まりになってきたようだった。

 


 結局、早瀬亨は一度もその姿を未来の千里の前に現すことはなかった。

 いっそ、直接的な死因として登場してくれればと思うぐらいだ。



(仮病どころか本当に頭が痛くなってきた……)



 これ以上いたずらに未来予知を行使しても、おぞましい光景ばかりを見ては精神をすり減らすだけだろう。


 顔を洗って落ち着こうと考えたところで、外から声がかかる。



「千里お嬢様、起きていらっしゃいますか?」

「……なに?」



 千里が起きていると思わなかったのだろう。

 投げやりな声だったが、襖を開けた途端目を見開き、慌てて女中は居住まいを正していた。

 


「喜久子様から目が覚めたら来るようにと言伝が……」

「……そう。分かったわ。すぐ支度するから出ていって」



 千里に言われるまでもなく、女中はすたすたと行ってしまう。


 仮病もこの辺りで終わりだろう。


 いっその事母からもっと直接的情報を得られないが探って見るべきかと、次の策を講じつつ着替えて喜久子の元へ向かう。



「まあ千里。もう体調はいいの?」

「それなりには……。それより、用って何」



 今日の喜久子は機嫌が良いのか、千里の態度を咎めることはなかった。

 


「今度の協会の晩餐会、あなたも来なさい」

「晩餐会?」

「ええ。あなたと早瀬さんの結婚が正式に決まったのだから、式の前に一度顔を出さないといけないでしょう。婚約発表ということよ。このところ寝込んでいるからどうしたのかと思ったけれど、顔色も良さそうで安心したわ」



 晩餐会というと、未来予知でも何度か見たことがあった。


 神秘学術協会の会員が集まる食事会のようなものだったが、行われているのは必ず協会の建物で、部外者は参加出来ない取り決めだった。


 いわゆる幹部に当たるような重要な人物も出席しており、早瀬亨も来るのは間違いないだろう。

 その晩餐会に招かれたということはつまり、潜入する絶好の機会だということだ。



「当日は早瀬さんも来て下さるわよ。結婚までしばらく顔を合わせる時が増えるでしょうから、体調管理には気をつけるのよ」



 やはり早瀬亨は来るらしい。

 となると行動を起こすなら、晩餐会が最も良いだろう。


 こんなにも早く機会が巡ってくるとは思わず、千里は思わず喜びを顕にしてしまいそうになる。


 それをぐっと乗り越え、当日どうすべきか、最善の策を考えようとして、ふと、母に聞きたいことが思い浮かんだ。



「ねえ母さん」

「なあに」

「私が『神の子』になったら、嬉しい?」



 唐突な発言に、喜久子はぽかんとしてから、声を上げて笑いだした。

 


「おほほ、この子ったら。ずいぶんな勘違いをしちゃって。早瀬さんとの結婚はそう重く捉えなくても大丈夫よ。全てお任せしていれば良いようにしてくださるのだから」



 千里が緊張のあまり変に思い詰めているのだと勘違いしたのだろう。


 良家の娘にとっての結婚はある種の役目のようなものであるのだから、千里もそのように考えているのだと信じて疑っていない様子だ。


 ひとしきり千里をなだめた喜久子は、当日の千里の服装は、洋装か振袖のどちらにすべきかと悩みはじめている。

 柄はどうすべきかだとか、新しい髪飾りを下ろした方が良いだとかあれこれ楽しそうに語っているが、千里の耳には全く入ってこなかった。



(そもそも、神秘学術協会を根底から破壊してしまえば……少なくとも早瀬さんとの未来で悩む必要はなくなるわよね)



 千里は自身が早瀬亨の立場に成り代わるという馬鹿げた考えを、しっかり覚えていた。

 もし、晩餐会で自分こそが神であると言い出したら母はどんな顔をするだろう――――そうほくそ笑みながら、千里は考えるのだった。

 

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