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朝霧家のわがままな義妹  作者: 雪嶺さとり


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第二話 朝霧家の姉妹(2)

 朝霧家には、予知能力を持った人間が生まれるという言い伝えがあった。


 古くは平安の時代から、そうした能力によって朝霧家は富を成し、時の権力者にも重宝されてきたとか。


 しかし長い時が経ち、今ではただの昔話として扱われ、誰も予知能力など信じてはいなかった。


 だがある日のこと、母と口論になり蔵に閉じ込められた時のことだ。


 反省などする訳もなく暇を持て余し、蔵の中を漁っていれば古い書物を見つけた。


 好奇心から覗いてみようとすれば、触れた瞬間、千里の脳内に突然ある光景が流れ出したのだ。


 数年後の世界で、千里はとある御曹司に見初められて結婚し、幸せな生活を送ることになる。


 だがその一方で、有紗は朝霧家を母に乗っ取られ、不幸な人生を送る、という光景だった。


 人は死ぬ時、走馬灯なるものを見ると言うが、千里が見たものは走馬灯と似たようなものだった。


 たくさんの日々が頭の中を駆け巡り、これから先の未来が千里の頭にありありと刻みつけられる感覚。


 たった一瞬の出来事だったが、夢ではなかった。


 その証拠に、書物の中に千里が見た未来が記載されていたからだ。


 まるで日記のように、何年の何月何日に、どこで誰と出会い、何が起こるのかが記されている。


 日時は全て未来のもので、千里は十八歳になっていた。今より二年先の未来ということになる。


 当然だが千里に朝霧家の血は流れていない。

 それなのになぜ未来予知に目覚めたのか、恐らく書物が原因なのではないかと千里は考えた。


 この書物に何らかの仕掛けがされていて、不用意に触れたことで目覚めさせてしまったのではないか。


 千里は非科学的なものは好きではない。未来予知なんて空想の中の出来事だと思っていた。


 それゆえ、自分の身に起こった出来事がなんなのかさっぱり理解はできず、こじつけのようにどうにか自分自身を納得させるしかなかった。

 

 ただ一つ確かなことは、もしこの未来の通りになってしまえば、千里は有紗を不幸に陥れるということだ。


 千里は有紗が好きだ。姉として尊敬している。


 普通なら千里を憎み毛嫌いするであろう立場なのに、有紗は千里を妹として受け入れ、面倒を見てくれた。


 勉強も縫い物も教えてくれたのも、風呂上がりに優しく髪を梳かしてくれたのも、いつも有紗だった。


 朝霧家で暮らしてから六年、有紗は常に千里を慈しみ、妹として可愛がってくれた。


 だが千里は、そんな有紗に対して恩を返すどころか母の暴走を止めることもできず、有紗の立場は日に日に悪くなるばかり。



 自分が幸せになって有紗が不幸になるなんて未来、絶対に認めない。



 そして千里はこう考えたのだ。


 自分と有紗の立場が入れ替わるようにすれば良いのだと。


 その為にまず、千里が未来で出会う御曹司は、有紗と出会い有紗を見初めて貰わねばならない。


 朝霧家から一刻も早く連れ出して守らなければと思わせるような背景も必須だろう。


 であれば、することは一つだ。


 千里は、姉をいじめるわがままで悪どい義妹を演じることにした。


 母が最愛の夫を亡くした可哀想な女性を演じているように、誰からも憎まれ、疎まれるような存在を演じればいい。


 そうすれば、世間は心優しい有紗に同情し、彼女を助けようと思ってくれるだろう。


 その日から千里は、自分なりに有紗をいじめることをはじめた。


 元々気が強く、愛想のない性格であったことから周囲も違和感を抱かず、八つ当たりされたくないと避けられるようになった。


 せかせかと工作しているうちに、女学校ではわがままで意地悪な義妹というイメージはすぐに広まり、同時に有紗に対する同情も増えた。


 だが肝心の有紗は、千里の意地悪を全く意に介さなかった。

 いや、それどころか自分がいじめられているとも思っていない様子だった。


 千里がどれだけ怒っても、有紗はいつも通り優しく接し、千里がどれだけ罵っても、全く違う意味で受け取る。


 そのうちに必死になっている自分が馬鹿らしくなるぐらいに、有紗は平然としていた。





「なーにが千里ちゃんは優しいわね、よ。こんな奴のどこをどう見れば優しく見えるのかしら」


 あくる日、近所の神社を訪れた千里はぶつぶつと文句を繰り返していた。


 千里がこんな態度なので、一人で出歩いていても家の者には何も言われない。せいぜい注意されるぐらいだ。


 傲慢な後妻の連れ子をわざわざ気にかける変わり者は、あの家では有紗だけ。


 大樹に寄りかかりすぅと深呼吸をすれば、心が落ち着くようだった。


 胸元に例の書物を抱えているものの、読む気にはなれない。


 置きっぱなしにして捨てられたり中を見られては困るため常に持ち歩くようにしていたが、鬱々とした未来の話よりも、静かな境内で青空を眺める方が心が安らぐ。



「ああ、いっその事神様にお願いしてやろうかしら。姉さんは御曹司の佐倉京矢(さくらきょうや)と出会って恋に落ちて、私は母さんと一緒に地獄に落ちるようにしください――――――なんてね」



 神社で参拝しながら悪態をつくなんて、人がいないからやれることだ。


 気分転換に訪れたはいいものの、やはり神頼みなどするだけ無駄だろう。


 口出したおかげかなんだか妙に冷静になってきて、千里は踵を返す。


 こんなおかしなお願いごとを誰かに聞かれるわけにもいかない。


 佐倉京矢というのは、千里が未来で出会う御曹司の名前だ。


 書物にはそう記されていたが、千里は彼の顔を頭の中でしかみたことがない。


 どこにいるのかも分からず、本当に二年後に出会えるのかも分からないのだから、藁でも神でも縋りたくなる。


 とはいえ、当主の尚政ではあるまいし、非現実的なものに頼っても意味は無い。


 冷静になったところでさっさと帰ろうとした、その時だ。


「――――――君、面白い願いごとをするね」


 ぴたりと千里の足が止まる。


(誰!?)


 足音が近づいてくる。


 木々に囲まれた小さな境内には、先程まで千里以外誰もいないはずだった。


 思わず立ち止まってしまったものの、千里はすぐさま逃げ出そうとする。


(聞かれた……!? 嘘でしょ……!)


 逃げてしまえば関係ない。聞こえないフリをして千里は足早に歩く。


 だが、背後からの足音の方が一歩早かった。

 

「佐倉京矢を探しているのかい?」


 びくりと千里の肩が跳ねる。動揺してはいけない。何も聞かなかったことにして今すぐ逃げ去るべきだ。


 けれど、千里の足は動かなかった。

 

「……」


 背後から聞こえてくる声は、知らない男性の声だ。


 ずっと求めていた、未来で出会う御曹司の情報を、彼は知っている。


 関わるべきじゃない。未来予知なんて馬鹿げたこと、誰も信じやしない。


 けれど、千里は振り返った。


「あなたは……」


 学生服の青年が、にっと笑みを浮かべて千里を見下ろしている。

 

「初めまして、お嬢さん。僕は園村九朗(そのむらくろう)。あなたのお探しの相手は、僕の隣人だよ」


 想定よりも背の高い相手に見下ろされ、千里は気圧されそうになる。


 人の良さそうな笑顔だが、見ようによってどこか胡散臭いような、そんな表情だった。


「ああ、怖がらせてしまったかな。怪しい人間じゃないんだ。君があまりにも思い詰めた表情をしているものだから、つい気になってしまって」

「え、ええと……」


 いつもの気の強さはどこへやら、千里は胸元の本をぎゅっと握りしめ、視線を泳がせている。


「君が京矢に何を求めているかは知らないけれど、地獄に落ちるとは聞き捨てならないね。さては、近頃流行りの黙示録とやらの影響かな。そういった自滅的な思考はやめておいた方がいいと僕は思うんだが」

「そ、そんなんじゃ……!」


 たしなめるように言われて、思わずムッとして言い返そうになる。


 園村と名乗った青年は、にこやかに笑みを浮かべたまま話を続けてくる。

 

「ああ、この学生手帳でどうかな。僕が怪しい身分のものではないと信じてくれるかい?」


 差し出された黒い手帳は、千里も見たことのある学校名だった。


(帝大生だ……)

 

 偽物ではないと思うものの、確証は無い。

 千里は基本的に、姉を除いて人間の良心というものを信じていない。


 もし本当に例の御曹司が彼の知人であったとしても、すんなり情報を提供してくれるとは思えない。


 御曹司の付きまといをしているなんて誤解されている可能性だってある。


(でも……この人は、私の未来には関わりのなかった人……)


 もし、この青年を巻き込むことができれば、その時点で千里の見た未来は変わることになる。


 このまま日々を無駄に費やすより、目の前に少しでも変化の可能性があるのなら賭けてみたい。


 いいや、賭けなければならない。


 わがままで傲慢な朝霧千里ならば、学生相手に恐れをなして怯むようなことはしないはずだ。

 

「君の悩みを聞かせてごらん。ここにいるのは、君と僕だけだ。今この瞬間だけの秘密にすると約束しよう」


 千里は覚悟を決めて、抱えていた本を彼に見せる。


「あなた……園村さんは、未来予知を信じますか」

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