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ポワミエ伯爵から報告を受けた翌日。
コレットはいつも通り、自身の執務室で仕事をしていた。
「はあ……」
コレットは目を通すために持っていた書類を机に置く。
ポワミエ伯爵から伝えられた情報の内容があまりにも衝撃的だったせいか、なかなか頭に入ってこない。
一番、頭の中を占めているのは、ロデールについてだ。
今考えれば、もっと前から、その兆候はあったと、ロデールがケーキを作って持って来てくれたことを思い出す。
そのケーキは、ベルワーテ侯爵夫人が手作りしたものと少し違っていた。彼が言った通り、あいまいな記憶の中、手探りの状態で作ったのだろうと、そのまま受け取った。
しかし、本当はベルワーテ侯爵夫人から使用する材料や作り方を学ぶことが、不可能だったからではないか。
息子であるジョイルの件で心労が溜まっている相手に、のんきにケーキの作り方を乞うことなどできない。
自分に心配をかけまいと配慮して、誤魔化したのでは……。
そう思い至ったコレットは、首を左右に振り自身の考えを否定する。
ロデールはベルワーテ侯爵家から独立している。
侯爵夫人にケーキの作り方を乞うために、連絡を取ったり実家に訪れるようなことはしないだろう。
コレットは顔を伏せ、自身の頭を押さえる。
その時、使用人のノックをする音が。
この時分なら自分宛の手紙だろう。コレットはすぐに入室の許可を出した。
「失礼いたします。お嬢様宛に、お茶会や夜会の招待状が届いております」
「ありがとう。後で目を通すから、机の上に置いておいてくれる?」
いつもなら相手の目を見て返事をするが、今は精神的に疲弊している。対応が少し投げやりになってしまった。
使用人は指示を受け、了承する。
「承知いたしました」
使用人は執務用の机の端に、招待状を載せているトレーごと置く。その後、恭しく頭を下げ、すぐに退室した。
コレットのそばにいた侍女は、眉を下げている。いつもとは違う対応に心配しているのだろう。
「はあ……」
また、下級貴族の息女からだろうか。
きっと、親睦を深める名目で、悪評の立っている自分から根掘り葉掘り聞き出したいのだろう。
コレットはようやく、なぜ自分に付き合いの薄い下級貴族の息女から、お茶会や夜会の招待状が届くのかを理解した。
「ベライス様からお茶会のご招待をいただいたのに……出席の返事をすれば良かったわ……」
招待状には、コレットを気遣う文が添えられていた。
仕事ばかりで体調を気にかけてくれているのだと思っていたが、噂を聞いて案じてくれていたのかもしれない。彼女のことだ、きっと気晴らしに招待してくれたに違いない。
それに、自身の悪評を払しょくする好機になり得た。
仕事を優先した結果、せっかくの好機を自ら潰してしまった。
コレットは後悔の念を抱いたまま、ようやく顔を上げる。使用人が持ってきてくれた招待状を確認し、欠席の返事を書くためだ。
下級貴族の息女からだろうと推測しながらトレーを見ると、思わず目を見開く。
他の貴族のものとは明らかに手触りも厚さも違うので、紙の質が良いことが分かる。
金の縁取りに、優美な装飾の箔押しが所々にあしらわれていて非常に上品だ。
真紅の封蝋には家紋がくっきりと捺され、一目で送り主を知ることができる。
クレイトロワ公爵家のものだ。
クレイトロワ公爵家は多大なる影響力を持っており、当主である公爵はこの国の宰相を務めている。
今回、招待状を送ってきたのは公爵家の息女、オフェーヌ。
品行方正で、他国の王太子の元に嫁ぐことが決まっている。
コレットは、なぜ公爵家の息女からお茶会の招待を受けたのかを考察する。
オフェーヌとは夜会で一度あいさつした程度なので、面識は無いに等しい。
品行方正な彼女が、悪評の立っている自分にお茶会の招待状を送ったということは――
「断罪……」
サッと顔から血の気が引き、脈打つ心臓の鼓動がドクドクと早くなる。
コレットは葛藤していた。
家格が数段上の、公爵家の息女から招待されたのだから受けるべきだ。自身の悪評を払しょくする良い機会にもなる。
だが、もし対応を間違えてしまったら――
ポワミエ伯爵家の信頼は失墜し、領地運営や事業に悪影響を及ぼすだろう。最悪、サロモンの代にまで波及する可能性もある。
噂が真実味を帯び、ロデールやベルワーテ侯爵家の未来にも影を落とすだろう。
クレイトロワ公爵家の息女、オフェーヌからの招待を受けるべきか、欠席するべきか、選択を迫られる。
悩んだ末、コレットは控えていた侍女に伝える。
「クレイトロワ公爵家のご令嬢のお茶会に出席するわ」




