5章 20 二層
「同じ人の魂を集める眷属にして、天使の天敵。『陽光』の神にとって相性最悪、反発する極性――お前の正体それ即ち、『真実』の神。ユールの眷属だな」
リュウガの言葉にピンと来た。
輪が壊れた時点で尚動くならば、目の前のアレは天使ではない。とはいえ神壊術が効かないならば神やそれに連なるものでもないのでは……と、危うく誤解するところであった。
最初から己の本能は間違っていなかったのだ。
目の前の物に対する異常な嫌悪感。這い上がるような憎悪と後悔。シアンにとって、それは相手が神である何よりの証拠。
そして目にした時から感じていた、全身の産毛を逆撫でるような戦慄。耳を塞いで目を背けたくなる恐怖。つまるところ――|理屈で説明できない霊的なにか《ジャンル:ホラー》であるということ。
探偵にクロであると断じられた悪人のように、輪の砕けた天使が往生際の悪い足掻きを見せる。
「は、はは、ははは!何を言うかと思えば我が『真実』の眷属だと?馬鹿にするな人間風情が!!」
「図星か元人間。神様気取りは楽しかったかよ!!」
無い頭を掻きむしるように天使もどきの魔力が波打つ。動揺しているのが丸わかりだ。
攻撃が一旦止まったタイミングでアミナがシアンの元へ下がり、次の一手について尋ねた。
「シアンシアン!あれが『真実』系譜だってことはわかったのですが、神壊術が効かないならどっちにしろピンチでありますよ?」
「いや、正確に言えば効いてない訳じゃあない。効果が半減してるだけ。例えるなら二種類の耐性を持ってるってことだ」
『真実』の眷属、即ち悪霊。死んだ人間の魂が形になったなど全くもって理解し難いが、世間ではそう伝えられている。
神話においてその本体は悪魔だと語られるが、誰かの魂をかき集めた結果、その悪意と自我に乗っ取られた弱い存在とも言える。
「二種類の耐性って……?」
「八神伝説の悪霊ってのは、魂を集める悪魔とそれを乗っ取る人間性が合体したものだ…………あ〜つまりな、神壊術が効かなかったのはその人間性が邪魔をしてたってこと。逆に普通の魔力は神性の防御を突破できなかったんだ」
シアンの神壊術は「人を守るために神を殺す」という信念に基づいたもの。神でないものを切ることには適していないのである。
逆に、彼女の相棒である神器は別世界において「人を殲滅するための神」として存在していたらしい。人間の魔力を切ることに関してこれ以上ない適切な武器なのだ。もっとも、武器になった今、その力の使い方は担い手次第であるが。
「神殺し魔力と普通の魔力、寸分違わず同時に当てれば両方削れるって寸法よ」
「だから珍しく剣を二つも構えたわけだ」
「そういうこと」
リュウガもシアンの持つ剣を見て納得したようだ。彼もまた眷属を先祖に持つ者。下手に神壊術に触れば大怪我ではすまないだろう。
彼に向かって「下がっているように」と手を振ったシアン。瓦礫に手を付き、何とか立っている状態のリュウガ。一瞬不服そうな顔をしたが、己の現状は理解しているらしい。
そもそも、元より戦術を立てる側である彼にに前線はキツかろう。むしろよくこの場まで着いてきたものだ。彼は彼なりにリザイアを大切にしているのだろう。
シアンは一度、深く呼吸を整え二本の剣を構え、二人の戦友の顔を見た。
「防御は捨てる。アミナ、サヴ、フォロー頼むぜ」
「了解であります!」
「了」
心強い返事を聞き、視線を天使の形をした悪霊へと向ける。床を蹴り、ただ一直線に切るべきものを定める。
「馬鹿にするな。反抗するな!我を蔑むその目をやめろ!!下等生物!!」
悪霊がその毒牙をシアンに向ける。
右。左。恐らく両サイドから刺し殺すつもりだろう。
相変わらず透明な攻撃だが、余裕がないのか精度が低い。殺意が丸見えである。
だが、シアンはそれを防がない。防ぐ必要がない。
「来るとわかっているのなら……!」
「十分防御に入れるのであります!」
菫色と蜜柑色の髪が靡いた。
左右にそれぞれサヴとアミナ。彼女らはシアンを守るように攻撃との間に入っていた。
シアンは元より不老不死。戦闘不能になることはあれど、後遺症を気にする必要は無い。故に多少の怪我ならそのまま走るつもりだったが、二人がいるならば無傷で、万全の攻撃を叩き込める。
「僕の……僕の神様に何をする……無礼者…………!」
「――あ?」
ここで、今の今まで恍惚とした顔で立ち尽くしていたジオーネが動き出した。
彼は虚ろだった目を血走らせ、こちらに敵意を向けている。未だ悪霊を『陽光』の神であると……妻を甦らせることができると盲信しているようだ。
「『世界を掴む、カルヴィテリアの名を持って』――召喚!!」
彼の周りの空気が変わった。
やがて魔力が形を作り、翼竜の群れを作り出す。彼らカルヴィテリアが先祖代々受け継いできたという古代生命。
よくリザイアも召喚術で出しているが、それよりもさらに一回り大きい個体達。リザイアの個体が駆け出しの冒険者なら、ジオーネのそれは筋骨隆々の傭兵のような図体。
まともにやり合えば体力が削られるどころか、たった一つの勝機さえ失いかねない。
「させるものか……!その方には妻を……ラサリアを……僕の悲願を叶えっ――――」
ジオーネの号令がかかり、翼竜達が飛びかかる――その直後。シアンの目の端で、キラリと何かが光った。そして彼の言葉は中途半端に切れ、腰が抜けたように力なく崩れたのだ。
「させるものかは……こっちのセリフだ…………傲慢野郎め。麻痺って寝てろ」
「……この、『蛮勇』の小僧が…………」
ジオーネの首に刺さる小さな針。弱々しい言葉を最後に、彼の瞼は微睡むように閉ざされた。
術者が気を失えば、召喚物も消えてなくなる。翼竜は達はシアンのちょうど目の前で光る粒子となって空気に溶けた。
「まさか、リュウガ!?下がってろって――」
「下がってる……だろ……針投げただけだ」
倒れ伏したジオーネの奥に、肩で息をするリュウガが見える。恐らく、小さな針に麻酔か毒でも仕込んでいたのだろう。意識があるのも吃驚な状態だが、じっとしてもいられなかったと見える。
思わぬ助力に感謝しつつ、シアンは再び前を向く。
天使の首輪を飛び越え、悪霊の本体である白い繭へ。
羽の塊のような繭。それを覆う異質な魔力の壁。
最初からずっと悪霊はここにいたのだ。一歩も動いてなどいない。
淀んだ夜の空のような、淡く暗い外殻。
初めから、全ての攻撃はここから出ていた。
「き、貴様……護リ人のシアンだろ?不殺はどうした?我が人間だと言うのなら、その剣は誓いをも断ち切ることになるぞ!!」
「神様気取りがバレたら命乞いかよクソだせぇ。そしてなにより……お前が神でも死んだ霊でも関係ない、生きた人間じゃないのなら――――私は普通に殺せるぜ!!」
「や……待って、やめっ――――!」
二本の剣線が弧を描く。
魔力の剣が神を殺し、神器たる剣が人を殺す。
何やら人間のような愚かな悲鳴が聞こえたが、死した魂に用は無い。
白い繭に一閃の傷が入り、羽がハラハラと地に落ちる。
悪霊を形作る魔力は霧が晴れるように消え、真の『陽光』が姿を表した。
(あとは……お前達の仕事だ、ライア!)
二層防御、ここに破れたり。




