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氷炎護リ人 〜現地主人公×異世界転移〜  作者: 有麻環
五章 カルヴィテリア編
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5章 22 最初で最後

(さっきから壊れたラジオのように同じ文言……召喚できたのか、別の何かなのか…………これじゃあ分かりませんわね)


 召喚魔法を試したあと、白い空間に異物のように現れた幻のような影。彼は延々と「おともだち」「大丈夫」を繰り返し唱え続けていた。ここまで来ると、もはや励ましているのか不穏を誘っているのか分からない。

 

 そうこうしている間にも自分が天使に塗り替えられているのがわかる。何とか保てていた自我も、残り半分。

 この世の地獄のような赤い世界。目の前を血しぶきのように舞う白い羽。皆を守るために目の前で朽ちていく親友。

 明らかに自分ではない思考と記憶が流れ始めている。

 リザイアという人間の感性や存在が薄れていく不安。どれだけ励まされたとしても、一律に同じ言葉ではこの恐怖は払拭できない。


「大丈夫だよ、リザ。僕達がついてる」


 また同じ言葉。

 遂に心にピシリとヒビが入った――否、ヒビが入ったのは心だけではない。

 自信を覆う真っ白な世界に亀裂が入っている。空が割れるように、宇宙へ飛び出すように。

 僅かに外の喧騒が流れ、現実が流れ込んでくる。

 真っ白な空間にまるで映画のように記憶が映し出される。小さく、図々しいマゼンタの頭。まだ世を知らないかつての自分。

 ずっと魔法が使えなくて、誰も呼び出すことができなくて、毎晩悲しくて枕を濡らした幼少期。

 何度も何度も挑戦して、漸く、始めて応えてくれた小さなひよこ()


『おともだち…………そう、おともだちですわ!(わたくし)達はこれからずっとずぅ〜っと、おともだち!そうでしょう、おかあさま!』


 過去の自分の声のおかげか次第に意識もハッキリし、相関するようにぼやけていた虚像もノイズが剥がれるように姿を表した。

 

 灰色の鱗。刺々しくもどこか愛らしい顔。あんなに小さかった翼も、空を悠々と駆けるほどに立派に成長した。

 ずっと、ずっと昔から共に過ごした戦友。

 忘れもしない、生まれて初めて契約できたおともだち。

 

「貴方……でしたの…………ずっと励ましてくれていたのは」


 鼻がツンとして、目尻が熱くなるのを感じた。息が止まるほど胸が苦しく、そして温かい。

 ホロホロと流れる雫を、今は拭う余裕もない。そんな暇があるのなら、目の前にいる大切な存在と触れ合いたい、抱きつきたい。

 目の前に座る彼は、出会った時と変わらない柔らかな顔でこう言った。

 

「うん!ずっとずぅーっと!僕らはキミと一緒にいたよ。夢の中でも一緒に居たいくらい!だって、キミは他の誰よりも僕達のことを大切にしてくれた。召喚し、使役される契約の僕達翼竜に、ともだちだって言ってくれたのはキミだけなんだ!


 ――僕の大事なリザイア(おともだち)!」


 ☆


「いや〜輝かしい友情ですこと!」


 リザイアが実体を持って現れた翼竜の温度を感じていると、聞き馴染みのある軽い声と拍手が響いた。

 勢いよく振り向くと、そこには見知った金髪の女。

 この場にいるはずのない友人の姿に、思わず声が裏返った。

 

「えっ……え、ライア?なんでここに……」

 

「はいはいハローお疲れさん、リザ。よく耐えた……と言ってやりたいが、大切なのはこっからだぜ」


 真剣な面持ちでリザの額に指を置き、そう言い放ったライア。その姿は半分程、体が炎になって揺らめいている。

 外の喧騒、翼竜、そしてライア。停滞していた白い空間を汚すように、連続して訪れた異物達。

 リザイアは全く掴めない状況に思考が酷く絡まっていた。 


「あ〜簡単に言うとな?ここはお前の精神世界と現実の狭間。外と断絶させてる壁をシアンがこじ開けて、修復に使用される魔力をシャナが一時的に否定した。その隙にちょーっとお邪魔したってわけ」


 困惑が顔に出ていたのか、ライアは顔を緩ませリザイアの思考に息継ぎの間を与えた。しかしそれも僅かな時間。直ぐに、彼女にしては珍しい真面目な顔に戻っていた。そして短く、端的に、リザイアが取るべき次の行動を示した。


「ってわけで最後の試練だ。天使から主導権を握り返せ」


 正直、耳を疑った。

 リザイアとて、それができているならばとっくの昔に実行している。こんな頭がおかしくなりそうなほどに果てのない、白一色の世界など誰が好むというのだろうか。

 そんな現状も知らないで無責任に言ってのけたライアに、カッと頭が熱くなる。

 

「は……?そ、そんなこと簡単に…………できるわけありませんわ!」


 できようがないのだ、そんなこと。

 例えるならなんの凹凸も抵抗もない巨大な壁を乗り越えろと言うようなもの。取っ掛りがない。

 反抗するように目を開いたリザイアを見たライア。呆れたような顔で腰に手を当て、深い溜息をついていた。

 

「はいはい、んなことはやってから言え〜。大丈夫。今ならまだ間に合う、手遅れになる前に自分を確立するんだ。なーに、見たところまだ半分も自我が残ってるんだから、いけるいける」

 

「だからもう半分も無くなって………………半分?」


 ムキになって言い返そうとした時、ライアと自身の口から出した言葉の違いに気がついた。同じ「半分も」という言葉。二人がそれぞれ異なる意味で使ったことに。


(もう半分……まだ半分…………ってことは今の(わたくし)の半分は天使、もう半分は(わたくし)自身……それって天使(アイツ)も同じじゃありませんの?握っている意識こそ違えど今の(わたくし)、実力は天使と同等……確かにやるなら今が最後のチャンスですわ!)


 勝機が見えた気がした。

 胸に手を当て、深く自分を思い出す。考えてみれば同じ方法で何度か危機を脱していたではないか。

 あの謎の少女の声で名前を思い出し、一縷の希望を掴んだ。

 翼竜との記憶を思い出し、己の世界が広がった。

 ならば次に思い出すことは?――そう、現在。今自分が何をしたいのか。そして、未来。これから自分が何をしたいのか。

 

「外の声をよく聞いて、帰るべき場所を思い出せ。ほら、この場で一番声でかいヤツが叫んでるだろ?」


 ライアの穏やかな声が響く。言われた通り、神経を外の音に集中させる。誰かの断末。誰かの慟哭。そして――


 

『俺!ずっと前からリザイアのことが大好きっス!!これ以上ないくらい!幸せにしたいと思うくらい!!』


 

 己の帰りを待っている者の祈りが聞こえた。


「この声――――蓮夜……!」


 真っ直ぐで、純粋で、悩みも企みも何も無い心からの叫び。本人の性格と同様、撃ち抜くような力強い言の葉。

 ずっと前に一人でこの世界に落ちてきた彼を助けたのは、確かにリザイアだった。ただそれだけの出会いである。たった一つの救いの手が巡り巡って今、リザイアの心を包み込んだ。


(帰りたい。今すぐこんなところから出て、皆に、シャナ(親友)に…………蓮夜に会いたい!!)


 白い世界にさらに大きな亀裂が入る。

 あと少し、あと少し何かが足りない。可能性は今しかないとは言ったものの、半分だけの自分ではこれ以上の抵抗は難しいとわかってしまう。

 リザイアは縋るように、この難題を解決できそうな人間を見た。


「ライア……自分を確立するって、具体的にどこまでできればいいんですの?」

 

「いや、自我を取り返すのはこれでOK。やっぱあいつをトドメ役にしたのは正解だったな!」


 感心したように笑うライア。

 

「なら次はいったい何を……!」

 

「簡単だ。自分の力の一部を切り捨てろ」

 

「…………は?」


 再び突飛なことを言い出すライアに低い声が出た。

 せっかく自分というものを取り返したばかりだと言うのに。今度はそれを捨てろというのか。

 訝しげな顔で見つめるが、当の本人は至極真剣な顔だった。冗談でも嘘でもないらしい。

 

「あのな……眷属(天使)だろうと積もり積もれば神と同等。神を相手にここまで融合して、犠牲なしで助かろうなんて甘えたこと言うな。

 自分が自分で居たいなら、多少なりとも自分の何かを切り落とせ。確固たる信念、根源たる記憶、世を見定める感性。そういった必要最低限以外捨てるつもりでいろ!!」


 彼女は「その覚悟がなければ振り出しに戻る」と言い切った。そして、その選択はリザイア本人にしかできないのだ、とも。

 射抜くようなライアの視線に思わず目をそらすと、もとより揺らいでいた彼女の体が、薄く消えかかっていることに気がついた。


「……私が先導してやれるのはここまでだ。悪いがもうこの場にいられないらしい」

 

「まって……!切り捨てるって…………」

 

「助けてやりたいのは山々だがな。いい加減聞いてばっかはよろしくねーぞ。大丈夫、お前には頼りになるおともだちがいるんだから」


 その言葉を最後に、ライアの形をした炎は白い壁の亀裂に吸い込まれるように消えてしまった。

 残されたのはリザイアと翼竜。リザイアが何かを言う前に、翼竜がひょこひょこと近づき、彼女の頬にやんわりと擦り寄った。昔から、不安があるといつもこうやって心を落ち着かせていたのだ。そのあり方は召喚物というよりも家族に近いものだった。

 満足したのか、翼竜は静かに離れていく。名残惜しそうな、泣きそうな、それでも無理をして笑っているような顔で応えた。

 

「そう!あの人の言った通り何かを手放さなくちゃ、キミは前へ進めない。天使の力が足枷になってるの」


 無理やり人間ひとりの身体に、世界中の天使の魔力を押し込んでいるのだ。いくら加護とやらがあるとはいえ、明らかに器との容量が合っていない。しかし天使の力は既に根付いてしまっている。

 だからその分の余裕を作れと、ライアはそう言ったのだ。そして、目の前で翼を広げる彼も。

 翼竜の顔を見て、彼の言いたいことは全て察してしまった。長い年月の積み重ね故、わかってしまったのだ。


「――だからねリザイア。僕達をここで切り捨てるんだ。今のキミに、もう召喚術は必要ない」

 

「そう……言うと思いましたわ」


 気が付けば、最初の翼竜の後ろには今まで何度も世話になった他の翼竜や一角獣、ネズミに小鳥など、召喚の為に契約した全ての者たちが並んでいた。

 皆一体一体にかけがえのない思い出がある。数え切れないくらい力を借りてきた。そしてその度、感謝を込めて抱擁を交わした。

 そんな彼等を切り捨てるなど、二度と会えなくなることなど、今まで考えもしなかった。

 しかし現在、方法はそれしかないのも心のどこかでわかっていたのだ。


「そうですわね、アナタ達からすればこれで晴れて自由の身。切り離された方が…………もっと悠々と生きていけますもの」


 リザイアの心にも無い言葉が溢れる。保身のため。彼等の為だと言い聞かせて、自分を納得させるため。

 

「――違う!」


 最初の翼竜が、言い切った。ポロポロと零れる涙。まるで輝く真珠のように。「翼竜も涙を流すのか」と場違いな言葉が浮かぶ。


「違うよリザ。僕だって……イヤだよ。もう会えないのは、すごくイヤ。でもリザがここでいなくなるのはもっとイヤ!!だから…………だからぁ……」

 

「えぇ……アナタが(わたくし)を想っていることは痛いくらいわかっていますの…………心にも無いことを言ってごめんなさい」


 立派な竜がわんわんと幼子のように吠えている。再び、今度はリザイアから彼の頬に自身の頬を当てた。後ろにいた他の翼竜達もリザイアを囲うように近寄ってくる。

 精一杯、可能な限りにてを伸ばし、大切な彼等を抱き寄せる。彼等の感触を忘れないように。彼等の声を忘れないように。


 ☆

 

 どれくらいそうしていたのだろう。きっとそんなに長くは無い。だってこれ以上ないくらい、リザイアは自分を認識しているのだから。

 最後の別れを済ますため、静かに皆が立ち上がる。一人、また一人と姿を消して行く家族たち。その顔は皆一様に柔らかな笑みを浮かべていた。

 そして最後に残ったのは、やはり最初の彼だった。


「じゃあ僕もこれでバイバイだ。リザ」

 

「えぇ。今までどうもありがとう。アナタが最初に答えてくれた時の感動は今でも覚えていますわ。とても嬉しかったもの」


 語り尽くせないだけの想いがある。

 言葉に表せない以上の感謝がある。

 それでも、グッと我慢してリザイアは彼の爪をゆっくりと手放した。

 最後に見た彼の顔は、今まで見た中で一番綺麗に輝いていた。

 

「これからも元気でね。僕の最初のおともだち。僕らの最後の契約者」


 白い世界が崩れるなかで、小さな声は確かに届いた。


「――ありがとう。リザイア」

 

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