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氷炎護リ人  作者: 有麻環
一章
4/8

1章 4 護リ人

「あ?」

 

(うーん、デジャブ……)


 本日二度目の人質である。

 さすがに二度目ともなると「またか……」という気分だった。

 しかも男は冷気のせいで震えが止まらず首の辺りでナイフがブレている。気が気でないからやめて欲しい。


「よそ見をするな護リ人!!」

 

「してねぇよ、うるせぇなぁ!!」


 流石に気がそれたらしいシアンに、ボスの男が畳み掛ける。しかしシアンは一瞥した後にすぐボスの男に向き直った。もちろん、葉を見捨てたわけではないのだろう。シアンの視線は安心したように、葉の背後に向かっていた。


「あっははははは!信用されてる?光栄ですねー、気持ちわりー」


 突然、葉の後ろから、正しくは葉の背後にいる男のさらに後ろから声が聞こえた。気が抜ける笑い声だ。


「な、新入り?何を……ひっ」

 

「さーせんさーせん、裏切りました!ごめんなさーい」


 そこに居たのは全く謝意のない声色で金髪の少女。

 ライアと呼ばれていた彼女は、男を糸のようなもので縛り上げていた。男が動こうとする度にギチギチと糸がくいこんでいる。


「おっとー、動かない方がいいぜ、切れちまう。……あーあ、本当はもう少し信頼勝ち取ってからのつもりだったんだぜ?だってそっちの方か楽しそうだから。でもよー、流石に迷イ人に手出されたら黙ってる訳にはいかねーんだわ」


 「その物騒なもん、離してくれるよな?」と男に詰め寄るライア。寒さ以外で震えを大きくした男が大人しくナイフを落とすのを確認し、彼女はニコニコと笑いながら糸を解いた。

 今度こそ完全に、男の戦闘意欲は潰えたようだった。


「ほい、お嬢さん。あー、うん。切れてはねーな。大丈夫大丈夫!」


 無事を確認するようにライアがまじまじと葉を見回す。

首の辺りにうっすら跡らしきものは付いているものの、血は出ていので心配いらないそうだ。


「えっと、あの……助けてくれて?ありがとうございます?」

 

「なんで疑問形?」

 

「イヤだって、ほんとに味方かわかんないし」

 

「あはは!そりゃそうだ。アレだよ、よく言うだろ?『敵を騙すにはまず味方になってから』!」

 

「言わないと思う」

 

 葉を気絶させた件といい、縛られていたシアンを蹴飛ばした件といい、どう考えても人攫い側の人間だったはずのライア。助けられたとはいえ素直に感謝を述べてもいいものかと、つい疑問形になってしまう。


「でもこれは言ったろ?悪いようにはならないって。だからちゃんと冷気からだって守ってるわけだし……約束したっていい、あんたは私が必ず護るよ」

 

 ヘラヘラと笑っていたライアだったが、約束という言葉が出た途端真面目な顔をした。

 これは信用してもいいかもしれないと葉の本能が感じた。


「おあぁぁぁぁぁあぁあああああ!!」


 安心したのもつかの間。咆哮のような男の叫び声に引き戻された。そうだ、まだシアンが戦っていたのだ、と。

 

 男の呪文によって槍のように襲っていた地面も気づけば殆どが氷に覆われている。しかしシアンを見れば、その後ろは壁。横には元々倉庫にあった貨物。逃げ場はない。

 我を忘れた男がトドメとばかりに剣を振り下ろす。


(危ない!!)


 思わず目をつぶる。そのせいで葉は見ていなかったが、この時のシアンは笑っていた。


「待ってました、ってやつだ」


 風を燃やしながら落とされる烈炎。その真正面から激しい音を立てて冷気がぶつかる。受け止めたのだ。

 それだけでは無い。鍔迫り合いの中、次第に男の炎の勢いが失われていく。


「そら、いい加減終わりだデカブツ。デカイだけじゃ私には勝てねぇよっと!!」


 その火が完全に消えた瞬間、目を見開いたシアンがそれを弾き飛ばした。

 体制の崩れた男を容赦なく蹴り飛ばしたシアン。端の壁まで吹き飛び、力なく項垂れた男を見て「あぁ終わった」と伸びをしていた。


(うっそでしょ、体格の差とか、どうなって……)


 文字通り筋肉ダルマになった男の剣を、葉とあまり変わらない歳の女の子が受け止め、蹴り飛ばす。

 普通に考えて意味がわからない。葉が呆然と眺めている間ライアはただただ爆笑していた。



「いきなりこんな現場に巻き込んじまって悪ぃ。怪我はしてないな?」


 呆然とする葉にシアンが声をかけた。

 周囲には崩れかけた倉庫の木材やほこりが舞い散り、まだ緊張感が抜けきらないが、漸く意識が戻ってきた葉は、戸惑いながらも慌てて返事を返した。


「あ、はい、あたしは大丈夫。おかげさまで」

 

「そりゃあ何よりだ。あんたになんかあったら、私達いる意味ねぇからなぁ」


 シアンの手にしていた剣が、まるで霰が溶けて消えるかのように粒となって消えていく。手品のような光景に葉は少し不思議そうに見入っていた。

 そんな彼女にシアンがゆっくりと言葉を続ける。


「説明が必要だよな。まぁなんとなく分かってくれたと思うんだけど、この世界には魔法が存在する。さっき見た通りの荒事も割とよくある」


 葉はその言葉を聞きながら、ここが自分の常識と根本から違うの世界なのだと改めて実感していた。想像はしていたことだ。ここではあれが日常なのだと。


 それでも彼女の胸には緊張と期待が入り混じる、説明し難い感情が湧いていた。

 まるで、初めてジェットコースターに乗る前のような、高揚と不安が入り混じったあの気持ち。

 それは決して戦いたいというものではない。ただ、どうしようもない壁も、この世界なら越えられるかもしれない。そんな淡い期待だった。


「うん、よくわかった。魔法なんて…………夢でも見てるみたいだけど、決して夢じゃないんだよね」

 

「その通り。そんであんたは自分の今後を考えないとならねぇ。こんなとこで言うのもなんだけどさぁ――


 

この世界に残るか、帰るか。迷イ人はまずそこを決めるんだ」


 

 浮ついた気持ちを地に下ろすように、シアンの視線が葉の目を射抜いた。

 自身に向けられた唐突な選択肢。しかしその意味を問う前に、葉の思考は別の声によってかき消された。


「ねーシアン。その話が重要なのはわかってんだけど…………そろそろこの倉庫崩れそう」


 ライアの言葉に、シアンと葉の間に一瞬静寂が訪れた。

 しかし、その沈黙も長くは続かなかった。天井からボロボロと落ちてくる瓦礫が、その静寂を一瞬でかき消したからだ。


「…………よし、私は何も知らん。あとのことはこの野郎共に任せよう」

 

「あはは!ひでーの。まー、元凶はこいつらだし、壊れて犯人にされても面倒だしな」

 

「その元凶にはお前も含まれてるけどな」

 

「しりませーん」


 軽口を交わしながらも、緊迫した状況に気を引き締めるライアとシアン。流石の葉もすぐに状況を察し、小さく背を縮めた。


「うん。逃げよう」

 

 シアンはそう言うと、迷わず葉を抱き上げる。お米様抱っこである。


「えっ、ちょっ、歩けますよ?!」

 

「いや、こっちのが早い。舌噛むからもう話すな」

 

「大丈夫大丈夫!ちゃんと迷イ人は保護するぜ、本当に!細かい現状も後で話すから」


 言うが早いか、シアンは走り出した。混乱の中、何故かライアが反対方向に逃げようとしたのを無理やり引っ掴んで。

 こうして、異世界での暮らしは突然幕を開けた。しかし実の所まだ何も始まっていないのだと、葉が知るのは次の日のこと。

 

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