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1章 3 護リ人

盛大なミスに気が付きました。3話の内容が途中までで消えていたことに。

今から読む方は何も問題ありません、どうぞこのままお読みください。

以前見たかもしれない人はすみません、こっちが本物です。(追記2026/05/25)

 ボスの男が手下の男に指示を出す。下劣な文言を聞いたせいか背筋に寒気が襲う。


「お嬢ちゃん大人しくしててくれよ、間違って切っちまうかもしれねぇ」


 何人かの手下の男が葉に近づこうと手を伸ばす。

 

 ――が、突然、そのうちの一人が転倒した。

 慌てた一人は隣をつかみ、ドミノ倒しのように倒れていく。


「何してやがる!!」


 ボスの怒号が部屋に響く。

 ざらついたコンクリートにヒビでも入っていたのだろうかと、男たちが足元を見た。


 するとどうだ、彼らが先程まで立っていた場所は、スケートリンクのようにツルツルとした氷で覆われているではないか。

 

 氷は水溜まり程の大きさから徐々に、じわじわと、意志を持つかのように広がっている。やがてそれは地面だけでは留まらず、転がったままの男に触れ、その身体を這うように肉を凍らせていく。

 

 蜘蛛の子を散らすように大慌てで氷から距離を取る手下達。その様子を見たボスは、ふと何かを思い出したように顔を上げた。その視線は葉の隣を向いている。


「クソ野郎、人が寝てる間に好き勝手殴ってくれやがってよぉ。あぁ体痛ぇ」


 ボスの視線の先、葉の隣から唐突に不機嫌な声が。

 そこには、白髪の少女が首を鳴らしながら胡座をかいていた。そしてその後ろには、バキバキに折られた木片が散らばっている。恐らく椅子だったものの成れの果てだろう。


「シ、シアンさん! 良かった、目を覚ましたんですね」

 

「おう。悪ぃな、寝てた。アンタをこんな危険に晒す予定はなかったんだが…………おいライアぁ!!」


 思わず縋るように名を呼ぶと、シアンはあっけらかんとした態度で葉の拘束を解いた。その後すぐにブチ切れ『ライア』と誰かの名を怒鳴り上げた。


「テメェ人を置き去りにした挙句早々に迷子りやがって、どこほっつき歩いてた! おかげでこちとら寝不足だわ」

 

「あはは! 寝不足は関係ねーでしょ、じっこせきにーん。体調管理くらいちゃんとしろってことだろ、幾つだお前」


 ボスの後ろからべーっと威嚇する金髪の少女。顔が似てるためもしやとは思ったが、やはり関係者のようだ。

 

 般若のようなシアンに、怖気付いた男たち。さらに慌てふためき、場が騒然とする。

 そんな中、ボスの男だけが静かにシアンを睨みつけていた。


「聞いたことはある、凍結の魔人、不殺の誓い、護リ人(まもりびと)のシアン…………。そこの氷も貴様の仕業だな」

 

「はっ、知ってるんなら話は早い。大丈夫大丈夫、身動きは取れなくなるが死にはしない。どれだけ非道な野郎であっても剣に誓って殺し()しないぜ」


 男の眉間にシワが寄った。よく見ればうっすらと冷や汗も滲んでいる。


 溜息をつきながら男の様子を一瞥したシアン。その手にはどこから出したのか、氷のような刀身の剣が握られていた。

 彼女は静かに「危ねぇから端によってろ」と葉の手を引く。


「シアンさんは? 逃げないの? 貴女頭から血でてるんだよ?! それに……」


 ――あんな大男に勝てるわけない。

 葉はそう言おうとしたが、真正面からシアンを見て思わず口を閉ざしてしまった。なぜなら、その目にに迷いは無かった。なんなら自信さえ伺える。


「言わないでくれてよかったぜ。いくら保護すべき迷イ人でもそれを言われちゃあ腹が立つ。安心しろよ、あの程度どうということも無い」


 葉が壁際に離れたのを確認した後、シアンは男達に向き直る。

 先程の挑発と、未だ氷から逃げ惑い、戦意喪失しかけている手下達を見て、ボスの男も苛立ちを顕にしていた。


「随分侮ってくれるな、女。立派な噂は耳にしているがまさかこんなガキだとは思わなんだ。どうやらただの独り歩きだったようだ」

 

「はっ、その態度だけは褒めてやるよ。ただ、次に私を外見で侮ったら潰す」


 虚勢か矜恃か、男は飽くまで泰然とした態度は崩さない。その後ろで「ボスかっこいい!」という手下の声と「うわー、怖いもの知らず〜」と呆れる声が混ざりあっている。

 

 二人は互いの剣を握り間合いを取り始める。

 男の目が僅かに揺れたように見える。対するシアンは目を離さない。決して油断はせずとも、緊張も畏怖も感じていない様子。なんなら欠伸までし始めた。精神的余裕がどちらにあるかは誰の目から見ても明らかだ。


「欠伸とは余裕そうだな、護リ人!!」


「声がでけぇよ。筋肉野郎」

 

 好機とばかりに男が剣を振り下ろす。

 シアンはそれを一瞥し、軽く回避。そのまま足を深く踏み込み、男の首目掛けて回し蹴り。寸前のところで防がれたものの、防いだ男の腕に氷がまとわりついている。

 氷は腕から急速に広がり全身を捕食するように覆っていった。


「何あれ、人が凍って……?!」


 思わず声に出た。

 CGではない、手品にも見えない。先程の地を這う氷と同じだ。それはまるで魔法のような奇術。

 葉が動揺している中、シアンは男に切っ先を向けていた。


「ひとつ聞く。どうやって迷イ人の場所を知った。誰かの入れ知恵か?そいつを売ればその氷取ってやるよ。売らねぇってなら腕ごと取る」

 

「……慈悲など要らん。情報は渡さない、信頼が崩れては困るからな」

 

「あぁそうかよ。人攫いに信頼もクソもあるかって話だけどな……でもまぁ、言わねぇならもういいか。ちゃっちゃと終わりにしよう」


 如何に屈強な筋肉と言えども、さすがに半身も凍らされては身動きが取れないらしい。ギシギシと音をたてるも、男の腕はピクリとも動かない。


 やがて男は反対の手で隠し持っていた液体を足に注射した。

 すると、突然の筋肉が爆発したように膨張を始めた。何かしらのドーピングなのだろう、一回り大きくなった肉塊が衝撃で氷を砕いている。そして再び剣を構え、静かに言葉を放つ。


「『剣を焚く 地を揺らす 脈を打つ音に隆起せよ』」


 それは不思議な響きだった。

 音も、単語もしっかりと聞こえているのに、意味が理解できない。否、脳内で再生してみれば単語の意味はわかる。だが、男から発せられた意味はどこか違うように感じた。

 身体の内の、懐かしい何かを揺らすような音。

 

 男の声が消えると同時に、彼の剣が轟々と燃え、シアンの足元が波打ちだす。男が剣を携え蹴り出すと共に地面が盛り上がり、槍のように次々とシアンへ襲いかかる。


「へぇ、抵抗するか。んじゃまぁ、半殺しは覚悟だな」


 一つは避け、一つは凍らせ、一つは叩き切る。

 一気に形成は逆転し、防戦になっているのが葉の目から見てわかる。

 

 手下共のように統率のない動きでは無い。一つ一つが手足のように明確に退路を塞いでいる。その最中にも男は炎の剣を振り回し、強烈、凶悪な傷跡を建物や地面に残していく。かすっただけでも致命傷。加えて大火傷だろう。


(見てるだけで緊張する……これが…………異世界)


 葉は強ばった身体を解くようにフッと息を吐く。その吐息が白く視認できたことで、空気が冷えていることに気がついた。


(体は暖かいから気づかなかった……もしかしてここ、すごく寒い?)


 何故だか葉は寒さを感じていなかった。むしろ暖かい気さえする。

 冷気の発生源はもちろんシアンだろう。正確にはシアンの持つ剣。男の燃える剣から出た熱と対抗するように冷気が纏っている。

 

 ふと周りを見渡すと、先程まで氷で滑って転がっていた手下たちの姿が見えない。心做しか胸騒ぎがする。


「お、女ァ! この迷イ人がど、どうなってもいいのか?!」


 そう考えた直後、昼間にも経験した首への冷ややかさを感じた。


「あ?」

 

(うーん、デジャブ……)


 本日二度目の人質である。

 さすがに二度目ともなると「またか……」という気分だった。

 しかも男は冷気のせいで震えが止まらず首の辺りでナイフがブレている。気が気でないからやめて欲しい。


「よそ見をするな護リ人!!」

 

「してねぇよ、うるせぇなぁ!!」


 流石に気がそれたらしいシアンに、ボスの男が畳み掛ける。しかしシアンは一瞥した後にすぐボスの男に向き直った。もちろん、葉を見捨てたわけではないのだろう。シアンの視線は安心したように、葉の背後に向かっていた。


「あっははははは! 信用されてる? 光栄ですねー、気持ちわりー」


 突然、葉の後ろから、正しくは葉の背後にいる男のさらに後ろから声が聞こえた。気が抜ける笑い声だ。


「な、新入り? 何を……ひっ」

 

「さーせんさーせん、裏切りました! ごめんなさーい」


 そこに居たのは全く謝意のない声色で金髪の少女。

 ライアと呼ばれていた彼女は、男を糸のようなもので縛り上げていた。男が動こうとする度にギチギチと糸がくいこんでいる。


「おっとー、動かない方がいいぜ、切れちまう。……あーあ、本当はもう少し信頼勝ち取ってからのつもりだったんだぜ?だってそっちの方か楽しそうだから。でもよー、流石に迷イ人に手出されたら黙ってる訳にはいかねーんだわ」


 「その物騒なもん、離してくれるよな?」と男に詰め寄るライア。寒さ以外で震えを大きくした男が大人しくナイフを落とすのを確認し、彼女はニコニコと笑いながら糸を解いた。

 今度こそ完全に、男の戦闘意欲は潰えたようだった。


「ほい、お嬢さん。あー、うん。切れてはねーな。大丈夫大丈夫!」


 無事を確認するようにライアがまじまじと葉を見回す。

首の辺りにうっすら跡らしきものは付いているものの、血は出ていので心配いらないそうだ。


「えっと、あの……助けてくれて?ありがとうございます?」

 

「なんで疑問形?」

 

「イヤだって、ほんとに味方かわかんないし」

 

「あはは! そりゃそうだ。アレだよ、よく言うだろ? 『敵を騙すにはまず味方になってから』!」

 

「言わないと思う」

 

 葉を気絶させた件といい、縛られていたシアンを蹴飛ばした件といい、どう考えても人攫い側の人間だったはずのライア。助けられたとはいえ素直に感謝を述べてもいいものかと、つい疑問形になってしまう。


「でもこれは言ったろ? 悪いようにはならないって。だからちゃんと冷気からだって守ってるわけだし……約束したっていい、あんたは私が必ず護るよ」

 

 ヘラヘラと笑っていたライアだったが、約束という言葉が出た途端真面目な顔をした。

 これは信用してもいいかもしれないと葉の本能が感じた。


「おあぁぁぁぁぁあぁあああああ!!」


 安心したのもつかの間。咆哮のような男の叫び声に引き戻された。そうだ、まだシアンが戦っていたのだ、と。

 

 男の呪文によって槍のように襲っていた地面も気づけば殆どが氷に覆われている。しかしシアンを見れば、その後ろは壁。横には元々倉庫にあった貨物。逃げ場はない。

 我を忘れた男がトドメとばかりに剣を振り下ろす。


(危ない!!)


 思わず目をつぶる。そのせいで葉は見ていなかったが、この時のシアンは笑っていた。


「待ってました、ってやつだ」


 風を燃やしながら落とされる烈炎。その真正面から激しい音を立てて冷気がぶつかる。受け止めたのだ。

 それだけでは無い。鍔迫り合いの中、次第に男の炎の勢いが失われていく。


「そら、いい加減終わりだデカブツ。デカイだけじゃ私には勝てねぇよっと!!」


 その火が完全に消えた瞬間、目を見開いたシアンがそれを弾き飛ばした。

 体制の崩れた男を容赦なく蹴り飛ばしたシアン。端の壁まで吹き飛び、力なく項垂れた男を見て「あぁ終わった」と伸びをしていた。


(うっそでしょ、体格の差とか、どうなって……)


 文字通り筋肉ダルマになった男の剣を、葉とあまり変わらない歳の女の子が受け止め、蹴り飛ばす。

 普通に考えて意味がわからない。葉が呆然と眺めている間ライアはただただ爆笑していた。



「いきなりこんな現場に巻き込んじまって悪ぃ。怪我はしてないな?」


 呆然とする葉にシアンが声をかけた。

 周囲には崩れかけた倉庫の木材やほこりが舞い散り、まだ緊張感が抜けきらないが、漸く意識が戻ってきた葉は、戸惑いながらも慌てて返事を返した。


「あ、はい、あたしは大丈夫。おかげさまで」

 

「そりゃあ何よりだ。あんたになんかあったら、私達いる意味ねぇからなぁ」


 シアンの手にしていた剣が、まるで霰が溶けて消えるかのように粒となって消えていく。手品のような光景に葉は少し不思議そうに見入っていた。

 そんな彼女にシアンがゆっくりと言葉を続ける。


「説明が必要だよな。まぁなんとなく分かってくれたと思うんだけど、この世界には魔法が存在する。さっき見た通りの荒事も割とよくある」


 葉はその言葉を聞きながら、ここが自分の常識と根本から違うの世界なのだと改めて実感していた。想像はしていたことだ。ここではあれが日常なのだと。


 それでも彼女の胸には緊張と期待が入り混じる、説明し難い感情が湧いていた。

 まるで、初めてジェットコースターに乗る前のような、高揚と不安が入り混じったあの気持ち。

 

 それは決して戦いたいというものではない。ただ、どうしようもない壁も、この世界なら越えられるかもしれない。そんな淡い期待だった。


「うん、よくわかった。魔法なんて…………夢でも見てるみたいだけど、決して夢じゃないんだよね」

 

「その通り。そんであんたは自分の今後を考えないとならねぇ。こんなとこで言うのもなんだけどさぁ――


 

この世界に残るか、帰るか。迷イ人はまずそこを決めるんだ」


 

 浮ついた気持ちを地に下ろすように、シアンの視線が葉の目を射抜いた。

 自身に向けられた唐突な選択肢。しかしその意味を問う前に、葉の思考は別の声によってかき消された。


「ねーシアン。その話が重要なのはわかってんだけど…………そろそろこの倉庫崩れそう」


 ライアの言葉に、シアンと葉の間に一瞬静寂が訪れた。

 しかし、その沈黙も長くは続かなかった。天井からボロボロと落ちてくる瓦礫が、その静寂を一瞬でかき消したからだ。


「…………よし、私は何も知らん。あとのことはこの野郎共に任せよう」

 

「あはは! ひでーの。まー、元凶はこいつらだし、壊れて犯人にされても面倒だしな」

 

「その元凶にはお前も含まれてるけどな」

 

「しりませーん」


 軽口を交わしながらも、緊迫した状況に気を引き締めるライアとシアン。流石の葉もすぐに状況を察し、小さく背を縮めた。


「うん。逃げよう」

 

 シアンはそう言うと、迷わず葉を抱き上げる。お米様抱っこである。


「えっ、ちょっ、歩けますよ?!」

 

「いや、こっちのが早い。舌噛むからもう話すな」

 

「大丈夫大丈夫! ちゃんと迷イ人は保護するぜ、本当に!細かい現状も後で話すから」


 言うが早いか、シアンは走り出した。混乱の中、何故かライアが反対方向に逃げようとしたのを無理やり引っ掴んで。

 こうして、異世界での暮らしは突然幕を開けた。しかし実の所まだ何も始まっていないのだと、葉が知るのは次の日のこと。

 

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