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氷炎護リ人  作者: 有麻環
二章 フォレイグン屋敷編
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2章 9 烏天狗

「ダメだこりゃ」


 屋敷内で全力疾走する2人。全く褒められたものではないが仕方がない。前門の虎後門の狼ならぬ、前門のマネキン後門にもマネキンである。

 このまま走り続けても埒が明かねぇ。と、前を走るシアンがこちらを向いた。


「ソラ!二手に別れるぞ、屋敷から出ないことにはロクに戦えねぇ。私はこのまま正面から出るからお前は――」


 お前は窓から外に出ろ。

 

 ――と言いたいのだろう。ちょうどいいことに、換気用に開けっ放しの窓があった。

 

「わかって――っらあ!」


 なんの躊躇いもなく窓縁に足をかけ、外に飛び出すソラ。ここは三階だ、後ろから迫っていたマネキン達は動揺の色を見せる。

 この程度の高さ、ソラにとってはなんの問題もない。このまま着地を――しようとした。


「――――ッ」


 突如、空が光った。今は昼間だと言うのに。流星群のような、槍の雨のような。星の光が明確な敵意を持って襲いかかる。

 瞬時に察知し、己の羽織を翻しこれを防ぐ。

 ダンっと着地。辺りは先の攻撃で酷い有様だ。せっかくの庭園が……。と眉を寄せるソラ。

 

「いきなり攻撃しかけてくるとか、なかなか容赦ねえな………………あ?」


 そこに居たのは()()()()()。己と同じ、金髪褐色の。知らない人が見れば双子かと見紛うほどに。


「なあ、『人狼』。最近知ったんだが、星と太陽は同時に存在するんだと。星は強すぎる光の前に姿を隠しているだけで、確かにそこにいるそうだ」


 妙に落ち着く、いや逆だ。まるで自分の声を聞いているかのような違和感。逆光に覆われた男は降臨するように、ゆっくりと降りてきた。

 背丈はソラよりも少し高い。ソラがもう数年成長していたならば、こんな姿だっただろうと思わせる風貌。唯一の違いといえば、ソラが生まれつき持つ痣。鼻を横断する切り傷のような痕。目の前の彼にはそれがなかった。

 男は鋭い目つきでソラを見る。

 

「お前が、『雷霆の人狼』ソラ=ドラッド」

 

「如何にもその通りだけど。お前何、その魔力は…………ちょっと流石に無視できねえ」

 

 ソラにとって問題なのは外見ではない。その魔力だ。攻撃に転化されていない今ならよくわかる。

 忘れるはずがない。暖かい、包むような、撫でるような。あれは、あれは大昔に死んだはずの姉、サラ=ドラッドの魔力だ。


 ☆。.:*


 所変わって正面玄関。蓮夜はライアの背を、その向こうに立つ敵をじっと見据えていた。迷イ人である己を狙う組織――フィブル。その現場監督と名乗る男、ギルドー。家主クロウドに変わって召喚霊を使役しているであろう子供、ロカ。

 蓮夜達を護ると豪語したライアに、ロカが冷たく言い返す。

 

「多勢に無勢って知らないの。こっちの戦力は、ほぼ無限なんだから。昨日は遠くて変な指示出しちゃったけど、今は違う。侮るのは、すごく良くない」

 

「あー、あいつか。シャナ?間違いなさそ?」

 

「うん。あの小さい方が召喚霊の術者だよ」


 魔力感知に長けたシャナのお墨付き。今屋敷中を徘徊するマネキン、もとい召喚霊の術者はロカで間違いない。


「つまり、アイツがあの霊達を強制的に動かしてるんスね?」

 

「蓮夜、お前も下がってろ」

 

「いいえ、ライアさん。俺のことは気にしないで大丈夫っス。それよりも、俺にはやらなきゃいけない事ができたから」


 一歩進み、ライアと並ぶ蓮夜。彼には下がれない理由があった。

 声が聞こえる。悲しい、苦しい、怖い。本当は人間を襲うつもりなんてないのに。死して尚立ち止まるのは、人の温もりを感じたいからであって……仲間を増やしたい訳では無いのに、と。そして何より、「助けて欲しい」と。


「ふむ。ロカ、メインサンプル(蓮夜)は貴女に任せましょう。(ワタクシ)はあちらのニューサンプル()を」

 

「ギルドーひとりじゃ荷が重そうだけど」

 

「そこはほら、上手いこと霊を回してくださいよ」

 

「人使いが荒いの、すごく良くない」

 

「だーから、させるかっつーの」


 のんびりと話し合いを始める2人に、ライアが腹を立てている。ちょうどいい。ギルドー曰く、蓮夜はロカが担当するそうだ。


「まあ、いいか。えっと……第10サンプル、伊猟蓮夜。とりあえず、大人しく捕まって。お前の力は、我々が研究するべき」

 

「お断りっス」

 

「どうして」

 

「ホントにわかんないんスか?」


 断られることが心底不思議だ、という顔をするロカ。


「単純に、あんた達みたいな怪しいヤツらの所にのこのこ行くわけないってのが一つ」


 今すぐに飛びかかりたくなるのを抑える。


「そして、召喚霊を扱うあんたの態度が気に食わないってのが一つ」


 風が強くなってきた。意志を持つように蓮夜の周囲に集まる。


「態度?何が言いたいのか分からない。霊は霊。そこに意志はないし、あったとしても死んだ意思に価値は無い。余計なことに思考を散らすのは、すごく良くない」


 拳を握る。爪が掌に食い込むのも厭わない。周りの音が遠くなる。自分は今、怒っているのだと俯瞰する。子供と言えど、その思想は相容れない。許容できない。

 蓮夜は射抜くようにロカを見る。その声は、決して大きい訳では無いけど、確かに怒りを含んでいた。


「じいちゃんが言ってたっス。召喚霊は特定の誰かではないけれど、誰かの未練の集合体だって。俺の家系は人と妖を繋ぐもの。その果てに目指すのは悪霊の声に耳を傾けること。形は違えど召喚霊もかつて生きた誰かの声。それを無理やり従わせるなんて…………俺には絶対許せないことっスよ」


 屋敷の家事をする霊達は、いつも自分に声をかけてくれる。

 毎日違う声だけれど、間違いなくそこに意志があった。

 伝える顔はなくとも、間違いなくそこに感情があった。

 

「迷イ人の研究だかなんだか知らないっスけど――

 

 死した魂を無下に扱う外道なんぞに、俺の誇り()は奪わせない!!」


 風がいっそう強く吹いた。蓮夜の手には赤い番傘が握られている。

 かつての友を強く想う。今はもう会うことがない、産まれた世界に置いてきた友の姿を、力を、温もりを。

 気づくと、蓮夜の纏う服が形を変えていた。正確には、別の何かに上書きされている。その衣服は、山の守り人、修験を行く者。荒ぶ嵐も、唸る颪も、ただ一振で自由自在。艶やかな黒を羽ばたかせ、時に慈悲を、時に非情を撒き散らす。


「『土は土を支え、心を交わす杯を持つ』

 今日もどうか、俺に力を貸してほしいっス――――『鴉天狗』!!」


 妖力降術。

 かつて蓮夜が生きた世界で代々伝わる秘術の本領が、今初めてエインスカイに舞い上がる。

 

 ☆。.:*


 屋敷の奥。一際厳格な存在感を放つ扉の向こう。外とは隔絶されたかのような静けさだ。

 

「爺さん。起きてるだろ」


 部屋を占領するかのごとく大きなベッド。その傍らに銀髪赤眼の青年。今朝方、青年が異界の少年と共に作った朝食を運んでいる。

 

「おや、リュウガ。すまないね、わざわざ朝餉を持ってきてくれたのか」

 

「当たり前だ」

 

「これは蓮夜が?相変わらず美しい艶やかな料理だね」


 青年は隣に腰かけ、サイドチェストに盆を置く。

 のそりと起き上がった家主の老人。その顔は妙に青白い。

 老人はしばらく目を閉じた後、鋭い眼光を青年に向ける。

 

「何か、外が騒がしいようだけれど」


 騒がしい。おかしな話だ。いっそ不気味な程にこの部屋は静寂に包まれている。ダンピール故、人より五感の優れた青年でさえ何も聞こえないというのに。

 

「何でもねえよ。ただ、あんたの気にしてたことが起きただけだ。三馬鹿がいるから問題ねえだろうけど」

 

「そうか。奴らが、また蓮夜を狙って来たか」

 

「みたいだな」


 なんともない会話を続ける二人。青年の表情は部屋に入った時から変わらない。疑うような、見定めるような、あるいは覚悟を決めたような。

 

「それで?お前は何をしている」


 老人の一言で空気が変わった。その目は青年に向けられる。ここに犬や猫がいたのなら、一声も鳴かず一目散に逃げ出していただろう。それほどに重く、鋭い空気だ。

 

「何をボサっとしているかと聞いているんだ。私を侮ってはいけないよ。外がそんなに悠長にしてられるほどの状況じゃないことくらいわかる」


 青年は黙ったまま老人を見つめる。

 

「血を飲め、リュウガ。お前は蓮夜の兄貴分だろう。勝利を確実のものにするにはそれしかない」


 確かに、ある種吸血鬼である青年は、血を飲むことで神の眷属としての力を発揮できる。何らかの事故で最強と名高い、あの三馬鹿が負ける可能性だって有りうる。保険が多いに越したことはない。――――が。

 

「…………断る」

 

「私の言うことが聞けないか」

 

「ああ。聞けないな」

 

 青年はキッパリと否定する。

 老人が目を見開いた。心做しか手が震えている。それは怒りか、失望か。老人は怒鳴るように息を吸った。

 

「何だとっ……ヒュッ…………うっ、ごほっ」


 その空気を吐き出す前に、老人の口から赤が飛び出す。苦しげに歪む表情。まともな呼吸はできない。老人はすぐさま悟った。

 

「リュウガ……貴様、まさか。毒を!!」


 朝餉だ。

 あろうことか、青年はその料理に毒を盛ったのだ。老人の思考が段々と麻痺していく。見上げるように青年を見るが、上を向いた青年の表情は伺えない。青年はブツブツと何かを口にしている。

 プツンと、何かが切れたように、青年が項垂れた。そして、気が狂ったように頭を掻き毟る。

 

「あああああああ!」

 

「リュウガ…………どうし……げほっ」

 

「うるせえなあ、ちょっと黙っててくれねえか?」


 憎たらしい。恨めしい。青年の手にはメスのような、小型のナイフが握られている。

 

「リュウ、が――はっ、ひゅっ」


 老人の声は届かない。言葉になる前に、喉笛ごと断ち切られたのだ。気管が裂け、脳に空気が届かない。ヒューヒューと音のなる笛のようだ。

 青年は老人を見下ろす。その目に映るものを、その口が語る言の葉を、もはや老人は認識できなかった。


「いい加減うんざりだぜ」

 

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