2章 12 次元が違う
金属の音が弾ける。
剣が相手に刺さるたび、自分の体も血を吹き出す。しかし、相手の剣は一方的に皮膚を裂く。煌びやかだった庭園は、もはやどちらの物かわからないくらいの赤に染まった。
ベルクの剣がまた頬を裂いた。初手で視界を潰された右側だ。薄皮一枚。寸前のところで身を翻し、その勢いを利用して、思い切り腹を蹴り込む。吹き飛んだベルク。後ろにあった大木へと叩きつけられた。
「あっは!いってぇ〜〜〜〜」
「テメェマジ、クソ面倒!こっちはさっさとクロウドのとこ戻らなきゃなのによ!」
未だに入らない決定打。シアンはかなりイラついていた。相手が強いのは結構だ。しかし、こうも自身の攻撃が帰ってくると腹がたつ。だからと言って、この程度で攻撃の手を緩めるシアンではないのだが。
ここでふと、ある違和感に気づいた。
思い切り蹴り飛ばした割には自身への衝撃がない。かなり強く蹴ったので、それなりの覚悟はしていたのだが……。どうやらこの魔法には何かしらの発動条件があると見える。
「考え事かぁ?流石だなぁ〜余裕綽々?」
飛んできた剣に思考を切られた。やはり当初の宣言通り、相手が倒れるまで殴った方が早そうだ。自分のダメージなど、耐えてしまえば問題ない。
少し下がって、再び剣を構える。先程の蹴りが聞いたのか、ベルクの動きが鈍い。少しよろついた――今。
一瞬の隙を縫うように剣を走らせるシアン。相手が防御に入るまでの時間。自分との距離。剣を振る速度。
確実に決まる――――はずだった。
「あっぶねぇ〜〜。危機一髪ってやつぅ?」
「チッ、嘘だろおい」
(剣が弾かれた……?タイミング間違えたか?)
あと一歩足らず。間に合うはずのなかったベルクの剣が、シアンの剣を押し返した。
空間のショートカット。
通常、召喚以外の空間を操る魔法は、護リ人の血筋にのみ使用できる特異魔法の一つだった。しかし、今の剣は間違いなく空間を歪ませた。それこそ、初めにシアンが外に出た方法と同じ。そこまで考えてピンと来た。
「考えたな!魔法使用時の魔力の揺れ、属性エネルギー変換の法則と強度。薄い線をなぞるように完璧に『模倣』したって訳か」
「そうだ!言ったろぉ〜、オレは真似が好きなんだって。一回見ればだいたい真似できる!」
動揺か、ふと力が抜け剣が弾き飛ばされる。それは自身から離れて地面に突き刺さった。取りに行くには間に合わない。
「そりゃあ結構な観察眼。…………ただ、甘い」
「は?」
初めの勢いはそのまま、一歩。強く踏み込んだ。武器は手になく、下手に魔法を使うと真似される。しかし人にはもっと原始的な攻撃方法があるはずだ。
「剣がないなら、魔法が使えないなら、
――――――――――殴ればいいだけの話だろ!!」
「はぁ?!がっ……………………はっ」
ベルクの頬に拳がめり込む。反撃は来ない。ダメージの反映もなし。今度こそ、この真似っ子野郎を打ち倒した。
「一つ種を暴いてやるよ。お前の怪我は魔力を通さないと映せない。つまり、物理攻撃なら問題ねぇ」
ゆっくりと背を向け、突き刺さった剣を引き抜く。その剣には魔力が帯びていた。聞こえているかは分からないが、勝者の特権として言わせてもらおう。
「あとな、真似するのがーって言ってたけど……お前、逆だぜ。鏡合わせじゃいつまでたっても同じになれねぇよ」
未だ強い風が吹く。屋敷の敵は、まだ残っているらしい。
「だってそうだろ?鏡とリアルじゃ、次元が違う」
☆。.:*
ベルクがやられた。仮にもフィブルの主戦力を担う男が。
己もそうだが、相手が悪い。あまりにプレッシャーだ。今は別組織に派遣されている彼女も、自分も、何れこれを超えなければならないのか、と考えただけで憂鬱になる。
「ソラぁ!私、クロウドんとこ戻るわ。そこで寝てるやつ見といて」
「だからンな余裕ねえっつったろが!」
「んじゃ、よろしくぅ」
「話を!聞け!!」
シアン=ディアスタシア。ベルクとの戦いで、右目を潰し、それ以外も血塗れで尚、平然と走り去っていった。最早、あれを同じ生物と認識したくない。否、実際、違う生物か。
「はあ…………。で、だ。悪い、待たせたな。まだお前に聞きたいことは山ほどあるんだ、話の続きといこうぜ」
そう言って構えるソラ。こちらも、それなりに高出力、高頻度の攻撃を仕掛けたはずだが息も切れていない。
土を蹴り抉る音がした。先程の撃ち合いで既にわかっている。音がした時、既に相手はそこにいる、と。
「聞きたいことは三つ」
ソラは自身の前で腰を低く構え、ボクシングのように拳を上げる。何とか一歩下がり、直撃は免れた。ピリッとする感覚。少し頬を切ったかもしれない。
「一つ、お前らフィブルの目的」
次のジャブ。これは手で防ぐ。
「二つ、クロウド及び屋敷に何をした」
逆サイドのフック。腕で受けるも、骨の芯まで響く重さ。さらに、間髪入れず次の拳。下がるのがギリギリ。
「三つ!」
その声と同時に、視界の端から鋭い踏み込み。これは避けられない。足を上げ、腕を蹴り払ってなんとか軌道を逸らす。
「お前とオレの姉貴、サラ=ドラッドの関係性。聞きたいことは以上だ」
全体的にソラは腰が低い。攻撃は当てにくいし、体幹がぶれないため威力も高い。こちらは極限まで集中してやっとだというのに、むこうは会話の余裕もある。
さらにいえば、戦闘始まって数分。「余裕が無い」と言う割に、彼は一度も魔法らしきものを使っていない。つくづく己には荷が重い相手だ。
「では、お望み通り問いに答えようか」
動揺を隠せ。精神面で持っていかれたら、勝機があっても見失う。
本当に話をする気があるようだ。ソラの動きが止まった。警戒心は解けていないので、不意打ちは無理だろう。別に答えて困ることも無い。息を整えるためにも、先ほどの問に答えよう。
「一つ目。オレも詳しくは知らないが、フィブルの連中はとにかく迷イ人の研究をしたいらしい」
怪訝そうな顔をするソラ。そんな顔をされたとて分からないものは分からないのだ。ガルはフィブルで産まれただけの戦闘員。研究云々についてはさっぱりだった。
「二つ目は…………」
「二つ目は?」
ふと、言葉が詰まった。「これ、わざわざ素直に答える必要があるのか?」、と。ディアスタシアの双子ならまだしも、この男ならば交渉の余地はある。
「二つ目は……話してもいいが、条件がある」
「はあ?…………まあ、いっか。言ってみ」
ソラは一瞬不機嫌そうな顔をした後、頭をわしわしと掻きながら頷いた。
さて、条件とは。ここは組織に属する者として、フィブルに利益のあることを言うべきか。
例えば、迷イ人を一人差し出す事に一つ問に答えるとか。それともフィブルに手を出すなとか。否、前者は双子が許さないだろう。後者に関しては、元より撤退してしまえば問題ない。
この場はともかく、本拠地のヴァツルナ大陸に戻ってしまえばソラは手が出せない。一応、彼はかの大陸を出禁になってるから。大昔、フィブルの大元になった研究組織を吹き飛ばし、酷いクレーターを残した故だそうだ。
――否、考えるまでもない。条件なら初めから決めてある。
ガルはゆっくりと呼吸をし、前を見据えた。
「一つでもいい。魔法を使って戦え」
ソラは一瞬目を見開き、小さく「そんなこと……?」と呟いた。本人からすれば大したことの無い話でも、ガルからすれば充分意味のある条件だった。
動きが止まったソラへ畳み掛けるように言葉を続ける。
「オレの外見か、魔力か、どちらにせよ少なからず躊躇いがあるだろう。
少しでもいい、『雷霆の人狼』ソラ=ドラッドの本気を見せてくれ」
ガルがそう言うと、ソラは何かを考えるように腕を組んで上を向いた。そのうち、彼の周りの空気が強い静電気のようにバチッと弾けた。
「いいだろう。聞きたいことはお前を倒してから聞くことにする。だから…………」
ソラの姿が形を変える。四肢は黒灰色の毛におおわれ、鋭い爪が生える。加えて、「お前の声をよく聞くためだ」と言わんばかりの立った耳。それは凡そ人のものではなく、動物、それも肉食の獣。
(話には聞いていたが、本当に体の一部だけ変身するのか……。これが『人狼』と呼ばれる所以)
エインスカイにおいて、変身魔法自体は特別珍しいものではなかった。しかし通常、それは全身を変えるもの。
体の一部のみ、それも二足歩行の人間と四足獣といった構造の異なるものを複合させるのは至難の業だ。使える者はそう多くない。
ガルが関心していると、半獣となった男が射抜くようにこちらを睨む。その目はまるで狩りをする捕食者。しかしこちらとて逃げるだけの餌ではない。逆に食い殺すつもりで剣を構える。
「――――だから、頑張って死ぬなよ」
「望むところだ」
星が光り、狼の遠吠えが聞こえた。




