タダほど怖いものはなし
主人公視点に戻ります。
豪奢な城内風景にもそれなりに慣れてきた頃。
慣れたと言えども、その煌びやかさには毎日目を焼かれる思いだが、まぁ、視界の暴力な豪華さはもはや今更なので、考えるに値しない。
場を変え人を変え、どこに行くにもやたらとお礼を言われたが、お礼を言うべきは一切お金を払うことも、労働で返すこともないのに寝食を提供されているカリーナの方であって、彼らではない。
ゆえに、お礼として差し出される──どころか、どうか受け取ってくれと半ば押し付けられるような形で渡される宝飾品、金銀財宝、高級な品々の数々……。
挙げればキリがないそれらを断ることはいたって普通の流れ──のはずなのだが、その彼らの主であるアストラとリディアが、いいから受けとってやれと言うので、カリーナは大人しく受け取ることにした。本当にしぶしぶ。
全く訳が分からないが、気の済むのなら受け取ろう。本当になぜお礼を言われるのかまっっったく分からないが。
そんなことを繰り返していたその数日後、カリーナはアストラとリディアにお茶会に誘われた。
わざわざ改まって一体何かと思ったものの、断る理由も無いため承諾する。そうして、そのまま案内された応接室にて、二人とお茶を傾けていた。
「そうそう、今日呼んだのはこれを渡そうと思ってな」
「? はい」
会話の途中でポンと渡された物に、カリーナは目を瞬かせる。
(?????? え、ポー、チ?)
脈略もなく突然現れた、というか差し出されたのはポーチだった。
「……? え、何これ。なんですか?」
「まぁ、お礼だな」
「ええ、お礼ですわ」
「何もしてませんけど……????」
ブルータス、お前もか。
度合いは恐らく全く違うが、カリーナは今なら前世の偉人ユリウス・カエサルの気持ちが分かるような気がした。
散々貰ったはずだ。この間のパーティーでお礼は終わったのではなかったのか?
なぜ、この二人にまでもお礼とやらを貰っているのだ自分は。
「あっても困らんだろう? 俺たちからだ。気持ちばかりのものだが受け取っておけ」
「なにこわ…………」
本当になんでこんなもの貰ってるんだろうか。気持ちばかりとは言うが、その気持ちとは一体。
カリーナは人知れず恐怖に震えていた。
ついこの間からお礼と称して色んなことをして貰っている上に、何かしら物を貰っている。
何人かの貴族らしき方々なんて、文字通りの金銀財宝を軽々しく寄こしてくるので、間違っても落としたり傷をつけたりしないようにカチンコチンになって歩かなければならなかった。
あれほど肩の凝ることはなかったし、相当神経を使ったのもあってか、泊まらせてもらっている部屋について、それらを下ろした後はなんと手足の筋肉が若干強ばっていた。
ただの平民にそんな価値の高いものをポンと渡さないで欲しいものだ。扱いに困るし、何より持っているには身分不相応だろう。
しかし、渡されるので受け取らざるを得ない。
カリーナは僅かに混乱しながらも、とりあえず素直に受け取っていた。不審なものは全くなかったのもあって、毎度毎度断るのが忍びないためである。
いやまぁ、心当たりのないお礼をされるのは普通に不審なのだが。ついでに言うと、何回か断ろうとしたのだが、いいからいいからと手に乗せて来られれば受け取るしかない。
何度も断りの言葉を告げるのも失礼になってしまうし、なぜか知らないが全員すべからく押しが強かった。
この国の人々は、自国の皇帝様に似て強引らしい。
先頭に続くというか、お上が左を向けば左を向くようなそれと同じことなのだろうが、それにしたって、である。なにもそんなところを似なくても良かったのではないだろうか。
統治が行き渡っていることに感心すればいいのか、どいつもこいつも行動が似通っていることに引けばいいのか、いまいち判断に困るところだ。
それはさておき、問題は目の前のこのポーチである。ウエストポーチと呼ばれるであろうそれ。
しかし、これをそのまま受け取っていいものだろうか。
カリーナはそれを凝視する。
何の変哲もないウエストポーチだが、渡してきたのはアストラとリディアである。皇帝とその婚約者という非常にノーブルな立場のこの二人が、普通の基準のものを渡してくるだろうか。
無さそうである。
(絶っ対になんかあるでしょ)
ウエストポーチを前に沈黙するカリーナに、アストラが説明をし始める。
「それはな、無限に物を収納出来るという代物でな」
「……はい?」
「容量は大体、そうだな。家が一つ入るくらいか?」
「はぁ…………」
(なんて…………??????)
ぽかんと気の抜けた返事をしたカリーナは、アストラを見やる。思考停止した顔だった。
いえがはいるくらいってなに。
「ほら、アス。カリーナさんが固まってしまったではないの。やっぱりもっとちゃんとしたものにした方が良かったのではなくて?」
「やはりもう一ランク上げたものにすべきだったか」
「違います絶対にやめてください」
カリーナが固まっている理由を、二人はとんでもなく見当違いな方向で解釈し始める。
カリーナは即座に止めた。若干食い気味になったが仕方がない。軽率にグレードを上げるな。
固まっていたのは不満を持っていたからではなく、自分では到底手の出せないだろうとんでもねー高価な代物が出てきて驚いたからである。どうしていいか分からなかっただけで、全くもってこれ以上のものにして欲しいからではない。
これ以上のものとか、ど平民のカリーナに一体どうしろと。
「そうか? まぁ、俺たちが持っている物と比べればグレードが下がる物になるがな」
「下げて家一件て何……」
カリーナは天を仰いだ。ついていけねぇ。
家が一つまるまる入る容量ってどんだけだ。この二人の言っている家の規模が、カリーナの想像している家とは違いそうな気がするのだが、気の所為だろうか。
気の所為にしたい。
とはいえ、グレードを下げてくれているようで良かった。ワンランク上とか、冗談ではない。
「そうですわねぇ。わたくし達が使っているものより一つだけランクが下ですのよ。同じものを用意しようと思ったのですけれど、それは諌められてしまって……」
安堵した瞬間に落とされたリディアの爆弾発言に、カリーナは白目を剥いた。
(気軽に渡すなそんなもの〜〜〜〜〜〜!!!!)
グレードを下げたと言っていた筈なのに、一つしかランクが違わないらしい。そんなのほぼ同格ではないか。
頭痛がしてきたカリーナはこめかみを押さえる。
これが常識の違いなのだろうか。それとも育ちの違いか。両方あるのだろうが、そんなとんでもない代物を軽く渡してくるのはどうかしている。住んでいる世界の乖離が凄すぎて本当に着いていけない。
しれっと自分達と同じものを用意しようとしないで欲しい。皇族と同じランクの物を持たされるってどういうこと。この二人は、もしやカリーナがただの平民ということを忘れているのだろうか。
カリーナは止めてくれたらしい見知らぬ人物に心から感謝した。素晴らしいありがとうございます。崇め奉りたいレベルでありがたかった。……残念ながらワンランクしか下がらなかったが。
欲を言うならば、もう少しグレードを下げさせて欲しかった。




