やっと君を見つけた
「そう、琴音の言いたいことは分かった」
彼はそれだけ言い残すと、思い詰めた表情で去っていく。私は反対方向へアパートへ向かって帰る。一度だけ、後ろを振り向いたけど、彼の後ろ姿しか見えない。そうだよね……。胸がズキズキ痛んで苦しい。
これで良かったはずなのに、足取りが重い。本当に私は彼のことが大好きだったんだ……。
アパートに戻ると、トナカイの被り物をしたツグはテレビを見てくつろいでいたけど私を見るなり。
「えっ! 泣いてるし……。顔、暗っ!?」
そんなツグを無視して、そのまま、隣の部屋へ行き、布団に潜り込む、襖を開けるツグが、隣に入って背中をさすってくる。
「ご飯食べたの?」
「食べたよ。疲れたから、一人にしといて」
「そっか」
おそいよ。もう少し早くアキと会っていたら……。楽しかったんだろうけど……。違う。もっと別れが辛くなっていたはず。これぐらいでちょうど良かったんだ。
好きな人に振られると、ご飯も通らないぐらいになるなんて話を聞いた事があるけど、まさか自分の身に同じように降りかかるなんて思いもしなかった。
「辛そう。またストーカーに襲われたんだよね?」
「大丈夫だから、ほっといてよ!」
自分でもビックリするぐらいアパートに響き渡るくらい大きな金切り声をあげてしまった。情けない。イライラが伝わったのか、ツグはスマホを片手に隣の部屋へとすごすごと戻っていく。
胃が痛い。薬飲まないと……。気持ち悪くなりそう。トイレへと急いだ。
かがんで、吐き出すと、胃の奥の方から酸っぱい痰に混じって赤いものが出てきた。
「ご飯用意したけど、無理そうだよね」
トイレから出るとツグが、不安な顔で見てくる。
「ありがと」
「私も、トイレ、トイレ……」
ドアを閉めると、同時に声が聞こえた。
「やばっ。なにこれ……この血なに」
「知らないわよ。ちょっとコンビニ行ってくる」
流し忘れた。知られてしまったかもしれない。一人になりたかった。ここは私のアパートだけど、何もかも疲れた。白いコートを羽織って玄関へと行く。
「待って。説明してよ家族でしょ。赤の他人なの? 私たち。そんなふうに思っているなら辛すぎるよ」
「わかったわよ。胃の調子が悪いだけ。コンビニに胃薬買いに行ってくるから」
ツグ、ごめんね。本当のことなんて言えるわけないじゃない。もし話してしまったらあなたも不安になるだけだし。五年後ならつぐは二十歳になってるのかな……。
夜の街灯が私をぼんやりと照らす。まるで悲劇の主人公のように。田舎の脇道なので、足元は暗く凸凹している。そんな道をとぼとぼ歩いていく。途中公園があって真ん中にはブランコやクジラの形をした滑り台が置かれ隅の方に屋根付きのベンチがある。
そこで少し休もう。運命の人に再び会えただけでも奇跡だよ。しかも告白までされて、もう思い残すことなんて何も無いでしょ。元彼も私にぞっこんだったし。
それにしても20代で人生を終えるなんて短すぎるな。こんなことならもっと楽しめばよかった……。
何処で間違えたんだろう。若い時にそれほど苦労した覚えもないし、大きな成功を納めたわけでもない。
そもそも昔から何かやりたいことがあったわけでもないし。
でも――こんな私でも、人並みには幸せになりたかった――。
公園の真ん中にある時計台を顔を上げてふと見る。
18時15分。コートの1番上のボタンをはめる。少し肌寒い。今日はクリスマスだったんだ。ツグのトナカイの被り物を思い出す。悪いことしちゃった。私のこと待ってたのに。
子供の頃、朝起きるとサンタクロースのプレゼントのお菓子がビニール袋に入って枕元に置いてあった。大人になるとそんなものは届くわけもない。
親が遅くまで起きてて、大切な娘が寝静まると、ドアを静かに開けて起こさないようにそっとプレゼントを置く。こんな素敵な慣習が世界で毎年行われている。
私もサンタになりたかったんだろうか? 明日からまた憂鬱な日々が始まる。アキといれば、病気のことを忘れられたのに、嫌だっ……。
時計を見ると30分ぐらい経過していた。この世界で私はひとりぼっち。アパートに帰ればツグはいるけど、いつまでもあの子を置いとく訳にもいかないよね……。
身体が冷えてきた。もう限界。ほんと疲れた。目に涙が溜まり、ポロリとその雫が地面に落ちた。
すると、いきなり後ろから誰かの暖かい腕が交差して、私を両手で包み込む。意気消沈してた私をそっと抱き寄せる。
誰っ? ゆっくりと振り返ると、周囲の音の一切が消え去り、世界は私たち二人だけのものとなる。
なんで……。分かってないじゃない。温かい。こんなにも人肌が暖かいなんて、思ったことがなかった。心が通じ合う人と触れ合うことがこれほど気持ちの良いものだなんて知らなかった。目をぱちくりさせ恥ずかしがりながら、彼を見ると、彼も同じだった。
「探したよ! 琴音に何か問題があるのなんて分かっている。もう何も聞かないからさ。一緒に居てくれないか?」
なんでアキがいるのよ! その言葉に私の決心が揺らぎ、大粒の雫がこぼれ落ちてしまう。迷惑かけたくない。好きな人には幸せになって欲しい。私では、あなたを幸せになんてできそうにないの。
健康な女性だったらどれほど良かったのか。歯を食いしばって、彼の腕を突き放す。
「勘違いしないでよ。 私は暇つぶしであなたといただけなのよ」
「それでいいんだよ」
「真面目そうで騙しがいがあるから、近づいただけよ」
「いいよ。それでも」
「バカな男が引っかかってくれてほんとに面白かったわ」
「愛してる! 琴音が最後の時まで俺は離したくないっ!」
もうっ、ほんとになんなのよ! 涙が止まらない。全部バレてる。
街灯で照らされる彼は鼻水を垂らして、顔がぐちゃぐちゃになって、酷いけど、そんな彼が10年振りぐらいに素敵に私の瞳に映っていた。
私が欲しかったのは、ただ男性から本気の愛の言葉が欲しかっただけだ。それだけで、もう満足だった。彼の胸に顔を埋めて、涙枯れるまで思う存分泣いた。




