十五話 色んな意味で甘い朝食
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ココレットの朝は早い。朝日が昇る頃には顔を洗い、汚れてもいい恰好に着替えると、白いエプロンをつける。ポケットには、マスクと手袋とタオル。
朝一番でまず向かうのは庭である。
井戸から組んだ水を、鼻歌を歌いながらジョウロでまくと、最近必要になったテーブルなどの準備を始める。
テーブルとは言っても、令嬢達がお茶会を開く様な可愛らしい丸のテーブルではない。武骨な木で作られた、長四角のテーブルである。ただ、この木のテーブルは見かけほど重たくなく、ココレット一人でも十分に持ち上げられる。
それを四つほど出すと、椅子を並べ、机の上にコップや皿を並べて準備は完了である。
「あら、皆さんおはよう!」
「ココレット嬢おはようございます。」
「今日もいいもの、持ってきましたよー。」
「珍しいものも手に入りましたー。」
「今日もいい天気ですねぇ~。」
庭に作られた魔法のゲートを通って、今日もぞろぞろと魔法使い達が朝一番でやってくる。その手にはジャムの瓶やらパンの篭やら持たれており、手慣れた様子で魔法使い達は朝食を並べていく。
ココレットもいつもの定位置へと腰掛けると、わくわくとした表情で机の上の朝食を見つめる。
「今日は、蜂蜜が手に入ったんですよ!」
「それに、なんと、今日のパンはただのパンではないんです!」
「そう、ホットケーキですよ!」
ココレットは聞いたことのない”ホットケーキ”なるものに瞳を輝かせた。魔法使いらは手際よくテーブルの上へとホットケーキと、庭で採れた果物を魔法で切って並べていく。
そして魔法の杖を振るってホットケーキを焼き立てのほかほかへと仕上げると、皆が席に着いた。
『いただきます!』
皆で声をそろえてそう言うと、魔法使いらは楽しげに食事を始めていく。ココレットも、胸いっぱいにホットケーキの香りを嗅ぐと、蜂蜜をかけてそれを大きな口で頬張った。
とろっとした蜂蜜が温かいホットケーキにしみこんで、じゅわっと口の中で甘さが広がっていく。
「んんんんんーーーー!!!」
もぐもぐもぐもぐと口を動かしながら、ココレットは心の中で歓声を上げた。
今でこそ大所帯となってしまったが、最初はほんの一人二人が朝早くに来て、一緒に朝食を取ったことが始まりだった。それが次第に、ずるいずるいと一人、また一人と増え、今では机やいすまで準備された大所帯となってしまった。
両親も誘ったが、朝が早すぎるとやんわりと断られた。
「おいしいですねぇ~。」
ココレットがにこにことホットケーキを頬張る姿を、魔法使い達はほわ~っとした瞳で見つめる。
「癒されるなぁ~。」
「可愛いなぁ~。」
「天使だなぁ~。」
いつもは城の中に缶詰状態で、机に向かって黙々と行う仕事の多い魔法使い達である。それがこの庭が発見されてから大きく変わった。
昼夜逆転する生活を行っていた者や、朝は目覚めるまでに時間がかかっていた者達もこの庭に来て、ココレットと一緒に食事がとりたいがために早起きするようになってから生活リズムが整い、顔色の悪かった者達が今では全員健康体である。
そこへ、魔法のゲートがまた光る。
「おはよう。今日も・・大盛況だなぁ。」
魔法使い長であるルートが現れ、魔法使い達は一度皆が席を立つと一礼する。
『おはようございます!ルート魔法使い長!』
「あぁおはよう。ココレット嬢もおはよう。」
「おはようございます。ルート様。」
ルートもいつの間にか丁寧な口調はとれ、今ではココレットと気さくにしゃべる中である。だがそんなルートがゲートから離れず、困ったような顔を浮かべると言った。
「実は今日はもう一人・・来る。いいか、皆、内密にするんだぞ。」
ココレットは、また魔法使いが増えるのかと、口を未だにもぐもぐとさせていたのだが、現れた人物を見て目を丸くすると慌てて口の中の物を飲み込んだ。
「やぁ。おはよう。」
そう言って現れたのは、この国の第二王子であるローワンであり、魔法使い達もココレットも驚いた。
『第二王子殿下にご挨拶申し上げます!おはようございます!』
「ローワン様!?お、おはようございます!」
ローワンは嬉しそうにココレットの元へと来ると、ココレットへと篭を手渡した。
「私も参加してもいいかな?ほら、ちゃんとタルトを持ってきたから。」
別に何も持ってこなくても参加できるのだがと思いながら、ココレットは篭の中を覗き込んだ。そこには、フルーツのたくさん載ったタルトが入っており、ココレットは瞳を輝かせた。
「わぁぁぁっ!」
「一緒にいいかな?」
「もちろんです!」
魔法使い達は席を詰めてずれると、ローワンはココレットの横に腰掛けて、反対側にルートが座った。
タルトは切ってわけられ、ココレットはキラキラと宝石のように輝くタルトの果物達を見て、ごくりと喉を鳴らすと、ゆっくりと口の中へとフォークで運んだ。
口の中でタルトのクッキーの生地とクリームが甘さを広げ、果物立ちが酸味のアクセントを出す。
「おいしぃ~・・・」
もぐもぐと美味しそうに食べる姿に、ローワンは見とれるように息を吐く。そしてにっこりとほほ笑みを浮かべると、魔法使い達へと視線を移して言った。
「ずるいなぁ。私はココレットの婚約者なのに、こんなに幸せそうなココレットを見逃していたなんて。君達は今まで、毎日、見ていたのかい?」
魔法使い達は視線を皿へと移すと、首を横にブンブンと振った。
「い、いえ!私達は・・」
「朝食を!朝食をとっているだけで・・」
「そう!ですから、ココレット嬢をずっと見ていたわけでは・・」
「ふ~ん。ココレット嬢・・・ねぇ・・」
「あ!違います!ステフ様です!」
「はい!ステフ様です!」
魔法使い達が動揺する中、ココレットは笑い声を上げて言った。
「あら、もう他人じゃないんだからココレットっていつもみたいによんでね。」
その言葉に、ローワンは不満げに眉間にしわを寄せると、ココレットの口元についたクリームをナプキンで拭ってあげると、不満げな声で言った。
「ずるい。」
「え?」
きょとんとするココレットに、ローワンは自分の中で沸き起こる感情がいまいち理解できないながらも、思った事を素直に口にした。
「私にも、その口調がいい。」
「え?・・で、ですが・・」
「だめ?」
「だめじゃないです!いや、だめじゃないよ!」
相変わらず美形にすこぶる弱いココレットである。
ココレットは何故突然そんなことをローワンが言い始めたのか分からなかったのだが、次のローワンの行動にはさらに驚く。
「はい。ココレット。あーんして。」
「へ?」
皆が呆然としていた。
ルート魔法使い長に至っては、噴き出すのを堪え、持っていたフォークを驚きのあまりに落としてしまった。
ココレットはどうしたらいいのか分からずに、顔を赤らめながら視線を泳がせる。
「あ、そ、え、あの。」
「ん?」
甘いタルトの乗ったフォークを差し出されたココレットは動揺するが、ローワンが上目づかいで、だめ?っという風にフォークを差し出してくるものだから、仕方がないと、気合を入れて口を開け、ぱくりと食べた。
ローワンはぱぁぁっと瞳を輝かせると、嬉しそうににこにこと微笑を浮かべながらまたタルトをフォークへと乗せて差し出す。
「はい。あーん。」
羞恥プレイである。
ローワンはすこぶる楽しそうであったが、魔法使い達にとっても、ココレットにとっても、何とも言えない時間が過ぎていく。
「あぁ。私も毎日来たいなぁ。」
皆が心の中で”やめてくれ!”と切に叫んだ。
ココレットの甘い庭。毎日大盛況です!
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