10月22日-5
「…ワォ! あれがダイブツですカ! 本当ニ大キイ!」
うっそうとした木々を抜け、ぱあっと明るくなった境内に進むと、すぐに
大仏さんが姿を表した。ここもやっぱり記憶にある通りだ。
とはいえ大仏さんとはまだ結構距離がある。興奮気味のソニアさんに
釣られるように、僕も先を急いだ。
「……ンん…? コレは………」
「どうか…しましたか?」
大仏さんのすぐ近くにまで寄ると、なにか納得がいかない、という風情で
ソニアさんが小首をかしげた。
「…ダイブツ、思っテタより…大きいナイですネ……」
「え……、そ、そうですか…?」
そう返してみたものの、確かに昔に見た時より、さほど大きくは感じない。
いや、大きいは大きい。それは間違いない。でもさっき遠目から見た時の
印象がいざ側まで来てみると、それほどでもなく感じるのだ。子供の頃に見た
時のような、天をつくようなインパクトが感じられないのだ。
…一つ考えられるのは、僕の体が大きくなって、そのせいで子供の頃よりも
相対的に大きく見えなくなってしまったのではないか、というものだ
でもそれだと、実物を初めて見るソニアさんがこんな感想を持つのも変だ。
「ヘン…ですネ。さっきハ大きク見えテタノニ……」
それに遠目だと実際より大きく見えて、近づくとそれほど大きく感じないと
いうこれは何なんだろうか。まるでエッシャーの騙し絵のようだ。
「フゥン……?」
と、ふいにソニアさんが、今度はぐるぐると大仏さんの周りを回り始めた。
何度も大仏さんを見上げては、また回る。それを何度も繰り返した。
「……ナルホド。解りマシタ!」
「え! ほ、ホントにですか?!」
「シュンヤはマダ解りマセンか? ヒントは…ワタシがさっき言っテタこと
デス!」
「さ、さっき言ってた……こと……?」
…さっきのこと、というと、ソニアさんがタクシーの中で言っていた、見る
とはただ目で見るだけじゃない、というアレか。
あの時…僕はどう答えた?
確か…その場の雰囲気や周りの景色とか…、そういうものも含めて、現地で
実物を見る「体験」みたいなのと、ただネットや写真で見るのは違う、と答えた
はずだ。
もっとも、それも半分だけ正解、という情けない結果ではあったのだけど。
だとすると……。
……もう一度、さっきの言葉を頭に置いて、僕は改めてじっくりと大仏さんを
観察した。
「……あの、僕も一つ気が付きました。ここには背景…というか、対比物がない
から、大仏さんの大きさを実感しにくいんじゃないでしょうか」
しばらく観察した後、僕は思いついたところを口にしてみた。
この鎌倉大仏は、周りになにもない。基準となる物が近くになく、大仏さんの
後ろにあるのは空だけなのだ。だから大きさを掴みづらいのだ。
逆に例えばテレビなんかで見る奈良の大仏さんは本当に大きく見える。でも
それは周りを建物や装飾物で覆われているからなのだ。
遠目ならまだ人や周りの建物といった対比物が見えるから、おおよそ実際の
大きさを感じられるけれど、近づけば近づくほど、目に入るのは大仏さんと空だけ
という状態になってしまい、最初の印象からのズレが起きて、感覚を狂わされて
しまうせいだと僕は結論づけた。
「ンン……。それカラ?」
「え……、あ、う……」
「それデはヤッパリ100点上げられマセン」
…予想はしていたけれど、案の定その通りだった。さっきの50点の答えを元に
出した回答なだけに、これも50点というのはまぁ妥当なとこだろう…。
「…デスが、ダイタイ正解にしましョウ。アナタ、ナカナカ優秀でスネ!」
「………え!」
「サテ、デは次に行きましョウか!」
「え、ええぇ! も、もうですか?! ってか、正解は……?」
「正解ハ……、イエ、それハアナタへの宿題ニしましョウ。自分で見つけナサイ」
「………!!!」
「フフ…、サァ! 次ハどこでスカ?」
そう言いながら、さっさとソニアさんが来た道を戻り始めた。でも僕は思わず…
その場に立ち尽くしてしまった。
さっきの言葉…。これは……少しは褒めてもらえたと思っていいんだろうか。
天才デザイナーのソニアさんが僕のことを褒めてくれた…認めてくれたと…。
「シュンヤ! 何してマスカ! 早く! ハリアップ!」
「は、はい! すみません!!」
わずかな感慨に浸る間も与えてもらえず、あわてて僕は彼女の後を追った。
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タクシーに戻ると、もう帰ってきたのかと運転手さんを驚かせてしまった。確か
にたぶん20分もいなかった訳で、観光としては異常な速さだろう。
……これが本当に観光だったら、の話だけれど。
「じゃあ……次はここに行きましょうか。えっと…運転手さん、とりあえずJRの
鎌倉駅までお願いします」
「はいよ~~」
ものの5分ほどで、次の目的地……鎌倉駅にまで僕たちはやってきた。ここで
運転手さんには待機してもらって、周辺の神社やお寺を徒歩で巡るという計画だ。
「じゃあ行きましょう。まずは……大巧寺ですね」
「フゥン…? そこハどういうお寺デスカ?」
「えと……女性のためのお寺…だそうです。安産祈願…とかみたいです」
「……? あァ、ブツゾウにお願イをスルという?」
さっそくタクシーから降りて、日名瀬メモに目を通しながら僕たちは歩き
出した。現在時刻はというと、もう4時を回っている。
さっき気がついたことだけど、どこも拝観時間というのが存在しているのだ。
だいたいどこも5時から6時までがその時間なのだ。
となると、あまりのんびりもしてはいられないだろう。
「ンン…、シュンヤ、ソコはいいデス。ワタシ興味ありマセン」
「え、そ、そうですか……」
…まさかのダメ出し、NGに、思わず僕はうろたえてしまった。だけどそうなると、
急いで別の所をピックアップしないと。
この近くで他の場所……、ソニアさんが興味を持てそうなところと言えば……。
「あ、じゃ、じゃあ鶴岡八幡宮に行きましょう。お寺じゃなくて神社ですけど」
「オゥ……。ジンジャ……シントウシュラインですネ。OK!」
……良かった。今度はセーフだったらしい。
途中、大きな鳥居をくぐって歩くこと10分ほどで、僕たちは目的の場所にやって
きた。そろそろ時間も遅くなってきたせいか、少し人の数が減ってきたようにも
感じられる。
「えっと……ここが…、鶴岡八幡宮です」
「オゥ……、サッキのトリイも赤いでシタが、コこも赤イですネ……」
「そ、そうですね。神社ってだいたい赤いです。赤っていうか朱色…かな」
「何カ意味ありマスカ? コこハ何がアリマスか? ブツゾウ?」
「え……」
赤い色の意味とか、何があるのかと聞かれて、僕は思わず言葉に詰まった。
さすがにそこまでは日名瀬メモにも書いていない。
ただ、確か神社にはお寺みたいに、神様の像が置いてあることは無かった
はずだ。
「えと……神社には仏像はないと思います…。違う宗教なので…」
「じゃア、シントウの……カミ?の像アリますカ」
「それも無かったと思います。えっと……確か神様が祀られてる神殿みたいなのが
あって、それを外からお参りする…みたいな感じで」
「フゥン……。ツマリ、カミは見せナイ…見えナイですカ。それト赤イは関係あり
マスカ」
「え、あ、いや…ど、どうでしょう……。ただ、赤って色は日本ではおめでたい
とか縁起が良い色って言われてるので、そういう意味で赤くしてるのかも…」
「ンン……、そうデスカ。デはもうイイでス。次ニ行きましョウ」
「え、も、もうですか?!」
「トリイ見まシタ。シンデンも見まシタ。モウ十分でショウ」
「………」
……見たと言っても、歩きながら眺めただけで、しかもまだ奥には見てない
建物がいくつもある。こんなの見たうちに入るんだろうか。
それとも、ソニアさんのような人からすれば、それこそパッと見ただけでも
十分ということなんだろうか。
「わ、分かりました。じゃあ次は………」
……その後もいくつかのお寺を回ってみたものの、ソニアさんの反応がいまいち
薄いように見えた。あれほど行きたがっていたはずのお寺巡りなのに。
それともこれも僕の気のせいなんだろうか。
「フゥン……ナルホド、分かりマシタ。でハ次に行きまショウ」
…いや、やっぱりさっきからソニアさんの機嫌があまり良くないように感じる。
疲れたのか、それともお寺巡りが思ってたのと違ったんだろうか。
最初の大仏さんの時こそ結構楽しそうにしていたけれど、そこから先はずっと
こんな調子だ。ちょっとこれは良くない流れだな……。
「あ、あの、ちょっと休憩しませんか? この辺で雰囲気のいいお店があるそう
なんですけど……」
「ノー。イイです。次で終ワリにしまス。それガ終わっタラ帰りマス」
………!!!
……こ、これはまずい。
やっぱり……今まで案内してきた場所は、ソニアさんにとってはさほど興味を
惹かないところだったらしい。
このままだと、ソニアさんに満足してもらう、という約束が守れないという
ことになる。それはまずい。それだけは…許されない……!
あわてて僕は日名瀬メモを取り出し、ぱらぱらとめくって打開策を考える。
何かこう、ソニアさんが興味を惹かれるようなインパクトのあるものが置いてある
ような…そんな場所がきっとまだあるはずだ。
「………ん…!」
龍浄寺……?
日名瀬メモによれば、ここの売りは……日本最古級の釈迦如来像?
それと…穴場……?!
…そろそろ時間も押してきている。拝観時間とかを考えると、あまり悠長にも
していられない。
…いちかばちか、ここに賭けてみるしかないか……。
「わ、分かりました! では最後に…ここに行きましょう!」
さっそくタクシーに戻り、運転手さんに場所を伝えると、15分ほどかかると
いう答えが返ってきた。
ちょっと遠いらしいが仕方がない。迷っている時間も惜しいので、なるべく
急いでもらえるようにお願いして、僕たちは龍浄寺へと向かった。
「……ここは車じゃここまでしか行けんから、ここで待っとるよ」
「あ、はい…。……って…!」
お願いした通り、山道を走ること10分ほどで到着し、タクシーから降りた僕は
目の前の光景に唖然としてしまった。
降ろされた場所は……なんと100以上はありそうな石段の前だった。
150段……? いや……200段………?
なるほど、まずはこれを登れというのか。
そりゃあ穴場っていうか、誰も行かないわな……。
「あの、どうしますか……?」
「ワタシ、次で最後にスル言いましタ。だかラ行きまショウ」
…いちおう尋ねてみたけれど、間髪入れずに返事が帰ってきた。さすが天才
美少女デザイナーは腹も据わっておられるようだ。
仕方なく僕も覚悟を決めた。明日の確実なる筋肉痛の覚悟を……。




