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逃走

「綺麗なもんだな。さて、行くぞ」


「ええ、やっちゃいなさい!」


教会の中から完全に外に出て背後に人がいない事を確認すると俺はフットペダルを一気に押し込む


それにより背中に並んでいる大型のバーニアが点火し、大きな推力を生み出して機体を前へと押し出す


ブースト移動と呼ばれる基本的な移動方の一つで、AFが出せる速度の中では一番早い


その分、燃料をそれなりに食うのだが、フルで使ったとしても一時間以上は持つ


《マスタング》であれば時速にして80キロ程度の速度で一時間の巡航移動が可能だが、そこまで使う必要はないだろう


そしてこの移動方なのだが、実は真っ直ぐに進み続けるだけなら飛べるのだ、高度と速度を維持する形でだが


教会の外は街であり、遠目には円形に街を囲む形で防壁が立ち並んでいるのが見えた


バイザーにも備えられているマップを開くと、この街の名前が首都ヴィレージュとなっている


マップによれば一番近いのは北門という事なので北門へと機体を向かわせる


その間、足下を住民達が驚いた顔で《マスタング》を眺めていたが、北門近くになって人の往来が途切れている通りを見付けたので、そこに一度降りる


そして再び、今度は機体の跳躍も加えてバーニアを噴かしブースト移動、AFの高さ程もある防壁を飛び越える


「瑠璃、シートにしがみついて歯を食いしばれ!」


「早く言ってよ、もう!」


高く飛んだ《マスタング》が着地する際、バーニアを使って制動を掛けたとはいえ衝撃は完全には殺せない


防壁の向こうへと着地し、そのまま地面を削り取るようにブレーキを掛けた結果、それなりに長い距離を滑ったが、首都の外へと出る事が出来た


防壁の外は見渡す限りの平原であり、所々に街道とおぼしき石畳で舗装された道が見える


「遂に外に出たんだな……」


「そうね。それで、何処まで逃げるの?まだ傷の手当てもしないとでしょ?」


「ああ、そうだな……」


傷の状態を体感する為に《集中》を解除すると、一気に痛みが走る


いや、痛いといった感じではない、焼けるように熱いのだ


「グゥ……早めに、落ち着ける場所を探そう。確か、ゲーム通りならシートの裏側に応急キットがあった筈だ……」


正直に言うとゲーム内での回復アイテムが詰まった箱なのだが、これが現実になった今となってはありがたい


が、その前に片付けないといけない敵がいるようだな


「カナ、後ろ!」


「ああ、気付いてる」


北門から此方へと近付いてくる二機の巨人、殆んどAFと変わらないサイズで西洋の全身甲冑のような外見のそれはさっきチラリと聞いた《鉄騎兵》という兵器だろう


遠距離武器は持っていないのか、剣を持って歩いて近付いてくるそれは、少なくともAFのような機敏さも堅牢さも備えているようには見えなかった


だが魔法の存在する世界だ、何らかの不思議防御があったとしておかしくはない、傷の手当てはあるが今後の活動に於けるAFの価値を確認する為にも一度戦ってみる事にした


『そこの《鉄騎兵》、直ぐに所属と防壁を無断で乗り越えた理由を述べよ。答えない場合や武力を行使した場合、実力で排除する。これは最終警告である』


「此方は―――教会の言う所による背信者といったところかな。魔族を連れての逃亡中だ」


『何ッ!?直ちに停止せよ!繰り返す、直ちに停止せよ!警告が受け入れられない場合は実力で排除する!』


どうやら向こうにも外部マイクらしき物があるらしく、俺達はそれによって通信を行う


そしてやはり俺達を見逃そうとはしない様子を見てアサルトライフルを向けると、それを敵対行為と見なしたのか二機の《鉄騎兵》は剣を抜き走ってくる


だがその速度は遅く、俺は到達前にアサルトライフルを両手で構えさせて安定させたところで引き金を引く


狙いは敵の右足、機動力を奪えばいいだけだから人が乗って操縦している可能性のある頭部やコックピットは狙わない


まず単射(セミオート)で発砲、最初期のアサルトライフルであり命中精度があまり高くはないとはいえ距離が近い事もあって一撃で命中、右膝を貫通して破壊する、脆い……


『な、何だ!?』


「お代わりはいかが?なんてな」


片膝をついたところで、左膝も撃ち抜く


支えを失った事で後方へと倒れる《鉄騎兵》だが、完全に倒れると胸の辺りの装甲が開き操縦士らしき男が出てきた


どうやら見た目や脆さに反して安全性は高いらしい、そしてコックピットが胸にある事も分かった


「なら、もう一機はナイフでやらせて貰おう!」


弾の節約という意味もあるが、刃物を使った近接戦の性能がどの程度か見たいという理由だ


空いている左手に膝から柄が飛び出したナイフを握らせると先程までよりは控えめにブースト移動をし、一気に距離を詰める


向こうはそんな速度が出るのは予想外だったのか、特に何も出来ずに頭部からナイフを生やして終わる


やはりカメラやセンサー的な機能は頭部に集中していたのか、ナイフを抜いた後は剣をがむしゃらに振り回して勝手に転倒してしまった


どうやらAFの力はこの世界では破格の物らしい、少なくとも主力兵器と思われる《鉄騎兵》相手に無双する事が可能な程に


「圧倒的ね。パイロットの腕が良いのかしら?」


「少なくともこの《マスタング》で勝てるような相手なら操者(ランナー)の腕はあまり関係ないと思うぞ」


それほどまでに弱い相手だったのだ、《鉄騎兵》とやらは


多分、大型の魔物に対処する為に作られたんだろうが、これならAFを使っての魔物討伐で生計を立てられるかもしれないな


「さて、そろそろ行かないとな……」


「そうね。本当に傷は大丈夫なのよね?」


「ああ、まだ大丈夫な筈だ……」


痛みがはっきりとしているという事は、まだ平気な証だと聞いた事がある


なんにせよ、距離を稼げる時に稼がなければ、敵が追撃隊を編成するよりも早く、より遠くへと


俺は再びレバーを握り直し、フットペダルを踏み込んで《マスタング》を見えている街道らしき道に沿って北へと駆っていった




それから30分くらいだろうか、途中で道を逸れて森の中に入り込む事で可能な限りAFの痕跡を消そうと努力し、今は膝立ちの状態にする事で周囲の木々の間に隠れている


「此処まで来れば、一先ず安全かもな……」


「直ぐに傷を見せて!ほら、早く横になりなさい」


「そう慌てなくても、まだ大丈、夫……?」


シートとスーツを固定していたハーネスを外すと、フラりと前へ倒れてしまう


おかしい、さっきまでは何ともなかったのにな……


「ちょっと、何が平気なのよ!?もう、これをどう使えば良いの!?」


「注射を……その後、止血パッド……」


声があまり出ない、ああ、そうか、さっきまでは気を張っていたから動けていたのか……


シートが大きく後ろへと倒され、瑠璃に仰向けに寝かされた、筋力が上昇したのは瑠璃も同じで、俺くらいなら簡単には動かせるらしい


「返事出来る!?ちょっと、死なないでよ!?護ってくれるんでしょう!?約束したじゃない、『俺だけはお前の味方でいる』って、あの日に約束してくれたじゃない!私を一人にしないでよぉ、カナぁ……」


ああ、泣かせてしまったか、教会で魔族として殺されそうな状況になっても泣かなかったのにな……


俺の顔を覗き込んでくる彼女の瞳から流れている涙が俺の頬へと落ちる


血の気のない肌の色へとなってしまったが、コイツはちゃんと生きている人間だ、真祖だとか関係ない、俺の知っている瑠璃なのだ


あの碧眼はもう見れないのは残念だが、意識を失いそうになるのを自覚しながら俺は、その紅玉(ルビー)のような瞳を美しいと感じていた




「ここは、何処だ?」


気付けば俺は見知らぬ廊下に立っていた、いや、廊下というのもただ床も壁も天井も全てが白い通路のような物が真っ直ぐと前方に向かって伸びている事からそう判断しただけだ


壁には絵画のような物が掛けられており、何処かアトリエのような感じもする


後ろを振り向けば、そこは闇だ


一切の光を反射しないのか何も見えない、あるのはただ黒々とした空間のみで何かあるのか、何も無いのか、それさえも分からない闇だ


そうなると此処は進むのが正解なのだろう、何処まで行けば良いのかは分からないが、先に進むべきだと頭の何処かで訴え掛けてくる


だから俺は歩き出した、壁に掛けられた絵画を眺めつつ、長く続く白い廊下を前へ前へと進んでいく


見覚えのない、だが不思議と懐かしく感じる絵画の間を進んでいると、徐々に絵画が鮮明になっていく


そして、ある一枚の絵画を見て、何を示しているのかを理解する


「俺の中学の入学式の時か。俺は走馬灯でも見ていて、此処は死の淵ってところか?」


もしそうだとすれば直ぐに戻らなければ二度と目を覚ます事はないのかもしれない、そう思えるのに不思議と危機感は湧いてこない


或いは、それこそ死に向かっているという事なのかもしれないが、やはり危機感は湧いてこない


俺の入学式の絵画から再び歩き出した後、少し行くと不意に道が終わっていた


廊下の終わり、行き止まりとなった壁にはまた一枚の、今度は写真のように鮮明な、大きな絵画が飾られている


それはまた中学生の頃の記憶であり、絵画のように鮮明に思い出せる物であった


「懐かしいな。俺とアイツが初めてまともに会話した時か」


放課後、学校の図書室の隅で一人ライトノベルを読んでいたアイツについ声を掛けた事で俺達の関係は始まった


当時いじめを受けていたアイツは俺を警戒していたが、その読んでいたライトノベルの話題になった途端に一転して語り始めたんだったな


その後、すぐに我に返って中二病的な発言をしてくるものだからついつい吹き出してしまい、真っ赤になったアイツに何度もポカポカと殴られて、その後も図書室で放課後に何度か会話して、次第には教室でも会話をするようになって、高校も同じ高校に進んで、異世界に召喚されて今に至る、か


まさか一緒に異世界へと召喚されるなんて、あの時の俺達に教えてやったら何て反応を返すかな


「……戻らないとな」


アイツは寂しがり屋だ、人見知りで中二病的な発言をする事で周囲を拒絶して、でも誰かと一緒に笑っているのが好きな、とても不器用な性格で


あの日、図書室で約束したしな、『俺の目の届く範囲で、もしもお前が困っていたら、俺だけでも味方になってやる』って


「帰らないとな。アイツが待っているだろうし」


この夢から醒める時だ、そう思ったら俺は夢の中から現実へと帰還を果たした

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