50
翌日。
耳元でピロンと短い電子音が聞こえて、目を覚ました。
カーテンな外はまだ日の出すら迎えておらず、薄暗い闇が空を覆っている。
「あー、誰だろこんな朝早くから」
まだ、早朝というより深夜呼んだ方がいい気さえしている時間帯のメールに眠気と不機嫌さを混ぜ合わせた表情のまま低い声でつぶやき、キラドリフォンのロックを解除して、届いたメールを確認する。
『ひかりちゃん。朝練4時半からです。遅れないようにお願いします』
文末には可愛らしい猫の絵文字が踊り、少し微笑ましい気持ちなりながら、右上に小さく表示されている時間にふと目をやった。
「リリア先輩メールだとめちゃくちゃ丁寧なんだな。4時半ってやばっ、このまま、急がないと遅れるじゃん」
時刻は現在3時50分。
着替えて寝癖を直して顔を洗い、歯を磨いてと最低人前に出て恥ずかしくない格好をするとなると確実遅刻する。
雅ちゃんを起こさないようにそっとジャージに着替えて、大急ぎで身だしなみを整えて急いでグラウンドの方へと向かう。
まぁ、寝癖を直す暇がなくてボサボサヘアーだけど、まだ暗がりだしバレないと思い。
グランドには既に練習着を来たリリア先輩が居てこちらに気がついて手を振っていた。
しっかり姿を確認出来る距離まできた時。
「どうしたのその寝癖」
「あー、その」
そうだったリリア先輩既にこの暗がりいるんだから目がとっくに慣れているに決まってるじゃん。
すごく恥ずかしい。
「もしかして初日から寝坊?」
「はい、お恥ずかしながら緊張して寝付けなくて」
恥ずかしさのあまりにしゅんと小さくなりながら、消え入りそうな声でつぶやく。
「ふふっ。それじゃあ準備運動のしてから、グランド10周から始めましょう」
懐の大きいリリア先輩は短く笑っただけでそれ以上追求することもいじって来ることもなかった。
普段仕返しと称してからかっていた自分がとっても小さく思えるな。
リリア先輩のようにからかうのはやめよう。
懐の大きい人を目指そう。
「はいっ」
尊敬の念を込めた返事がグランドに響いた。
日が上り、だんだん空に薄らと赤みが指し始め、したに影が出来始めるのを目で確認しながらリリア先輩の後ろをなんとかついていく。
既に折り返しの6週目の途中。
朝の冷たい空気が喉に刺さりちょっと痛い。
リリア先輩に普段より早いペース走っているせいか横っ腹に爪でも突き立てられているような痛みも来ているし、呼吸もすごく乱れている。
それでもなんとか気合いで走るのをやめないように食らいついていく。
「ふっ、ふっ、はっ、はぁー」
「アイドルの基本は体力よ。これぐらいでねをあげてちゃ、いい歌なんか絶対歌えないよ!」
「は、はいっ、頑張ります!!」
なんとか無事10週目を走り終えると俺はその場に倒れこんだ。
なんでリリア先輩息一つ乱れてないんだ?
汗かいてなければ走ったって信じられないぞこりゃ。
一分ほど呼吸を整える時間をもらって顔を上げると、リリア先輩はキラドリフォンを確認しながらなんだか頷いていた。
「朝はこれぐらいにしておきましょうか。それでねひかりちゃん。今日歌のレッスン19時からって伝えちゃったんだけどね、実は今のメールが急遽バラエティー番組の収録が入って20時半からに変更したいんだけどいいかな?」
「いえ教えてもらう立場なので、そんな何時間でも待ちますよ」
今の頷きはそういうことね。
もちろんお仕事じゃ仕方ないし、文句もない。
「ほんとにごめんね。レッスン室19時に予約しちゃったからわたしが来るまで自主練しておいてね」
去り際に申し訳なさそうに謝ると寮へと戻っていく。
これからお仕事夜までお仕事なんだよな。
本当にすごいな。
さて俺は寝癖を直して着替えるとしますか。
リリア先輩と同じように寮に戻る道すがら、これから朝練に向かう生徒達とすれ違っていく。
いつも朝練の時にいる人達だな。
今ままで、リリア先輩とすれ違ちがわなかったのって単純にそういうことなんだ。
その日の放課後、俺はレッスン室にいた。
目の前の雅ちゃんは、ものすごく嫌そうな顔で今日の朝のリリア先輩との朝練での出来事を聞いている。
「それで、それまでの時間を埋めるために私のところに来たと」
「いやー、レッスン室の予約19時からだし、それまでの時間無駄にしたくないしさ、そういえば、雅いつものこの時間にレッスン室取ってたなーって、思って来見たらいたし丁度いいかなと思って」
「何が丁度いいのよ。全く」
でも、嫌そうな顔はすぐにとけてなんだかちょっと照れくさそうな表情に変わった。
ここはもう一押しすればきっとここにいることを文句言われなくなるな。
「雅って教えるの上手いし、ステージにはほらダンスも必要でしょ?」
「真面目になったのはいいことだけどさ、なんでこう0か100かの極端なのよ」
「夏休み宿題はコツコツやるより、やる気の起きた時にまとめてやる派なのです」
やる気にならない時にやっても身につかないきがするのはダンスも勉強も変わらないはずだ。
「それオーバーワークで身体壊すから絶対やめた方がいいわよ」
「まぁ、テストライブまで時間にないし追い込みってことで」
もうそろそろ残り一週間を切るし、他の1年生も、朝練とか放課後グランドでレッスンするのが増えて来ているようなきがするし。
「いいわよ、でも1位は譲らないけど」
「出た雅の負けず嫌い」
その流れで張り合うように時間までダンスレッスンに明け暮れた。
少し筋肉痛気味なりながら、リリア先輩が来るのを歌用のレッスン室に入って待つ。
「ごめんなさい。仕事で少し遅くなってしまって。自主練しておいたかな?」
「もちろんバッチリです」
実はさっきの雅ちゃんとのダンスの終盤はほとんど本番と変わらない歌とダンスのセットで踊ることになっていて、そこでしっかり声出ししていたのだ。
「よろしい、それじゃあとりあえず、その成果聞かせてもらおうかな?」
まだ少し残っているバトルでのテンションに任せて歌う。
雅ちゃんが意図的やったかどうかはわからないけど人前で歌う抵抗感のようなものはすっかりなくなっていた。
「恥ずかしいさはなくなったみたいね。よろしい、それじゃ――」
門限ぎりぎりまで厳しく、具体的な指摘が入った。
お風呂を素早く終えて、自室戻って来るとそのままベッドの二階に倒れ込む。
なんで二階選んだんだ俺は?
過去の自分に文句を言いたくなるぐらいに今日は頑張ったと思う。
「大変そうね。ひかり」
「リリア先輩、雅以上の鬼軍曹だよ」
「成果はどうなのよ?」
「んー? どうだろね1日じゃあそんなに変わらないでしょ」
確かにリリア先輩の指摘は、ためになるものばかりだったけど、それを1度に全部直せるわけじゃないし、比較しようがないかなよく分からないというのが、本音だ。
「それもそうね」
「明日も早いしおやすみ」
枕に顔を埋めるとそのまま落ちるように眠りについた。
そこからの一週間はほとんどレッスン漬けの日々で、あっという間に本番の日を迎えた。
ライブシアターの控え室には俺を含めて多くの1年生が不安と緊張の混じった落ち着かない雰囲気でひしめき合っている。
完全に知らない顔をいるしクラスごとというわけじゃないようだ。
あっ、また1人外に出た。
「うー、やっぱり緊張するよ」
「1年生唯一の月城リリアの弟子が何が弱音吐いてるのよ」
「そうだよひかりちゃん他のみんなの視線見てみなよ」
雅ちゃんとあんこちゃんがそうからかう。
「2人ともプレッシャーを増やすなんて意地悪。……でもありがとう」
からかいで少しだけ気が紛れたので、一応お礼を告げる。
「ひかりには本気でやってもらわないと困るのよ。月城リリアの弟子を倒したってなればそれだけで泊がつくし」
「ふふーん。わたしはもう雅の知るわたしじゃないの。強くなったんだから」
「昨日見てたアニメの真似して恥ずかしくないの?」
「緊張ほぐれのは伝わって来るけど、ほぐれすぎてミスしたらかっこ悪いわよ」
前言撤回やっぱり感謝返せ。
控え室の時計が8時を指すそのタイミングで、先生が入ってきた。
「それではテストを開始する。名前を呼ばれたものから順に行っていく。先に言っておくが客席には先輩達と教師がいる。
ちなみに終わったものから二階席に座ってもらうことになるからそのつもりででは名前を呼ばれたものはステージ袖に来るように――」
数名の生徒の名前が呼ばれる。
「あたし。呼ばれたみたいだからお2人おさきー」
その中にはあんこちゃんの名前もあって、手を振りながら颯爽と歩いて行った。
今回のライブ順は完全ランダムで各クラスから1名ずつ同じステージに立つシステムらしい。
まぁ1人ずつだと時間がかかり過ぎるからな。
1組のライブが始まった。
「とうとう始まったわね」
「…………?」
そういえばゆずはちゃんはこの控え室にいたりしないよな?
「ぼっちなら別の控え室よさっきからキョロキョロして気になるのはわかるけど、自分のステージに集中した方いいわよ。このステージに仲直りするんでしょ?」
「うん」
さらにそこから時間が立って再び控え室の扉が開く。
次は誰だ?
「――桜花雅。スタンバイを」
「はい」
「それじゃひかりお互い頑張りましょうねひかり」
気合い充分の雅ちゃんは、自信を纏ったような堂々した態度で、廊下へと消えていく。
そしてついに俺の出番になった。
渡されたドレスチップを握りしめてキラドリシステムの前に立つ。
ここにチップを入れれば俺はステージに立つことになる。
ついにステージデビューだ。
なんだか息苦しいようなきがするぐらいに緊張しているし、それにこのライブはゆずはちゃんに届ける為のものだ。
失敗できない。
ドレスアップを窪みにはめ込みドレスに着替えると、そこにはステージが広がっている。
やっぱりすごい人だな。
目の前には1000人ほどの人がこちらを見ている。
これまでそんな大勢の前で何かをやった経験のない俺の心臓は、いつもの何倍もスピードで、鼓動を刻み、世界が回っているような緊張感に襲われる。
ゆずはちゃんの姿はない。
一切余裕がないままイントロがかかってしまった。
思考が追いつく暇もない中、身体が勝手に動き出したような錯覚に陥る。
今はステージ集中するんだ。
ゆずはちゃんが会場に居なくてもいるところまで声を、歌を届ければいいだろ?
震える喉とステップを踏む身体は、曲にのり、そう訴えるように何回も練習したことを始めた。
そうだった、たくさん練習したしたんだよ。
1週間、リリア先輩、雅ちゃん、あんこちゃん。そして先生まで巻き込んで。
前世含めて寝る間も惜しんで身体動かしたのなんて初めてだぞ?
本当に身体に刻み込むぐらい練習したんだ。
失敗するはずない。
だからきっと届くさ。
気がつけばサビを終えて、後はフィニッシュに向けての振りだけになっていた。
しかしそう思った矢先のこと。
グラッと視界が突然斜めになった。
「えっ?」
ドーンと鈍い音を立てて派手に転んだ。
脳裏によぎるのは雅の忠告だった。
ここ数日のオーバーワークは着実に蓄積ダメージになっていたらしい。
最後の最後にかよ。
曲が終わって暗転する中、俺は亡霊のようになりながら、ドレスチップの返却ボックスにふらふらと歩いていた。
酷使しすぎた足は壁を支えにしなければ歩けないほどに力が入らなくなっていた。
終った。
頭の中にはそれだけが永遠浮かび続ける。
大事なステージの最後でこんなのないよ。
ドレスチップ返却して医務室に向かおうと、一歩踏み出したその時。
「びがりぢゃーん!」
なにやら俺を呼ぶ涙声が聞こえた。
ものすごい大きな足音を立てながら、こちらに突進してくる。
視界映ったのはご無沙汰な緑色の髪の毛。
「ゆずはちゃん?」
まさか俺をあざ笑いに来たのか?
まぁそれならそれでいいか。
「わたし、ひかりちゃんのステージを見て間違ってたって気づいたの。ひかりちゃんに甘えてたんだって。クラスでひとりぼっちになって、それなのにひかりちゃん友達と楽しくやってるのに嫉妬して少し困らせてやろうって怒って、謝ろうとしてくれたのに無視して。それでそれで、……うー。ひかりちゃんはただまっすぐアイドルになりないってそれだけなのを知ってたのに。だからごめんさい。許し欲しいなんておこがましいこと言わない。絶交されたって仕方ないことをしたからでもこれだけ伝えたくて」
「わたしもごめん。約束結局守れなくてだからお互い様だよ」
思い付きでそんな約束をしなければそもそもこうはならなかった。
もっとよく考えていれば、きちんと忠告を聞いておけば、アニメの世界だからって思い上がっていのだ。
主人公だからうまくやれる? そんなご都合主義なんてどこにもなかったのだ。
謝りながらも俺の頭には後悔が浮かんでいた。
「「うわーん」」
ほぼ同時に俺達は抱きしめあった。
両方とも共通しているのは後悔の涙を流しているってことだ。
涙が枯れるまで泣き続けてようやく暑すぎる包容を解くと、俺は膝から崩れ落ちた。
そういえば足に力が入らないぐらい無理したんだったな。
「わわっ。ひかりちゃん大丈夫?」
「ごめんわたしここ数日無理したせいでもつ歩けないみたい」
「捕まって医務室すぐそこだから」
俺はこれからアイドルとして後悔しながら進んで行くんだろう。
そしてこれからもこうして誰かに支えて貰いながら歩いて行くのだろう。
ゆずはちゃんに捕まりながら俺はぼんやりそんなことを考えていた。