記第三十五説 風人
「聞いたか?」
暗闇の一室。蝋燭のみが頼りのその空間に複数の影が存在していた。
「何をだ?」
「『創造者』が動いたそうだ」
「・・・・・手が早いな。誰が挑発でもしたか?」
「――――いやいや。これは彼の独断だ。『死人』では誰もが霊王の在籍を望んでいる」
「今回の事件を口実に、誓約に法らない拘束解除を行っているようだ」
「本来ならばそれは嬉しい報せだな。しかし、今の我々に『霊王』の存在は必要ない」
「――『霊王』はこれからの『死人』に大きな影響を及ぼす。この時期に戻ってこられてはまずいのではないか?」
「―――確かに・・・・・・手足は忠実。『上呪二十三死』の大半は王を慕っている」
「『死人』内で、我々の域がかかった者達は極わずか。ここで『霊王』に帰還されては計画に大きな支障が出る」
「まだ、『あれ』が光臨するには後数年は必要だ」
「―――次の殲滅対処を定めておかなくては・・・・・」
「――――なら、今度は『人外』でどうだ? 化のモノ達は、統率は個々だが、戦争をするに値する者達と言えるぞ?」
「その意見は取り上げるが、『白竜王』『黒龍王』『血王』と『霊王』は交流関係にある。どう口実も立てる気だ?」
「――――近年では『剣王』率いる『円卓の騎士』も、あちら側に付いている。それに、まだ対処しなくてはならん問題がある」
「――――『影炎零』か・・・・」
「そうとも。奴らは『死人』内で唯一、同族を狩る事を許されている。これらも対処しなくては我々の存在が危うい」
―――――――――――聞きましたよ・・・・・
その時、その場に居る全員の頭に直接言葉が流れて来た。
「!?」
「こんにちは。老師方々」
そこに現れた第三者はコツコツと靴の音を立てながら闇の中から近づいてくる。そして、蝋燭で僅かに服が見える位置で止まった。
「! 貴様はシャドー! 何故ここに!?」
その中の一人が慌てたように立ち上がる。
「理由が必要ですか? とりあえずおとなしく座っていてください」
「・・・・・シャドーよ。どうやってここに入った? 我々が共通の概念を持たなくては入る事が出来ない、この『支配』に・・・・・」
一筋の汗を流しながらしゃがれた声が問いかける。
「――――『あの人』が何故自身で『支配』を創作したか・・・・分かりますか?」
「・・・・・・・・」
「かつて居たんですよ。貴方達と同じように自らの『支配』を持った者達が。ですが、彼らの支配はあまりにも脆弱でした。この『支配』のように・・・・・・」
「馬鹿な・・・・あり得ない話だ!」
「そうですね。たかが数世紀しか生きていない貴方達にはあり得ない話です。ですが――――――」
と、侵入者の姿が明らかになった。黒のスーツにネクタイを見事に着こなしている長い髪をした女性であった。
「私達にとって、この程度の支配は何の障害にもなりません」
暗闇で殺気を纏いながら天使の様な表情で微笑む。
「・・・・っ!?」
その笑顔にその場に居る全員が恐怖を感じただろう。彼女から感じられるのは殺気だけではない。ただ純粋に自分達を殲滅に来たのならばわざわざ話しかける必要も無い。態々姿を現し、会話をするのは、何か目的があるからだ。
「・・・・・・・」
者達の中で一人がさり気ない動作で椅子のスイッチを押した。これは、外に居る息のかかっ者達に、もしもの事があれば助けに来るよう救助を求めるスイッチだった。
後は何とか時間を稼げれば・・・・・・
「ああ、それと」
女は小首をかしげて思い出すように言った。
「――――外に居た人達は貴方方の仲間ですよね? 私の家族が相手をしています」
同時刻。荒野に存在する古びた教会。
「近づくな! 銃を持っている奴は遠慮なく撃て!」
大勢いる老若男女は警戒しながら一人の少女を取り囲んでいた。
十二歳程度の外見にワンピースを着ている。少女の周囲十メートル内には、汚れ一つない地面が広がっている。しかし、その外側には円を描くように血の境界線が広がっていた。
「・・・・・・つまんない」
小さな口を退屈そうに開いて欠伸をする。
「気をつけろ! 銃を持っている奴は前に出ろ!」
と、一定の距離を保っていた者達は銃を持った者達と、入れ替わるように一歩後ろに下がった。鉄を引く音が辺りに響き、銃口が少女に向けられる。
「めんどう」
その時、境界線が広がった。
「!?」
内側に銃を持った者達が、入れられた途端、弾けるように粉々に消滅する。だが、血液だけは外に押し広がるように散った。まるで少女に返り血が飛ばないように血が意志を持って外に行ったように見える。
「引けー! 引けー!」
血を目印に、止まらずに広がってくる何かを見て慌てて全員逃げ出す。
「・・・・・ケーキ」
次の瞬間、荒野一体をそれは飲み込んだ。
「あ、レイ? そっちはどう?」
『終わった』
「そう。ありがとね」
『ケーキ』
「―――そうね。でもその前に、火染君を迎えに行こうかな。レイも、皆で食べたいでしょ?」
『うん』
「それじゃ、青ヶ島に行きましょう」
女は大きな扉を開けると光の向こうに行った。
生きているモノがいない部屋の蝋燭が、扉を閉めた際の余風で揺れると、もみ消されるように消えた。
天月は木の陰で先ほどの襲撃者を警戒しながらウィンチェスターの弾を補充していた。
「よう」
「・・・・・・」
ポンプアクションを行うと、声のした方に見ないで発砲する。
拡散していった弾丸が鈍い音を立てて弾かれた。
振り向きながら装填作業を行うと、声の主に再び発砲する。
だが、先ほどと同様に音を立てて弾かれた。
「――――少しは会話をしようと思わないのか?」
そこには、ポケットに手を入れている心蝉が立っていた。
「・・・・・・・」
「――――そう睨むなって。銃で俺は殺せないんだからよ」
天月はウインチェスターをしまうと黒い刀身をした洋剣をとり出す。
「――――行動が速いな。だが、すぐに攻撃を仕掛けてこない所を見ると、俺に色々と質問があるのかな?」
「黙れ。貴様が答えようが答えまいが、私のやる事は変わらん。もっとも貴様が勝手に喋るなら話は別だが」
剣を鞘から抜きながら淡々と語る。
「―――怖い怖い。そんじゃ、勝手に喋るとするよ。―――――一つ、聞こうか。死人が用意した支配のはずなのに、体が軽いと思わないか?」
「・・・・・・」
天月は警戒しながらも心の中で心蝉の言葉を聞いていた。
奴の言う通りだ。この島で起こっている事全て、『創造者』が管理しているはず。そして、死人達を戦わせる上で、相手に対しても能力が向上してしまっては、全く持って『支配』の意味をなさない。なら、この支配は一体なんなのだ?
「鏡。その物体は、全ての可視光線を反射する性質を持つ器具。鏡に映るモノを虚像と言い、左右が逆転しているように見える」
「・・・・・・・――――!? まさか!? いや、そんなはずはない。これほどの広範囲を行う事は理屈上不可能だ」
心蝉の言葉にある仮説が頭に浮かんだ。だが、それは絶対にありえない事だ。
「――さすがだ『賢者』。気づいた様だな。そう、現実ではありえない事だ。『アヴァロン』はそう測定しているからな。だが、こうは考えられないだろうか? 実際は可能な範囲だった。今までが今まで、こう言う時の為に、そう見せかけていた」
「・・・・・やはり・・ここは」
「―――思っている通りだよ。前に言ったよな? 『懐かしき故郷で会おう』と」
心蝉は不敵な笑みを浮かべながら、
「ここは『ロストワールド』だ」
天月は表情を変えずに先ほどの仮説が正しい事を悟った。
ロストワールド。いつからこの名前が付いたのかは誰にも分からない。あちら側の世界――――グロールワールドとは鏡のように、隣り合った位置に存在しているが、二つの世界の間にある『四次元空間』が二つの世界の存在を保っていると言われている。
ユーラシア、アフリカ、北アメリカ、南アメリカ、南極、オーストラリア。これら全ての大陸はこちら側にも存在し、191、全ての国もあちら側と同様に存在する。年月、首都も全て同じであり、唯一違うと言えば、『異端者』の存在だ。それも、その存在は表沙汰にされておらず、『アヴァロン』の存在も一部の高官以外は機密扱いとなっている。
二つの世界は微妙なバランスで互いの存在を維持している。二つの世界を行き来する際に気をつけなければ、そのバランスが崩れ、二つの世界の存在が明らかになる。そうなってしまえば様々な理由で両世界の間で戦いが起こるのは確実だ。
問題は、これ程の広範囲の人間と言う固定生物だけをこちら側に移動させたと言う事だ。それも世界のバランスを崩さずに。
「――――貴様らは、これ程の力を持っていながら何故・・・・・」
彼女の質問に心蝉は真面目な口調で返した。
「―――『霊王』は全てが集結する戦いを未来に見ている。この『儀式』は我々の持つ力のほんの一部にすぎない」
「・・・・・・」
『死人』。改めて自らが戦うべき相手を知った。
強い。
ただ、力があるわけじゃない。組織性、団結力、そして、自らの主君に対する絶対的なまでの忠誠と信頼。無理やり従わされているのでも、従っている訳でもない。自分達が尽くすべく者を定めている口調だ。これ程の組織はもしかすればどの組織よりも、強固で打ち崩すのは不可能なのかもしれない。だが―――――
「ここで引くわけには行かないな・・・・・・」
天月は決意したようにそう言った。
「・・・・・・・」
「『回天王』、お前達が持つ正義があるように、私にも持つべき正義がある」
剣を目線で水平に引き、手を添えた。
「貴様たち『異端者』を殲滅する事だ」
その言葉に心蝉は心の底からうれしさを感じる。
「その通りだ! なら、さっさと始めようかぁ!」
「――――嵐道・・・・・」
緒夏は目の前に居る青年を見て名前を復唱した。どこかで聞いたことがある。どこだったか・・・・・・?
嵐道は相手が何かを考えていると見て、後ろに居るさゆに声をかけた。
「――――大丈夫?」
「あ、はい。ありがとうございます」
さゆは嵐道の魂を調べる。――――――良かった人間の波長だ。
「―――誤解を招かない内に聞いておきたいんだけど、君は海砂さんだよね?」
「――え? なんで私の名前を?」
少し警戒しながら嵐道に尋ねる。
「――――ああ、ごめん。質問が唐突すぎたね。俺は嵐道政治、君のお姉さんのクラスメートだよ」
「・・・・・・・」
「聞いてないかな?」
「―――す、すみません」
本気で何も聞いていない。心の底から謝るつもりで慌てて謝罪した。
「―――――謝る必要はないよ。俺の方も君が海砂さんかどうかは、直接確認するまで分からなかったし」
微笑を浮かべながらそう言う。人見知り(特に初対面の男性)が激しいさゆはそれ以上嵐道の顔を直視できず、頬を赤らめながら視線を外した。
「―――――後で火染さんに聞いてみようかしら」
そう言う結論でまとめると、緒夏は嵐道を見る。丁度あちらもこちらに視線を合わせたところだった。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
一瞬の間を置いて、二人は同時に間合いを詰めた。
お互いの攻撃範囲に入ると同時に緒夏は上段に横から蹴りを叩きこむ。嵐道はそれを片腕で防ぐと、支えている足に蹴りを入れて払う。
緒夏は一瞬空中に浮いたが、両手を地面に付くと、足を回すように嵐道に叩きつけた。
瞬時にその攻撃範囲から脱っする。しかし、高速の蹴りは僅かに触れていたようで、頬が少しだけ避けていた。
「―――――やるわね」
慣れたように体を折り、ゆっくりと足と手の位置を入れ替える。
「・・・・正直やりにくい。遠距離戦に変えさせてもらう」
と、肌で感じるほどに風が吹き始めた。
「――――爪」
そう聞こえた瞬間に緒夏はその場を跳び離れる。元居た場所を突風と共に何か質量のあるモノが通り過ぎ、地面を深く傷つけていた。
「っ・・・・・。濃度調整まで出来るのね・・・」
「どうかな―――――」
緒夏に向かって風が質量を持って次々と襲いかかって来る。
集中・・・・・
全神経を眼に集中させた。すると、その視界に三日月の様な刃の姿が鮮明に映し出される。
見えるのなら避けるのは容易い。
右へ左へ、接近しながら避けると、攻撃距離に嵐道を捉えた。
「――――そこっ!」
空中で身体を回転させると、遠心力を利用した蹴りを繰り出す。
だが、次の瞬間に、自分の体に衝撃が走ると、後ろに吹き飛ばされた。
「!? なっ!」
空中で一回転し、体制を立て直すと着地する。腹部に痛みがあった。
「どういうカラクリかしら? 明らかに私の方が速かったと思ったけど・・・・・」
「そうかな? 少なくとも俺の方が速かったよ」
と、嵐道が言うと、緒夏の足元が光り出す。
「!? これは『陣』? いつの間に――――」
「無意味な攻撃は存在しない。どんなモノでも状況次第で、様々な使い道がある」
外に出ようとしたが、陣を囲むように剣状に変化した刃が、降り注ぐ。
「さよならだ」
輝きが増すと、囲っている刃が回転を始め、次第に速度を増し、中級の竜巻となって緒夏を閉じ込めた。
「『鉄の風』」
更に速度を増し、内側に詰め寄って行く。
「・・・・・・・」
嵐道は内側に力が働き、自然消滅するまで止める必要がないと考え、竜巻に背を向けた。
そして、歩きだした刹那、内側から強引に切り裂かれるように風が四散する。
「・・・・・やれやれ」
陣ごと術式を完全に破壊した者を見て軽く息を吐いた。
「―――火染さん」
緒夏の目の前に立っている火染は嵐道に目を合わせる。
「・・・・・。これ程とは・・・・それにまだ力を隠しているな?」
「・・・・・確かめる?」
風が両者の間を吹き抜けた。
火染はフッと笑うと、
「いいや―――――やめておこう。ここで戦えば本気で潰しかねない」
見えない威圧が嵐道にかかる。この人は・・・まさか・・・
「―――行こう緒夏」
そう言うと歩き出す。
「―――はい」
歩きだした背中に慌てて追いついて行った。
「・・・・・・」
嵐道は去っていく火染の背中を消えるまで見ていた。
「――――あのー、嵐道さん?」
さゆが話しかけると、
「―――――危なかった・・・」
顔中汗をびっしりとかきながら安堵の息を出す。あれは間違いない。父から聞いた『光の戦争』の経験者だ。死人には複数いると聞いていたが、まさか会う事が出来るとは思いもしなかった。
「―――大丈夫ですか?」
さゆは心配そうに話しかける。
「―――ああ、ごめん。大丈夫だよ」
そう言うと笑みを浮かべた。
「――――助けていただいてありがとうございます」
少し離れて頭を下げると丁寧にお礼を言う。
「大したことはしてないよ。最後は見逃される形になったし―――――」
「―――でも、助けてもらったのは真実です。嵐道さんが来なかったら、私はどうなっていたか・・・・・・」
何も出来なかった。力があるのに、その使い方さえ知らない。戦う力があるのに、戦う事が出来ない。昔からいつも護られてばかりだ。
暗く俯くさゆを見て嵐道は、
「――――無理に背伸びする事はない。君は君に合った方法で強く成長すればいいよ」
微笑を向けて言った。
「・・・・そうですね。そうです」
さゆは顔を上げると嵐道を見て微笑み返す。
「――――それじゃ、とりあえず移動しようか? さっきの戦闘で他の敵が寄って来る可能性がある」
「―――はい」
と、移動を始める嵐道の背中にさゆは尋ねた。
「―――――嵐道さん」
「なに?」
歩みを止めてさゆに振り向く。
「―――嵐道さんの力はどんな力なんですか?」
「――――俺のは風を操る力。海砂さんのは?」
「私は『光』です。――――そこで頼みがあるんですが・・・・・」
「?」
「私に『力』の使い方を教えてください」
「・・・・・・確かに、見た感じでは海砂さんのは、俺と同じ系統の理を操る能力みたいだけど・・・本質が違うから教えられることは限られると思う。それでもいい?」
「はいっ!」
さゆは力強く頷いた。
「――――よかったの?」
「何がだ?」
緒夏は隣に居る火染に尋ねた。
「必要なんだよ。時間的に後百年も誕生者を待つ訳にはいかないからな」
と、煙草をくわえると先端が赤く燃える。
「こっちの脅威になったらどうするつもり?」
「―――その事は、これ以上戦闘に参加しないって事で何とかなる」
「それで呼びに?」
「ああ。この夜、永くはならないからな」
煙草の先端から細く上がる煙が夜の空気へと融けて行った。




