記第三十六説 滅回
天月は黒い洋剣を目線で水平に合わせ、左足を僅かに引き、右足を少しだけ前に出す。唯一の家族であり、同時に戦いの師でもある者から学び、自らで導き出した構えだ。
目の前の敵を斬る。
どんな敵であろうと、倒すのではなく、斬る事を全点に戦う。一太刀入れば、更にもう一太刀入れる事が可能になる。どのような戦いでも、先に攻撃を加えた方が有利なのだ。まだ賢者となって経験が浅かった頃によくそう言われた。そして今も、その心得は変わらない。勝利を掴むのはまだ早い。今は、ただ一太刀入れる事だけを考え―――――――斬る・・・・
心蝉は、ポケットに手を入れ、相手の様子を窺っていた。その状態は傍から見れば余裕の姿に見えるが、本人は少しもそんな気はない。
気が・・・・・変わったか?
その場を動かず、見定めるように相手の発する気のみを感じ取り、警戒する。
五年前、始めて敗北したあの日、自身の中で何かが変わった事に気づいた。
真夏の荒れた土地、レンガ造りの家並みが並ぶ大通りで、ある男と対峙した。その男は真夏だと言うのに涼しそうにスーツを着ており、サングラスをかけていた。
戦った理由は一つ、ハンターと死人と言う関係。それだけだった。
その時自分は、己の力を過信し、その男と戦った。
男は能力を何も持っていなかった。だが、一瞬で四肢を断ち切られ圧倒的な敗北と言う形を見舞った。あまりの出来事に俺は呆気にとられていた。しかし、男は踵を返すと、自分を見逃しその場を去って行った。
その後、俺は初めて負けたと言う思考が頭の中に生まれた。だが、不思議と悔しくはなかった。死人となり、今まで詰まらなかった第二の生に超えるべき目標が生まれたのだ。
そして、その男を超える為に全ての戦いに身を置いた。『海王戦記』、『上九獣記』、『グラの戦い』。その他にも数えきれぬ敵と対峙し、戦い、王より礼をもらった。『回天王』と。
戦い続ければあの男とも対峙する日が必ず来る。ハンターとの戦争はそう言う戦いなのだ。
時が止まったかのように微動だに停止する両者。
虫が奏でる音楽だけが、全ての中心に聞こえる。
心蝉はゆっくりとポケットから手を抜く。
それが戦いの合図だった。
天月は一瞬で心蝉を間合いに捉えた。
一瞬で剣を変え、移動に使かったか・・・・
回転運動を掌に作用させると斬りかかって来た剣を受け止める。
鉄が削れるような音が辺りに響く。
その時、剣の消失を感じた。同時に後ろに身を引き、横から来た薙ぎ払いをギリギリの位置で避ける。
「その手は読めてる」
次の瞬間、巨大な衝撃波が前方を吹き飛ばした。
「・・・・・・・」
パラパラと舞い上がった木片や石などが吹き飛んだ前方に降り注ぐ。そこにハンターの姿はなかった。
「おいおい。つまんなすぎるぞ」
誰もいない前方に向かって訴えるように言う。これで終わりか?
そう思ったその時、
タン・・・・
後ろで何かが着地する物音がした。
「?!」
瞬時に背後を振り向く。衝撃波を利用して上に上がったか! 次の瞬間、振り上げられた緑色の刃が触れ、左腕が飛ぶ。
まずは一太刀。
天月はそう心に刻むと、刃を返し斜めに振り下ろした。左腕は無く相手はまだ怯んでいる。避ける事も防ぐことも出来ない。
しかし、剣が触れる刹那、心蝉の姿が消失した。
「!」
空振りで空を斬った剣が隙を作らないように身体に合わせて構えなおす。
「―――――惜しい」
声のした方に視線を向けると距離を置いた位置に心蝉がいた。
「――――完璧な攻撃だったよ。避ける事も防ぐ事も出来なかった。だが、この力の前にはそんな攻撃は意味をなさない」
と、その時、
「回れ! 『回天細胞』!」
心蝉の声に反応するように斬りおとされた左腕が、ねじれる様に生えて来た。
「!?」
その様子を見て天月は驚いた。いくら再生能力が高い死人と言えど、消失しているモノが瞬時に再生するなど根本的な生物としての域を超えている。
「驚いたか? 俺の能力のほんの一部だ」
左腕を掲げ感触を確かめながらそう言った。
天月は先ほど斬り落とした腕を見る。なるほどそう言う事か。
「その再生能力は無限じゃないな?」
核心を突くその言葉に今度は心蝉が驚いた。
「――――――そうさ。この再生能力には母体と言う限界がある。よって俺の命は他の生命を摂取したとしても、後三百年が限界だ」
そう。それが、心蝉自身が最も重視している事だった。
「――――心配するな、三百年も要らん。今日で終わりだ」
天月はそう告げると、今度は剣を右斜めに寝かせた構えを取る。
「『疾牙』」
気づいた時には、剣は既に斜め上に振り上げられていた。それと同時に心蝉を風が襲う。
「チッ」
両腕を交差し覆う様にしてそれを防ぐ。風が通り抜けた際に両腕に多数の切り傷が生まれた。
「・・・・・・カマイタチか。ずいぶんと古風な技を使うじゃねぇか」
天月は振り払う様に剣を下ろす。おじさんのようになるには、まだまだ修練が必要だ。
「・・・・・・・」
とりあえずは遠距離攻撃を試したが、あの移動を使って避ける気配はまるでなかった。使えなかったのか。それとも使わなかったのか。どちらにせよもう一度近づく必要がある。
「―――――ふうっ」
息を吸い吐き出すと、再び高速で接近する。
向かっている途中で心蝉の姿が消えた。
来た!
消えると同時に真横に現れ、腕を突き出して来る。前に屈み、それを回避すると剣を切り上げた。音速に近い斬撃を心蝉は身体を後ろに逸らしギリギリ届かない範囲で避わす。
僅かに触れた髪が空中で四散する。
天月は剣を逆手に持ち替えると、不安定な態勢で右に一歩踏み込むと、力一杯振り下ろす。
だが、心蝉はその場から後方に跳んで攻撃範囲から完全に脱した。
「速いが、最初に比べれば見切れない範囲じゃない」
と、笑みを浮かべる。
「・・・・・・・」
先ほど一瞬で側面に現れた時に何か違和感を感じた。
「―――――さて、そろそろ終わりにするか・・・・・」
天月は目の前に居る心蝉から視線を離さずに見ていた。その時、僅かに心蝉の姿が歪む。
!? そうか!
分かった。奴がここぞと言う時に致命傷となる攻撃を全て避わした真実に。
だが、不意に正面に心蝉が現れる。
「っ!」
慌てて剣を振るが、左手に止められ、右手の裏拳で弾かれた。手から離れ、近くの木に当たり転がる。
流れるようににトカレフを取り出すが、銃身を握られ回転能力で破壊された。
心蝉は、片腕で天月の襟首を掴むと、木に叩きつけながら足を浮かせ、身動きの取れない状態にする。
「がっ・・・・」
叩きつけられた衝撃でむせる天月。
「よくやった方だ。お前の敗因は一つ、俺を殺すことが出来る術を、持っていなかったと言う事だ」
「・・・・フッ――――」
天月は心蝉の腕を掴むと笑みを浮かべた。
「―――最後に聞こう。何がおかしい?」
「――――――お前の高速の移動術・・・・ネタが割れれば大したことはない」
「ほう・・・・分かったのか?」
「―――『陣』だろ?」
その一言を聞いて心蝉の表情は険しくなった。
「―――お前は、無駄に巨大な攻撃を行った。私の攻撃方法を知っているにしては無駄な攻撃だ。あっさり避わされ、攻撃を喰らい、態々少ない命を削ってまで、出したにしては『回天王』らしく無いミスだと思ったが、それ自体が『陣』を作り上げる為のカモフラージュだったんだろ?」
「・・・・・・・・」
「―――その移動をするとき、貴様は数秒間おなじ姿で止まっていた。攻撃を受けた時も、私が間合いを詰めた時も、移動せずその場に止まった。その時、私がお前と認識しているのは単なる映像で、貴様自身は既に有意な位置に回っていた」
「・・・・・・・・」
心蝉は心の中で笑っていた。まさか見破る奴がいるとは・・・・・
「――――その通りだ。『回転運動』、『回天細胞』、『螺旋視覚』、これらは俺が全て奴に勝つために編み出した力だ。だが、それが分かった所でお前は勝てない。既に貴様を掴んでいるのだからな―――――」
力を入れて更に持ち上げる。
「――――だったら、さっさと殺してみたらどうだ?」
「なに?」
「――――いまなら私を殺せるのだろう?」
「・・・・・・・」
何だこいつの余裕は? この窮地にそこまでの自信を持てる事が理解できない。今、ほんの少しだけ回転力を加えるだけでこの賢者はバラバラになる。死が隣にあると言うのに、何故笑みを浮かべて居られる?
「――――迷ったな? 『回天王』――――」
その時、上から落ちてくるように降ってきた黒い洋剣が天月を掴んでいる腕を貫く。
「なにっ!」
腕が斬れ、地面に落ちる。天月は着地すると同時に浅く地面に刺さっている黒剣を抜き、突きを心蝉に叩きこんだ。
「――――お前の敗因は私自身の戦闘能力を知らなかったと言う事だ。剣は元々、二本だったんだよ」
手を柄から離した次の瞬間、まるで何かに引っ張られるように吹き飛ぶと、後ろにある木に突き刺さり停止した。
「馬鹿な・・・・・・」
聖水保護の施されている武器で貫かれている。これは死人にとって死を意味していた。
「――――それともう一つ、自分が優位に立っていると、油断するのが、唯一の上呪を倒す隙だ」
串刺しになっている心蝉に言葉を向けるが、既に朽ちているのか、身動き一つとらない。そして、その足がゆっくりと塵へとなって行く。
天月は心蝉に近づくと、剣を引き抜こうと柄に左手をかけた。その時、
ガシッ。
「!?」
塵となって行く心蝉がその腕を掴んだ。
「・・・・・・回れ」
次の瞬間、骨が、血管が、筋肉が、法則を無視した力で捻じ曲げられた。
「くぁ!」
激痛が全身を掛けるが、それ以上にこのままでは殺られると言う考えが頭に浮かんだ。
しかし、回転は肩の手前で止まると、力尽きたように弱くなっていった。
「・・・・・残・・・・念だ・・・・奴と・・・・・再び・・・・・戦う・・・・・事が・・・・・出来―――――」
破裂するように心蝉の体が塵へと変わった。
剣を木から引き抜くと、私式空間に直す。止めどなく襲ってくる激痛に気を失いそうになる。だが、せめて安全な場所まで移動しなくては危険だ。そんな所を他の死人に襲われればひとたまりもない。
「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・・・・・」
左肩に手を添えながら重い足取りで森の外を目指す。
すると、開けた場所に出た。目の前には古びた家屋があり、扉が僅かに開いていた。
右腕で少しだけ開けて中の様子を見ると、誰もいない。古い椅子や、散らかり放題の紙。割れたランプなど、人が寄り付かなくなってから相当立っている事が分かる。
何とか椅子まで移動すると、力なく座りこむ。
視界がぼやけて来た。意識が遠のいて行く。
その時、扉が音を立てて開かれた。
ぼやけた視界に入って来る人影が映る。まずい。なんとか武器を取り出そうとするが、その力さえも残っていなかった。
「―――――スズちん!」
はっきりと聞こえた相手の言葉。
「リオ・・・・・? ・・・・助・・・・・か・・・」
天月はそのまま気を失った。




