記第三十説 鬼人
「こーこーはーどーこーだぁっ!」
叫ぶ様に佐川は声を出す。
天啓を探していた時、突如不審な光に襲われ、抵抗したが(走って逃げただけ)飲み込まれてしまった。そして、気が付いたら、この訳の分からない場所で気を失っていた。
「政治ー! どこだぁー!」
戦友の名前を叫びまくりながら小一時間ほどは歩いている。
「天月ぃー! 説明しろぉー!」
傍から見れば、不審な者と思われても文句は言えない。だが、ここに居るのは危険な者達である。そんな事は知らずに更に叫びながら歩きまわる。
と――――
銃声が聞こえた。続けて、連続しての発射音。
「――ぬぅ! どうやら悪の手先が、居る様だな!」
勝手にそう決めると銃声のした方に走って行く。
そこは、古めかしいガソリンスタンドだった。列を揃えて並べられた供給機。暗く、錆びているイメージがある店内。錆びて既に動かなくなっている車の数々。そして、駐車場に一人の男が居た。
右目に眼帯を付けており、その足元には無数の死体が散らばっていた。
「貴様ぁ・・・テロリストか?」
男を見て佐川が指をさして尋ねる。
「―――テロリスト? そんな生温いモノじゃない・・・・・」
男が一言しゃべると、辺りに殺気が散りばめられる。
「!?」
「――――俺の名は痲牌。理解出来んと思うが、死人だ」
一定の距離で対峙する二人。武器は両者とも自らの拳のみ。
そして、唐突に衝突は始まった。
先制の佐川のストレートを痲牌は身体を軸からずらして回避する。次の拳が突き出される前に、牽制と反撃の一拳を繰り出す。佐川は、わずかに屈んで最小限の動きでそれを避けると、今度は左を突き出す。だが、痲牌はそれを読んでいたのか同じ動作で攻撃を避わすと、頭部を足で狙う。体と首を前に傾けて攻撃を避けると、一瞬だけ生まれた隙をつき、痲牌の顔面を勢いよく殴りつけた。
「・・・・・・」
痲牌の右ストレートが佐川に向かう。さっきよりも速い。体を逸らし、その拳を流すと反撃を繰り出す。しかし、既に攻撃のパターンを読まれているのか、予測されているように避わされると、右腕に痲牌の拳が当たる。
疼痛が走ったが、痛がっている間は無い。反撃を繰り出すが、それも避わされ顎に下から一撃喰らった。
怯み、僅かによろけた隙を突かれ、痲牌の蹴りが頭部に横から炸裂する。
「っ・・・・」
腕を添えて軽減する。今度は逆の足が襲いかかって来た。佐川は、更に体を屈めて回避すると、体を立ち上がらせると同時に、痲牌の顎に拳を突き上げた。
「・・・・・」
まともに食らった痲牌はよろけながら後ろにさがる。
両者に再び間が生まれた。
「・・・・・」
「・・・・・」
一瞬でお互いを攻撃距離に捉えると、先制の痲牌の蹴りを、佐川は足で威力が生まれる前に阻止する。その行動を隙と見た痲牌は、拳を突き出す。その攻撃を、半歩身を引いて避わすと同時に、瞬時に体を前に動かすと、スピードを重ねた左拳が腹部にクリーンヒットする。
「く・・・・・」
僅かに身体が折れ曲がる。佐川は膝で顔面を蹴り上げ、痲牌の身体を無理やり垂直にさせる。慣れた動作で身体を反回転させると、足を踏み込み、まだ怯んでいる痲牌の胸部にスピードと、自身の体重を乗せた強靭な一撃を叩きこむ。
「がは・・・・・」
思わずむせた痲牌はスタンドの供給ユニットを、ひしゃげながら背中から激突した。
「・・・・・・・」
寄りかかるようにして動かなくなった痲牌を佐川は見る。
「―――――ハハハ・・・・中々やるな」
痲牌は、まるで何事も無かったかのようにゆっくりと立ち上がると、不敵な笑みを作った。そして、左手で右目の眼帯を外す。
「・・・・・・」
眼帯が外され、そこにあったのは辺りの暗闇を凌駕する青い眼だった。
「・・・・・・。中々手ごわいと思ったら、お前・・・・人間じゃないな?」
青い眼を細めながら検索するように言う。
「・・・・・・・」
「『鬼』・・・か。それなら、バカみたいな攻撃力と俺の攻撃に耐えられるのも納得がいく」
「・・・・見えるのか?」
佐川は要点だけを尋ねる。
「ああ。お前も、『人外』なら知っているだろ? 『処刑人』。かつて夜を支配していた者達。この眼は、百二十年前に俺にかかって来た『処刑人』から複写したモノだ」
「・・・・・・」
「結構便利な眼でね。『魂』はその者の本質。それを見れるってのは、戦いにおいて相手の手の内を知るようなものだ」
「・・・・・・フフフ・・・・ハハハハ!」
「・・・・何がおかしい?」
急に笑い出した佐川に痲牌は問いかけた。
「―――なるほど。相手の『魂』を見れば、お前は勝てると思っているのだな?」
「・・・・・・」
「――――答えないか・・・・別にそれでも良いが、本質を見抜いた程度で俺を倒そうなどとは、笑止千万!」
「――試してみるか?」
「試してやろう。さぁ、殺しにかかってこい!」
その時、佐川から闘気が溢れ出る。痲牌は無意識に笑みを浮かべていた。
死人は元々、人間が転生した人そのものの潜在能力を極限まで引き出せる為、その全身から相手に与える威圧は殺気である。しかし人外は、人の姿を模っているモノが多いが、その戦いでは殺気などではなく、闘気で相手を威圧する。面白い。戦いとはこうでなくてはな。
痲牌は佐川に歩み寄る。
そして、一定の距離で止まると、次の瞬間に佐川は勢いよく吹き飛ばされた。
勢いよく古びた車に激突する。
「『死人』は自身の能力を百パーセント引き出すことが出来る! さっきと同じだと思うなよ!」
痲牌は、起き上がろうとしている佐川をつかむと、店内に投げた。
かびた窓ガラスを勢いよく割り、佐川は破壊音をまき散らしながら店内に転がる。
「・・・・・・」
未熟者が!
ふと思い出したのは親父の言葉だ。父は心の底から尊敬していた。自分の父のようになりたいと思ったが、到底無理だった。純粋に向かって来る敵を叩きのめす父と、弱い者を助ける自分。内野からは偽善者と言われたが、その言葉は嫌いだった。だが、俺は偽善を続けた。そして、こんな所で終わる気も毛頭ない。どんな状況でも生き延びて、自分のやっている事も正しいと父に分かってもらう為に・・・・・
佐川は立ち上がると、店内を跳びだす様に外に出る。
「――――その程度で死んだら面白くないと思っていた所だ」
痲牌が拳を繰り出す。今までと段違いに早い。体を右に流して避け、更に来た攻撃を今度は左に回避すると、空いた脇腹に一撃叩きこむ。
「ハハハ!」
しかし、痲牌は怯むことなく、顔面に拳を叩きむんだ。
まともに食らい、再び飛んで行く。
「無駄だ! そんな攻撃では俺を倒す事は出来ない!」
佐川が立ち上がったのを確認すると、同じように拳を繰り出した。
身体を横に逸らし、その拳を避わすと、痲牌の顔面に下から拳を突き上げる。
「が・・・・」
何だ? 奴の力が、急に増した?
その怯んでいる顔面に左から拳を叩きこまれ勢いよく吹き飛んだ。
「く・・・・」
起き上がり、『魂』を見ると先程とは違う、何か・・・・強靭なモノに変わっていた。
「そう来なくてはなぁ!」
瞬時に立ち上がり、目の前の敵に向かっていく。これ程の高揚感は、百年前の戦争以来だ。
早く鋭い痲牌の拳を既に見切っている佐川は難無く避わすと、足に蹴りを入れた。
「っ・・・」
僅かに怯む痲牌。佐川は、その隙をつき身体を反回転させる。その時、右拳には炎が纏われていた。アスファルトが砕けるほど強く踏む込むと、胸部に先ほどとは比べものにならない一撃が叩きこまれる。
次の瞬間、痲牌は、バラバラになりながら吹き飛び、その肉片は炎に包まれた。
さゆは、道を歩いていた。先ほどまで天月さんのサポートをしていた筈が、突如現れた光に包まれ気が付いたら、この島に居た。
あの光を自分は干渉出来なかった。つまり、誰かが故意に生み出した光で、浴びた者に転送効果が働く効力だったらしい。
恐らくそれを発動させたのは、今回の標的『創造者』だろう。
情けない。自分がもっと能力をコントロール出来れば、もしかすれば防げたかもしれない。
「・・・・・・・」
思わず俯く。しかし、今は、なるべくお姉ちゃんと天月さんのどちらかと合流した方がいい。特殊な支配でも展開されているのか、テレパシーは使えないが、二人がどの位置に居るかは分かる。
「キャッ!」
「あいたっ!」
角を曲がると、何かとぶつかった。
「―――痛たたた・・・・あっ、ごめんなさい」
さゆは、ぶつかった相手に謝罪した。考えながら歩いていたため、辺りに対して不注意になっていたようだ。
「―――ごめん・・・僕の方こそ周りに気をつけて無かったから」
と、ぶつかった額をさすりながら立ち上がったのは、桃色の髪に鎧を着けた一人の少女――――ガラハッドだった。




