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真導士サキと風渡りの日  作者: 喜三山 木春
幕間 真導士の捜索
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真導士の捜索(7)

「謝罪なんざいらねえよ」


 ユーリの言っていた通り、クルトは居間で何かを作っていた。

 木の屑が食卓いっぱいに広がっていて、それを見たユーリは大急ぎで裏口から出ていった。

 「ほうき、ちりとり」と口にしていたので、掃除道具を取りに行ったことは明白だった。

「"青の奇跡"が制御できているなら、お前は苦労知らずでいられたはずだ。できてねえから"暴走"も"暴発"もするんだ。知っていて付き添い頼んだのはオレだし、いままで何度か助けてもらってる。内の一回しくじったからって謝ることはねえ」

 彼女にしたように、彼にもすべてを話して頭を下げる。

 返答は、道すがら彼女が予想していた通りだった。立っているだけなのに、目が熱くて仕方ない。

「……だから泣くんじゃねえよ」

 泣かれる方がよっぽど困ると頭を掻いている。

 すっかり調子を戻した様子のクルトは、面倒そうに続けた。

「カルデス商人を敵に回したら大事だ。そこらへんは考慮に入れろ」

 手布を出す気にもなれず、袖で涙を拭う。

「クルトさんは強いから平気でしょう」

 巧みな棒術は、鮮やかと言っていいものだった。

 以前の乱闘では、わざと力を隠していたのだろう。いくらうちの相棒が大力無双と言っても、体術を修めているわけではない。

 そこまで警戒しなくてもと、素直に思った。

「馬鹿言え。真術も込みじゃあ状況が全然違うっての。燠火の五つ目相手にするほど、考えなしじゃねえよ」

 涙を取り除いた自分を確認して、クルトの興味がネグリアフィグに移った。布をめくり、美味そうと言った彼の手を、戻ってきた彼女がはたき落とす。

「掃除してから! こんなに散らかってたら果物についちゃう」

「叩くことはねえだろ」

「ほら、これ片して。変な箱もどけて!」

「変な箱って言うな。これは新しい発明だ」

「邪魔ー!」

 言い合いをしながら掃除して、またもユーリが裏口に向かう。「おがくず、おがくず」と言いながら。

 彼女が消えていった炊事場の入り口に、小さな棚があった。棚の上に置かれている手鏡を見て、二人の喧嘩が、落ち着くところに落ち着いたことを知る。

「サキ、次も付き添い頼むぜ」

 手鏡にあった場所から、赤毛の友人へと視線を戻す。

 あの日の頼りがいは、どこに隠したのか。すっかりと悪餓鬼に戻ってしまった彼は、他のあてがないから断るなよと言い、ネグリアフィグに手を伸ばした。

 彼女を待つつもりはないようだ。

 果物に夢中なクルトに了と伝えて、また頭を下げた。

 戻ってきた彼女が「洗ってから!」と叫ぶ。首を竦めたクルトの姿が面白くて、二日ぶりに心からの笑いを出した。




 長旅を終え、戻ってきた自宅。

 ランプの灯りが居間を照らす。橙色になった世界は、いつもより煌々として見えた。

 お見舞いに持っていった果物達。

 先ほどまで彼等が待機していた籠には、果実酒が入っている。どこで耳にしたのか、自分の好物を譲ってもらえた。

 仲直りの証だ。

 天に向かって誇らしく掲げ、桃色を眺める。

 飲み干したら瓶を残しておこう。それから宝箱に仕舞うのだ。前から作ってみたいと思っていた。

 最初の一品は、これに決めた。

 そうやって天に自慢をしていたら、留守番をこなしていたかわいい子が、尻尾を揺らして駆け寄ってきた。

 帰宅を告げ。お礼をしてから、相棒の不在を確認する。

 首を傾げるような仕草をしたジュジュは、まるで「あんな奴、知らないよ」と言っているようだった。

 結局、クルトの家にも姿はなく、完全な行方不明者となっている黒髪の相棒。夜になっても帰ってこなければ、キクリ正師に相談しようと決め、夕食の支度に取り掛かる。




 "闇の鐘"が、サガノトスに響いていく。

 鐘と同時に夕食ができあがった。

 腕まくりを解いて、服のしわを伸ばしている時、扉が開く音がした。

 扉から入り込んできた「ただいま」と、熱い海の気配。……それから、嗅いだ記憶のある生臭い匂い。

 日中、ずっと探していた相手は、やはり腹時計に従って帰宅したようだ。

「ローグ、どこに行って――」

 続きは、せり上がってきた自分の悲鳴に塗りつぶされた。

「ふ、服……。服を着てください!」

 ずぶ濡れのローグは。上半身に何も羽織っていない。

 両手で目を塞ぎ、焦げるような熱を出してきた頬を一緒に隠す。

 星明りの下で見るのと、ランプの光に照らされるのでは印象がまったく違う。とても直視できるものではなく、いまだけは暗闇が安全と思い決めて、視界を封鎖し続ける。

 きっとティピアならば、異性の肌を見るなど言語道断と言うだろう。

 もしもそのような状況となったら、両目を塞ぎ、愛らしく悲鳴を上げて……あとは、あとは何だったろうか。

 常識的な対応を思い出すのにあえて苦労して、大騒ぎしている血脈の鎮静化を図る。

 明々としている場所で、こんな破廉恥な真似をしなくてもいい。彼はいったい何を考えているのだ。

「慣れたようでまったく慣れないな。気まぐれな猫殿だ」

 足音が大きくなってきたと思ったら、身体が熱に巻き取られた。

 雲隠れしていた相手は、昨日と同じぬくもりを持ち、昨夜とはまったく別の気配をしている。

 抱き締められたせいで、顔を隠している両手の甲に彼の肌が当たった。


 しっとりと熱い――そんな感触。


 声にならない声を上げ、跳ね除けようとしてしまい。結果、余計にその感触を味わうことになる。

 頭の中は、スープのようにぐつぐつと煮えたぎっている。かぱりと空けたら、居間に湯気が充満するだろう。

 くつくつと低い響きがしている。

 状況を楽しんでいる彼の呪縛から解き放たれるべく、熱い檻の中でもがいてもがいて――突然、檻が壊れて消えた。

「おい、ジュジュ!」

 目を塞いでいて見えないけれど、どうもあの子が反撃してくれたらしい。

 牙か爪か。どちらかで加えられた攻撃は、一切の守護がない肌に深く食い込んだことだろう。


 ……猛省するといい。


 癒しを求めるローグを無視して、その場にしゃがむ。

 ついでに、しくしくと泣き真似をしておいた。

 ばればれであろうとも泣き真似を続け「服を着た」という報告を待つ。

 指の間から事実確認を終え、やり過ぎたかと弱気な気配を出しはじめている黒髪の相棒に対し、"ダール料理 連夜祭"の開催を宣言した。

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