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真導士サキと風渡りの日  作者: 喜三山 木春
幕間 真導士の捜索
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真導士の捜索(8)

「釣りをしていた。……のだが、上手く釣れなくて漁に切り替えた」


 専用の船も造ったと自慢してきた相棒に、心底呆れてしまう。

「朝もお昼も帰ってこないで。どれだけ心配したと思っているのですか」

 聞けば、クルトへの土産を増やそうと、魚釣りに行っていたとのこと。

 サガノトスに唯一ある湖――モンテレオ湖に、栄養価が高い魚が棲んでいると聞き及んだらしい。

 朝早くから出掛けて行ったはいいものの。久しく釣りをしていなかったせいもあり上手く釣れず、ついつい夢中になってしまったと弁明していた。

 反省の証として差し出された魚は、確かに大ぶりで身もつまっていて良質だった。

 しかし――。

「……こんなに取ってしまって、どうするつもりですか」

 最低でも二、三十匹。

 氷水で冷やしているけれど、とても食べきれない。部屋に匂いがつくのは困るので、外の桶で保管している。

 後ほど氷を足すとしても、明日には傷みはじめるだろう。

「すまん」

 責任を持って配り終えるからと言っているけれど、釈然としない。

 彼の態度に、違和感だけが募る。

 どことなく……今日のローグは変だ。

 また、あの影に侵されているのではと、疑いたくなってしまうくらいには変だった。


 ううむ、おかしい。


 そうやって疑いながらも、クルトの見舞いに行ったこと。それから、二人と仲直りができたことだけは報告した。

 まだ湿り気を残す黒髪の合間に、やさしい黒と光が視えている。

「そうか」

 短い返答は、当然という風に響く。

「上手くいくと思っていました?」

「まあな。物縛りの同行者は、魔除けにされるとも聞いたことがある。となれば、少なくともクルトは文句を言えないはず。青の件も納得の上で誘っただろうし、こじれないと踏んでいた」

 サキは考え過ぎだと、からかわれる。

「かといって下手な慰めで納得することもない。我が相棒殿は頑固だから」

「もう……」

 事実だろうと低い声が断じた。

 居間に充満している彼の真力が、感情の起伏に合わせて行ったり来たりをしていた。思わず海辺にいると錯覚しそうになる。

 灯る炎豪のランプは、潤沢な真力を得てさらに明々と燃え、暮れた時を彩っている。

 穏やかな夜が更けていく。

 あと何回、夜を越したら秋になるのだろう。夏はどれだけ残っているのだろうか。

 長い夏も、過ぎ去ろうとすれば侘しく感じる。


「夏が……終わってしまいますね」

 夜に開かれる虫達の演奏会。新曲も素晴らしいけれど、以前の曲にも愛着がある。

 一年で最も騒がしい季節。

 自分が過ごした十五年の中でも、一番の賑々しさを誇る今年の夏。

 記憶の籠いっぱいに、様々な思い出の果実を入れていたように思う。それでも、もう少しと欲を出す。

 やり残したことがあるような。

 今年の夏を逃したらもったいないような、そんな気がしている。


「来年の夏は、どのように過ごすのでしょうか」

 花祭りにも行きたい。

 "華魂樹送り"は年によって変化があると聞いたから、ぜひとも行ってみたい。

 ジェダスの故郷でも、大きな夏祭りを行うと言っていた。皆で遊びに行くのも楽しそうだ。

 そういえば、ティピアは泳げないと言っていた。来年は一緒に泳法を習うのもいい。

 レニーは、ネグリアの別宅に船を持っているらしい。川遊びのお誘いもされている。かのお嬢様の船にお邪魔するなら、衣装が必要になる。三人で仕立てに行ってみるのもいいかもしれない。

 今年よりも賑やかな夏を想像して、どうか、どうかと願う。

 共に生きたい。

 生きて、来年も一緒に夏を過ごすのだ。




 ゆるい波間で、無音とともにただよい、幸せな季節を思う。

 しばらくして冷茶を飲み干した相棒は「美味かった」と感想を述べて席を立つ。

 「お粗末さまでした」と返し、布巾を持って片付けを開始する。席を立ったローグは、いつもの長椅子で寝転ぶかと思いきや、そのまま自室へと歩いていく。

 ついさっき抱いた違和感が、警告の鐘をりんりんと鳴らした。

「ローグ。もう休むのですか」

 部屋に半身を入れて振り返った相棒は、口元に微笑を乗せている。

「いや、調べ物がある」

 一日さぼってしまったからと笑う。

 いつも通りの振る舞いの中に、普段ならば気にも留めない程度のさざ波がある。

 食事の後は、長椅子で話をするのが普通だ。

 今日のように行動が分かれていた日は、必ず時間を設けていた。むしろ彼の方が強く望んでいたのに……どう考えても変だ。


 絶対に何かある。


 するりと消えて行こうとする黒を追いかけた。

「ねえ、ローグ!」

 不利を悟られたようだ。

 黒髪の相棒は、勝機が薄いと踏んだ戦いには乗ってこない。煙に巻いて誤魔化して、結果としてなあなあにされる。

 閉まりかけた扉に、急ぎ左腕を滑り込ませ大きく開放する。

 ついでに真眼を開き、自分の勘を最大限にまで高めた。

「こら。男の部屋に入るな」

 約束を反故にする気かと作ったしかめっ面も、一見して普段通り。

 しかし、違和感がむくむくと膨れる。

 部屋を移動して気がついた。ランプが灯って間もない部屋には彼の気配が満ちておらず、当人の真力がよく視える。

 回復した彼の真力は、驚くほど膨大。だから多少の目減りでは気づかないことも多い。

 だがしかし、今日の減り方は異常だ。

 魚釣りで真力が半分まで減るわけがない。絶対におかしい。

「ローグもわたしの部屋には、二度と入らないのですね」

 なし崩しをはじめたのは貴方でしょうと気配で返す。受け取ったらしい彼は、ちらりと上を見た。

 企んでいると察知して、意識を集中する。

「では、今日から別々に寝るということでいいな」

 次いで出てきた無表情。

 学舎での定番顔は、感情を悟られることを拒んでいる。

 嘘で誤魔化しきれないと考えたようだ。完全に話を流すつもりでいる。

「……勝手過ぎます」

 負けじと睨み合いを続ける。しかし、言葉が弱くなってしまった。

 狙い通りの反応をしてしまった自分に、情けなさを味わう。

「奔放な相棒殿と番になるなら、これぐらいで丁度いいだろう」

「話を誤魔化す気ですね。その手には乗りません」

 決して逃すまいと口を結び、気力を高める。

 そして真力を盛大に放出した。今日、一日で抱いた心配と不安を、まんべんなくふりかけて。

 真力の放出を感知したローグは、自分の傍まで戻ってくる。視線を合わせるように屈んできた相手と、しばし視線を絡ませていたら……ふいに口付けを受けた。


「――ローグ!」


 それからまた棚の方へ歩いていく背中に、特大の怒声を浴びせた。

 飄々としている姿が、疑惑の炎に油を注ぐ。

 棚から夜着を取り出した相手は、扉を閉めて居間に戻るよう言ってきた。

 誰が言うことを聞くものか。

 腰に手をあてがい、再び睨み据える。……念のために"守護の陣"も展開しておく。

 一歩も退くまいと覚悟を決めた自分を見て、彼は悩ましげな吐息を出した。首筋がぞわりとしたけれど、負けるわけにはいかない。

「まあ、お望みなら開けておいても一向に構わないが」

 真眼が、ざわざわと動く。

 働き者の指揮勘が、主の意志に反して撤退準備をはじめている。

「でも、本当にいいのか……?」

 濡れた黒髪の隙間に、妙な色を含んだ流し目がある。

 心臓を射抜かれた瞬間、真眼で号令が轟いた。

「湯浴みをする」

 それでもよければと黒く笑う悪徳商人に、布巾を投げつけ自室へと遁走した。




 明くる日。

 導士地区の外れにある家から、甘い甘い香りがただよっていた。

 匂いの正体は、誰もが薄々わかっていたけれど、口にする者はいなかったという。

 ……ただ、評判と注目を集めているとある男の顔色が、たいそう悪かったことだけ、ここに付け加えておこう。

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