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真導士サキと風渡りの日  作者: 喜三山 木春
第十三章 風霜の彼方
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蜜色の朝日

 ――行方不明者一名。


 報告を受け、キクリ正師は露骨に顔をしかめた。

「捜索は、第一部隊が受け持つ。正師は導士の避難誘導を」

「ええ……」

 鈍い返答の意味を汲み取ったのか、大隊長は畳み掛けるように言葉を繋げる。

「お気持ちはわかりますがな、正師には導士の守りを固めていただきたい。……お嬢ちゃんの捜索は、第一部隊の領分だ。ついでと言うのも何だが、ローグレストは借りていくぞ」

 せっかく取り繕っていたのに、最後は崩れていつも通りとなった。これには、内々ならと言っていた当人ですらも、さすがに苦笑いをしている。

「大隊長がそこまでおっしゃるのでしたら……。二人を、どうかよろしくお願いします」

 調子を合わせたのか。それとも単に面倒だったのか。結局、正師もいつも通りとなってしまった。

「ローグレスト、気をつけて行くのだぞ」

「はい」

「指示には必ず従うこと。決して独断で動いてはならぬ」

「はい……承知しています」

「それから――」

「正師、大丈夫です。無茶はしません」

「本当か? お前は血気盛んな上、どうにも急くところがある」

 正師が言った途端、友人達から茶々が入った。

 それに触発されたのか。同期の面々からも、ぞんざいな励ましが次々と投げつけられる。

 やいのやいのとうるさい連中を見渡し、誰の発言かをしっかり把握しておく。そしてこの事実、記憶の台帳に記載した。

 全員まとめて覚えておけよ。


「我々は、モンテレオ湖で待っている」

 モンテレオ湖は遺跡からも遠い。

 "真穴"が多数存在していて、常に結界が張られている。後衛を務める補給部隊が配備される予定でもあるから、避難場所としては最適だ。

 二人で無事に戻れとの言葉に、必ずと応じる。

 正師は黙ったまま一つだけ頷き、同期達を大きな真円で包んだ。

 転送の気配に触れながら、うるさい連中と約束を交わし合う。

 また、後で――と。


 転送が収束してすぐ、大隊長が肩を叩いてきた。

「よし、行くぞ。遅れずについてこい」

 剛勇の赤に紛れ、明け方の空を行く。

 薄暗い空には重い雲が垂れ下がっている。今日は、日の光をまともに拝めそうにない。

 顔にあたる氷水のような大気が、季節の移り変わりを宣言している。吐き出した息は白く濃いもやとなり、風に揉まれて消えていく。


 出発してすぐ、大隊長から現状を伝え聞いた。

 "封印の間"の場所は、つい先ほど判明したが、遺跡の仕掛けに邪魔されて転送では飛べない。仕方なしに、"真脈"を伝って移動することになる。ただし、これにも課題がつきまとうという。

「状況は」

 上司からの短い問いに、副隊長が応じる。

「報告によれば、遺跡に紐づいた"真脈"が複数存在していると。ですが――」

 それらは細く、かつ動いている。

 渡れる人数に限りがある。その上、ひとたび使用すると"真脈"が動いてしまい、同じ経路が使えなくなってしまう。

「侵入の際に、手数を分ける必要があります」

「……まーた、ややこしいものを拵えてくれたなあ」

「まったくです。しかし、希望はあるとも言っていましたね。一味は、幾度となく遺跡と里を行き来していた。恐らく"真脈"の動きに法則があるだろうと。もしも移動が困難なら、ドミニクも出て来なかったでしょう。引き続き、解読部には知恵を絞ってもらっています」

「おう、すっからかんになるまで絞り切ってもらえ」


 軽い応酬。

 だが、軽いのは口調だけ。第一部隊の面々は、すでに戦いの只中にいた。

 闘技場に放り込まれた気分だ。

 隊員達は誰一人として臆してはいない。

 各々から発せられている気配は、第三の目を大いに刺激する。刺激を受け続けているせいで、徐々に気持ちが高揚してきた。

 抑えようとしても、真力が勝手にあふれていく。

 ならばいっそと、好きなだけ真力を放つことにした。真力の減少よりも、気力を削られる方が厄介だ。

 真力を撒き散らしながら飛んでいると、大隊長が「とんでもねえな」と笑い出す。

「四つ目も大概だと思っていたが、五つ目ともなると途方もない。一晩暴れて、まだそれか」

「そうでしょうか。あまり多いとは思えません。たまに枯渇しますから」

 何の気なしに返したところ、隊員達からざわめきが出た。

「……調整が甘過ぎるのだ。他の真導士と比較して多いとはいえ、真力は無尽蔵ではない。少し自重しろ」

 ざわめきの合間を縫って、副隊長がちくりと刺してくる。

「配分は考えています。それに、真力を撒けば精霊がよく懐く。先手を取るのに有効だと、キクリ正師が言っていました」


 精霊には、考える力がある。

 犬猫程度らしいが、懐いてもらうにはそれで十分。真力を常に放っておけば、周囲に精霊が棲みつく。つまり、自身が"真穴"の代わりとなるわけだ。

 精霊がいなければ、真術を展開することができない。

 それは今回の騒動で骨まで沁みた。同じ過ちを犯すのはごめんだ。


 きっと罠が残されている。

 油断してなるものかと胸中で呟いた時、彼方から淡い光が飛んできた。

 光に応じて、先頭をいく指揮官の真眼が輝きを放つ。

「大隊長、聞こえますか」

 風をかき分けてやってきたのは、若干の興奮を含んだ声。

「おう、ジョーイ殿。いかがされた」

 大隊長のもとに、遺跡で潜入調査を行っているジョーイから連絡が入ってきた。

 まず確認してきたのは第一部隊の現在位置。

 遺跡に向かっている途中と伝えたら、安堵の吐息が漏れてきた。

「よかった……、間に合ったようですね。碑文の調査を進めていますが、解読できた箇所だけ、取り急ぎお伝えしておきます」

 この遺跡は、想像していたよりもずっと危険だ。

 興奮のせいか、やや早い口調となったジョーイが、新たに掘り起こした事実を大隊長に告げた。


「――裏切り?」

 ジョーイとアナベル。二人が潜入しているのは、遺跡の隠し通路。脱出口とも言うべき場所だという。

 残されていた碑文には、苦渋と後悔と恨み言が、隙間なく刻まれている。

 生み出した邪悪。

 かの者達が"魔神獣(ましんじゅう)"と呼んでいた代物は、想定の遥か上をいってしまった。

「血族間で争いに発展したようです」

 同じ目標を目指していたはずの、血を分けた相手。その濃い繋がりを砕いてしまうほどの存在。

「彼等は"魔神獣"を制御するため、真術の研究を重ねていた」


 "魔神獣"を操り、動かすための指揮棒。

 鎮めておくための寝床。

 力を無効化する術具の数々。


 ある程度のところまでは協力しつつ、研究を進めていた。

 だが、その恐ろしい生命を前に膝を折った者達が出た。

「そして、裏切りを察知された彼等は、命からがら逃げ出した。……我々がいるこの通路は、その時に造られたのでしょう」

 悔い色のインクで記されている"魔神獣"の姿は、邪神そのものと言っていい。

「恐怖、悲しみ、怒り。邪神はありとあらゆる負の感情を好む。そして何より……」


 ――虚ろを好む。


「つけ込まれないよう、重々お気をつけください。また、守護のため数多の命を捧げたと記載がありました。相当数の"魔獣"、"堕殻"が眠っていると思われます」

「捧げた贄を、遺跡の番犬がわりにしていると?」

「ええ、彼等なら何をしてもおかしくない。覇権を得た時、恩恵を受けられる血族ですら、おぞましいと見放すような者達です」

 いやだねえと吐いた大隊長が、薄ら笑いを浮かべる。新たに情報を得たら連絡すると言って、声が風に乗り去っていった。

 余韻が消えるのを待って、副隊長が口を開く。

「……"魔獣"だけでなく"堕殻"もですか」

 邪神に乗っ取られた人の躯は、"魔獣"と同じか、それ以上に厄介だ。

 大隊長は「どんどん仕事が増えていく」と鼻を鳴らした部下を笑い、しかし重要なのはそこではないと語る。

「目下、最優先で警戒すべきは淪落となった高士だ」


 中央棟の地下に捕らえられている女の相棒。

 影側に潜ったきり、一切の動きを見せていない例の高士。


 長く、外勤として里に仕えていた高士だが、情報は極めて少ないという。

「それは何故ですか。警戒対象だったのでは?」

 思わず出た質問を、大隊長が肯定する。

「ああ、そうさ。しかしな、奴にはこれといった特徴がないんだよ」

 特別に秀でてもいない。

 かといって劣ってもいない。

 正直なところ、真導士としての力量は、フィオラの方が上という評価だった。

「導士時代、正師達が下した評価も同じ」

 そのせいか、つい最近までフィオラが主導しているのではと目されていた。

 そもそもかの高士は、もとより主張が乏しい性格で、どこを探ってもそれらしい我欲が見当たらない。何故、造反に至ったのか。まったくと言っていいほど謎なのだそうだ。


 ――どうにも霞を相手にしているようで、気味が悪い。


 落ちた呟きを聞いて、ふと船の実習を思い出す。

 確かにあの男の真術も、そして真力も、これといって印象に残っていない。こういう気配だと例えるのが難しいくらい、特徴が薄かった。

 天敵である相手が姿を見せた時も、反応らしい反応をしていなかったように思う。

「相手の力量がどうあれ、油断はするなよ。何せ、あいつ等は古代術具を持っていやがる」

「ええ、わかっています」


 返事をして、下方に視線を向けた。

 風が渡り終えた大地に、今年最初の霜が降りている。

 白く霞んだ大地。

 その所々に、純白の人影がある。

「あれは?」

 この問いかけに、グレッグが応じた。

「ああ、今朝方浮いてきた屑を、手隙の高士が処理しているのだ」

 屑というのは、里中に隠されていた真術のことを指しているらしい。

 里のあちらこちらに、転送等の真術が敷かれていた。

 もちろん、一味が敷いたものがほとんど。

 だが時折、大戦以前に敷かれたものも混じっている。

 その上、未知の真穴まで出現していて、担当の部隊は調査と処理に追われているのだそうだ。

「風が渡り終えたと思ったら、続々と浮いてきた。どうも里にある"真穴"と"真脈"が活性化しているようでな。その影響だそうだ」


 話を聞いて思った。

 これからはじまるのではない。もう、はじまっている。

 サガノトスの。

 自分達の命運を決める戦いの幕は、すでに切って落とされていた。


 各所で、白い輝きが生まれている。

 転送の円の上に、他の真術を重ねてかき消している様子。

 大半は淡々と処理されていっているが、三人ほどが集まり、強い真術をぶつけている場所もある。

 あれが、大戦以前に敷かれたという真円だろうか。

「いかにも面倒そうな仕事ですね」

「言ってやりなさんな。骨が折れる仕事を、率先してやってくれてんだからよ。やってみると地味にしんどい作業なんだぞ」

 敷かれた真術に、より強力な真術をぶつけて消しているだけ。

 それだけだからこそ、やっている途中で飽きがくる。

「一気に吹き飛ばしてやりたいところだが、こんなことに慧師を駆り出すわけにはいかん。……正鵠がいりゃ楽だけどよ。残念ながら導士には避難指示が出ている」

 なるほど。

 つまり、次にこのようなことが起きたら、これはあいつの仕事になるわけだ。

 いかにもヤクスに向いていそうだ。ぐちぐち言いながら真円を消して回る姿が、ありありと浮かんだ。

 突拍子のない正鵠の恩恵を、存分に活かすといい。




 話が途切れてからしばらくして、副隊長の右手首に嵌っている通信用の術具が、強く明滅した。

 通信が入ってきたようだ。

 吉報であることを願いつつ、命令が下るのを待つ。


 決戦前。

 否が応でも緊張を抱く。第一部隊に紛れ込めたのは幸運だった。森で理想と思い描いていた部隊は、ほどよい緊張に包まれている。

 同期達との関係は、冬を迎えてようやく改善した。

 もっと早くに改善できていたなら。

 そういった考えがあるのも確か。

 あの日、あの時、他の行動をとっていればと悔いもある。

 それも事実。

 だが、他にやりようはなかった。

 むしろ冬を迎えたから。"迷いの森"で出会い直したから。そんな風にも考えられた。

「大隊長。解読部より、法則解明の報が入りました!」

 張り上げた報告が、隊員達の真力を高ぶらせた。

 身の内で潜ませていた興奮が緊張を押しのけ、冬の空に噴出する。

「よおし、行くぜ。お前等、遅れずについて来いよ!!」




 いざ、決戦の地へ。

 待っているのは絶望か。それとも希望か。

 希望であって欲しい。そうであれと願い、わずかに顔を出した蜜色の朝日へ向かう。




 ――その日。


 例年よりも冷え込み、何もかもが凍てつくようだった"風渡りの日"。

 "第三の地 サガノトス"の記録に、膨大な数の文字が刻まれた。

 白紙を塗り潰すほどの文字は、二色のインクによって彩られる。

 黒く。

 そして、赤く。

 縦に横にと記された文字は、まるで上質な織物の如く、鮮やかに時を編み上げる。




 後に、『女神の嚆矢(めがみのこうし)』と呼ばれることになるその日は、吹きすさぶ新たな季節と共に、宿命の地へとやってきたのだった。

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