第16話:夏休みの自由研究と、魔獣の森の王様たち
「さあ、皆さん! 夏休みといえば、やっぱり『虫取り』と『肝試し』ですよね!」
白亜のエリート校舎である王立学校初等科の授業から離れ、ルミナ村の我が家の木造平屋。
前日の「魔力暴走アサガオ事件」も、鈴木カオリ特製の【特製・極上いなり寿司】の圧倒的な美味しさと破壊力によって、村長ハン爺との間に無事、不可侵の平和条約が締結された。我が家の平和は、今日も今日とて最高に美味しい家庭料理の香気によって完璧に守られている。
――だが、私の「総務部仕込みの平穏な日常を守りたい危機管理能力」は、夏休みに入ってからというもの、連日のように限界突破のストレッチを強いられていた。
なぜなら、我が家の双子――長男タケルと次男エヴァが、夏休みを謳歌するあまり、常人の「子供の遊び」のスケールを遥かに超越した爆発力を見せつけていたからだ。
「おかーたん! 見て見て! タケル、すごいカッコいい虫を捕まえたよ!」
青空の下、庭先から元気いっぱいに帰ってきた赤髪のタケルが、両手で誇らしげに掲げたのは――。
全長五十センチメートルはあろうかという、全身が漆黒のルビーの如く艶やかに輝き、頭部に黄金の巨大な一本角を生やした、恐るべき重装甲の甲虫だった。
その甲虫は「ブォーーーッ!」と低く地響きのような羽音を立て、その巨体からバチバチと強力な高密度の闘気を放っている。普通の子供が捕まえるカブトムシの概念を、物理的にも魔導的にも完全に粉砕している代物だった。
「……ふん。タケルは相変わらずはしゃいでいるな。だが、お母さん、僕が捕まえたこちらの標本個体の方にこそ学術的価値がある」
その横で、次男のエヴァが片手でひょいと持ち上げていたのは、夜の闇をそのまま凝縮したような漆黒の布を纏い、顔を半分覆い隠しながら「ヒィィ……」と微かに青白い霊気を漏らしている、半透明の人型(?)の幽霊の群れだった。いや、幽霊というより、完全に「戦慄の浮遊霊系モンスター」である。
エヴァの背後で蠢く漆黒の魔力(便利触手)が、その暴れる幽霊を綺麗に「蝶々結び」の形状で縛り上げてコレクションしていた。
「にゃーお(おいおい、カオリ。あいつらの言っている『虫取り』の定義は、どうやら我が国の一般常識とは大きく乖離しているらしいにゃ)」
縁側の特等席で、我が家の絶対的権力ピラミッド第二位・三毛猫のララ先生が、優雅に毛づくろいを止め、冷や汗を流しながら日本語でツッコミを入れた。
「な、何なのそれ……!? どこでそんな危ないもの捕まえてきたのよ!?」
私が青ざめながら問い詰めると、タケルはケラケラと笑って答えた。
「うん! 村の裏手にある『魔獣の森』に、ちょっとカブトムシを探しに行ってきたんだ!」
「魔獣の森って……あそこ、初等科の生徒が立ち入ったら一巻の終わりって言われてる、危険度ランクAの立ち入り禁止エリアじゃない!!」
私の絶叫などどこ吹く風と、二人はニコニコと誇らしげに胸を張っている。
そして――私の脳内の『ドラゴンクロニクル(ドラクロ)』公式設定資料集が、けたたましい警報音と共に脳内でフラッシュバックした。
今、タケルが手の中で「すごいカッコいい!」と撫で回しているその黄金の角を持つ巨大カブトムシの名前は――ゲーム序盤の村を絶望の淵に陥れる、悪名高きフィールドボス【キングカブトムシ】。
そして、エヴァが蝶々結びで遊んでいるその浮遊霊の名前は――ゲームの第2章でルミナ村の住民を恐怖させ、数々のプレイヤーの心を折ってきた村襲撃イベントの最凶ボス【キングゴースト】。
どちらも、本来なら国の精鋭騎士団が総がかりでようやく討伐できるかどうかの「原作ゲームの超重要ボス級魔獣」である。それを、我が家の五歳児(夏休み中の暇つぶし)が、「虫取りの成果」としてノーダメージで生け捕りにしてきやがったのだ。
「うそでしょ……私の子どもたち、夏休みの昆虫採集のノリで、世界を滅ぼしかねないボスモンスターを捕縛してきちゃったわよ……!」
私の頭がクラクラと眩暈を起こす中、サラサラと白銀の長髪をなびかせた高身長イケメン――実年齢六百歳超のエルフ大魔導士シリウスさんが、キッチンからアイスティーのグラスを持ってのんびりと歩いてきた。
「おや、どれどれ……。ほう、これは見事な【キングカブトムシ】と【キングゴースト】ではないか。古文書の記録によれば、前者は硬度アダマンタイト級の装甲を持ち、後者は村全体を呪いの霧に包む厄介な魔獣のはずだが……。まあ、我が愛弟子たちの手にかかれば、ただの『お庭のペット候補』というわけか。流石だな、カオリ殿の教育の賜物だ」
シリウスさんは全く動じず、むしろ「感心感心」といった様子で紅茶をすすっている。いや、六百歳のエルフにとってはこれくらいの魔獣は小動物みたいなものかもしれないが、元総務部の私にとっては心臓がいくつあっても足りない大事件である。
*
「と、とにかく! そんな危ないボスモンスターたちは、すぐに元の魔獣の森にお帰りいただきなさい! 村の人に見つかったら、また大騒ぎになっちゃうでしょ!」
私の必死の説得により、タケルとエヴァは「えー、せっかく捕まえたのに……」と少し残念そうにしながらも、お母さんの言うことには絶対服従のマザコン精神を発揮し、その日は大人しくキングカブトムシとキングゴーストを森の奥へと解放(という名の、二度と人里に近づかないようなガチの教育的説教つきのリリース)してきたのだった。
――だが、我が家の双子の「夏休みの暴走エネルギー」は、これだけでは終わらなかった。
その日の夜。
ルミナ村の夜空には、満天の星々が美しく輝いていた。だが、村の子供たちの間では、夏の風物詩として別のイベントが持ち上がっていた。
「ねえ、みんな聞いた? 今夜、村の広場で『夏の肝試し大会』をやろうって、エミリアちゃんたちが計画したんだ!」
夕食の時、タケルが目をキラキラさせながら私に報告した。
お隣の農家に暮らす、将来の聖女候補・エミリアちゃん(四歳に成長)が、近所の子供たちを集めて「夜の魔獣の森の入り口まで探検する肝試し」を企画したらしい。
「肝試し、ですか……。夜の森なんて危ないから、あまり遠くへ行きすぎちゃダメよ?」
私はハンバーグの残りの片付けをしながら注意したが、双子は「はーい!」と元気よく返事をし、夜の闇へと出かけていった。
もちろん、私は少し心配だったので、数十分後、こっそり透明マント(のような魔導の隠密結界)を纏ったシリウスさんと共に、子供たちの後をそっと尾行していた。
魔獣の森の入り口付近。
「うぅ……暗くて、なんだか気味が悪いよぉ……」
三つ編みを揺らしながら、エミリアちゃんが少し涙目でタケルの服の裾をギュッと掴んでいる。その姿は将来の聖女の片鱗を感じさせつつも、やっぱりまだ四歳の可愛い女の子だ。
「大丈夫だよ、エミリアおねえちゃん! 僕がこの黄金の闘気で、真っ暗な闇を全部明るく照らしてあげるから!」
タケルが胸を張り、その手からポンと眩い黄金の光を放った。その頼もしい姿に、エミリアちゃんは「た、タケルくん、かっこいい……!」と頬を赤らめる。
――その横で、次男のエヴァは、
「……ふん。夜の森の湿度と霊的磁場の乱れは、論理的に見て恐怖心を煽るための演出に過ぎない。だが、エミリアが万が一足を踏み外した際の落下地点の計算と、周囲の脅威の排除プロセスはすでに完了している。安心して怯えるといい、エミリア」
と、なぜか超理詰めでエミリアちゃんをドン引きさせつつも完璧にプロテクトしていた。さすが我が家の次男、ツンデレの方向性が独特すぎる。
その時だった。
森の奥から、ひんやりとした不気味な夜風と共に、ぞっとするような「地を這うようなうめき声」が響き渡った。
「ひゃあああっ!? なんの音!?」
エミリアちゃんが恐怖のあまり、その場に尻餅をついて泣き出してしまった。
直後――闇の中から、かつて村全体を襲撃しようとしていたはずの、あの【キングゴースト】が、何と「自分たちの縄張りに変な子供たちが侵入してきた」と勘違いして、怒りの形相でフワフワと浮遊しながら現れたのだ。
その体長は三メートルを超え、周囲の草木を瞬時に凍らせるほどの恐ろしい呪いの冷気をまき散らしている。
「「「ぎゃあああああーーーっ!! 幽霊の王様だぁぁぁーーーっ!!!」」」
エミリアちゃんを筆頭に、一緒に参加していた村の子供たちは、恐怖のあまり腰を抜かし、その場で一目散に逃げ出そうとした。
だが――。
その恐怖の真っ只中、我が家の双子の「スイッチ」が、最悪(あるいは最高)のタイミングで入ってしまった。
「……ちょっと待て」
次男のエヴァの瞳が、冷徹な深紅の光を放った。
「せっかくのエミリアの肝試し大会を、その不気味な雑魚の親玉がぶち壊しにした……ということだね?」
「許せない! エミリアおねえちゃんを泣かせたあいつ、絶対に許さないぞ!!」
長男のタケルも、黄金の闘気をボワッと爆発させ、その全身から怒りの炎を立ち上がらせた。
子供たちを守るため、そして「肝試しの雰囲気を台無しにした不敬な王様」を懲らしめるため、二人の英雄(および大悪党)の怒涛の反撃が幕を開けた。
「――『聖剣・破邪の怒涛連斬』!!」
「――『暗黒消滅・次元圧縮プログラム(対・霊体特効)』!!」
ドゴォォォン!!! バリバリバリッ!!!
夜の魔獣の森の入り口で、まばゆい黄金の閃光と、全てを飲み込む漆黒の闇の刃が激しく交差した。
原作ゲームでは、数多のプレイヤーを絶望させた村襲撃の凶悪ボス【キングゴースト】は、タケルの神聖な一撃によってその呪いの核を微塵に砕かれ、エヴァの冷徹な消滅魔法によって分子レベルの粒子へと綺麗に分解され、文字通り「夜空の花火」の如く盛大に爆散して消え去った。
戦闘時間、わずか五秒。
静まり返る魔獣の森の入り口。
そこには、ポカーンと口を開けたまま、言葉を失って固まっているエミリアちゃんや村の子供たちと、背後で「ふん、当然の結果だ」と涼しい顔をしている双子の姿があった。
遠くの隠密結界の中で、私はその光景を目の当たりにし、持っていた冷たいお茶のグラスを思わず落としそうになった。
「……シリウスさん。今、うちの子たち、肝試しの最中にゲームの最凶ボスをまた秒殺しちゃいましたよね……?」
「あぁ、実に素晴らしい一撃だったね。特にエヴァの霊体特効の魔導処理は、私の六百年の人生の中でも見たことがないほどの洗練された美しさだったよ。……で、カオリ殿。この肝試しの後は、確か夜食の時間が予定されていたはずだが、メニューは何だったかな?」
シリウスさんは、我が子の戦闘力の高さに感動しつつもしっかりと胃袋の報酬を確認している。流石は大魔導士、メンタルが図太い。
*
その夜遅く。
「ご、ごめんなさい……! 僕たちが夜の森で調子に乗って暴れちゃったから、村のみんなに『森の守り神の幽霊が消えちゃった!』って大騒ぎになっちゃって……!」
我が家のリビングで、タケルとエヴァはまたもや小さく縮こまり、平謝りしていた。
エミリアちゃんは無事に送り届けたものの、「夜の森で突然、眩い光と闇の爆発が起きて、気がついたら幽霊の王様が消えていた!」という謎の怪奇現象のせいで、ルミナ村の大人たちは夜通し「村に神隠しが起きたのか!?」と大パニックに陥っていたのだ。
私は、両手を腰に当て、少しだけ厳格な(しかし愛の詰まった)お母さんモード全開で、二人の前に立った。
「タケル、エヴァ。虫取りも、肝試しもいいけれどね、いくら相手がモンスターだからって、村の近くでそんな派手な大爆発を起こしたら、みんなが心配するでしょ? お母さんは、あなたたちが怪我をしないか、いつも心配しているのよ」
「おかーたん……ごめんなさい。もう夜の森で暴れたりしないよ」
「……僕たちの配慮不足だった。お母さんを心配させてごめんね」
二人が心から反省している様子を見て、私の母親としての怒りは秒速で霧散した。あぁもう、こんなに素直に謝られたら、怒る気なんて起きないじゃないの。
「わかったわ。反省しているなら、次からはちゃんと加減しなさいね。……で、よく頑張って肝試しからみんなを守ったご褒美として、今夜は特別に……!」
私がパッと笑顔に戻り、冷蔵庫から取り出したのは、夜食用の【特製・冷やし中華】の山だった。
ツルツルシコシコの中華麺の上に、色鮮やかな錦糸卵、甘酸っぱいタレが染みた鶏の細切り、シャキシャキのキュウリとトマトが美しく盛り付けられ、仕上げに特製の醤油ベースの酸味とコクが効いたタレがたっぷりとかかっている。
「「わあぁぁぁぁっ! 冷やし中華だ!!」」
先ほどまでしょんぼりしていた双子の顔が、一瞬でパァァッと太陽のように輝いた。
「お母さん、この酸っぱくて美味しいタレの匂い……最高だよ!」
「論理的に考えて、この冷やし中華の清涼感は、夏の夜の熱気を一瞬で消し去る最高の発明だね」
そこへ、キッチンからシリウスさんが滑り込んできた。
「おや、冷やし中華かい! 待っていました! この日のために、私は胃袋のマナを完璧に冷凍保存してきたのだ!」
「にゃーお(私の分のトッピングのチャーシューは多めにしてもらうにゃ、カオリ)」
足元でララ先生も尻尾をピンと立てておねだりする。
みんなで仲良く卓を囲み、「いただきまーす!」と元気よく冷やし中華をすする。
夏の夜のドタバタ(キングカブトムシ捕獲&キングゴースト討伐という名の魔王級の虫取り)も、我が家の美味しい家庭料理の温かさの前には、すべて最高に楽しい思い出へと綺麗に塗り替えられていくのだった。
光の勇者と闇の魔王を両腕に抱きしめ、鈴木カオリの異世界子育て奮闘記は、ハプニングと笑顔を乗せて、夏休みの後半戦へとさらに美味しく、そして賑やかに突っ走っていくのだった。




