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第1話「例外」

世界は、何度も終わっている。

今日も、同じだ。

チャイムが鳴る前に、僕は目を開けた。

——正確には、目を覚ました“ふり”をした。

この時間、この教室、この席。

全部、知っている。

後ろの席の男子が、あと二秒で欠伸をする。

「……うぁ」

——当たった。

何も変わらない。いつも通りだ。

この世界も、きっと同じ結末を迎える。

「おはよう」

声をかけられて、僕はゆっくりと振り返る。

彼女——ミナが、そこに立っている。

「……おはよう」

なるべく自然に返す。

何度も繰り返したやり取りだ。ここで崩す意味はない。

彼女は少しだけ首を傾げてから、僕の前の席に腰を下ろした。

「昨日の話、本気なの?」

——来た。

この質問も、何度も聞いた。

そのたびに僕は、少しだけ言い方を変えて、少しだけ違う未来を試してきた。

けれど、結果は変わらない。

「本気だよ」

僕は素早く答えた。

余計な言葉は足さない。どうせ何を言っても——

「……Are you serious?」

——え?

思考が、一瞬だけ止まる。

「今、なんて言った?」

「え? いや、その……本気なのかなって」

ミナは少しだけ気まずそうに笑う。

——違う。

今のは、絶対に違う。

これまで一度も聞いたことがない言葉だった。

発音も、間の取り方も、完全に“初めて”だ。

「……そうか」

僕はそれ以上追及しなかった。

けれど、胸の奥がざわついている。

ありえない。

この世界は、すべて繰り返しのはずだ。

一つとして例外はなかった。

——今までは。

「ねぇ、本当にさ」

ミナは机に肘をつきながら、こちらを覗き込む。

「世界が壊れるとか、そういうの……」

そこで一瞬、言葉を選ぶように視線を逸らした。

「……信じてほしいの?」

その問いに、僕は少しだけ考えるふりをした。

本当は、答えなんて決まっている。

「別に」

僕は肩をすくめる。

「信じても、信じなくてもいいよ」

——どうせ、結果は同じだ。

そう言いかけて、やめた。

「ただ」

僕は続ける。

「今日、放課後。少しだけ付き合ってほしい」

「付き合うって……どこに?」

「すぐ終わるよ」

僕は窓の外に視線を向ける。

遠くの空が、ほんのわずかに歪んで見えた気がした。

——時間が近い。

「……わかった」

ミナは少し悩んでから、頷いた。

「でも、変なことするんだったら帰るからね」

「ああ」

僕は小さく笑う。

「その前に終わるよ」

——全部、ここで終わる。


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放課後。

チャイムが鳴ってから、教室の空気は一気に軽くなる。

いつも通りのざわめき。いつも通りの帰り支度。

——ここまでは、全く同じだ。

「ほんとに行くの?」

ミナが、鞄を肩にかけながらこちらを見る。

「ああ」

僕は立ち上がる。

「すぐ終わる」

——終わるのは、世界だけど。

言葉にはしない。

廊下に出ると、夕方の光がやけに白く見えた。

……いや、違う。

色が、少しだけ抜けている。

「ねぇ」

ミナが、僕の袖を軽く引いた。

「なんか、変じゃない?」

「何が?」

「空。なんか……変な色してる」

——始まったか。

僕は何も答えず、階段を降りる。

一段、また一段。

途中で、ふと気づく。

——音が、少ない。

足音も話し声も、どこか遠くへ消えていた。

まるで、水の中にいるみたいに。

「……ねぇ」

ミナの声も、少し遅れて届く。

「ちょっと、待ってよ」

「急がないと」

僕は振り返らずに言う。

「もうすぐだから」

——もうすぐ、“来る”。

校門を出たところで、足を止めた。

空は、完全に色を失っていた。

青でも、赤でもない。

ただの“空白”。

「……なに、これ」

ミナが呟く。

次の瞬間。

——音が、消えた。

風も、車も、人の声も。

世界から“音”という概念だけが、切り取られたみたいに。

そして。

目の前を歩いていたはずの生徒が、ふっと輪郭を失う。

崩れるでもなく、倒れるでもなく。

ただ、消える。

「……え?」

ミナが、息を呑む。

一人。

また一人。

世界が、静かに消えていく。

——いつも通りだ。

僕はそれを、何度も見てきた。

叫び声は上がらない。

誰も異常に気づく前に消えていくからだ。

だからこれは、災害ですらない。

ただの“終了処理”。

「ねぇ……これ、何……?」

ミナが震える声で言う。

僕は答えない。

——どうせ、もう終わる。

空が、ひび割れた。

ガラスみたいに。

見えないはずの“向こう側”が、そこにある。

黒い“何か”が、こちらを見ていた。

「……っ」

ミナが、僕の腕を掴む。

その力が、やけに強い。

「逃げなきゃ」

ふり絞る声で彼女は言った。

——違う。

ここで彼女は、いつも。

動けなくなるはずだった。

「……今、なんて言った?」

僕は、思わず聞き返す。

「だから、逃げようって!」

ミナは、迷いなく僕の手を引いた。

——初めての動きだった。

これまで一度も、そんな選択はなかった。

「なんで……」

言葉が、漏れる。

「なんで、お前だけ……」

世界が崩れていく中で。

僕は初めて、“知らない未来”を見ていた。

——例外だ。

初めて、この世界は狂った。

読んでいただきありがとうございます。

この物語はまだ“始まり”です。

続きも楽しんでもらえたら嬉しいです。

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