第30話 いざ突撃
side:リース
「な、何なのよこれ……」
「わからない……わからないけど、凄い」
敵対していたはずのスラムの軍勢が、全てマスターの言いなりになった。
己の不満を爆発させ、自らの欲望を叶えるためにターンクス領へと向かう姿。
恐ろしく、醜く、荒々しい。
一人一人から感じる生命の叫びにリース達は圧倒されていた。
「マスターは何をしたの? 洗脳魔法でも使えるの?」
「そんな素晴らしい魔法があるなら、是非とも教えてもらいたいな」
「本当に話しただけで、あの軍勢を味方に? 無法者が集まるスラムの軍勢を一人で!?」
「あぁ」
ソフィア様が驚いた声でマスターを問い詰める。
リース含めてこの状況が信じられなかった。
ただ話しただけで、状況を一変させるマスターの存在。
「僕は皆の欲望に訴えかけた……ただ、それだけだ」
「「っ!!」」
マスターが怪しく微笑んだ姿にリース達は恐怖した。
(この人だけは敵に回してはいけない……)
そんなつもりなんて一切ないけど。
実力があるとか、お金を持っているとか、領主だからだとか。
それ以上にマスターは恐ろしい何かを持っている。
例え全身を縛って魔力を奪い続けても、マスターなら”なんとかしてしまう”という謎の安心感と共に。
「……行こう」
リースはとんでもない人に仕えてしまったようだ。
魔族を相手にしているというのに、リース達は不自然なほどリラックスしていた。
そして全力で馬車を走らせたどり着いたのは、かなり厳重に警備されたターンクス領の姿だった。
「なるほど、前に来た時より兵士が多いな」
門番が四人。
奥には見回りが更にいる。
完全に僕たちが攻めてくることを見越しているな。
さて、どうやって突破しようか。
「どうするの? 正面突破で行く?」
「ここで無駄な体力は消耗したくない……そうだ」
思い出したのと同時に懐から丸いものを取り出す。
「これは?」
「イヴが護身用にくれた爆弾だ。これを重力魔法で操作して……」
爆弾に魔力を付与し、兵士に見つからないよう奥にコロコロ転がしていく。
これは「何かあったら困りますから」とイヴが僕に渡してくれた護身用の武器の一つだ。
持ち運びしやすくて威力もそれなり。
重力魔法で操作できるっていう点が何より素晴らしい。
まぁ、何かあったのは僕じゃなくてイヴの方なんだけどね。
「だいたいここかな」
そしてある程度遠くの方まで爆弾を転がし、僕はひたすら待ち続けた。
「あれ? 爆破しないの?」
「まだだ。もう少ししたらヤツも来るだろうし」
「ヤツらって……スラムの軍勢のこと?」
「いえす」
僕たちは馬車で来たから、スラムの住人たちより少し早く行動できた。
全力全開で走っていたし、多分そろそろ着く頃だと思うけど。
ドドドドドドドド……
「来たな」
激しい地響き。
突然の揺れに門の前にいた兵士達は驚き、周囲を警戒する。
そのタイミングで、僕は魔力を込めて遠くの爆弾を爆破させた。
ドカァアアアアアン!!
「なっ、なんだ!? 敵襲か!?」
「あの領主様がやったんだ!! 俺達も続くぞー!!」
「おおおおおおおおおおお!!」
「っ!? こいつらはまさか!?」
爆破を合図にスラムの軍勢がさらに活気づく。
武器を持ってこちらに向かってくるスラムの軍勢を前に、兵士たちは驚き反応が遅れる。
その結果、門の前は泥沼の戦場と化してしまった。
「よし、これで中に入れるな」
「スラムの軍勢は目隠しだったのね……」
「流石マスター」
喜びたいが後にしよう。
この軍勢がターンクス領内で暴れてくれれば、僕たちは屋敷へ行くことだけに集中すればいい。
争い続ける兵士とスラムの住人の間を通り、路地裏へと入り込む。
「本当に誰もいねえ。こうもスッカラカンだと、隠れるのが楽でいいな」
「汚いけどねぇ……ウチより汚い所ってあったんだ」
「なんだかんだスライムとかを利用して掃除はしてるからな……あそこだ!!」
道は前に来たから覚えている。
人のいないスラム街を通って、ローエンがいると思われる屋敷へ走り出す。
しっかし、本当に臭いな。
掃除してないにも程があるだろ。
「気を引き締めろ、ここからは本格的な戦いだ」
「了解」
「わかってるわ」
なるべく隠れながらローエンの元に向かうつもりだが、中に入れば戦闘は避けられない。
魔族もいるだろうし、時間との戦いになってくる。
「勝手に連れ去られていっぱい迷惑かけて……帰ってきたら一発ぶん殴ってやるんだから!!」
「……それ、助けに行くヤツのセリフか?」
「野蛮すぎる」
「アンタだって一切抵抗しなかったイヴの態度に不満くらいあるでしょ!?」
と、ソフィアがイヴに対して不満を爆発させる。
ぶん殴るって……流石の僕でもやらないぞ。
でも、
「ま、お仕置きを検討するくらいにはあるな」
気持ちは凄くわかる。
この騒動をきっかけにイヴへあんな事やこんな事を命令する予定だ。
むしろ、その為に頑張っている部分もあるし。
「「絶対エッチなやつだ……」」
「勿論。さ、ついたぞ」
若干顔を赤らめる二人と共に屋敷へたどり着いた。
「僕とソフィアが暴れるから、リースは屋敷内でイヴを探してくれ」
「わかった」
瞬間、リースがその場から姿を消す。
彼女は素早く魔族からも逃げやすいから捜索には向いてるだろう。
さーて、僕達はどうやって敵を引き付けようかねぇ。
「ひっさしぶりに暴れられるのね。ワクワクしてきたわ!!」
「……あ」
そうだ、あれを使おう。
敵の気を引けるし、上手くいけばローエンがこちらに飛んでくるかもしれない。
僕は右手に刻まれた魔法陣に魔力を込め始める。
「え? まさかアンタ……」
「そのまさかだ」
空中に巨大な魔法陣が出現する。
魔法陣は何かを生成し、その物を表の世界へ召喚しようと試みた。
「メタルライダー、スタンバイ」
『承認。メタルライダー”グリード”、召喚準備に入ります』
ゴゴゴゴゴ……
最強兵器メタルライダー。
巨大な鉄の鎧が魔法陣から出現し、現世へと降臨する。
クククッ、こいつを使えば流石のローエンも黙ってはいられない。
早速こいつを使って適当に暴れて……
「あの魔法陣、屋敷の上に出現してない?」
「ん?」
そういえばそうだ。
屋敷を覆うように魔法陣は出現し、メタルライダーはその魔法陣を通って召喚される。
メタルライダーって乗らないと動けないよな?
今のままだと巨大なロボットが屋敷の上に落ちて……落ちて……
ドォオオオオオオオン!!
ガシャアアアアアアン!!
「あ、やっべ」
「やっべ、じゃないわよぉ!?」
地面に落ちたメタルライダーが、その巨体で屋敷を半分くらい押しつぶしてしまった。




