第29話 欲望の連鎖
「で、どーすんのよ? スラムの軍勢がきたら、一たまりもないわよ」
「十六騎士団の五人だけでは勝てない。あまりにも多すぎる」
というわけで作戦会議。
リースの話を聞く限り、スラムの軍勢はかなりの数らしい。
ローエンがガーランド領を潰そうと考えている所を考えると……来るのは明日か。
「危険だが策はある。戦闘を行うのはスラムの軍勢だけだからな」
「でも、兵士はいると思う」
「少なくとも最初は大人しいはずだ。ターンクス領の兵士が一緒になって攻めたら、それこそ侵略行為で他貴族からバッシングを受けるだろうし」
スラムの住人に任せるのは、あいつらがターンクス領の正式な住人じゃないからだ。
人も金も手間もかからない。
何よりスラムの勝手な反乱という最強の言い訳も可能だ。
しかし、ターンクス側の兵士が手出しできないというデメリットがある。
奴らが手を出した時点で、意図的な侵略として認められるからな。
……まあこっちも手を出す可能性はあるけど。
「で、策ってなんなのよ」
「スラムの住人と話す」
「はぁ?」
そして僕の策もシンプルだ。
「まさかお願いします見逃してください~って命乞いをするワケ? そんなお願いが通じる相手かしら」
「僕を見たら一瞬で殺しに来るだろうな」
「マスター、なんで話を……?」
正面から勝つ、なんて無理だ。
いくらメタルライダーや十六騎士団がいるとしても、数の前には太刀打ちできない。
だから連中と話すというのは最も希望がある作戦だ。
「説得や謝罪をするワケじゃない。ただ話す時間があれば、それでいい」
ま、話す内容は普通じゃないけどね。
「ふぅ……」
「マスターお疲れ?」
「イヴが奪われた原因は僕にもある。だから失敗を取り返さないとなって」
「大丈夫よ、皆がいるんだから」
ありがとな、とソフィアの頭をポンポンと撫でる。
警戒の甘さとかソフィアの聖魔法以外の対策とか、僕自身にも未熟な部分はあった。
ただ過去ばかり見ていてもしょうがない。
大事なのはイヴを取り返す事だ。
最後に彼女と笑えれば……それでいい。
「こ、これが全員スラム民なの!?」
「あまりにも多すぎる……闇が深い」
「ははっ、見事な光景だなぁ」
翌日。
馬車でターンクス領まで向かった僕達を待ち構えていたのは、武装したスラムの住民たちだった。
かなりやつれてはいるが、目が血走っており彼らの必死さがわかる。
「僕が本当に殺されそうになった時以外は手を出すな。わかったな?」
「……えぇ」
「了解」
ここからは僕一人の戦いだ。
たった一人と、大勢のスラムの住民。
完全にこちらが不利だけど、やるしかない。
「アイツだ!! アイツがガーランドの領主だ!!」
「殺せ!! 殺せぇ!!」
一人で向かっていく僕の姿を見て、スラムの住民たちは剣を突き立てる。
その姿に僕は怯えもせず、ただ両手を空に上げるのみ。
「ん、なんだ? 手をあげているぞ?」
「まさか命乞いのつもりか?」
両手を上げた僕はその場で止まる。
僕の行動を命乞いだと察した彼らは、嬉しそうな顔をしながら近づいてきた。
この領主を好きに斬り刻めるってな。
不満とストレスばかりのスラム生活を送る彼らにとって、僕は最高のサンドバックに見えたのだろう。
「僕はもうすぐ殺される!! だから、最後に少しだけお前達と話がしたい!!」
そんな最悪な状況で、僕は彼らに頭を下げて話がしたいと願い出た。
「はん、だーれがお前の言うことを聞くか」
「お前を殺せば、イバール様から報酬が貰えるんだよ!!」
ここで殺されたら全てが終わり。
刃が首元に突き立てられ、刃先に軽く血が流れる。
それでも僕は頭を下げ続けた。
何本の剣を向けられても、
どんな悪意に囲まれても、
「少し殺すのが遅れたところで報酬は下がらないハズだ……頼む」
「なっ……!?」
「こいつ、プライドとかないのか!?」
土下座をしてでも、僕は説得を試みた。
「……いいだろう、死人のあがきを聞こうじゃねえか」
「後で酒の肴にでもしようぜ!!」
「ハハハ!! そりゃあいい!!」
僕の姿がみっともないと思ったのか、彼らは面白がって僕の話を聞き入れる体制に入る。
「つまんなかったら殺そうぜ!!」
「そりゃあいい!! 金持ちが死ぬのは最高に気分がいいからな!!」
「……」
さぁ、ここからが本番だ。
頭をあげた僕は、騒ぎ続ける彼らを黙って見続ける。
「な、なんだよこいつ……」
「さっきから黙ってばっかで、話したい事があるんじゃねえのか!?」
「ちょっと、流石にマズいんじゃ」
「まだダメ」
後ろではソフィアが心配している。
再び彼らの気持ちが高揚し、殺意という名のプレッシャーが全身に襲い掛かる。
それでも僕は黙り続けた。
彼らが静かになるその時を、じっと待ちながら。
「「「……」」」
五分ほど経ったか。
今まで黙り続ける僕の姿が恐ろしく見えたのか、一人また一人と静かになり、今なら喋るものは誰一人として存在しなくなった。
「……お前たちは金持ちが嫌いか?」
誰も喋らなくなったその時、再び僕の口が開かれる。
「あ、当たり前だろ!!」
「あいつらは自分のためにしか動かない!! 俺たちの事なんてゴミとして扱ってないんだ!!」
「だな、僕もそんな金持ちが嫌いだ」
スラム民からの不満。
そこに同調するような意見を僕も口にする。
「お前も同じだろうが!!」
「そうだそうだ!! 被害者面しやがって!!」
「金貨二千三百枚ある、ガーランド家の借金を知ってもか?」
「「「……」」」
彼らは金持ちに対する不満を僕にぶつけたかったそうだ。
しかし、目の前にいる辺境伯が多額の借金に苦しんでいることを察すると、文句を止めてしまう。
「そ、それでも金はあるはずだ!!」
「少なくとも俺達より幸せだろうが!!」
「……確かにそうだな」
確かにスラム民より金はある、美少女の従者も雇っている。
実際、僕も今が一番幸せだと思う。
「ならお前達も金持ちになればいい。そのチャンスが今あるハズだ」
「「「は?」」」
ただスラム民にもチャンスはあると思った。
僕の突拍子のない発言に全員が首を傾げる。
「ど、どういうことだ!!」
「でたらめ言ってんじゃねえぞ!!」
「こんだけスラムの住人が集まってるんだ。何かデカい事を起こすには最高のタイミングだと思うが……」
「……何が言いたい」
説明の意図がわからないと疑問の声をあげる。
待ってましたと言わんばかりに、僕は口元をニヤつかせながら、
「簡単だよ。ターンクス領の富裕層や領民から奪えばいい」
スラム民が幸せになれる計画を話した。
「お、俺達にあの兵士達と戦えって言うのか!?」
「違う違う。別に戦いは暴力だけじゃない。奪って逃げて生き延びる、金さえ手に入れば、お前達は勝者だ」
「だったらお前らの領地を襲った方が……」
「ウチの領地には金目のものなんてないぞ? 領民は貧乏だしガーランド家は借金だらけで貯金も少ない。襲っても損するだけだと思うけどなぁ」
正直、ウチの領を襲ってもお金を手に入れられるのは僅かだろう。
彼らはミスリル鉱石の事なんか知らないし、ウチを襲って帰っても生活は変わらない。
また同じ明日を過ごすだけだ。
「だけどターンクス領の表で生きている人間は多いしそれなりに金を持っている」
「「「っ!?」」」
だから変えようじゃないか……未来を。
「富裕層も多人数で襲えば簡単に殺せるだろうなぁ……全員が一斉に襲い掛かって、混乱している隙に金庫からお金を奪えば更に稼げそう……」
「お、お前……自分が何を言ってるのかわかってるのか!?」
「領主がそんなイカれた考えをしていいのか!?」
「いいんだよ。だってこの世界は生き残った者が勝者だ……イバール・ターンクスのように」
正直、非人道的な行為だと自覚はしている。
だけど、僕からしたらターンクス領の人間なんてどうでもいいし、潰れたって構わない。
最悪スラム民が負けたとしても、僕は今を利用できればそれでいい。
「イバール伯爵からの多額の借金が嫌じゃないか? あいつら貴族ばかり金を持っていて羨ましくないか? ゴミみたいにこき使われて悔しくないか?」
だから彼らの欲望を煽る。
彼らの幸せになりたいという気持ちに訴えかける。
「これだけ大勢が集まったのはまさに奇跡。金持ちから一方的に奪い取って成り上がる最高のチャンスだ」
「チャンス……」
「俺達が……金持ち……」
一人、また一人と僕の考えを理解していく。
危険な賭けかもしれない。
だけど生き残れば、今よりお金が手に入るチャンスがある。
「それにさ……普段から見下してくるヤツらが苦しむ姿、見たくね?」
「「「っ!!」」」
そして最後の欲望に語り掛けた時、スラム民の顔つきが完全に変わった。
「ま、僕から言える事はここまでだ。後はお前達の判断に……」
「貴様!! 何勝手な事を吹き込んでいる!!」
「それ以上はやめろ!!」
流石の兵士も違和感に気付いたのか、僕の方へ向かって抑え込もうとする。
こいつらは邪魔だな……スラム民の欲望を押さえつけるストッパーみたいなものだ。
ズバッ!!
ズバッ!!
「「ガッ!?」」
だったら消えろ。
二人の首元を僕は抜いた剣で跳ね飛ばした。
「な、兵士を……!?」
「うわああああああ!?」
「これでお前達を監視する兵士は消えた……さぁ、どうする?」
邪魔者はいない。
伝えたい事は全て話した。
後は……
「……金が欲しい」
彼らの判断次第だ。
「なんであいつらばかり幸せなんだ……なんで俺達は貧乏なままなんだよ!!」
「スラムだからって人間として見てくれない、這い上がるチャンスがない!!」
「悔しい!! 悔しい!!」
「……ふふっ」
一人一人の不満が爆発する。
叶えたい欲望と憎しみの渦が広がっていく。
俺が、私が、
今を変えたいと願い続ける。
彼らは僕の提示した計画と未来に希望を持ち始めていた。
「じゃあ……行くか?」
僕が頬をニヤつかせながら、血に染まった剣を掲げると、
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」」」
欲望の獣たちが、一斉に叫び声をあげた。




