千年祭を楽しみません? 問答無用ですかそうですか。
ゆったりした衣装のおかげで、女の子に変わってもエマに不審がられることはなかった。
しかし『なぜ寝たのか?』との疑問は彼女の中で燻り続けるだろう。仕方ない。
すぐに王城へは行かず、「ちょっとお花を摘みに」と言い訳して宿に文字通り飛んで帰った。胸の位置が定まらないからだ。
ブラを装着し、念のためエマに女だと気づかれないようトランクを抱えて胸を隠し戻ってきた。逆に不審がられたがうまくごまかした。
王城の門でエマと別れ、人型のキューちゃんと一緒に案内された部屋は豪奢な応接室――ではなく、煌びやかで広くはあるが天蓋付のベッドが置かれた、どうみても女の子の私室だった。
ソファーに座って待つことしばらく。
「ようこそいらっしゃいましたわ、ユウキ様」
マリーことマリアネッタ王女が現れた。そして――。
「貴公がユウキ殿か。マリアネッタとそう歳の変わらぬ者が、テレンスの刺客を壊滅させたとは驚きだな」
口の周りにひげをたたえたおじ様も一緒だ。頭に王冠をのっけて重そうなマントを羽織った男性は疑いようもなく、
「余を見るのは初めてか? シャルルモワ・レアンドロスである」
マリーの実父、レアンド王国国王だった。
ユウキは立ち上がってお辞儀する。
「お初にお目にかかります。ユウキです。こちらは一緒に旅をするキューちゃんです」
「そう畏まらずともよい。貴公の働きにより、千年祭は無事に開催できた。礼を言うぞ」
「いえ、私はお祭りを楽しみたかっただけですので」
「なんとも謙虚な子どもよな。しかし感謝の言葉のみでは王として立つ瀬がない。望む褒美を与えよう。なんなりと申すがよい」
「と、言われましても……」
流れ的にこうなるだろうとは思っていたが、まったくもって困っていないので欲しいものなどなかった。
「では、こちらをどうぞ」
マリーが寄ってきて、黄金色の金属プレートを差し出した。
「我が国の永久通行証ですわ。ユウキ様だけでなく、同伴のお方にも有効ですの。これさえあれば国内はどこにでも行き放題。外国でも身分証になりますわね」
「それはありがたい。遠慮なくもらっておきます」
「他に欲しいものはないのか?」
「いえべつに」
「まったく……本当に謙虚よな。そして恐るべき魔法の力を持っておるそうな。貴公は、『フォルセア』で学びし者か?」
「フォルセア、ですか?」
初耳ワードにユウキは首を捻る。
「父王様、ユウキ様は記憶を失くされていると申しましたわよ?」
「おお、そうであったな。フォルセアとは王国の遥か東にある魔法国家だ。一流の魔導士ならば一度はそこで学び、魔導士を目指す者の憧れの地である」
「というわけですので、ユウキ様の記憶の手がかりがそこでつかめるかもしれませんわね」
なるほど、とユウキはうなずく。
お祭りを楽しんだらそこへ向かうのがよいとも考えた。
と、国王が真摯にユウキを見つめる。
「貴公は、我が国に仕官するつもりはないか?」
「仕官……ああ、ここで働け、と。嫌です」
あまりにきっぱり言い切ったので、これには国王やマリーたちも苦笑い。
「残念ですわ。千年祭が終わりましたら、こうしてユウキ様と語らうことができないのですわね……」
旅の出会いは一期一会。そう割り切ってはいるが、少女の哀しそうな顔が妙に引っかかった。
(できるかどうかはわからないが……)
ユウキは辺りを見回し、チェストの上に手鏡を見つけた。てくてく歩いてチェストの前へ。
「マリー、これをもらってもいいかな?」
「え? ええ! もちろんですわ。それをわたくしだと思って大事にしていただけたら嬉しいですわね」
ありがとう、と礼を言って、今度は壁掛けの大きな鏡の前へ。
(うん、ただの鏡だが縁の装飾部分は魔力を通すのに適した素材だ。これなら――)
術式は既知のものを応用し、空を飛んだときのようにイメージを膨らませて試行錯誤すること五分。
「マリー、ここへ立ってくれないか」
「? 何をなさったのですの?」
不思議そうにしながらも、マリーは言われた通り壁掛けの大鏡の前に立った。
ユウキは部屋の端に移動して、
「鏡に向かって私に呼びかけてほしい」
「は、はい。では……ユウキ様」
ぽわっと大鏡が光を帯びる。
ユウキが持つ手鏡も同じく光り、応答すると。
「ユウキ様のお姿が!?」
「うん、こちらも君の顔が映っている。声はどうかな?」
マリーに背を向け小声で言う。
「はい! 鏡の中からお声が聞こえますわ!」
「何かあれば、これで連絡が取れる。頻繁に呼びだされても困るがね」
「それは……善処しますわ。それにしても……ああ、なんてすばらしい魔法でしょう!」
テレビ電話的魔法の完成である。
イメージだけでは難しかったろうが、要は転移門の応用だ。声と映像を双方向でやり取りするよう術式を書き換えた。
ちなみにこれ自体が転移門にもなるが、王女が城から抜け出すのに使われては困るので黙っておいた。
「国王陛下、妙な魔法術式をここに構築してしまいましたが、問題ありませんか?」
「それは構わんが……いやいやいや! これは通信魔法ではないか!?」
「正式名称は不明ですが、そういう類のものでしょうね」
「最高難度の魔法を、ちょちょいのちょいでやってのけるとは……貴公は本当に何者なのだ?」
「それが自分でもよくわからなくて……」
「うぅむ、ますます惜しい。だがこれほどの魔導士を我が国につなぎとめるのは難しかろう。せめて敵対せぬことを祈るばかりだ」
「友人のいる国と戦おうなんて思いませんよ」
「かような幸運を得たのだ。マリアネッタが城から抜け出したのを叱責できぬな」
それはそれ、とは思うが、あえてユウキは口にしなかった。
しばらく談笑して、別れの時間となる。
「ではユウキ様、千年祭を存分にお楽しみになってくださいませ」
「うん、そうさせてもらうよ」
王城を出て、さてどこを見て回ろうと歩き始める。
体力勝負だから一度寝るかな、と考えていたときだ。
「その魔力の波動……見つけたぞ、我が眠りを妨げし女よ」
ぞくりとして振り向けば、白い髪の女の子がいた。赤い瞳が妖しく光る。
「闇を統べ混沌を吐く〝災厄の魔王〟ルシフェ様、ここに見参! ワシめっちゃ怒ってるんでそこんとこよろしく!」
ルシフェと名乗った女の子は人であふれる広場にも構わず、小躯の周囲に特大の魔法陣をいくつも生み出した――。