どつきどつかれかしまし娘
「あははははははっ! なぁにこいつぅ! すっごい生意気ぃ!!!」
「ぎにゃぁぁぁぁあっ!? 落ちる! 落ちる! 落ちるぅぅぅぅ!? た、助けてぇクリスティーっ!!!」
「ず、ずるいぞミーシャ! 自分だけぇ! ボ、ボクもっ!!!」
「ほーい、よっと!」
図らずも大騒ぎとなってしまった夜会のさなか、天上すれすれにまでぶん投げた私の先制攻撃を物ともせずに、猫の如くにくるり回るのは風にたなびく二つの尻尾。そのまま空いた卓の上に四つ足で以ってズシンと着地し、続けて降ってきたミーシャ嬢をお姫様抱っこの要領で受け止める様は、悪童ながらに中々どうして小粋なもんである。
そんな以外な男前っぷりを見せるクリスティー嬢の頭の上に、最後に落ちてきたのは馬尻尾のティミー嬢。ただでさえ過分な衝撃に堪えかねて悲鳴を上げていた卓の足は、完成した娘っ子三段重ねによってついに限界を迎えたようで、それがボキンと圧し折れて平衡を欠くと同時、三段重ねもどんがらがっしゃんと崩れて落ちた。ははは、締まりませんな。
「さぁて如何ですかお三方? 私も少々嫌がらせをされたからといって、別に虐め返してやろう等とは思いません。あなた方が素直に頭を下げるのならば寛大な心を以って、先の事は水に流して差し上げようではありませんか。」
「あはははは! やーだよーだ! そんな事より私達をまとめて放り投げるなんて、アンタ絶対強いでしょ? 強いよね? 強いんだったら私達だって、全力でやり返したっていいよねぇ!?」
ゆるゆるとたしなめる私の言葉を切って捨てて、ひっくり返った混雑の中から返事も待たず、血の気に溢れた二つの尻尾がズパリと飛び出す。いやさ、元気が良いのは結構であるが、こうもじゃじゃ馬が過ぎるようでは嫁の貰い手に困るであろうに。というか飛び出す際に踏みつけられた、お友達二人は無事であろうか。なんか鼻を抑えながらジタバタと暴れてますが。
わたくしその様が大変気にはなったものの、しかしやらかした当人は一切後ろを顧みる様子が無いあたり、彼女達を繋ぐマシュマロよりも固い絆が窺い知れる。そんな柔らかお嬢さんが己の襟首へと片手を回し、抜き放ってみせるのはどう仕舞い込んでいたのやら、娘子らしくゴテゴテと装飾の施された、自身の身の丈程もある両刃のつるぎ。
思わず目を見張る暇があったのも一瞬の事。それはブゥンという低い音と共に真っ赤に染まり、強烈な熱気を振りまきながら自らを携えた少女と共に、こちらへ向かって突っ込んでくるのだから危なっかしい事このうえ無い。ティミー嬢のそれが雷の剣であるのならば、さしづめこちらは炎の剣といったところであろうか。いずれにしても危険極まる代物である。
「あっははーっ! 焼き殺せぇ! 神剣! カラドボルグぅ!!!」
「まったく、軽々しく死ねだと殺すだのと……。度し難いですねぇこのマシュマロ娘がっ!!!」
「マシュマロって何さ!!?」
なんとも気の抜ける会話を応酬しつつ、一歩を飛びずさる私に向かって振り下ろされて、石造りの床に易々と突き立ってみせるデコられ放題の炎の神剣。それは絨毯を焼き焦がし固い石材を溶断しつつ、さらに踏み込む少女によって振るわれるがままにガリガリと雄叫びをあげ、この身を焼き滅ぼさんと追い縋ってくる。
ふむ、原理としては半田ごてのそれに近いか。とはいえ出力は桁違いであるようだが。そんな赤熱の追跡者に対し、押し負けるを覚悟で銀糸の巨腕で以って迎え撃つも、如何せん焼かれるには弱い我が身である。案の定あっさりと熱に負けたそれはぼふんと燃えて、銀色の灰と化して周囲に散り散りとなってしまうあたり、やはり相性というものがどうにも悪い。せっかくのキューティクルも台無しだ。
しかしこれはこれで、仕切り直しの為の目眩ましには悪くない。灰を吸い込んでしまったのかケホリと咳き込むクリスティー嬢を尻目に見つつ、後方にぴょーんと飛んで両の腕で床を掴み、くるりくるくると回り転がって距離を稼ぐ。ちょいと下着が丸見えになってしまった気がしなくも無いが、今は緊急事態であるからして已むを得まい。
「ケッホ! コホ! ちょっとぉ! 私一人にばっかりやらせてないで、そっちも早く手伝ってよぉ!!!」
「うるっさいわ! ミーシャの頭を遠慮も無しに踏んづけやがって! こうなったら二人纏めてとっちめてやる! 叫べ! 神剣モラルタぁ!!!」
苦言を呈する二つ尻尾の少女に応じ、答えて吠えてみせたのは先にその当人に足蹴にされて、ウンウンと唸っていたお仲間二人の片割れであるミーシャ嬢。どうやら彼女も何かしらの奇妙な剣を所持するらしく、私が注視する中でシャキンと腰の後ろから引き抜かれましたるは、一見して何の変哲も無い広刃の短剣。
しかしながらよくよく見れば、柄に通された紐の先にお手製らしい小さな人形がぶら下がっているあたり、まるで少年の如き見てくれをして、彼女も存外にお洒落さんである。そんな意外な女子力を纏う神剣から発せられるのは、やはり妙に機械じみた印象を受ける、通電しているかのような鈍い音色。果たしてそこに流れているのは神通力か、はたまた本当に電気の類か。うーむ気になる。
気にはなるのだが今は絶賛喧嘩の最中とあって、ちょいとお嬢さんお腰のものをとはいかないあたりが悲しいところ。そうこうするうちに件の業物はぴたりと私に突きつけられて、次いで射線上にいたクリスティー嬢が身を翻して飛び退くのと同時、不意に襲ってきたものは耳をつんざく異様な轟音。いやいやいやいや、なんだこれ!?
「こんにゃろ! 避けんなよクリスティー!!!」
「巻き込むって言われて避けない馬鹿はいないわよぉ! ばぁかばぁか! 馬鹿ミーシャ!!!」
「ううう。ボ、ボクの鼻が……。ええい何やってんだよお前! 馬鹿はお前のほうだよバーカ!!!」
凄まじいまでの大音量に、堪えかねた私が身を捩っているその間にも、相も変わらずわちゃわちゃと騒がしい姿をみせる娘っ子共。しかしこちとら至近で爆発でも起こったのかと、周囲を囲んでいたキティー達は無事であるのかと、そう気を動転させるばかりであって、到底そちらを気に掛けるどころでは無い。
ビリビリと鼓膜が震えるほどの轟音は未だ止まず、それでもどうにか耳を押さえて周囲の様子を窺い見れば、幸いな事に予想に反して全員無事。いやそれどころかドロシア様をはじめ、こちらを遠巻きにする観客諸兄にこの怪音は届いてすらいないようで、いずれも急に苦しみだした私に対し、困惑の眼差しを向ける余裕すらあるほどである。
それ自体は大変重畳。しかし如何せんこの得体の知れぬ轟音には耐えがたいものがあり、下手に人様よりも優れた五感を持っている事が災いをして、堪らず両膝をついてしまう。そんな音の洪水に翻弄される私に向かい、ニタリと笑いかけるのは勿論この機を逃すつもりも無い三人娘。まぁそうも来るだろう。誰だってそうする、私だってそうする。でも今は勘弁して頂きたい。
とはいえやはり待ったが通じる相手であるはずも無く、体重を感じさせぬ軽やかな動きでぽーんと飛んで、我が直上から襲い来るのは血気も盛んな二つの尻尾。それでもどうにかその一撃を受け止めようと、咄嗟にかざした右腕は呆気なく両断されて、そのまま深々と肩口までを焼き切られた衝撃にどたりと尻餅をついてしまう。
それと同時に轟音も聞こえなくなり、再びに戻ってきた音はざわめき戸惑う周囲の声と、してやったりとはしゃぐ少女達の笑み。むぐぅ、癪には障るが残念無念。やはりあの高熱の前では目に見えた結果であった。しかしそちらはまぁ諦めがつくとしても、気掛かりなのはミーシャ嬢の操る音の攻撃の正体である。それが掴めないのでは何ともかとも、このままお相手つかまつるに心許ない。
「ふふん! どうだい田舎娘。ボク達が先生から賜った神剣の力、そのちっぽけな身に染みただろう? ほらほら、お前も聖女を名乗るくらいならその腕を治すくらいの奇跡を見せて、それでもうちょっとくらいは歯向かってみせたらどうなんだい。」
「いや、なんか偉そうなこと言ってるけどさぁ、アンタ鼻を抑えて転げ回ってただけじゃん。ミーシャ達に任せっぱなしでさぁ、アンタ何にもしてないじゃん。」
「あはははは。ティミーってそういうとこあるよね~。いつもおやぶん面してさ~、そんで美味しいとこだけ持っていこうとするの。むかつく~。」
未だ残響に苛まされる私の頭をガツリと踏みつけ、そのまま床に這いつくばらせて得意満面を仰いますは、ツカツカと歩み寄ってきたティミー嬢。むきー! おのれぃ、調子に乗るなよ娘っ子共が。絶対に御免なさいを言わせてくれる。
そうしてべちゃりと絨毯に突っ伏しつつも、足りない頭を捻ってむーむー唸り、先の音の正体についてを勘考する。そういう術であると言ってしまえばそれまでであるが、しかし事実お仲間の一人は回避に成功している以上、そこに作用を生み出すまでの過程というものが存在する事は確かなのだ。対処の手段は有るはずである。
私に向けられた剣の切っ先、その射線上から咄嗟に飛び退いたクリスティー嬢。そしてあれだけの轟音でありながら私以外に、一切の影響を与えていないと思しきその指向性。そこまでを考えてふと頭に浮かんだものは、前世のいつだかにおいて目にした覚えのある、とある一本のテレビの番組。
そこで紹介されていた物は暴徒の鎮圧などに用いられる、指向性を持たせた音波によって選択的に影響を与えるとかいう兵器の類で、勿論私にその原理などは全く以ってわからなったが、ともあれそういう事が出来るのだという。ならば察するにミーシャ嬢の神剣モラルタとやらも、それに類する現象を引き起こす仕組みを持った、一種の装置なのでは無いだろうか。
勿論の事、これは所詮推測に過ぎない。推測に過ぎなくはあるが、しかしそうであるという前提で行動を起こせるだけの自信はあった。手品の種は空気を伝う見えざる波。だがそこに指向性があるというのであれば、要はその切っ先が示す方向から逃げてしまえば良いのである。つまるところ対策は身体能力に任せ、この吸血ボディーを全力でぶん回すという、いつものゴリ押しに帰結する。
「おーい、ノマ。なんかよくわかんねーけどさ、らしくもなく苦戦してるってんなら、アタシもちったぁ手ぇ貸してやろうか?」
「……いいえ。せっかくですが、お気持ちだけ頂いておきますよ、ゼリグ。これは分別のつかぬ子供同士の、そう、ちょっとした喧嘩というものです。大人の出る幕なんかじゃあありません。」
「はん! みっともなく足蹴にされたままで、よくも吠えたな田舎娘。ボク達のどこが子供だってのさ?」
「子供ですよ。場も弁えず好き放題に暴れる様な、その軽率さが如何にも子供だと言っているのです。よってこれは子供の喧嘩。あなた方の責を問うような真似は致しませんので、その点はどうぞご安心を。」
「このっ! 生意気を言うなっ! こいつっ!!!」
感情に任せて踏み込まれる足をばしりと跳ね除け、いや、でも先に暴れだしたのってノマちゃんの方じゃない? と呟かれるキティーの正論からそそくさと目を逸らしつつ、どぱんと弾けた我が身が成すのは大きな大きな銀のコウモリ。三匹から成るそれは我が物顔で広間をひとしきり旋回すると、後方に陣取る支援役のミーシャ嬢へと狙いを定め、次々に急降下をして襲い掛かっていく。
突如標的となってしまった彼女も神剣を振り回して応戦するが、三つの目標は自在に空中を飛び回る上に彼女自身の慌てようもあって、乱れ飛ぶ音の波はことごとく合間をすり抜けてかすりもしない。そうこうするうちについに少女は毒牙にかかり、その身を捉えた一匹によってがぶりと頭に齧りつかれ、そのまま身体を押さえつけられて一切の抵抗を無力化される。よっしゃよっしゃ、まずは一人目。
「ぎゃああああっ!!? や、やめろ! やめろよぉ!!? ミーシャは美味しくなんてないぞぉ!!!」
「ちょっとぉ! 手ぇ抜いて遊ばないでよミーシャってばぁ! 私がそれぜ~んぶ燃やしてあげるから、そのままじっとして……。」
「おっと。人の心配をしている場合じゃあありませんよ、クリスティーさん。」
あっさりやられた不甲斐ないお仲間の元へ駆け付けようと、再び神剣を赤熱させる少女の背中に声をかけたのはもちろん私。空から降ってきた残るコウモリの片割れにして、ドロンと元の姿に変じた不条理の権化、ノマちゃん様である。
しかし彼女の反応も流石なもので、返答代わりに飛んできた振り向きざまの重い横薙ぎにより、哀れこの身は上下に二つ。とはいえせっかく私との相性が良いというに、その攻撃が焼き尽くすのではなく焼き切るものである以上、やはりこちらの勝利に揺るぎは無い。分かたれた私は二頭の狼へと姿を変えて、切っ先の下をくぐり抜け両の足へと食らいつくと、若き乙女を力任せに引きずり倒す。
それでも諦めない彼女はがむしゃらに剣を振るうものの、首と胴が泣き別れになるほどに数を増す我が身の理不尽っぷりについに音を上げ、最後には剣を握る右腕一本を突き出したままに、もふもふの山に埋もれて静かになった。これにて二人目、お仕置き完了の時は近い。
「んな……っ!? この、でたらめがっ! そうやって畜生に化けて回るのがお前の術か! 王国の田舎娘っ!!!」
「私はノマです。いい加減に名前くらいは憶えて頂きたいものですね、ティミーさん。さて、それでは残り一人となってしまいましたが、一応は最後通告と参りましょうか。素直に頭を下げて詫びるのならば良し。それを否とするのであれば……。」
「嫌だね! 先生がそうしろっていうのならともかくとして、お前に言われて従うなんてのはまっぴらごめんさっ!!!」
「是非も無し。本当にこの! 強情張りの分からず屋めっ!!!」
ばさばさと羽ばたきながら語気を荒げ、次いで床に降り立って長い皮膜をマントの如く、ぶわり翻してみせるのはコウモリと化した最後の私。それに対峙するティミー嬢もパリパリと火花を散らしながら、熱で膨張した空気の巻き起こす風を纏って神剣を構えるあたり、既にあちらさんもすっかりと臨戦態勢である。
そんな少女剣士が鋭い切っ先をこちらへ向けて、四つん這いになって迫りくる私を迎え撃たんと放ったものは、空気を裂いて渡る小さな火花。それはさながら雷の通り道と呼べる代物であったようで、次の瞬間には眩い雷光が私の身体へと突き刺さり、続けて低く大きな破裂音が物理的な圧力を以って、この身を大きく仰け反らせてひっくり返す。
油断をした、遠距離攻撃も出来たのか。と、頭に浮かんだ言葉を噛みしめる暇も無く、体内に侵入した電流は頭蓋骨へ侵入して脳を焼き、逃げ場を求めて四肢の先端へと向かいながら、その放電の衝撃で以って皮膚を引き裂き損傷させる。それら一連の物事が起こったのはまさに一瞬で、後に残されたのは黒焦げになって崩れ行く我が分身と、満足気に口元を歪める少女の姿。お見事。
「……素晴らしいものです。ですが惜しい。それだけ人並み外れた力を扱うならば、やはり道理を弁えた健全な精神を養うべきです。老婆心ながら、それだけは忠告させて頂きますよ。」
「ふあっ!? お前まだっ!!? ど、どこに隠れてやがるっ!!?」
「ひひひ。隠れるも何も、まだそこら中に居るでしょうにっ!!!」
叫ぶ彼女の後ろで嘲笑ったのは、先に焼き切られて転がった私の右腕。それは蜘蛛の如く節くれだった指で胸の薄い身体を這い上がると、ミーシャ嬢とクリスティー嬢を下敷きにしていた私達を呼び集めてバクリと喰らい、再びに『ノマ』を形作って無理やりその背中へとしがみつく。
この場を俯瞰していた私は消え、分かたれていた意識も統合された。そしてそれら英知を宿した私のドタマはオラっシャアっ!!! の掛け声と共に、反撃の糸口を掴もうとするティミー嬢の後頭部に頭突きを叩き込むと諸共に倒れ伏して、そのまま大の字になって高らかに勝利を宣言したのである。
ふはは! 勝った、勝ちました、完全勝利。私はこの通り五体超満足であるし、意地悪三人娘は揃って白目を剥きながらぶっ倒れているとあって、よもやこの勝利へケチをつけよう者などおりはすまい。強いて難点があるとすれば些か絵面が酷過ぎるというか、私の戦いぶりがもう完全に邪悪なる怪物のそれという事である。このどこら辺に聖女要素があるというのか。
ぐいと手足を大きく伸ばし、それからむくり上半身を起こしてみれば、こちらへ向けられるのは多分に恐れを含んだ奇異の眼差し。まぁ衆国の初見さん方にとってみれば、今まで弱小と侮っていた王国にこれほど奇怪な輩が潜んでいたなどと、まさに晴天の霹靂もよいところなのは間違いない。そんな各々方の心中に渦巻くのは対蛮族への光明か、それとも今後の力関係を見据えての即物的な自己保身か。
いやぁ愉快。そして痛快。みなが私を恐れ、敬い、顔色を窺って媚びへつらう。これを愉悦と呼ばずして何とする。闘争の興奮は私の自尊心を煽りに煽り、ひとしきりこの身を暗い歓喜に打ち震えさせ、そして疎外感と自己嫌悪に叩きのめされて静かになった。いかんいかん。ちょいとばかし人様よりも暴力が得意になったからといって、すぐに調子に乗ってしまうのは悪い癖だ。謙虚に行こう。
「ははははは! 良いぞノマ! 見事に我ら王国の威を示して見せたなっ!」
「上役たるドロシア様にご満足を頂けたのなら、私も文字通り身を粉にして働いた甲斐があったというものですよ。しかしまあやらかした当人が言うのも何ですが、外交問題も甚だしいですねこれは。」
「……至極同感です。そしてそう仰って下さるのならば、どうかこのあたりで矛を収めては頂けませんか? 王国の聖女様。」
老若男女が顔を引き攣らせて下がる只中にあって、逆に一歩を踏み出したのは実に上機嫌な我らが姫様。そんな動きに呼応するのは今の今までどこに居たやら、三人娘の上司である衆国軍務局のクラキリン女史で、口先だけはなんともへりくだった物言いながら、悪びれた様子一つ見せない姿は尊大そのもの。
さぁてどう苦情を申し立ててくれようか。そう息巻く私の前で、彼女は乱闘の巻き添えを食った食器類を足で退けると手を打ち鳴らし、倒れ伏す娘っ子共に向かい一言立ちなさいと声をかける。そうしたらば面妖なもので、気絶していたはずの彼女達は糸で操られたかのように立ち上がると、キリキリと人形の如き動きでそれを命じた上司の元へと歩いていくのだ。
そうこうするうち、彼女ら三人はクラキリン女史の後ろで横一列にがしゃりと並び、一糸乱れぬ動きで表情を失った顔をこちらに向ける。そこには悪童ながらも顔色をくるくる回し、笑って叫んで悪態をついていた先の姿はもはや無い。不気味である。これではなんというか、まるで本当に造り物のようではないか。
「いえ、大変に失礼を致しました。この娘らの使役者として、改めてお詫びを申し上げます。やはりどうにも、この子達は思考が単純でいけませんね。」
「……クラキリンさん。ならばその条件として一つばかし、この私に教えては頂けないでしょうか。貴方、その娘達に一体何をしたのですか?」
「ふっふふふ。何か勘違いをされておられるようですが、私は別段、無体な真似などは働いておりませんよ。この娘達は最初から、こういう者であったというだけの話です。それでは王国の皆様方、今日のところはこれにて失礼。この謝罪は後日伺わせて頂きますので。」
言うが早いがこちらからの返事も待たず、人形のようになった三人娘をその後ろに引き連れたまま、身を翻して退出していくクラキリン女史。この慇懃無礼をこのまま帰して良いものかと、私もちらり王女様の出方を窺うものの、しかめっ面の彼女はただ黙って見送るのみである。どうやら我が上司もこの場において、これ以上に揉め事を起こそうという意思は無いらしい。
ゼリグとキティーは顔を見合わせ、メルカーバ卿は倒れたままのカーマッケン氏の介抱に回り、さらにその周囲では胃痛にやられた外交官の皆様方が散乱する。なにか妙なものまで見えてしまった気がしなくも無いが、いずれにせよ場の荒れ具合は散々とあって、この夜会もこれにてお開きといったところだろうか。
やれやれ。なんともやりきれない心持ちである。無能な味方は敵よりも恐ろしいと言うが、これから共に南の蛮族と戦うというに、こんな足並みの揃わぬ様を知らしめてしまうとはなんたる無様。おまけに彼女達が去り際に見せたあの異様な様、いずれ良からぬ仕打ちを受けている事に相違はあるまい。まったく以ってやりきれない。いっそ嫌悪する事が出来たのならば楽なものを。
ひとしきり溜息を吐き、それからほっぺたをぴしゃりと叩いて私も身を翻し、王国の友の元へと足を向ける。色々と思うところは勿論あるが、この年になって一度終わりを迎え、それでもなお再びに知己を得ることが出来たのは僥倖であった。ならば私が守るべきは間違いなくその友であるのだが、それでもしかしを考えてしまうあたり、私の八方美人も筋金入りである。
もう一度深く溜息を吐き、それと共にハーメルンよろしく娘達を従えた女もこの場を去って、そして重い音を立てて扉が閉まる。どう転んでも人は死ぬ。傷つき弱り、世界はそれをこそ望んでいる。それを成す為にこうして赴いておきながらなんであるが、やはり私は改めて、それが嫌で嫌で仕方が無かった。
お待たせ致しました。何故か最後はポエットな感じに。
なお次もまた、一週空いてしまうかと思われます。




