少女十字軍
「痛っつつつ。あ~、これはこれはティミーさん。どーも、昨日ぶりでございますね。」
「ふん、馴れ馴れしいな。気安くボクの名を呼ぶんじゃあない、田舎娘。」
いや、かまって欲しいのか欲しくないのかどっちだよ。そんな言葉を飲み込みつつも、急に突き飛ばされて転げた身体をのそりと起こし、恨めし気に細めた半眼で以って振り返る。そこに居らっしゃったのはつい先日に、やたらと私に突っかかってきたティミー嬢で、なにやら今日はお友達二人もご同伴であるらしい。
一人は色素の薄い茶色の髪を、肩口で短く切り揃えた勝気な少女。一見して線の細い少年にも見えるその顔立ちに、如何にも意地の悪そうな笑みを張り付けた様は、さしづめ躾の成っていない悪童といった風情である。もう一人は対照的に、二つ結いにした長い髪を腰の辺りにまで垂らした少女で、どうやらこちらは食い気の方が優先らしく、料理の盛られた大皿へとしきりに物欲しげな目を向けていた。
いずれも白を基調とした法衣に身を包んでいるあたり、彼女達も神職の端くれという事になるのだろうか。しかしあまり飾り気の無いキティーのそれとは違い、揃いの刺繍を入れたり胸飾りといった装身具で飾り立てているあたり、なんというか若い娘さん特有のらしさがある。まぁこの華々しい夜会の席だ、お洒落の一つだってしたくなるというものだろう。お隣の桃色がどう思うかはわからないが。
「あらあら、ノマちゃんったらもうお友達が出来たのねぇ。良ければその可愛らしいお嬢ちゃん達、ぜひお姉さんに紹介して貰えないかしらぁ?」
「……別に友人というわけではありませんよ。少し面識があるという程度のものですし、まして後ろのお二方は初対面ですしね。」
「そーだぞおばさん。このミーシャ様はそんなガキんちょと友達になった覚えなんて、全っ然! これっぽっちもありゃあしないんだからな! なぁクリスティー?」
「んー? だからどうでもいいってば、そんなのさ~。」
うぉいやめろ馬鹿、煽るな煽るな。いやお姉さんってなんだよとか、目の前の改造法衣は別にいいのかとか、色々と突っ込みたいところはあったのだが最早それどころでは無い。傍若無人な君達は他人の目なんて興味の一つも無いのだろうが、しかし私は自らの隣で優しい微笑みを浮かべている、あの桃色の目をよーくこの身に刻まれて知っているのだ。
あれは態度の悪い悪童共を、素直な良い子になるまで調教、もとい躾けてやりたいという濁った目である。最近は忙しかったせいか鳴りを潜めていたものの、どうやらその悪癖はまだまだ健在であったらしい。まさに口は禍の元、雄弁は銀。そういうわけでこの場は私が抑えておいてあげるから、今のところは早く逃げなさい娘っ子共よ。その代わり後でお説教な。
そんな私の心遣いを知る由もなく、昨日のお返しをしてやるだの腹減っただのと、わちゃわちゃと好き勝手に騒ぎ立てる三人娘。一見してその中央に位置するティミー嬢こそが代表格に見えるものの、しかし実際のところ彼女らの間に上下関係というものは無いようで、私に噛みつくリーダーにお仲間二人が追随の意思を見せないあたり、まぁ纏まりを欠く事この上無い。
ミーシャ嬢はとにかく燃やす事が出来ればなんでも良いのか、私のみならずキティーにまで矛先を向けて不必要な敵を作っていくし、クリスティー嬢はそんな喧噪には興味も無いとばかり、ご馳走に釣られてふらふらと歩きだそうとする始末である。それを押し留めるティミー嬢、鬱陶しいと引っ掻かれる顔、私そっちのけで始まる口論。うん、もう帰ってもいいですかね。
「……ノマ君。彼女らは軍務局の所属でこそあるが、その実体は最近頭角を現してきたとある女の、私兵も同然の連中でね。権力に守られている上に自身も強い力を揮うとあって、このまま敵に回せば間違いなく厄介な事になる。何故に君が目をつけられているのかは知らないが、ここは一つ、この私に任せておきたまえよ。」
「ほほう。それは頼もしいですね、カーマッケン殿。何か、策の一つでもお有りですか?」
「ふふふ。先も言わせて貰ったが、女性の扱いというものには少々ばかり自信があってね。」
どうやらこの悶着を私へ貸しを作る為の好機とみたか、そんなヒソヒソ話を一言二言交わした後に、するりと割って入ったのは自称色男のカーマッケン氏。うーむ、任せてしまっても大丈夫だろうかこれ。先のやり取りを思い出すに、募る不安は少々どころじゃあ済まないのだが。
それでも一応はご自慢の手練手管を拝見しようと、顎に手を当てて見守る私の前で、彼は果敢にも未だ騒ぎ立てる三人娘へと突撃していく。次いでティミー嬢の腕をとり、にこやかな笑みを浮かべて跪く様はまさに、それ一本で勝負をしようという男の矜持の表れ。つまるところはただのゴリ押しである。いやアカンって。断じてそれは、女性の扱いに自信があるとか言えるようなもんじゃあ無いって。
「あー! もう! いちいち暴れるなクリスティー! ……って、なんだよ財務卿の放蕩息子。軽々しくボクに触れるんじゃない、汚らわしい。」
「おっと、これは手厳しい。しかしお嬢様方、今宵は友好国へ向けての歓待の宴にございます。どうかこの私に免じ、主賓の一人たる聖女様の顔を立てては頂けないでしょうか。なにより麗しの花達が諍いの中に身を置くなどと、わたくし到底見過ごせるものではございませんので。」
「ふん、ボク達に指図を出来るのは先生だけだ。お前の顔に免ずるところなんてあるもんか。っていうかいつまで腕を握ってるんだよ! 気持ち悪いなっ!」
「ふふふ。貴方達はいつも殊のほか男性を嫌いますが、しかしそれは異性というものを未だ知らぬ、若い蕾であるからに他なりません。どうでしょう? 私のお願いを聞いて貰えたのならば、それを手解きさせて頂いても構いませんよ。もちろん三人一緒に、一晩閨でゆっくりとね。」
おいおいおい、ちょっと口説き文句が直接的に過ぎるんじゃあなかろうか。そこはもうちょっとこう、月が綺麗ですね的な感じで捻りなさいよ。そんな感想を頭に浮かべる私の前で、色ボケ男殿はティミー嬢の髪をかき上げてその耳に口付けを落とし、さらに追撃として何事かを囁いてみせる。内容こそ聞き取れなかったが彼女の顔が真っ赤になっているあたり、大方また睦言の類であろう。
で、そんなセクハラへの返答として振るわれたものは当然の如く、がっつりと腰の入った平手の一撃。彼はそれを思いのほか機敏な動きで受け止めると、次いでミーシャ嬢の拳をどてっぱらにもろに喰らい、最後にクリスティー嬢の豪快な回し蹴りにぶっぱらわれて、こちらに向かってすっ飛んで来るのだからなんともまぁ。っていうかこんな時だけ息ぴったりですね、三人娘よ。
正直自業自得の感は強い。が、それでも私の為に動いてくれた結果であるというに、このまま見て見ぬ振りをするというのも薄情である。そう自分に言い聞かせつつも、降ってくる身体をはっしと受け止めて勢いを殺し、すっかり伸びてしまった彼をその場にぽいっと放り出す。はてさて、隣の桃色に動く様子が見られないのは軽蔑が故か、それとも目立った怪我も無いせいか。
「っふ、ふ、不埒な男めっ!!! 恥を知れっ! 恥をっ!!!」
「あー、ティミーさん。なんといいますかその、一応は彼に代わり、お詫びを申し上げさせて頂きますね。どうも、不愉快な思いをさせてしまったようで……。」
「黙れ田舎娘! さてはこれもお前の差し金だなっ!? 一度ならず二度までも、このボクに恥をかかせやがってえっ!!!」
「え!? あ、いやちょっと! 八つ当たりは止めてくださいってば!」
そのままぐいと髪の毛を鷲掴みにされて、上を向かされたままにバシンと一つ頬を張られる。ええい、さっきから場を弁えぬ騒動ばかり起こしおって、いい加減にせぇよコラ。と、流石に腹に据えかねるものはあったものの、しかしそれを成している相手も涙目とあって、いま一つ強く出づらいのがなんとも歯がゆい。
おまけにそんな騒動続きであるものだから、気づけば物見高いご婦人方やら顔を青くした官僚諸兄やらに取り囲まれてしまっているあたり、既に我々ってばすっかりと注目の的である。さぁてこいつは一体どうしたものか。私個人としては別段痛くも痒くも無いが、しかし今日この場においては王国の看板を背負っている以上、なぁなぁで済ませるというわけには到底いかぬ。悩みどころである。
「にっししし。ティミーさぁ、ちょっと手緩いんじゃないのアンタさぁ。せっかくそのガキ虐めてやるってんなら、ほら、このくらいはやっちまいないよ。クリスティー、ちょっとこれ持って。」
「んー?」
「そんで、それを顔の前に掲げたまま三歩歩いて。」
「あい。」
「んで、そこで手首をひっくり返す。」
「はーい。だばー。あははははははは。」
私が反撃をすべきか迷っているうちに、ニヤニヤと笑みを浮かべながらしゃしゃり出てきたのは悪童のミーシャ嬢。察するにどうやら碌でもない事を思いついたらしく、彼女は手にした酒杯をクリスティー嬢に渡すと指示を飛ばし、その真っ赤な中身をぶちまけさせる。
それがひっくり返された場所は禄でも無いという予感の通り、ティミー嬢に髪を掴まれた私の頭の上なのだから堪らない。頭頂から肌を伝って滴り落ちる液体は、冷たい感覚と共に肌着までをぐっしょり濡らし、瞬く間に指を指されて笑い物にされる濡れ鼠を完成させる。いかん、こいつら学級崩壊を起こしてやがる。誰か注意をしてあげる大人はいないものか。
そう思ってちらちらと周囲に集まった野次馬の方を窺ってみるも、いずれも尻込みをして遠巻きにするばかりであって、声を上げようという者は見受けられない。やはりこの三人娘、先日にティミー嬢が見せた雷の剣のように、それだけの我を通せる力を持っているという事なのだろう。うーん宜しくないな。なんというかこの環境では増長を招くばかりであって、彼女らの心の成長にとり大変に宜しくない。
「っぷ、くくくく。おいおいミーシャ、ちょっとやり過ぎじゃあないのか、それは? くくく。」
「え~? だってこいつさぁ、わざわざ王国くんだりまで迎えにいってあげた先生に、生意気を言って楯突きやがったらしいじゃん。それって先生だけじゃなく、ミーシャたち少女十字軍に歯向かったも同然じゃん? だったらどっちの立場が上かってのを、きっちりわからせてやんないとさぁ。」
「あはははは。わからせてやる~。」
「……ご機嫌のところ申し訳無いのですがね、こんな醜態をその先生に知られでもしたら、それこそ大目玉を喰らうのではありませんか?」
「ばぁーか、そんなのお前が黙ってりゃあいい話じゃん。それに先生はいつも、ミーシャ達は特別製なんだって言ってくれてるんだ。そんな特別なミーシャ達がさぁ、お前みたいな田舎娘に舐められるわけにはいかねーの。先生だってわかってくれるさ。」
うっせーこんガキャア! 私がお前らをわからせてやろうかオラァァン!? という心の声をいったん飲み込み、カリカリと爪を擦り合わせながらどう対処をしたものかと考える。この場でやり返すのは簡単であるが、しかしそれでは挑発に乗る形になってしまう。一緒になって大暴れをする事で私を連れてきた王女様の顔に、泥を塗ってしまうのは宜しくない。
しかしここでやり返さなければそれはそれで、王国の聖女恐るるに足らずと侮られてしまうのが厄介なのだ。というかそれはそれで癪に障るうえに、やっぱり私を立ててくれた彼女の面子を潰す事になってしまう。うーんどうすんべ。せめて打ち合わせの時間が欲しい。『待った』を宣言させて頂きたい。
箸が転んでも可笑しい年頃の三人娘から視線を外し、相変わらず隣で控えてくれている桃色の方へとそれを向ける。したらば先方も心得てくれたもので、なんとも邪悪な笑みを湛えつつもひょいとばかりに首を振って、彼女が示してくれたのは後方にあたる私の死角。どうやら参謀殿はその方角にこそ、東南の風が吹くのだと申されるらしい。なんつって。
冗談はさておきとして起死回生の一手を求め、ぐりんと後ろを振り返る私の目に映ったものは、ありがたい事に我が上司たる王女様の姿。どうやら歓談に回っていた彼女もこの騒ぎを聞きつけて来たらしく、後ろには護衛として同行していたゼリグとメルカーバ卿の姿も見える。いや助かった。なにせ私の権限では決断の出来ない状況であっただけに、それが可能である彼女の登場は心底から喜ばしい。
そんな彼女の眼前に広がりますは、ケタケタと嘲笑する三人娘にずぶ濡れの私、あと危険な笑みを浮かべる怪しい桃色。それら諸々から導き出された答えは有罪であったらしく、我らが王女様はぐっと親指を立てるとそれをくるりとひっくり返し、『舐められんな、ぶちのめせ』の合図をお出しになられたのである。
うむ。残念ではあるがしかし当然。ドロシア様の気性を考えればやはり、こちらの選択を取る事は必定であったらしい。よってその隣で頼むから堪えてくれと、必死で懇願している両国の外交官さまさま方よ。誠に遺憾ながら、諸君らの胃の平穏は無情にも放棄される。大変に申し訳無いところではあるが、どうかこれからも強く生きて欲しい。
「……ふむ。どうやら決は下ったようですね。お待たせしました皆さん方。ここからは淑女としてでは無く、王国が誇る暴力装置としての私の姿、とくとご覧に入れようではありませんか。わたくし普段こそ控えめですが、やると決まったからにはちょっとばかし……凄いんですよ?」
「あーん? なんだよぉ聖女サマよぉ。このミーシャ様が相手をしてやってるっつーのに、詫びの言葉の一つも……って、あわわわわ!? なんだこりゃあっ!!?」
「ミーシャ! クリスティー! 気を付けろ! こいつはボク達の知らない怪しげな術を……っ! ひぇっ!? ひゃああああっ!? へ、変なところ触るなぁっ!!?」
「んにょ? おー、すごいすごい、うねうねが一杯、だ、あ? あにゃああああああああっ!!?」
「フゥーハハハハハハハーっ!!! おんどりゃあっ! チョーシぶっこいてんじゃねーですよぉっ! こんの娘っ子共がああああああああっ!!!!!」
銀糸の髪をぞろりと伸ばし、蔓のように蔦のようにうねり蠢きながら編み上げたのは、わたくしお得意の非殺傷攻撃たる巨大な銀腕。逃げる暇だと与えるものかと、彼女ら三人が呆気にとられているうちに三本のそれで以って、次々に捕らえ掴み上げて天へと目掛け、思い切り高く高く放り投げる。
さしもの私も鬱憤が溜まっていたようで、昂ぶり抑制の効かぬ感情の中、口から零れ出る腹いせ混じりの哄笑が止まらないのだから、いやはやなんとも大人げない。しかし私は王国の看板を背負う者として彼女らに対し、己が何者を相手にしていたのかを、その骨の髄まで教育してやらねばならんのだ。
よってこれは仕返しでは無く躾けである。さぁさ自らの言葉のとおり、その身に存分にわからせてやろうではないか。くっくっく、ふはははは、はーっはっはっはっはぁ!!!
あ、でも天井に叩きつけられない程度に加減はしておきましたんで、そこはどうぞ、安心してぶっ飛ばされておいてください。はい。
本来であれば今回で夜会終了まで行くつもりであったのですが、執筆が間に合わなかったので切りのよい所で分割する形になりました。しかし結果としてノマちゃんに悪役三段笑いをさせられた事には満足しています。




