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異世界転移のバツバツさん  作者: カボチャ
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夜会

「……ちょいとちょいと、宜しいですかねキティーさんや。」


「はいはい。なんでしょうかねノマさんや。」


「歓待を受ける側がこう口にするのもなんですが、衆国の現状はとても、このような浪費をなさっている場合では無いのではないかと……。そう、お察しするのですがね?」



 明けて翌日、いざ戦いの地へ赴かんとばかりに気炎を揚げるドロシア様に、ぞろぞろと引き連れられてやって参りましたのは壁の向こう。流石に内区は手入れも行き届いて立派なものであると、そんなおのぼりさん丸出しに歩きつつも足を踏み入れたのは迎賓館で、私ども王国遠征軍の中核組はそこで為された諸々の交渉の末、今はこうして夜会という名の接待を受けている真っ最中である。


 まぁ交渉とは言っても王国はこんな程度の援軍しか寄越さないのですかと、向けられるそんな嫌味をひたすらドロシア様が受け流すだけという、以前にも見た生産性の無いやり取りがまんま繰り返されただけではあったが。それでもこうして歓待をしてくれるのは、例え逆境の中にあろうとしっかり国力差は見せつけてやろうという、衆国首脳部の意地と面子の賜物といったところだろうか。



 料理の盛られたお皿を手に見上げるものは、高い天井とそこから吊り下げられた豪華な照明。この国を着実に食糧資源の不足が蝕みつつある事は、先日にクラキリン女史と交わした言葉の通りである。だと言うに王国ではあまり見ない凝ったご馳走の並ぶその中心では、砂糖で築かれた白亜の城がこれでもかとばかりに財力をひけらかしながら、堂々鎮座をなされているという有様なのだ。


 うーむ、こんな事をしてて良いのだろうか。もうちょっとこう、備蓄に回すだとか市民への配給だとか、そういった建設的な事に資源を用いるべきではないのだろうか。とはいえ私は政治経済の機微に疎い。この考えもお門違いであるやもしれぬ。そんな歯切れの悪い胸の内を、お隣でキッシュに似たパイ包み焼きをひょいと一切れ口に運ぶ、桃色に向かってぽつりぽつりと零してみせる。



「……そうねえ。正直に言ってしまえば、私は馬鹿らしいと思っているわ。いま必要なのは情報共有と巻き返しの為の方策を図る事であって、こんな風に時間を無駄にしている場合じゃあ無いでしょうに、ってね。」


「ああ、私は糧食の面で物を見ていたのですが、それもまた仰る通りで。まぁこれも賓客であるドロシア様に対し、大国としての面子を保つ為にやむを得ない事ではあるのでしょうが……。」


「そう考えているのはね、きっと私だけじゃあ無いはずよ。主賓である王女様だって思うところは同じでしょうし、なんならもてなしている側の衆国高官達だってこんな浪費、本心では馬鹿らしいと思っているに違いないわ。」


「……誰も得をする方がいらっしゃいませんね。」


「ま、しきたりってのはそんなものよ。それが必要とされたから産まれ、定着し、時が移ろい時節にそぐわなくなろうとも、さりとてそう簡単には変えられない。全く以って、厄介なお話よねえ。」



 いやいや、話を振っておいて梯子を外すようでなんですが、貴族家ご令嬢の貴方が慣習を全否定してしまうのもどうなんでしょうか。そんな言葉を飲み込みつつも手にした酒杯をくいと傾け、水で薄められた温い葡萄酒を喉の奥へと流し込む。そのうちに富の再分配だとか言い出さないだろうか、この娘さん。革命はいつもインテリが始めると聞いたこともあるし、少々ばかり不安が募る。


 とはいえまぁ、彼女がそれだけの愚痴を零すのもむべなるかな。私達がこの館に通されたのはお日様が天辺を回った時分の事で、それが今やとうに日も沈みかけた夕暮れ時である。それだけの時間を費やして決まった物事といえば、南部戦線へ送られる増援部隊の一助として私達が同行をするという、今更論ずるまでもないような大方針程度のものなのだ。


 衆国には広い国土がある。いくら劣勢に追い込まれているとはいえ最初から首都防衛戦を考慮に入れる程に、もはや縦深が取れなくなっているというわけでもないだろう。どうせ自国の戦力では無いのだから使い倒してやろうという腹積もりは別としても、私達を予備兵力としてこのまま首都に留めておくような選択肢など、端から存在し得なかったはずである。



 しかしそれが両者わかっていようとも、そう簡単に物事は進まないというのが悲しいところ。衆国の側からすれば私達を自らの指揮下に組み込みたいのが当然だろうが、ドロシア様の側からすれば、そのように自らの主権を放棄するような提案に同意を示すわけにはいかないのだ。


 で、卓の端っこで見守る私の前で、すったもんだの侃々諤々が行われた末にやっとこさ決まったものが、先の『助力の為に同行をする』というふわっとした玉虫色の微妙な文言。これでは桃色ならずとも皮肉を言いたくなるのは当然で、さりとて口を挟もうと思ったところで八方良しの妙案などと、そうは浮かばないのだから歯がゆいものである。



「だからねー。私はちゃーんと提案したのよー? こんな慣習的な夜会なんて放っぽりだして、このまま細部を詰める為に会議の席を延長すべきだって。なのにあのヒゲ親父ども、儀礼を弁えぬとはさすが、王国は後進の地でありますなぁとか抜かしてくれちゃってさぁっ!」


「はーいはい、どうどうどう。ちょっと酔いが回ってきてますねこりゃあ。今はドロシア様達がお偉方の相手をしてくださってますけども、場が温まってきたら私達もその歓談の席に呼ばれるんでしょうから、もうちょっとお酒の進度を落としてですねー……。」


「……これはこれは。夜に咲き誇る可憐な花に引き寄せられて来てみれば、なんとも実に、耳の痛い事を仰るお嬢様方であらせられる。」



 口先を尖らせつつも、一息に酒杯を煽ろうとする大虎の手から、無理やりにそれを奪い取ろうとしたその矢先。突然にかけられたキザな物言いにひょいとそちらを振り返ってみれば、そこに居らっしゃったのはちょいと気取った見慣れぬ顔の、眉目秀麗なるお兄さん。


 整った身なりと自信に溢れたその立ち振る舞いから、衆国のお偉い様の一人であるものと検討はつけたものの、しかし官職を得ているにしてはまだまだお若い。見る限り年の頃は二十とそこそこ。察するにこの歓待の場へ出席している高官方の、ご子息の一人といった風情であろうか。しかしならば、果たしてその御仁がなにゆえに?



「失礼、立ち聞きをするつもりは無かったのですが、耳に入ってしまったものでして。初めまして、異国の聖女様。私の名はカーマッケン。カーマッケン・バローレ・フットマン。お嬢様方の先のお話にあった、ヒゲのお偉方の一人、フットマン財務卿が一子でございます。以後、お見知りおきを。」


「……ご丁寧な挨拶痛み入ります。私はノマ、こちらはキティー。この度は同じ人族国家の危機と伺いまして、貴国を救う一助と成らんが為、こうして馳せ参じた次第でございます。それでその……カーマッケン殿はわたくし達に、如何なご用事であらせられましょうや?」


「ん? ……いえいえ、男が麗しき女性にお目通りを願う事に、理由など必要はありますまい。キティー嬢、美しき竜の聖女よ。どうか許されるのならば是非ともこの私と、一曲踊っては頂けないでしょうか。」



 閣僚の息子を名乗るカーマッケン氏の、その仰々しい挨拶を受けてスカートの端をちょいと摘まみ、ドロシア様とメルカーバ嬢に散々に叩き込まれたカーテシーで以って応対する。次いで緊張のあまり、妙に芝居がかった口調になってしまった何用であるかという問いに対し、返ってきたものは何故君が返事をするのかと言わんばかりの訝し気な顔。


 おや? と思ったのも束の間で、そのままひざまずいた彼はキティーの手を取り、なんとも歯の浮くような言葉を囁きながらその手の甲へ、静かに口付けを落としてみせるのだから閉口もしようもの。あの、すいません。こんなちんちくりんではありますが、聖女は一応私の方なんですけども。あの、あの。



「……あらあら、情熱的なお方。けれどもいけませんわ。フットマンといえば、我が国でも音に聞こえた名家の中の名家。そのご嫡男がこのような、他国の娘にかしづくような姿をお見せになられるだなんて。」


「無論、心得ております。しかし例えそしりを受ける事になろうとも、一たびこの身を駆け巡ってしまった傾慕に対し、心を偽ってみせるなど誰か出来ようものでしょうか。愛しき人よ、この哀れな虜に今宵一晩、どうか夢を見させては頂けませんか?」


「まぁ、くすぐったい。ふっふふふ。でも、言われて悪い気はしませんわね。それではカーマッケン様、お隣にいらっしゃる本物の聖女様にもその睦言、とくと耳元で囁いてあげてくださいまし。」


「…………本物? え? あの娘は貴方の侍女なのでは……?」



 先程から実に調子よく回っていた色男の舌が、ころころと笑う桃色から水を向けられた事によってピタリと止まる。どうやら彼も事ここに至り、ようやく己の勘違いに気づいたらしい。次いでそろりとこちらへ向けられた視線に対し、右手の甲を差し出してにた~っと笑ってみせるあたり、中々どうしてこの私も意地が悪い。


 突如として陥ってしまった予想外の劣勢に、さしもの彼も一瞬たじろいだ様子ではあったものの、しかし相手もさるもの引っ掻くもの。即座ににこやかな笑みを取り繕うと自らの非礼を詫びて、それから先と同じように私の手をとって口付けをしてみせるのだからなんともまぁ、お若いながらに堂に入った色男っぷりである。


 いや、というか少し若造をからかってやるつもりであったというに、本当に口付けをされるとは思わなかった。あらまぁ嫌だわ。なんだかちょっと、ドキドキしちゃう。むふふ。



「…………ノマ嬢、美しき竜の聖女よ。どうか許されるのならば是非ともこの私と、一曲踊っては頂けないでしょうか。そして願わくば、この哀れな虜に今宵一晩……。」


「ちょっと! さっきの焼き直しにすらなってないじゃあないですか!? いくらなんでも弾切れが早すぎやぁしませんかね!?」


「ははは、いやあ申し訳ない。さすがにもう五つ、六つは年を重ねて頂かないと、閨で愛を語り合うというわけにもいかないからね。どうにも調子が狂ってしまった。」


「まったく、せっかく良い雰囲気でしたというに。……で、その衆国名家たるカーマッケン殿が、王国の切り札である私に対し、折よく接触を試みてきたその理由。是非ともお伺いをさせて頂けるのでしょうね?」



 今しがたまで戯れに騒いでいた顔から笑みを消し、そそくさと引き下がろうとする彼の腕を、ちょいと待ちなんしとばかりにくいと引っ張る。平時ならばともかくこのご時世、色香に惹きつけられて来ましたなどと、阿呆な言い分を早々鵜呑みに出来るはずも無し。化け物を屠り、竜を従え、つい先日に外区で大立ち回りをやらかした聖女の噂、少し耳聡い者であれば、とうに仕入れているに違いがあるまい。


 事実彼は、私を指して竜の聖女と口にした。まぁどうやら伝言を繰り返すうちに、細かい容姿は抜け落ちて若い娘という部分しか残らなかったようではあるが。ともあれそんな諸々の状況を鑑みるにこの接触は、彼なりに何かしらの狙いあっての事であると察しはつく。堂々話してくれるのならば、耳を傾けてあげる程度はやぶさかではない。



「……そちらのキティー嬢が、聖女の名に恥じぬ魅力的な女性であると思ったから。それでどうにか、ご納得を頂く事は出来ないかな?」


「持ち合わせていらっしゃる下心、何もそれだけというわけではございますまい。私共とて篭絡されねば、語る舌を持たぬというわけではありません。誠実を以って言葉を述べてくださるのならば、この私もまた、誠実を以って返させて頂きたいと存じます。」


「……参ったね。見た目通りのお子様相手、というわけにはいかないようだ。だが一つ忠告をさせて貰うならば、君はもう少し、腹の探り合いというものを覚えたほうがいい。いつかその実直さに付け込まれて、手痛い目に遭わされてしまう前にね。」


「どうも、ご忠告に感謝いたします。ですがこの愚直も生来の性分というものでして、申し訳ありませんが治せる見込みもございません。よって私に出来る事といえばただただ愚かにも罠に嵌まり、それを内側から食い破ってみせる程度の事でございまして……。」



 そう告げて牙を見せながらニコリと笑い、彼の腕を握る手にほんの少しだけ力を籠める。それが容易に自らの手首を粉砕し得るものであると察したか、ごくりと唾を飲み込んだ彼はやや顔を引き攣らせつつも、肝に銘じておくという一言と共に笑みを返した。次いでそれを見届けた私も腕を引っ込め、深々と頭を下げて、今しがたの無礼を詫びてみせる。



「……失礼を致しました。力で脅しをかけるなどとあまり好くものでは無いのですが、これも外見で侮られぬ為の方策であると、そう上の方々から教わったものでして。」


「……いや、こちらこそ失礼をした。これでも女性の扱いには自信があったのだが、噂の聖女様を骨抜きにして飼い慣らしてやろうなどと、少々思い上がりが過ぎたようだ。」


「おや、急に正直になられましたね。お得意の腹芸はもう宜しいので?」


「なぁに、今さら回りくどい弁解をしてみせるよりも、誠実を好むという聖女様にとってはこちらのほうが、余程に好みであると察したまでさ。ではそんな君のお言葉に甘え、単刀直入に言わせて貰おう。私は衆国を構成する一員としてでは無く、北部西州の一領主として個人的に、君達との親交を結ばせて頂きたい。」



 私の与えた呼び水にようやく乗っかり、それからずずいと一歩を踏み込んで声を潜め、まるで密談を交わすかの如くに語ってみせるカーマッケン氏。その意図するところは今一つ判然としなかったものの、それでも言葉の裏から香る何とは無しのきな臭さに、片眉を上げて隣に立つ桃色の顔をちらりと窺う。


 はたして迂闊に返答をしても良いものだろうか。暗にそれを示唆してみれば、彼女もまた澄ました顔をして一歩を下がる事で、自らの意をこちらへと示してみせた。どうやらキティー先生、今のところ口を挟むつもりは無いらしい。ならばこのまま受け答えを続けて支障は無いものであると断じ、言質を取られるような発言を気に掛けつつも、内心おっかなびっくりに口を開いて言葉を返す。



「……申し訳ございませんが、私は世相に疎いものでして。その、私にとってカーマッケン殿は『衆国』のお人であるという認識なのですが、それをそうでは無しにという言葉の意、宜しければご教示を頂けないでしょうか?」


「おっと、そうだね。では聖女様、お勉強の時間だ。そもそもを紐解いてみれば、我が国は六つの小国から成る寄り合い所帯でね。大国だなんだと威張っちゃあいるが、実際のところ各々の帰属意識というものはそんなうわべではなく、自身の出身国に向けられているという事が殆どなのさ。勿論、この私だって例外じゃあない。」


「ああ、お察しいたしました。北部の西といえば、ちょうど我が国と国境を接する隣接地です。手前味噌ではございますが、今や王国は私という強大な力を有し、確実に油断ならぬ存在へと変わりつつある。そこへ他領に先んじて縁を持ち、あわよくばこの私を篭絡して影響力を確保したい、と?」


「まぁそんなところさ、話が早くて助かるよ。もっと言えば今回の蛮族の侵攻において、この国は少々無様を晒し過ぎてしまった。未だ戦禍を被っておらず、南部を盾に使い捨てて生き残りを図りたい北部三州と、是が非でも失陥した領地を奪い返したい南部三州。その水面下での確執は既に相当なものでね、無事にこの局面を切り抜けたとしても最早、これまでの体制を維持する事は難しいだろう。」



 江戸時代における幕藩体制が近いかな。いや、でも将軍が居ないか。そんな事を考えつつも瞳を細め、苦い顔をしてコツコツとつま先で床を叩く、野心と保身にまみれた若者をじぃと見やる。なるほどなるほど、彼には申し訳無いがこれは朗報。図らずも衆国が分裂の危機を迎えているとなれば、この機に乗じてかの国の弱体化を狙うドロシア様の望み、今の時点で既に達成されている事になる。


 ならばこの状況で私が快進撃を行い、見事蛮族を退けてみせればどうなるか。おそらく衆国を構成する六つの州は現体制に見切りをつけ、互いに牽制しつつも王国との繋がりを求め、今後の生き残りを図ろうとするはずである。王女殿下は将来において、余力を残した衆国と王国が対立する事を懸念していたが、しかし分裂後の彼の国にそのような余力は到底あるまい。


 私個人としてもそちらのほうが、戦場において救えるはずであった者を見殺しにせずに済むとあって、感情の面でも万々歳だ。まぁ戦後に確執が高じて紛争が起きる可能性も捨てきれないが、流石にそこまでは面倒を見切れない。どうにか当事者間で解決をして欲しい。



「……そちらの立場はわかりました。しかし財務卿を父に持つという貴方がそのような抜け駆けを、それも他国の賓客にこうして内部情報を漏らすなどと、背信行為も良いところですね。」


「言っただろう? この私だって例外じゃあないと。私が守るべきは衆国では無く、あくまでも先祖伝来に受け継いできた、我が北部西州の領地と民だ。それが叶うのならば君のようなお子様にだって、この通り媚びへつらってみせようじゃないか。」


「実にはっきりと物を仰る。しかしその割には全く以って、先程から媚びへつらってなど頂けておりませんな?」


「ははは。なぁに、誠実に言葉を述べろという、君の求めに応じてあげたまでの事。それに少なくとも、私に二つ心が無いことは伝わったはずさ。」


「くふ。なぁにが誠実ですか。建前を使い分ける事もせずに、本音を駄々洩れにさせるなぞとみっともない。くふふふふ。」



 なに通じ合ってんだこいつらという、背後の桃色からの白い目をどこ吹く風と受け流しつつ、互いに声を潜めて低く笑う。くふふ、どうかご容赦願いたい。こういう歯に衣着せぬ若造は中々どうして、わたくし結構嫌いじゃないのだ。なによりこちらにとっても彼は今後、衆国に打たれる楔となってくれるやも知れぬとあって、ここいらで一つ関係を持っておくのは悪くない。


 まずはドロシア様のお耳へとこの一件を入れ、次いで私が出し惜しみをせずに力を揮う事への許可を貰う。おそらく彼女はもう少しこの国を疲弊させる事を望むであろうが、しかし彼女も私と袂を分かつわけにはいかない以上、おそらくは妥協を示してくれるはずである。


 それで事態の解決が成ったのならば、後はカーマッケン氏のお望み通りにちょいとばかり、私と彼が親密であるという様を見せつけてやればよい。北部西州の背後には王国の聖女の影がある。周囲にそう思わせる事が出来たのならばしめたもので、それは私がこの戦いで大暴れをすればするほどに強力な手札となって、後の駆け引きに優位をもたらしてくれる事だろう。


 結果として蛮族は退けられ、衆国は分裂して力を失い、王国は東方へと拡大する為の玄関口を、半ば従属的な形で手に入れる事が出来るのだ。ふふん、捕らぬ狸のなんとやらという言葉も無いではないが、これは中々に理想的な展開なのではないだろうか。何よりも事情を知らぬ衆国の一兵士達を、悪意を持って陥れるような真似をせずに済むというのが実に良い。私の心の平穏が保たれる。



「ふふふ、承知いたしました。私個人としましては、大変に結構なお話であると思います。しかしながら立場上、私はその是非をお答えするわけには参りません。ですので一度持ち帰らせて頂いたうえ、王女殿下にその旨、取り成しをさせて頂きとう存じます。」


「……出来ればこの場で言質を取っておきたかったんだがね、そうそう簡単に隙を晒してはくれないか。しかしなんというか、君は本当に子供らしくないし、見てくれと違って可愛げが無いな。そんな事では将来、嫁の貰い手に困るのでは無いかな?」


「あらあらまぁまぁ。カーマッケン殿は私をお誘いになってくれた癖をして、娶ってもくれずにお捨てになろうというわけですか? 悲しいですわ、切ないですわ。なんとまぁ、酷い殿方もいらっしゃったものではございませんの。ひひひ。」


「はぁ。わかったわかった、私の負けだ。頼むからそう、心にもない事を言わないでくれ。鳥肌が立ちそうだ。」



 よっしゃ勝ったわ。何にだろうか。そんな仕様も無い事を頭に浮かべ、それでも手のひらで額を抑えて軽くかぶりを振る彼に対し、今後とも宜しくとばかりに右手を差し出す。それを目にした彼もまた、早まったかなぁなんて事をボソリと呟いたりなんかしつつ、それでも私の求めに応じて腕を差し出し……そして。



「見つけたぞ! 王国の田舎娘! 昨日はよくも先生の前で恥をかかせてくれたなぁっ!!!」


「お、なにさなにさ。そいつがウワサの聖女サマ? へぇ~、すっげー生意気そうな顔してんじゃん。」


「ねぇ~、どうでもいいよそんな子さ~。早くご飯食べに行こうよ~。」



 そして急にわちゃわちゃと湧いて出た、先日の馬尻尾のティミー嬢を先頭にした三人娘に思い切り背中を押され、派手につんのめった私はべちょりと音を立てて、硬い床に突っ伏したのでありました。ええい畜生、意地悪くもちょっとばかし、良い気分であったというに台無しである。


 なんともまぁ、今日はお客人の多い事で。鼻痛い。








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― 新着の感想 ―
[良い点] やっぱノマさんノーガードでのお口の殴り合いの方がお好きなのね。 そして宣言通り、大抵の人間サイドの罠ならゴリ押し突破できちゃうもんなぁ… 強い。 [一言] 新年早々ひっくり返されてるの笑う…
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