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異世界転移のバツバツさん  作者: カボチャ
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利用する者、される者?

「いや~、ようやく王都に戻れますねぇ。幸いな事にお空もさんさん快晴とあって、出発するには良い日和です。辛い。」


「相変わらず、お日様が嫌いなのねえ、ノマちゃんってば。あ、行きに曳いてきて貰った例の馬車、荷物はもう積み込んであるみたいだから、持ってきて頂戴な。」


「あー……。やっぱり、私が曳いて帰るんですね、あのでっかい荷馬車。まあ、それでお役に立てるのであれば、別に構いはしないのですが。」



 砦から一歩顔を出した道端で、憎っくきお天道様から目を背けつつ、ぐいぐいぽきりと身体を伸ばす。その小さな背へとかけられるのは、この私を存分にこき使ってやろうという無慈悲な一言。いや、またですかい。とは思うものの、私が曳かねばあんな重量物の、扱いに困るであろう事もまた事実。しょーがないですねー。


 へいへーい、とでも言わんばかりに後ろ手で一つ手を振って、少し離れたところに鎮座まします金属製のどでかい荷馬車へ、えっちらおっちらと足を運ぶ。やぁやぁお久しぶりだね荷馬車君。思えば君は私専用で作られたのだから、それを考えればこの再会も必定というもの。何なら名前でも付けてあげようか、幼女馬車馬号とか。



 さて、接続用のぶっとい鎖を、じゃらじゃらと身に着けて準備完了。後は既に、街の外へ集合を始めている王国軍の皆々様へ、合流してその指示に従うだけである。いや、しかし此度の騒ぎ、発覚から僅か半月にも満つるかどうかの出来事ではあったものの、実に色々な事があったものだ。


 なるべく人死にが出ないようにと気を揉んで、化け物達とぶつかり合い、オークさん方を相手に魔人騒ぎを引き起こし、そしてトドメに聖女問題ときたもんである。しかもキティー先生言うところによれば、王都に帰ってからもしばらくこっち、私を巡って政争が繰り広げられるであろうことは間違い無しだとか。辛い。



 うーむ。かつては何者でも無かったこの私が、世間様の注目を集める何かになってしまったというその事実が、なんとも嬉しくもあり、悲しくもある。つまるところ、砦の兵士さん方がご利益を求め、私の曳く荷馬車に殺到して車体をペタペタと触っているこの状況も、自業自得というわけなのだ。あの、すいません。危ないです、邪魔です。


 いや、聖女様のお車を触ると一年間の無病息災が約束されるって、どこから湧いて出てきたんですかその噂。名物祭りの御神輿じゃないんだから。って、おいゼリグにキティー、姿が見えないと思ったら、ちゃっかりと荷馬車に乗り込んで楽をするな。あとお賽銭も受け取るな、やめれ。




 などという、朝っぱらから妙に疲れるやり取りがあったのが今朝の話で、今の私は木枯らし吹きすさぶ寒い中、隊列の後方で轍を踏みしめ、ぎっこぎっこと荷馬車を曳く身である。最近は朝夜と少し寒い日が続くとは思っていたが、冬の始まりは思いのほか、すぐそこまで来ていたらしい。


 どこぞの誰かが暴れに暴れたあの日から、かれこれ三日。皆さんにゆっくりと完全休養を取って貰ってからの、ようやくの出発である。いや、皆々様には休養であったやもしれないが、私にとっては実に大変な三日間であった。主に胃痛の方面で。



 さて、その主たる要因である、私が自供した事の真実についてであるが、こちらについては相談の末、メルカーバ嬢にだけは伝えておこうという事に相成った。諸々の誤解を解くにしてもその影響を鑑みると、やはり最初は上の御方にだけ報告をして、その指示を仰ぐべきであろうというわけである。


 これにより、王太子派においてはドーマウス伯爵が、王女派においてはメルカーバ嬢ことマーチヘアー子爵が、それぞれに情報を握る形となった。すいません、本当にすいません。ご迷惑をおかけしますが、後の処理はお願いします。と、地に頭を擦りつけた私を見やる、メルカーバ嬢の虚ろな瞳が忘れられない。あ、思い出すだけで胃に来そう。


 ちなみに心苦しくはあるのだが、ルミアン君についてはいったん、情報の共有先から外させて頂いた。年若い彼では信用に足りぬ、というわけでは無いのだが、如何せん彼の傍には黒猫ちゃん達がいる。もしも彼が口外してしまったとして、妹分の不利になる情報を彼女らが拡散するとも考えづらいが、かと言ってその良心に賭けてしまうのも気が引けた。許せよ少年。



 そして胃痛の種はもう一つ。制御するにも遅きに失し、すっかり無秩序に広がってしまった聖女の噂だ。おかげで迂闊に外を出歩けば騒ぎを起こすと、自室に缶詰にされてしまったものだが、まぁこれについてはしょうがない。血で衣服を織れるのだから、何か他の物も作れないかと、暇つぶしの為の手慰みがあった事も幸いした。それはいい。


 何が大変であったって、聖女騒ぎが街に広まるにつれ、『いや、あの娘は聖人なんかじゃない、化け物だ! 俺はこの目でそれを見たんだ!』という、弁解の余地も無い事実を声高に叫ぶ反対派が、ちらほらと現れるようになってしまった事である。


 まぁ当然の事ながら、彼らは聖女様信仰派と衝突する。しかもみんな、お酒が入っているから喧嘩にもなる。そしてそんな集まりを散らすべく、ゼリグやキティー、メルカーバ嬢といった面々は昼夜と無く奔走し、そして度々私の部屋に集まってきては、それを愚痴って駄弁るのだ。やめてください、変な汗が止まりません。



 で、最終的にそれがどうなったのかと言ってみれば、キティー先生の発案により、もう面倒くさいから何か奇跡っぽい事を起こして、連中を黙らせてやってくれという運びとなった。正に本末転倒である。騒ぎを起こすといけないからと、私が缶詰にされていた意味とは一体。


 いや、奇跡っぽい事って何ですか。と、申し立てる私に対し、彼女らによって示された答えは負傷者の快癒。私の不始末に巻き込まれた兵のうち、傷は塞いだものの、体力を失い過ぎて未だ動けない者が残っているので、それを何とかしてやってくれと言うのだ。はい、申し訳ございませんでした。すぐに対応をさせて頂きます、はい。


 まあそんなわけで、あっちやこっちやの医務室を回り、例のエナジードレイン逆噴射をバッシャバッシャと振り撒いたこの私は、胡散臭いけども一応実利があるなら拝んどけ的な信頼を、無事に勝ち取る事が出来たというわけである。やったぜ。



 なんとも即物的な話であるが、変に信仰を向けられるよりかは利益による繋がりのほうが、信用の一つも出来るというもの。というか私なんぞからしてみれば、四肢の欠損すら復元してしまうキティーたち治癒術士のほうが、余程に神の奇跡を体現していると思えるのだが、それはそれという事らしい。


 その腕前は大小あれど、傷を塞ぐ事の出来る術士は一定数いる。だがその処置が間に合ったとて、体力を取り戻すに至ること無く亡くなっていく者は、どうしても付き物であるのだとか。私はその、失われていく命を掬い上げる事の出来る、他には無い力を持っている。と、医務室に詰めていたお医者様方の語るところによれば、そういう話であった。特別なのだそうだ。


 要は輸血の問題なのだろうとも思ったが、さりとて専門知識の無い私に迂闊は言えぬ。出来るとすれば、せいぜいがその手の学問を学ばれている方に巡り合った際、条件を満たせばそういった事も出来るらしいと、伝えてあげられるくらいなものであろうか。とはいえ下手に魔術なんぞがあるものだから、そういった化け学の類が研究されているのかは怪しいが。うーむ。



 いや、話が逸れた。ともあれそういった事情もあり、ぎーこぎーこと荷馬車を曳くこの私は、まぁ行き程には周囲の皆様方に恐れられる事も無く、こうして帰路を共に出来ているというわけである。気分は上々、そこそこにご機嫌とあって、鼻歌の一つも出ようというもの。


 人づてに聞くところによれば、いつぞやの白ガエルの一件でもご一緒した傭兵団の、エルフのお兄さんとドワーフのご老人も、私が悪しき化け物であるという風評を何とかすべく、陰ながら尽力をしてくれたのだとか。ありがてぇ、ありがてぇ。持つべきものは人の縁である。もしも私が偉くなったら口利きをさせて頂きます。ご商売の事とかで。



「んー? 歌なんか口ずさみやがって、なーんか良い事でもあったかよ、ノマ。機嫌良さそうだなあ。」


「いえなに、なんのかんのと誤解がありつつも、それでも人から評価をされるという事は悪くないものであると、噛みしめていた次第ですよ、ゼリグ。ついでに言えば、あなた方がそこから降りてくれたならもっと、私の機嫌も良くなると思うのですがね。」


「なーに、ちょっとくらい良いじゃねえか、固い事言うなよ。ところで備え付けの鞭を見つけたんだけどさ、これ、使ってみてもいいか?」


「ぶん殴りますよ?」



 前を行く輜重隊の、同じ荷駄獣仲間のロバさんのお尻を見つつ、ジャラジャラ歩く私の背へとかけられるのは、御者台に乗った赤毛の声。いや乗るなよ、御すなよ。そもそも御されずともちゃんと歩くよ。誰だよ、御者台なんて拵えた奴。


 一応は私専用であるものの、緊急時には大量の牛でも繋いで動かす事を想定していたのか、巨大な荷馬車の御者台には、その図体に見合うだけの広さがある。そんな台座によじ登り、横着をしているのは笑って誤魔化す彼女一人では無いとあって、これまたなんとも酷い話。


 行きには手伝ってくれたメルカーバ嬢は、キティーと一緒に私の今後の扱いについて話し込んでいるし、何やらげっそりとした顔のルミアン君は、顔に痣を作ったマリベル嬢に膝枕をされたままでピクリともしない。そしてさらにその上、広い天井に登ってコソコソと密談を交わすのは、妙に顔をツヤツヤとさせた黒猫ちゃん達。くそう、後で乗車賃を要求してやる。



 このなんとも蔑ろにされた状況にあって、もはや心の支えは健気にも一緒に歩いてくれている、何故か横顔を赤く腫らしたシャリィちゃんくらいなものである。でもすいません、眼鏡を外したマリベル嬢を見て過去の因縁に気が付きましたとか、そういう胃もたれを起こしそうな世間話は勘弁してください。そろそろ胃を労わってあげないと不味いです。民事不介入。


 あとさっきから馬車で並走しているサソリの旦那、例の瓶詰商売に一口噛ませて貰えるとかそういう話は、悪いけど帰ってからにしておくれ。一応ドーマウス伯には口を利いてあげるから。なに、私の紋章を拵えて、聖女様印として売り出したい? 知らんがな。そういうのは上の人と話しておくれ、上の人と。



「さーって、誰かさんのおかげで苦労はしたけど、これで後は、王都に戻って報酬を受け取ってお終いかぁ。ようやっと、一段落って感じだな。」


「私が言ってしまうのもなんですが、そうしたら今度は聖女の絡みで、一つも二つも悶着が起きそうだって話なんですよねえ。ふあー、憂鬱です。」


「……なあ、ノマよぅ。」


「……んー? なんですかー?」


「お前さあ、そうやって何時までも誰かに良いように利用されてばっかりで、悔しかったりとかは思わないのか?」



 不意に友から発せられたその言葉に、ピタリと口を噤んで目を細める。ふむ、『利用』ときましたか。私は別に構いはしないのだが、さて、これは何と言って返したものかな。



「……そう思って貰えるのであれば、ぜひともそこから降りて、自分の足で歩いて頂けると助かるんですけどねー。」


「ははは、わりぃわりぃ。でもまぁ、茶化すなよ。お前はさ、出鱈目に強い癖をして人がいい。これまでだってアタシもキティーも、ドーマウス伯をはじめとしたお貴族様方だって、お前のそういうところに付け込んで、利用をしてきたんだ。」


「あ、自分で言っちゃうんですね、それ。でも私は、自分が誰かに都合よく利用されているとしたところで、特に不平も不満もございませんよ?」


「そこさ。アタシはな、お前のそういうところがよくわかんねえ。今までずっといい様に使われて、そして今また聖人として立てられて、色んな奴の思惑に乗せられようとしているんだ。なのに文句の一つも口にしないとくると、やっぱりこいつ、なんか企んでるんじゃあねーかってさ、不安になる。」



 なるほど、己が安請け合いをしがちという自覚はあったが、その親切心が、ある種の不信を与える結果になろうとは盲点であった。ふむ、こういったちょっとしたすれ違いはきちんと解消をしておかなければ、大抵の場合において、碌でも無い仲違いに繋がっていくというのが世の常である。


 自らの心の内を吐露するというのは些かばかり気恥ずかしいが、かといってこちらの考え方を伝えるにあたり、言葉を尽くす以上のすべは無し。うむり。



 「んー、どう言ったものでしょうかねえ。まずそれは、『利用』という言葉を悪し様に捉えすぎだと思います。私なんかはこう思いますよ? 私は、私の事を何かに利用しようと思われるほどに、人様から評価を受けているのだと。実に、喜ばしい事ではありませんか。」


「……よくわかんねぇな。結局、都合よく使われているってぇ事は同じだろう? 誰かの思惑に乗せられて動かされるってのは、普通は不愉快なものなんじゃあねえのかい?」


「利用される事と、それによって生じる不利益は分けて考えるべきですよ。言葉というものは容易に独り歩きをして、しばしば関係の無い意味を付されて、怪物化するものなのですから。そこへいくと、私なんかは皆さまに利用されてきた結果、こうして多くの知己を得る事が出来ました。国防の重要人物だの聖女だのと、なんだかんだで高い評価も頂いております。」


「だから、利用されようとも構わない。人から使われる事に、躊躇が無いってか?」


「他人様から、一角の人物であると評価をされる。今やこの身は怪物ではありますが、それでも承認欲求というものは、逃れようの無い人の業です。私は嬉しく思いますよ? 貴方に、キティーに、皆様方に、使える存在だと見做されて、頼られるという事が。まあ勿論、不当な要求は断らせて頂きますけどもね。」


「はぁ、そんなもんかねー。アタシにはそんな、平和ボケした考え方は出来そうにねーや。」


「そんなもんですよー。まぁ皆さんお若いですし、何かと反発心を覚えがちなのは、心がお若い証左です。段々とそういうものは、世を転がるうちに擦り減って、丸くなっていってしまうものですからね。」


「知った風な口を利きやがって。一番のガキが、なーにを言ってやがる。」


「あはははは。いや、失礼。偉そうな事を言ってしまいました。ともあれこの通り、私に二心はありません。ご納得はして頂けましたか?」


「ああ。お前がほんと、呆れるくらいのお人好しだって事はよーくわかったさ。」



 それっきり、ぽっくぽっくと歩きながら、振り向きもせずに続けた会話は終わりを迎えた。残念ながら、私の考えに共感は得られなかったようではあるが、まぁそれも人それぞれというものである。とりあえずは、彼女が私に抱いた疑念の声が、今の問答で消えてくれたのであればそれでよい。


 それに実際のところ、私は口で言うほどに、お人好しというわけでも無いのだ。今しがたに語ったは全て本心であるものの、一方で心の片隅にはとても人には語れぬような、暗くておどろおどろしい闇もある。しかしその闇こそが、私をこうしてお人好しなノマちゃんで居られる事を担保してくれているあたり、なんともまぁ皮肉なものよ。



「はーい! じゃあお人好しのノマちゃん様を、早速利用させて貰いたいんですけどもー!」


「んぁ。聞いてたんですか、キティー。私が協力できる範疇の話であれば、別段構うものではありませんよ?」


「じゃあ王都に戻ったらその足で、あの気に喰わない教会のお偉いさん共をぶっ潰して頂戴な。どうせこの後ちょっかいを出してくるのは目に見えてるし、やるなら先にやっちゃいましょう。」


「キリー、過激な発言はお止めなさい。ああノマさん、私はそう高望みはしませんので、王太子派を抜けて、王女殿下の側について貰えるだけで構いませんよ」


「なあなあギン! だったらアタイ達の野望も叶えておくれよ! シロゲ達がさ、アタイが若様の御子を孕めたら、それをネタにしてもっと強請ってみたらどうかって言うんだけどさぁ!」


「うぅ……ノ、ノマさん。お願いです、どうか、クロネコ達を止めてください……。もう、身体が持ちません……。」


「私からも、お願いをさせて頂きますよ。どうもあの子、本格的に坊ちゃまへ惚れてしまったようでしてね、このまま暴走を続けるようなら、処分せざるを得なくなります。」


「ノマさん! せっかくですのでこの機に当家の専属となり、旦那様とキルエリッヒお嬢様を共にお守りしようではありませんか! あとついでに、私の因縁へケリをつけるのも手伝ってください。」


「おうノマちゃん、今からでも貴族のお抱えなんて辞めちまって、うちの商会の専属にならねえかい? 報酬ならたんまり払うぜ。今ならこの書類に、一筆名前を入れて貰うだけでなぁ……。」



 ドカドカと降り注ぐ都合の良い言葉の嵐に、右へ左へとぐわんと揺れて、思わずつんのめって急停止。いやいやいや、あんた方ここぞとばかり、好き勝手に不穏な要望を垂れ流してるんじゃあねーですよ。いや、一部至極全うな、かつのっぴきならない声もありましたが。



「ええい! 皆していっぺんに喋るんじゃあありませんっ! そもそも言ったでしょうに! 私は身勝手で不当な要求には、従わないんですーっ! あと親分さん達は、後でお説教ですからね! 親分さんっ!? 聞いていますかっ!!?」


「おーいノマ。あの獣人のガキ共なら、今の急停止の反動で屋根から落ちたぞ。ギニャー、って鳴いてた。」


「うおぉぉぉいっ!? すいません! みんな怪我とかしていませんかっ!!?」



 身を縛る鎖をガチャガチャ外し、シャリイちゃんと二人でひっくり返った黒猫ちゃん達を拾い集め、御者台のマリベル嬢達へとヒョイと預ける。いやはや、先の彼ら彼女らの発言には、多分に冗談も含まれているのだろう。だが仮にそれが本気であったとしても、私にはそれを不服として、跳ね除けるだけの力がある。悲しいかな、その暴力こそが、私の人の良さを保証してくれているのだ。


 私はお人好しである。人から頼まれれば断るのに難儀するし、その事に筋が通っていれば尚更だ。そしてこの世界に来てからこっち、その傾向には拍車がかかった。何故か? それは心のどこか奥底で、私が他者の事を、見下しているからに他ならない。目下からの頼みなのだから、なるべく親身になって、聞いてあげようというわけである。


 そんな薄暗い内心を、人に隠し続けて出来上がったのが今の私。だから多少の不利益を被ろうとも、私は不快には思わない。なぜなら私は、やろうと思えば何時だって誰だって……、殺せるのだから。



 ゼリグに内心を語りはしたが、流石にこれだけは言えなかった。いや言わずとも、私の余裕を担保しているものの正体くらい、みんな本当は気づいているのかもしれない。だが公然の秘密であろうとも、放言をしてしまう事と、胸の内に仕舞う事では大違いである。


 見下している。殺そうと思えば何時でも殺せる。しかし無神経な奴であるとは思われたくないし、まして嫌われたくも無い。対等な関係で、お付き合いをしていきたい。寂しいのは嫌なのだ。



 そんな矛盾した心の内を、おくびにも出さずして、私は食い下がって口を尖らせる皆の前で、苦笑を返したものであった。






「諸君! この度の働き、実に大義であった! 王女殿下の名において、このメルカーバ・スヴレ・マーチヘアーが、諸君らに相応の恩賞が支払われる事を約束しよう!!!」


「わ、私も! 父の名代として、このルミアン・マッドハットが、王太子殿下からの皆様への恩賞を、お約束させて頂くものでありましゅっ!!!」



 あ、噛んだ。まぁそれはさておきとして、幸いにもつつがなく進んだ帰路の旅路を無事に終え、王都の正門をくぐった私達は解散がてら、人気取りの為の演説を聞いている真っ最中である。


 道のど真ん中に鎮座して、明らかに往来の邪魔となっている馬鹿デカ荷馬車のその上で、声を張り上げるはすっかり顔も馴染みとなった、此度の遠征における両派閥の代表ふたり。そういえば、元を正せばメルカーバ嬢はこの有事において、王女派の存在感を示す為に送り込まれたという話であったか。


 ならば先ほどから殊更に、此度の戦いは王国の勝利であると、兵達と集まった物見高い聴衆を相手に喧伝しつつ、王女様の存在を強調しているのも宣伝工作の一環か。そしてそれに食い下がって負けじとばかり、王太子様の功績を主張するルミアン君。うーむ、なんとも世知辛い。


 と、いうか働きといっても、皆さん殆ど蹴散らされてばかりでしたよね。と、なんとも意地の悪い感想が頭に浮かぶが、そもそもにしてそうなった原因を作ったのも、まして蹴散らしていた当人ですら、私であった。反省。これが兵の皆様から自信を奪う、悪しき一例となってしまわぬ事を、切に願うばかりである。



「それにしても、なんですかね。勝利を飾るは当たり前。しかしその勝利という功績を、どのように扱って自派閥の利益とするか、新たなる戦いの幕開けというわけですか。私の立場としては、王太子派であるルミアン様の肩を持つべきなのでしょうが、それも少々気が引けますね。」


「んー? なんだよノマ。つい先日に利用されるのは構わないとか言っておいて、その割に派閥争いに巻き込まれるのは御免だってか?」


「いえ、別にそういうわけではありませんよ。ただメルカーバ様ともルミアン様とも、もはや知らぬ間柄というわけでも無いのです。それが政的な立場上の話とはいえ、今後お二人のどちらかと対立せざるを得なくなるやも知れぬとくれば、なんともまぁ心苦しいものでして。」


「ノマちゃん本当にお人好しねぇ。でも別にあなた自身が矢面に立って、王城で舌戦をするような破目にはならないわよ。そういう胃痛の種を代わりにやってくれる為に、偉い人ってのがいらっしゃるんだからねぇ。例えば、うちのお兄様みたいな。」


「それは確かにそうなのでしょうが……、いやはや、ドーマウス伯爵様には頭の下がる思いですね。でもキティー、妹として、もうちょっとお兄さんの胃を労わってあげても良いんじゃあないですか?」


「その……、キルエリッヒお嬢様。差し出がましい申し出ではありますが、私からもぜひ、お願い申し上げます。お嬢様から一言労いを頂ければ、旦那様の心労も、大分と和らぐかと……。」



 いつもの三人にシャリイちゃんを交え、なんのかんのと話をしつつ、広場で演説を取り巻く聴衆の壁の一部となって、政争の前哨戦を拝聴する。なんとなく、これが終わるまで帰ってはいけない雰囲気であるが、はて、いつまで続くのであろうかこの集会。


 さて、他の皆はどこにいらっしゃるのかとキョロリと首を回してみれば、御者台によじ登って声を張り上げる少年の真下のあたり、大きな荷馬車の影から姿を見せるはどこぞで見かけた黒い尻尾。ふむ、姿こそ見えないがマリベル嬢も同様に、主家であるルミアン君の近くに控えているのだろうか。


 サソリの旦那の姿も見えぬが、まぁあの男の事だ。この集いが終わればどこからともなく現れて、さぁ伯爵様へご紹介賜らせて頂きやすと言わんばかり、揉み手でもしてくる事は予想が出来る。とはいえ約束は約束だ。例の瓶詰商売に関し、口利きをしてあげる事はやぶさかでも無い。ただし交渉が上手くいくかは知らん。自力で頑張れ。



 などと思考を明後日の方向に飛ばしつつも、ぽやりとお話を伺っていたそんな折。不意に聞こえたざわめきの声に、ぴくりと耳を動かして首を回した。はて、周囲に伝搬を繰り返しつつ、次第に大きくなっていくこの波の正体は何ぞや?


 ふいと隣の様子を見やってみれば、どうやらゼリグ達にも心当たりは無いと見えて、私と同じく怪訝な顔をして片眉を上げている。そしてそれは壇上のお二方も同様であったらしく、いち早く演説を打ち切ったメルカーバ嬢が、部下に警戒を呼び掛け始めたその矢先。周囲を見回していた私の前で、唐突に人垣がざぁっと割れた。



 どよめきざわめき、あるいはひれ伏していく人々の中を、のっしのっしと歩いてくるのは四方を武装した兵に囲まれた女性の姿。見たところ、年の頃は十六~十八といったところか。大人びた美人さんではあるものの、その顔立ちからは子供っぽいあどけなさが抜けきっておらず、未だ少女であるという印象を強く受ける。


 編み込まれた豊かな髪は、日に照らされて輝く色濃い金髪。いかにも気の強そうな青い双眸と相まって、まさに絵に描いたような金髪碧眼とあり、なんとも惚れ惚れとしてしまう。うむり。その姿は銀髪紅眼の私と比べれば実に好対照で、並んで立てば、さぞや絵になる事であろう。



 うむうむ。周囲の反応から察するに、間違いなく彼女はお偉い様。そしてそんな偉い人の美人さんは、私の顔を見て探し物を見つけたとばかり、実に悪そうな笑みを浮かべていらっしゃるのだ。はい、端的に言って、嫌な予感しか致しません。貴方様が、私の新たなる嵐か。



「銀糸の髪に、紅玉の瞳の美しい少女。既に先触れから聞いているぞ、お前が聖女を名乗る、ノマとかいう娘だな?」


「は、はい! あの……、確かに、私がノマですが……? でもその、聖女を名乗っているというわけでも無いのですが……そのぉ……。」



 カツンカツンと踵を響かせ、金糸の少女は周囲に目もくれることなく、私へ向かって近づいてくる。そして目を白黒とさせる私を置いて、キティーとシャリイちゃんはその場でスッと膝をつき、次いで二人に腕を引っ張られたゼリグの奴も、それにならって膝を折った。


 あ、これは不味い。いよいよもって、ほんとのほんとに偉い人が出てきたようだ。どうしようか。ここは私も周りにならい、跪いて頭を下げるべきであろうか。いやいやしかし、既に私はこちらのお嬢さんに声をかけられているのであるからして、視線を外してしまうのも不自然か?


 ならば、とりあえずは顔を合わせたままに姿勢を下げて……、いや、しかし発言を促されているのであれば、起立して応じるほうが自然であるやも……。よし、とりあえず膝をついてひれ伏して、後は相手の求めに応じて動こう。それが一番無難で、かつ失礼の無い対応のはず。



「お、王女殿下!? このような雑踏の中に来られては危のうございます! 何故こちらへ!?」


「ふふん。なぁに、この機に兄上を出し抜いてやろうと思ってな。なにせメル、先のはぐれ騒ぎの立役者が、事もあろうに聖人を名乗り、方々から持ち上げられているという話では無いか。その放言をな、この私が直々に、見定めてやろうというのだ。」


「しかし、その娘は王太子殿下の派閥に属する者です! いかに王女殿下と言えども、正当性も無く身柄を抑えては反発が……!」


「聖人を騙り、人心を惑わさんとする不埒な輩を尋問する。兄上では自派閥に属する者故、要らぬ手心を加えてしまうやもしれぬから、公平なる第三者がそれを行うのだ。そう伝えておけい。誰ぞ、異論があるのならば受けて立つぞ。」



 狼狽えた様子のメルカーバ嬢から声を受けつつ、それでも金色の王女様は、気に留めることなく歩みを進める。そしてついに目と鼻の先にまでやってきたその御仁は、片膝をついて首を垂れた私の腕をはっしと掴み、強引に引っ張り上げて視線を合わせた。


 ゆるりと顔を上げた先に映るものは、私を利用して政争の攻撃材料にせんとする、期待に満ちた青い眼差し。いかなお偉い様とはいえ、これは些か乱暴が過ぎませんかという抗議の目線をどこ吹く風と受け流し、この美人さんは口角を上げて、のたまったものである。



「娘、私の名は王国第一王女、ドロシア・インペレ・ハートクィンである。この私が味方に付いてやるから、貴様を取り巻く諸々の逸話が誰の差し金であるのか、王城にて遠慮なく話してみるがいい。」



 利用される事は構わない。我が身が誰かのお役に立てるのであれば、それは実に幸いなことである。ただしその結果が齎す影響によって、他の誰かが不利益を被ってしまうのであれば、それはそれで心苦しい。今の私はまさに、そんな心境であった。こちらを立ててもあちらは立たぬのだ。


 気が付けば、先ほどまでさんさんと照らしていた憎っくきお日様も姿を隠し、空を流れる暗雲によって、天気は下り坂に向かおうとしていた。不安である。せめて帰ってきた当日くらいは、懐かしき我が家でゆっくりとしたかったなぁ。いやまあ、この身は居候ではあるのですが。



 そんな事を考えつつも、小さな私はひょいと抱き上げられて小脇に下げられ、新たなる戦場へと連行されるのでありました。ゼリグ、キティー、後は頼んだ。我が上司たるドーマウス伯爵への報連相は、そちらでなんか、上手い事伝えておいてください。およよよよ。



 当初想像していたよりも倍以上の長さとなったオーク編も、これにてようやくの終了です。読み返してみると色々と反省点もありましたが、まずは形ある何かが無ければ良いも悪いも断じれないという事で、今後の糧にしていきたい所存であります。


 そしてついに、ノマは王国の最上層にも名を知られるところとなりました。爆弾を身の内に抱えてしまった、王城の運命や如何に。

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