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異世界転移のバツバツさん  作者: カボチャ
42/152

王国のポンコツ用心棒

 北方蛮族領にて軍事行動の予兆あり。


その一報がキティーによってもたらされたのはすっかり冬も近づいてきたのか冷たい木枯らしの吹くある晴れた日の事で、私はと言えば赤毛の奴にほっぺをムニムニと引っ張られて折檻されている真っ最中であった。


ほっぺたモッチモチやぞ。



「ふひぇ~。わらひにはせんもぉんてきな事はわひゃりかにぇますが、やひゃりそひょれはたぁいひぇんなじたいなのでひょうか。」


「あら、戻ってきてたのねゼリグ。っていうか昼間っから何やってんのよあんた。私にも触らせなさいよ。」


「いや、なんかこいつが妙に上から目線な感じがしてな、ちょっとイラっとした。」



いやそんな事を言われましても別に悪気があったわけでは無かったのだ。むしろ私なりに気を遣い、彼女の事を思ってあげての結果がコレなのである。人に思いを伝えることの、かくも難しい事であるものよ。およよよよ。


そんな事を考えつつも、果たしてこれを振り払って良いのかもわからずにされるがままの私のほっぺは、なおも激しくモッチモッチとこねくり回されるのである。


とはいえ下手人である赤毛の女はその目元こそ未だぶすっとしているものの、その口元は既に半笑いの様子であり、どうやら私の献身が彼女の心の平穏に役立ってくれたようでそれは何よりの事であった。でもそろそろ放してください、伸びちゃいそう。




 さて、何故にこのような事態になっているのかと申し上げればそれには山より深い理由があるのだが、事の起こりは昼を告げる時の鐘が鳴る頃に、ドーマウス卿から仕事を頼みたいと呼び出されたキティーと入れ替わるようにしてお里帰りから戻ってきた赤毛の奴が、えらく落ち込みを見せていた事が始まりであった。


その時の私はと言えば例のクーとか名乗るパワハラ神の要望に応えるべく、居間の机にて木切れを片手に四苦八苦しながらうろ覚えの知識でチェスなぞを作っておった最中で、そこに彼女は暫くぶりに顔を見せたというのに声もかけずに入ってきたのである。


ぴくりと眉を動かして、木の駒に墨で「ぽぉん」だの「るぅく」だのと書き込んだ将棋モドキの謎の物体から顔を上げる私を尻目に、どかりと隣の席に腰を降ろした彼女はくしゃりと髪をかき上げて、そのままばたりと上半身を投げ出してしまった。作りかけの私の駒が、墨の壷ごとカタカタ揺れる。



「おかえりなさい、ゼリグ。慰めて差し上げましょうか?」


「……意味わかんねーよ、なんでお前に慰めて貰わなきゃいけねーんだよ。」


「察するにご両親と上手くいかなかったのでしょう?わざわざこうして私の隣へ腰掛けるくらいです。慰めて欲しいのならば、素直にそうと言えばよろしい。膝枕でもしてあげましょうか?」



ぽんぽんとお肉のついていない自分の太ももを叩いてやったが、目の前の彼女はため息を一つ吐いて項垂れるのみ。調子に乗ってんじゃねえと顔面を鷲掴みにしてくるくらいの反応を期待していたのだが、これはいよいよ何かがあったと見えて、相当に参っているようである。



「ご実家で何かあったのですか?」


「そういう訳じゃあねえけどさ、まあ、よくある話でさ、アタシはそういう事には慣れてるから、別に、いいんだけどさ……。」



そこまで言って彼女はむぅと口ごもり、くてりとこちらへ向けていた顔を反対側へと転がしてしまった。帰ってきてから着の身着のまま、碌に髪も拭っていないようで、土埃の絡みついた赤い髪が良く見える。



「私に弱みを見せたくないのだとはお察ししますが、辛いことがあったのなら話してみてはどうですか?心の不安は人に話すと楽になるものです。聞いて差し上げますよ?」


「……お前に出来るのは暴れる事だけだろう。話したからってお前に何か出来るっていうのかよ?」


「荒事以外には私に大したことなど出来ません。でも、何も言わずにただ黙って、貴方のお話を聞いてあげるくらいの事は出来るのですよ。」



言いながら、ぱちり、ぱちりと木の駒を置いていく。材木問屋で貰ってきた廃材を加工したチェス盤に手製の駒がすっかり揃い、線を一本引き違えたなと私が顔をしかめた頃、彼女はようやく意を決したようで、おずおずと私のほうへと顔を向けた。


赤茶けた瞳が一瞬私の顔を仰ぎ見て、けれどもすぐに伏され、机の上へと落とされる。



「茶化すなよ。」


「茶化しません。」


「笑うなよ。」


「笑いません。」



再び彼女は押し黙り、外の通りから僅かばかりに聞こえてくる賑わいの音と、私が木駒を弄ぶ軽い音だけが部屋の中に小さく響く。


私も視線を合わせず、口も開かずに待つ事しばし。やがて彼女はぽつりぽつりと口を開き、一度語り始めた言葉は堰を切ったように溢れ出して、私にその心中を語ってくれた。



「…………そりゃあ、なんだ。やっぱりバツは悪かったけどよ、それでも母さんは喜んでくれたよ。アタシの事を抱きしめてくれた。」


「はい。」


「……親父とは殴り合いの大喧嘩になってさ、でもアタシにぼこぼこに叩きのめされたもんだから、誤魔化そうとしたのか酒を持ち出してきやがって、結局二人してべろべろになるまで酔っ払ってぶっ倒れて、有耶無耶になった。」


「……はい。」



少し口角が上がってしまいそうになり、慌てて下唇を噛んで引き結んだ。察してやってくれゼリグよ、お父さんには父親の、男のプライドがあるのだ。娘に喧嘩で負けたとあっては酒に逃げるのもわかろうというもの。


しかし私と一緒に村を出る時のあの別れの姿を思い出すに、今でして思えば彼女の父も、そして彼女自身も今生の別れのつもりであったのだろう。それが再び一緒に酒を酌み交わす事が出来たのだ、お父さんにとってみれば内心では仲直りの良い口実になったであろうからして、その心中を察すれば自然に口角も上がろうというものである。ふふふ。



「……それでも村長たち村の連中はさ、今更どの面下げて帰って来やがったって、ちょっと刺々しい様子ではあったよ。でも痩せていたはずの村の土がいつの間にか黒々と肥えてやがってさ、収穫もいつもよりずっと良かったらしくて、これで安心して冬を迎えられるってみんな機嫌が良かったから、なんとか受け入れて貰えた。」


「それは良かったです。手土産も効いたのではありませんか?辺境の地で手に入る嗜好品の類は限られているでしょうし、まして持ち帰ったのは王都でも選りすぐりの高級品です。鼻薬を嗅がせるとはよく言ったものですね。」


「ああ、そりゃあもう物珍しがられてさ、せっかくの酒宴だったってのにアタシには自家製の蜂蜜酒を押し付けやがって、高級酒は全部持っていかれてちっとも飲めなかったし、どんちゃん騒ぎでうるせーしで散々だったよ。」



唇を尖らせて文句こそつけているものの、その割にクツクツと笑う彼女の表情はまんざらでも無い。


村に実利をもたらす彼女の存在はやはり惜しかったか、それとも荒事に慣れた相手の機嫌を損ねるのが怖かったか。村長以下村民たちの心中はいささか計りかねたものの、出来る事ならばかつて村の一員であった彼女の帰還を、素直に歓迎してくれたものだと思いたかった。



まあ酒宴まで開いてくれたというのである。いずれにせよ悪い方向には転がらなかった事だけは確かであり、当事者の間で平穏無事な決着を見ることが出来たのであれば、私がとやかく口を出すような話でも無かろうて。


というか良かれと思って畑にばらまいた精気の事、完全に忘れてました。良い結果に繋がったようで何よりです。ぷるぷる。



「で、さ。そこで聞いた。村の連中も、また街道が使えるようになって、衆国まで買い付けに行く途中で立ち寄った旅商人から聞いた話らしいんだがよ……自警団の連中、お前覚えてるか?」



どうやらここからが彼女の心を乱した要因の、その本題であるらしい。一度は和らいだ表情と声音は再び固さを取り戻し、未だ机に突っ伏したままの彼女はかくりと頭を傾かせて視線を下げた。


そしてここまで聞けば察しはつく。私からしてみればわずか一刻にも満たぬ邂逅であったが、彼女にとってすれば兼ねてよりの顔見知りであり、あの熊のようなお頭殿にも随分と気に入られているようであった。ならばその心中はいかばかりか。



「ええ、覚えていますよ、砂糖菓子を頂きました。顔に似合わず親切な方々でしたね。」


「…………村に戻る時にさ、姿を見ねーんでなんか変だなとは思ってたんだよ。でもまあそういう日もあるかってあんま気にしてなかったんだけどさ。」


「はい。」


「………………みんな、死んだってさ。根城にしてた宿場ごと、あのカエル野郎に潰されたって。」



木駒をいくつかひょいと拾い上げ、ころりころりと手の中で弄ぶ。しばらくそうして言葉を待ったが、彼女がこれ以上口を開こうとしないのをみてとって、私は指先で摘まんだポーンの駒を、パチリとキングの真向かいに指して戻した。



「……やはり、そうでしたか。心中お察しすると共に、お悔やみを申し上げますよ。」


「なんだよ……お前、もうちょっと他に言う事ねーのかよ。あいつらがみんな死んじまったんだぞ!?アタシは傭兵で!人死にになんか慣れてたはずなのに!それなのにまた私の知り合いが死んじまって!!!」



叫ぶなり、彼女はがたりと立ち上がって私の顔を掴み上げた。勢いで姿勢を崩した私の手から、転げ落ちた木駒達が床へと落ちて、かつりかつりと音を立てる。



「……なんだよ、その目は。何か言えよ、言ってくれよ。」


「ゼリグ、冷たい事を言うようですが、私から申し上げられる事は何もありません。たしかに私はあの自警団の方々の顔を知ってはいますが、それでもほんの一刻ほど顔を合わせ、多少の言葉を交わした間柄に過ぎないのです。思うところが無い訳ではありませんが、貴方がどのような言葉を欲しているかだなんて、私にはわかりません。」


「アタシにだってそんなもんわかんねーよ!!お前が話せって言ったんだろう!?笑えばいいじゃねーか!人死になんてよくある事だって!ちょっと知り合いが死んだくらいで何を取り乱してるんだって!!」



唾を飛ばす彼女に向かい、私は手を差し伸べて、その頬を小さな手でぺとりと包み込んでやった。意味などは無い、なんとなくだ。


それでも私の冷たい体温に多少頭が冷えたとみえて、目の前で激昂する若い女は深く呼吸をすることで荒げた息を鎮めると、バツが悪くなったか私からぷいっと視線を逸らしてみせる。



「人死にになんて慣れるものではありませんよ。悲しいと感じたのならば悲しめば良いのです。泣きたいと思ったのならば泣けば良いのです。心を殺して我慢をしたって良いことは一つもありません。」



ゆっくりと話しかける私に視線を合わせようとして、けれども彼女の視線は通り過ぎ、その瞳は右に揺れて左に揺れて、やがて下を向いてしまい静かになった。



「貴方にはキティーがいます。私もいます。何を言いたいのかが自分でもわからないのであろうとも、出てきた言葉がぐちゃぐちゃで支離滅裂であろうとも、ただ黙ってそれを聞いてあげるくらいの事は出来ます。相槌を打ってあげるくらいの事は出来ます。話してしまえば良いのですよ。ほら、私だって何と声をかけてあげれば良いのかわからないのに、こうしてがんばって喋っているのですから。」


「…………キティーには言いたくねえ。絶対にお互い興奮して訳わかんねえこと言い合って、そんで殴り合いの喧嘩になる。」


「では私に話してください。今日この時のように。これでも私、見た目ほど幼いわけでは無いのですよ?若い女性の悩みを聞いてあげるくらいの度量はあるつもりです。」


「……ぽんこつの癖に何偉そうなこと言ってやがる。母さんみてーな事言ってんじゃねえよ。」



偉そうだと言われてしまった。とはいえ内心で上から目線であることは否定しない。私がこの世界に放り出されてからというもの散々に世話になった彼女ではあるが、その実は二十にも満たぬ若い娘に過ぎぬのだ。


正直に言えば、悩みの相談などという面倒くさい事は勘弁してくれという思いもある、だがそれ以上に、年配として若い者の相談事は聞いてやらねばならぬという義務感のほうが強いのだ。例え実際のところ、内心ではこちらもいっぱいいっぱいであろうとも。


私には関係ないと撥ね退けるような無責任な真似だけは、年上としての矜持がそれを許してくれないのである。そこだけは譲れない。よって私は、彼女が私の事を頼ろうとしてくれる限り、意地でもそれに向き合ってやらなければならぬのだ。



「母さんですか。それで貴方の心が慰められるのであれば、私も張り切ってご母堂の代わりを務めさせて頂く事にやぶさかでもありません。さあ、胸を貸して差し上げます。貴方の気持ちが落ち着くまで、私は待っていてあげますから。」



彼女の顔に当てた手のひらを、するりと動かしてその頬を撫で上げる。目尻に溜まっていた小さな雫を指で拭い、私は女性にしては大柄な彼女の体を、その小さな胸で抱きしめようとして…………。


むにっとほっぺたをつねり上げられた。



「いひゃい!?」


「いや、なんかむかついたわ。なんでお前が母親を気取って母さんの真似事をしてんだよ。よく考えたらなんでお前みたいなポンコツに年上気取りで慰めて貰わなきゃあならねーんだよ。」



やべ、地雷を踏んだかもしれん。いや別にゼリグのご母堂を馬鹿にしたとか軽んじたとかそういうつもりでは無かったのだ。いやでも聞きようによってはそうとも捉えられてしまうやも知れぬがってうおおおお!伸びる!伸びる!ほっぺ伸びちゃう!!


むすりと腹を立てた赤毛の奴に、もっちりもっちりとほっぺたを捏ね回される。しかしここまでのやり取りは無駄では無かったようで、彼女にも何かしら得るものがあったのか、口角の上がったその口元からは、若干の余裕を取り戻せたであろう事が感じられた。



「そひょんなひゅうに、照れかひゅしぃしにゃくても、わひゃひはひゃんとゼリギュの事を考えひぇあげひぇまひゅからぁ。」


「うっせぇ、その上から目線やめろコラ。どっちのほうが立場が上なのかまーだわかってねえみたいだなお前。」



そう言って、彼女の赤茶けた瞳が寝室の方へと向けられた。え、ちょっと待ってまだ真昼間なんですけど、っていうかアンタ外出から戻ってきたばかりで湯浴みもしてないですやん。不衛生ですよ不衛生。私はそんなの御免ですね!


じたばたと暴れる私の事を、ゼリグの奴はまるで私の本体がこのもっちりほっぺだと言わんばかりにぐにぐにと押さえつけて私の事を組み伏せる。



ばったんばったんと暴れる私達は椅子を蹴っ飛ばし机にぶつかり、やがて二人してどたんと床の上に倒れこんで真上を見上げ、そこで初めて、私はあきれた様子の桃色の瞳が見下ろしていらっしゃるのに気づいたのであった。



…………うん、気まずい。







 さて諸々を片付けて机に戻り、将棋モドキも脇に除かして話を聞く姿勢を整える。ゼリグの奴もすっかり調子を取り戻した様子で何よりであるが、単純にキティーの奴に自分の弱い部分を見せたくなかっただけかも知れない。う~ん強情な奴。


茶を淹れる為に湯を沸かし、沸かしついでに湯を張った手桶をゼリグに渡して身体を拭かせる。あ、こら、ちゃんと手も洗いなさい。今からお茶を飲むんですからね。



さて先日の報酬でごっそりと買い込んだ茶葉と砂糖で機嫌よくお茶を淹れる桃色の姿は微笑ましいが、その価格を知ってしまった今となっては目の前でああも消費されると気が気ではない。茶葉も高いが砂糖がヤバイ。なんか私が思っていた以上にヤバイ値段がしてたのだ、砂糖って。


ちなみにこれまで私が口にしていた甘味に使われていたものは、その大半が蜂蜜であったらしい。前世基準で考えるとただの砂糖より蜂蜜のほうが余程に高価である気もするが、やはりところ変われば物の価値も変わろうというものか。



いや話が逸れた。今の本題はキティーがその兄から振られてきたという仕事の話である。



聞くところによれば北方に暮らすある敵対的な蛮族一派の手によって、大量に糧食やら燃料やらといった物資が買い集められているらしい。その情報をとある筋から買い取ったという彼女の兄であるところのドーマウス伯爵の推測は、その目的は王国領への侵攻準備に他ならないであろうという事であった。


そしてその蛮族というのは聞いて吃驚、かの有名なオークさんであるそうだ。



私の知識、というか現代日本におけるオークさんと言えば、むやみやたらと女性を襲うなんかイヤ~ンな豚さんである。今の私達は言ってみれば女性三人の女パーティーであるからして、オークなんぞと戦って下手に負けフラグでも立ったら非情に困る。すっごい困る。


いや、しかしこの世界ではゴブリンだって熱心な商人をやっていたのだ。私の知るサブカルなモンスター達とこの世界との実態とはかなり異なる点が多いのであるからして、ここはぜひとも予想を外して頂きたいところである。マジで頼んます。



「オークかー。蛮族の中でも特に闘争を好む連中だと聞いちゃあいるが、実際にやり合ったことは無ぇな。この話、受けるのか?キティー。」


「こないだの収入のおかげで今はお金に困っていないからねぇ、いくらお兄様からの頼みとはいえまたもや危険な橋を渡るのは勘弁、ってことで断りたいところではあったのだけど、生憎と今の私達は正式にドーマウス家とマッドハット家の食客扱いになっちゃったのよね。お金を貰っている以上は受けざるを得ないわねー。」


「あー、そういえばそうだった。誰かさんのおかげでなー、そうなっちまったんだよなー。」



大袈裟に肩を竦めるゼリグの奴が、私へちらりと視線をやった。うう、肩身が狭い。なんせ私が彼女達ともども食客として雇われるに至った経緯について、私は完全に事後通達の形で「じゃ、そう決まったから。」とばかりに教えて貰ったのである。


本人をハブにしたまま契約を取り交わすとかどうなのよとは思いもしたが、一方でその話し合いの実態は中途半端に実力を示してしまった私に対し、どう扱って首輪をつけるかという内容であったであろうことは察しがつく。


結果として軟禁されたり監視がついたりすることも無く、私が未だこうして自由に暮らせているというのは、むしろけっこうな温情であると思えた。



「蛮族共と本格的に切り結ぶとくれば、以前のデーモン共との一戦みたいに諸侯軍と合流することになるんだろうけどよ、アタシらはすぐに発つ事になるのか?」


「いいえ、まだ最初の一報が入ったに過ぎないらしいわ。国境線に詰めている諸侯軍とは既に狼煙で連絡を取り合ったそうなのだけど、あっちでも特に異常を察知してはいないらしいわね。で、今はお兄様が手駒を配して裏を取っている最中ってわけ。私達への具体的な指示はそれからって事になるかしらね。」



別に話を聞いていないなんて事は無いが、なんとなく会話に混ざれず手持ち無沙汰になってしまい、淹れて貰ったお茶に口を付ける。お砂糖はほんの少しだけにしておいた。値段の高いものは美味しいのだが、しかし値段が高いと楽しくないのもまた事実なのである。うーん治らんなあこの貧乏性。


しかし狼煙と来ましたか。電信技術に慣れ切った私にとってはなんともローテクこの上無いが、意外とその有用性は馬鹿に出来ぬものらしい。勉強になりますね。



「んー。そいつは悠長ってもんじゃぁねえか?連中はもう動いてるんだろ?空振りになったっていいからさっさと兵を出すべきじゃないかとアタシは思うがね。」


「私もそれはお兄様に訴えたんだけどねえ。これが陽動で、迂闊に兵を出して釣り出されたところをデーモンの連中あたりに側面を突かれようものなら溜まったものじゃあ無いって言われて説き伏せられちゃったわね。」


「デーモン共が動いてる可能性を考えるなら尚更だろう?国境線に詰めてる連中にさっさと増派を送って補強すべきだ。」



侃々諤々と話し合う二人に向かって視線をやりつつ、赤毛の方へ頭を向けて、続けて桃色の方へ頭を向けて、もっかい赤毛の方へと向きを戻す。話している内容についてはわからんではないのだが、いかんせんここに至るまでの諸々の前提知識の無い私にはどう口を挟んで良いのかがわからないのだ。


餅は餅屋である。ここは出しゃばらず、詳しい人が方向性を示してくれる事を待つに限ると言うもの。



「私にそんなこと言われたって困るわよ。というかその程度の事はとうにお兄様に言ってのけたわ。苦虫を噛み潰したような顔をしてたけどもね。」


「情報の裏を取って慎重に動くに越したことは無い。が、すぐに動けないのはドーマウス卿の意思ってわけでも無いってー事か?」


「こないだみたいに私兵を動かすだけならお兄様の裁量でも何とかなるんでしょうけどね、もっと大規模となると色々なしがらみが有るみたいなのよ。王家とかね。」



ゼリグの奴はなおも納得がいかないといった様子で食い下がるが、キティーは既に何かしらの情報を得ているらしく、お手上げといった様子で肩を竦めた。というか、なんか王家とか聞こえましたよ。



「ゼリグ、あんた地頭は良いんだから、もうちょっと考えてもみなさいよ。本当にオーク共が動いていて、それに加えてデーモンの連中まで動いているのだとしても、ノマちゃんを一人で放り込んでお茶を飲んで待っていれば何とかなるとは思わない?」


「いやちょっと、私の事なんだと思ってるんですか。鉄砲玉じゃないんですから。」


「ああ、確かにそうだよなあ。実際に、こないだのはぐれ化け物の騒動はそれで解決したんだものな。なあ?」


「むぐぅ。」



ぐぐぐ。何か言い返してやりたいのだが言い返せない。いや確かにその通りではあるのだが、私一人こき使われて、他の皆さんがのほほんと待っているだけというのが微妙になんか気に喰わないのだ。それが最も効率が良くて安全であるのだと、頭で理解出来てはいるのだが。



「お兄様がその選択肢を取れない理由、そしてすぐに派兵を出来ない理由はね、王家の面子、体面よ。」


「あー……、わかった。こないだの騒動で国軍の百人隊は討伐失敗のうえほぼ壊滅、それでいて表向きはマッドハット家のお坊ちゃんが私兵を率いて討伐に成功したって事になっているもんだから、あの一件が王都の流通に与えた影響を考えると王家の面目は丸つぶれって訳か。で、今回の件で主導権を握る事で、改めてその影響力を示したい、と?」


「そういう事。実を言うと国王陛下と王太子殿下はあまり現場に口を出す気は無かったらしいのだけどね、王女殿下がここで王家の威を示せなければ求心力が落ちるといって強引に押し込んだらしいわ。派兵の件にも自分の手勢をねじ込もうと口出ししまくってるらしいわね。」


「それで上がごたごたして組織立った動きが遅れてる、と。かー、お偉いさんにはそりゃあ面子は大事かもしれねえけども、実際に動かされる下っ端のアタシらにとっちゃあ溜まったもんじゃねえな。」



諸々の話を聞いて思った事を言いかけて、いやしかし推測で迂闊な発言は控えるべきだと、唇に指の腹を当てて口をつぐんだ。私からしてみれば国王の動きは如何にも弱腰なように見え、王女様の方こそ国の将来を見据えた対応を取っているように思えたのだ。なんかバリバリのタカ派っぽいのは頂けないが。



「あと理由はもう一つ、そのマッドハットのお坊ちゃんが、戦場に出たいって駄々を捏ねているらしくてね。そのせいでマッドハットとドーマウス、両家の連携が上手く取れていないらしいわ。」


「あの線の細いご子息様がか?ちょっとだけお目にかかった事はあるが、とても荒事が出来そうな体つきはして無いぜ、あのお坊ちゃん。脱落して置いていかれるのが目に見えてるな。」


「さてね、私は出会った事も無いけども、あの豚の息子ってだけで別に会いたいとも思わないわね。あんたが敵将の首級に続いて化け物退治の栄誉なんてものまで譲ってやったもんだから、思い上がって調子に乗っているんじゃあないの?」


「いや、お前頼むから、それマッドハット卿の耳に入るようなところで言うんじゃねーぞ。あの御仁はご子息の事を溺愛してるもんだから、何を言い返されるだかわかったもんじゃねえ。」



うーむ、これは何とも、あっちもこっちも大変らしい。


察するに自分が直接参加していないにも関わらず、名声ばかりが増えていく事に不満を覚えたマッドハット家のご子息殿が現場に出たいと言い出した為、可愛い息子を安全な場所に置いておきたいお貴族様はそれを素直に承諾できず、全体の足並みを揃える事が出来ていないといったところだろうか。



なんせ一応は実家を勘当された身であるキティーと違い、そのご子息様とやらは現役の侯爵家嫡男でいらっしゃるのだ。参陣するとなれば現地にいる両家手勢の序列第一位は彼となり、現地における指揮命令のトップの首が変わってしまうのである。


なんとも面倒な事であるものよ。もうどっちでもいいから決めるのならさっさと決めて欲しいものである。早いに越したことは無いだろうが、この分では果たして意思決定に何日待たされる破目になるのやら。




「まあ、こうやって文句をつけてぶーたれたところで、どっちみち今は待機するしか無ぇんだよなー。せっかくだから今のうちに保存食でも仕込んでおくか?なるべくならあのクソまじいビスケットは食いたくないしな。」


「ビスケットですか?私はけっこう好きですよビスケット。お口の中ぱさぱさになっちゃいますけどね。」


「んー、たぶんノマちゃんが頭に浮かべてる代物とは大分違うんじゃないかしらね。なんせ長期保存用の二度焼きパンだもの。屋外での長期行動には付き物なんだけど、あれは正直言って恐怖の産物よ。せっかくだからノマちゃんもこの機会に洗礼を浴びてみたら良いんじゃないかしら。」


「こいつ、元貴族令嬢だからってそんなもん食えないとか悲鳴を上げやがってな、しょうがねえから無理やり口にねじ込んでやったらマジでぶん殴ってきやがって。」


「あの時は本気で殺してやろうかと思ったわ。」



何それ怖い。ビスケットはビスケットじゃないのか。一体他に何があると言うのだ。なんせお口に入る物の話である。ここは根掘り葉掘り聞いておく必要があるだろう。



「あの、参考までに、どんな代物なのかお聞きしても?」


「そうだなー、岩みたいに固くてな、そんで岩みたいな味がする。」


「ただの岩じゃないですかそれ。」


「そんでもって虫が湧くんだよ。いまは冬も近づいて乾燥してきてるから大分マシだろうけどな。」


「うげ。」


「んでな、蛇とか蛙とかを捕まえて皮を剥いだら、火を通す前にビスケットの隣にちょいと置いておくんだ。そうすると虫が這い出てきて肉のほうに寄っていくから大分食べやすくなってだなー。」


「うげげげげげ。」


「でもまあその虫も貴重な食い物になるってんで、本当にきついときは仕方が無いからその虫を鉄兜に放り込んで、火にかけて煮たり焙ったり。」


「ぎゃあああああああああああっっ!!!??」



卒倒してぶっ倒れ、すぐにぐりんと起き上がって両手でばしりと机を叩く。いや冗談じゃねー!!私は人間として!最低限文化的な最低限度の生活を!断固として要求する!!



「ゼリグ!キティー!作りましょう保存食!!私も知恵を貸しますから!!」


「お前に貸すような知恵があるのかよ。でもまあこのままじっとしてるよりはマシだしなー、せめて自分達の分だけでも良い物食いたいし、何か作るかあ。」


「良いけども、調理場を汚したりはしないでよね。私も手伝ってあげるから、妙な事を試すんであればお庭でやってちょうだいな。」



おおう燃えてきた!虫入りビスケット回避の為、今こそ洋ゲーで貯め込んだ保存食の中途半端な知識をフル活用すべき時だろう。食中毒が若干怖いが、それでも野生の芋虫を煮て食うよりは多分リスクも少ないはず、と思いたい。


さーて何を作ろうか。お手軽なのは瓶詰なのだが素人仕事では不安が残るところである。ペミカンなんかも捨てがたいが、いかんせんこちらもレシピはぼんやりと知っている程度、あとはまあ試行錯誤で何とかするしか無いか。



「ちなみにゼリグはどんな保存食を仕込むつもりだったんですか?」


「ん?豚の脂の塩漬けだな。パンに塗っても良いんだが別にそのままでも齧れなくは無いし。母さんが作ってたやつの見様見真似だけどな。」



うーむ、作りようによっては美味しそうな気がしなくもないが、脂そのまま丸かじりってそれはそれできっつく無いですかねゼリグさん。


っていうか、それ多分数日程度じゃあ作れなく無いですか?



「ゼリグ、あんたの言ってるそれ、たぶん仕込むのに十日は掛かるわよ?」


「まじか。」



やっぱりあかんかったらしい。まあそれはそれで一緒に作りましょうやゼリグさん、上手く作れたらお酒のあてには良さそうだから、三人でしんみり飲みましょう。


美味しいものが食べられるとくれば気合が入り、それを肴に美味しくお酒が飲めるとくればさらに気合が入ろうというもの。いざ美食を探求せんと腕を振り上げて気勢を上げる私達は、さっそく何を作るかを話し合い、材料集めに奔走する事にしたのでありました。



…………なんか早くも趣旨が変わっている気がします。


クーちゃん登場のくだりで失敗したなと思ったのが、少なくとも私の場合、狙って面白い事を書こうとすると空回りして会話が安っぽくなるという問題でした。


そこで今回の話では特に意識せずにキャラクター同士で普通に会話をさせ、そこからドモホルンリンクルの如く面白さが滲み出てくるのを期待してみたのです。


そして書き上げて一晩寝かせ、推敲の為に読み直して私はこう思ったのです。「なんでイチャイチャしてるんだろうコイツら……。」と。



ちなみに蜂の幼虫は筆者の故郷では普通にスーパーにて瓶詰めで売ってたりしました。



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