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異世界転移のバツバツさん  作者: カボチャ
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サソリの商談

今回から新しいエピソードに入ります。

「あ~~~~…………。数字が……数字が合わねえ……。畜生、やっぱりあの銀髪の小娘、無理やりにでも手元に残しておけばよかったぜ。ったく。」



 ため息を吐きながら髪をぐしゃりとかきあげて、やってられるかとばかりに帳簿の山を放り出す。畜生が、これでも一組織の頭だってぇのに、なんだってこの蠍のバラッド様が机に齧りついてこんな地味な仕事をしなけりゃあならねぇんだ。


いちおうは手下共の中から計算に強そうな連中を選んで仕込んではみたんだが、あいつらときたら見直しも碌にやらねえもんだからすぐに数字がボロッぼろになりやがる。そもそも俺にそうと言われたから手を動かしているだけで、自分が何をやっているのか理解してんのかあいつら。中々思うようにいかねえなー。



日も落ちて薄暗くなった部屋の中、椅子にもたれかかって伸びをして、天井を見上げながら頭に浮かべるのは美しい銀の髪を持ったあのみょうちきりんなクソガキの事。脳みそ入ってんのかお前と言いたくなるくらいにあっぱらぱーな言動をする癖に、計算だけは妙に強いあのおガキ様には大変に世話になった。


なんせ溜めに溜め込んだ事務仕事を一気に処理してもらったのだ。まあ、セルフチェックをしろだのマニュアル作れだのフローはどうしただのよくわからん単語で俺の事をネチネチと責め立てるもんだから、頭にきて蹴っ飛ばしてやったら起き上がりこぼしみたいにコロンと戻ってきて逆に頭突きでぶっ飛ばされたりもしたが。何やってたんだろうな俺ら。



とはいえそんなあいつのおかげで一時的に書類仕事から解放されたとあって、実に晴れ晴れとした気分で競りの開催に挑むことが出来た。元々売るつもりで攫ってきたのだし、もう上物が入ったと触れ回ってしまった後だったので手放さざるを得なかったが、やはり売り払ってしまったのは今思い返しても惜しかったか。


いかんせん、金貨千枚という大金でこちらの懐を潤してくれたのはありがたかったが、再び書類を溜め込んでしまった今となってはその金に銭勘定という名の暴力で殴られ続けてもうぶっ倒れそうなのだ。あ~~~、きっつい、まじでしんどい。




手元の帳簿を一枚引き寄せて軽く目を通してみれば、紙面の最下段に踊る数字は赤、赤、赤。途中の計算が合っているかは大分と怪しいものの、少なくとも利益が出ていないであろう事は一目でわかる。こいつのせいでしんどい作業が余計にしんどいのだ。まったくもって楽しくねえ。


ノマちゃんを売り払ったあの競りで、こちとらずいぶんと儲けさせて貰ったというのになんでこんな事になっているのかと言えば、それもこれも、あれから程なくして起こったはぐれ化け物の一騒動のせいである。あれで俺は先行きを読み損ねて大損をこく破目になったのだ。



期せずして大金を手に入れた俺達が、さてこの大金をどう投資しようかと頭を悩ませていたところ、そこに起こったのが化け物騒動。あの時はそのせいで王都に流入する物資の流れが一気に細まり、どこの商会でも食料や資材の放出を絞って値を吊り上げようとする動きが起きつつあった。


実際のところ、城壁の外に出れば問答無用で化け物に殺されるような絶望的な状況であったというわけでは無い。伝手を駆使して仕入れた情報によれば、その頻度は商隊を十組放てば、その一組が運悪く化け物に取っつかまってくたばる事もあるかという程度のものだったらしい。



とはいえ、国のお偉いさんからしてみれば全体の一部が損なわれるだけであるのだから見積もりを下方修正すれば良いだけで、この嵐が通り過ぎるまで亀のように首を縮めて耐え忍ぶという選択肢もあったかもしれないが、実際に現場で身体を張る俺らみたいな人間にとっちゃあたまったもんじゃねえ。


なんせ商売の為に外に部下をやれば確率十分の一で死体になって戻ってくるのだ。いや死体が戻ってくるならばまだマシなほうで、ばらばらに引き千切られた遺体はどこにどう散乱しているかもわからねえし、そもそも遺体を回収しに行った奴が右足だけ帰ってきました何てことになったら笑えねえ。



考えることは皆同じだったようで、個人商人を中心として一気に広まった流通の停滞は拡大の一途をたどり、人、物、金の集まる、王都の王都たる機能は次第に麻痺しつつあった。で、俺はこれを商機とみて逆手に取ろうとしたのだ。


まあなんのことは無い、やろうとしたのは他所の商会と同じ値の吊り上げだ。他所と違ったのは、俺は方々に築いた情報網を用いていち早くこの状況を察知し、事前に渡りをつけておき、国軍百人隊の討伐失敗の報を入手すると同時に現物確保に走った事である。



情報は武器になる。誰よりも、下手をすれば王城でふんぞり返っていたであろうお偉いさんよりも今の状況とこの先起こるであろう事を理解していたと自負できるこの俺様の読みは的中し、同業者を出し抜いてより安く、大量に、日持ちのする食料品の買い付けに成功したのだ。


いやあ頑張った。部下だけでなく、自ら足を棒にして方々を走り回ったのだ。実に頑張ったと自分を褒めてやりたいくらいだった。いざこの状況にあっては金だけあってもどうにもならない。現物を持っている奴のほうが強いのだ。



とはいえ流通が麻痺しつつあるとは言っても、いやだからこそ、自分の命を賭札にすれば大儲けが狙える状況であるとも言える。


そんな命知らずの博打打ち共や、心優しい慈善家の皆々様のおかげで王都にとって最低限の物資は確保されるであろうから、こっちは物資の放出を絞りながらたんまりと儲けさせてもらいつつ、荒事に慣れた連中がこの状況をどうにか打ち破ろうとするのを見物させて頂く腹積もりでいた。



完全に読み違えたのは、事態の解決がこちらの想像以上に早かった事だ。百人隊の壊滅から実に九日。俺達が物資の現物を押さえてからわずかに五日日。そのわずかな期間ではぐれの化け物は退治され、さらに七日の後には王城から事態の解決宣言が出されてしまった。


百人隊が壊滅してなお、国軍がそれだけの戦力を保有していたとは思えない。かといって本格的に軍を動かしたという情報も入っていない。王国の保有する僅かばかりの諸侯軍は、今も北方の敵性蛮族共との国境線に陣取っているはずだ。



集団の力では無い、とくれば個人で強力な力を有している者の仕業と考えられるが、他国の高名な神官が王国に招かれたという話は聞かない。対処の為に名のある人物を高額で雇い入れたのであれば、俺の情報網に引っ掛からないはずは無いのだ。


考えづらいが、無名の実力者が野に潜んでおり、運よくそれを見出したどこぞのお偉いさんが事態の解決に成功したとしか思えなかった。いずれにせよ言えることは、俺は物資をため込んだまま商機を逃し、大損をこく破目になったという事である。とほほ。



あー。おかげで銭勘定が楽しくねえ。まったくもって楽しくねえ。いや、儲かっているのであればこのしちめんどくせえ帳簿仕事もやる気が出ようというものなんだが、延々と続く赤い数字に俺のやる気は駄々下がりする一方だ。やる気がおきねー。


再び帳簿を放り投げ、紙束の山とインク壷、飲みかけの香り茶で乱雑に散らかった机の上にばたりと突っ伏して目を瞑る。なんで俺様がこんな目に、神様の罰があたったとでもいうのだろうか。俺なんも悪い事とかして無ぇのに。


……いやそうでもねえか。やっぱ罰かなあ。うーむ、やっぱり悪い事はするもんじゃねぇなー。




 ぐでんと椅子にもたれかかり、身体を預けてぎこぎこぎこ。よっほっはっと上手いこと椅子の脚一本で立つ事が出来ないもんかと四苦八苦していたところ、がんごんがんと乱雑に私室の扉が叩かれた。


「おう、構わねえ、入りやがれ。」


「へい、お頭。失礼しやす。」


ささっと身を起こして立ち上がり、扉が開く前に襟元を整える。入ってきたのは手下の一人で、悪党そのものみてーな顔をしている癖に料理の上手い中年男。俺もいつも世話になってます。



「夜分にすいやせん。お頭に客人が来ておりやして、メックルマックルが来たと伝えればわかると……。」


「ん、あー。あのゴブリンか。わざわざ俺のところにまで出向いてきたってことはなんか美味い話でも持ってきたかな。構わん、通せ。」



へい。と一つ返事を返し、中年男が下がっていく。にしても色気が無えよなあうちは、若いねえちゃんの一人でも秘書として雇おうか。色気が振りまけて、ついでに事務仕事の出来る子であればなお良いというものなんだが。


そこまで考えて頭に浮かんだ銀髪のチンチクリンに、思わず一つかぶりを振って邪念を払った。いや、お前じゃねえ。若いし仕事も出来るんだが断じてお前に色気はねえ。座ってろ。唇を尖らせながら俺の裾を引っ張るんじゃねえ。



客人が通されるのを待つ間、散らかった部屋の中を片付けて書類の山を衝立の後ろに積み上げる。端っこからちょっと見えてしまっているがまあ仕方ねえ。これ以上押し込んだら雪崩を起こしそうだ。


そして香り茶を淹れ直し、部下お手製の焼き菓子と一緒に長机にしつらえて待つ事しばし。入ってきたのは色眼鏡のはめ込まれた覆面を被るずんぐりむっくりの小男で、そいつは室内だというのにいつでもどこでも背負っている背嚢を左右にゆさゆさと揺すりながら、長いつま先を蹴り上げるようにしてぺったぺったとこちらへ向かってきた。



「久しぶりだな、サソリ。応接間に通されるかと思えば、お前の私室じゃないか。不用心だぞ、お前。」


「別にいいじゃねーか、お互い知らない仲でもねえ。それにほら、もしうちの情報が妙なところに流されたら、それをやった奴が誰かってのは一発でわかるってもんだろう?なあ、メックルマックル。」


「商売は信用が大事。俺を疑うな、サソリ。そんなだからお前はいちいち詰めが甘い。足元を見られるし他人に裏をかかれる。」



顔を合わせるなり横着をするなと説教をかまされて、軽口で返してやったらば目の前のそいつ、ゴブリン商人のメックルマックルは不愉快そうにビスビスと鼻を鳴らしてみせた。っち、どうにもこいつは苦手だ、食うや食わずの駆け出しのころに世話になったとあって、この俺様をしても強気に出れねえ。



「あー、それで、何の用だよ?この時期に俺のところにわざわざ来るって事は、お前んところも例の騒ぎに迂闊に乗ろうとして大損こいたか?」


ばつの悪さに頭を掻きながら、まあ座れやと椅子を人差し指でとんとんと叩いてやると、俺の身長の半分くらいしかない小柄なそいつは椅子によじ登るようにしてぺとんと座り、用意された茶をおもむろに手に取った。そういえばどうやって飲むんだお前それ。



「一緒にするな、人族。と、言いたいが、こちらも状況は似たようなもの。北方蛮族領、戻れなくて困ってた。でもこんなに早く化け物が退けられる、それはそれで困る。だからお前のところに来た。」


「ははは、さいですか。」



言うなり覆面の下部がぱかりと開いて、そこから伸びてきた短い舌がぺろぺろと茶を舐める。横着はどっちだよ、意地でも人前で顔は晒さないのなお前ら。


しかし、俺達のほかに物資の買い占めに動いている連中がいることはわかっていたが、上手い事立ち回るそいつらを出し抜ききる事は最後まで出来なかった。おかげで危うく後手に回るところであったのだが、どうやらその正体はメックルマックルのところの商会であったらしい。


ゴブリンは商売人の一族だと聞いてはいたが、同業ながらまあ鮮やかな手並であることだ。まあ、その才覚のおかげでお互いに、大量の在庫を抱え込んでこうして頭を抱える破目に陥ったわけなんだが。



「俺達ゴブリン、なんでも売る、なんでも買う。売れないものは他人にあげて恩を売る。サソリ、良い情報、買わないか?」


「お前その流れで金とんのかよ?」


俺も茶を一口含んで唇を湿らせると、懐から取り出した金貨を一枚、ゴブリンのほうへと指で弾いて放ってやった。目の前のそいつは短い腕でそいつを掴み取ると、指で摘まんで裏面表面とくるりくるりと回してみせる。



「まずは手付金だ。話の細部まで買うかどうかは後で決めさせてもらおう。」


「みみっちいぞサソリ。まあいい。どうせお前は話に乗る。それでうちが抱えてる余計な在庫、買い取ってくれる。俺はそれがわかってるから話してやる。」


「そりゃあなんともありがてぇこって。そうまで言うからにはよっぽどの良い話なんだろうな?」


身を乗り出して机をコツコツと叩いてやると、ゴブリンは覆面の下のその突き出た鼻をひくひくと震わせて笑ってみせた。余程に自信があるようだが、生憎と俺の情報網にはそれらしい儲け話は何も引っ掛かっちゃいない。こいつら何を掴みやがった?



「人族にとって良い話かは知らん。まずは一言だけ教えてやる。オークの連中、動いてる。」



あの飲み方でどうやってこの短い間に飲み干したのか、空にした茶器をことりと置いて、蛮族の商人はそう告げた。俺はと言えば予想外の話に一瞬顔を強張らせ、次いで笑みを隠そうと軽く下唇を噛んでみせる。



「…………なるほどな、確かに俺にとってもお前にとっても悪くねえ話だ。良いだろう、その情報買おうじゃねえか。詳細を教えてくれ。」


「その前に、契約書にハンコ押せ。」



目の前にべしりと紙束を叩きつけられて、いきなり出鼻をくじかれた。判子か。あの机の上の魔界のどこかに埋まっているとは思うんだがな。


「…………商売は信用が大事なんだろう?俺がこんな詰まらねえところでお前さんを裏切って、ゴブリン商会を敵に回すとでも思うのか?」


「そういう話じゃない。まずは証するものを取り交わす、これ商売の鉄則。こんなお前の商会の情報で溢れた私室にあっさり俺を通すあたり、やっぱりお前は荒事は得意だが商売人としては全然未熟。ほれ、ハンコ押せ。」



言う事はまあごもっともだ。さすが一族揃っての商人様、チンピラあがりの成り上がり者風情が頭のあがる相手では無いらしい。と、素直にそう言うとでも思ったかよコラ。



「…………妙に分厚い紙束だがよ、何が書いてあるんだこれ。改めさせてもらっていいか?」


「……………………っち。人族め。」


「おいこらてめえ、信用はどこ行ったよ。」



契約書と思しき紙束を手に取って、中身を改めようとしたその矢先、ゴブリンはその短い手足に似つかわしくない素早い動きで紙束をひったくるとすぽりと懐に収めてしまう。おい、それ何が書いてあったんだよコラ。見せろやコラ。



「まあいい。俺、ここで見聞きした事を漏らさない。お前、今の話を他言しない。痛み分けだ。」


「都合の良い事言って誤魔化すんじゃねえ。いまの紙ちゃんと見せろ、そんで迷惑料としてこの件をまけろ。」


「サソリ、衝立の後ろに隠した帳簿の山、崩れかけて見えてるぞ。赤字で苦しい、お互い様のようだな。」


「よぅしわかった。この話はもう止めよう。はい止め止め。それより早いところ、オーク共の動きとやらを聞かせてくれよ。」



あー、畜生。あの銀髪に情報セキュリティーがなんたらと訳の分からん事を言われて正座させられたのを思い出しちまった。このゴブリンも商売人としてその手の事にはうるさいらしく、今にもまた心構えが何だのと説教が始まりそうであったので、ここは大人しく引いておく事にする。これじゃあ一向に話が進まねえ。


空になった茶器をずいっと俺の方に押し出してもう一杯寄越せと催促をするゴブリンの奴に茶を淹れてやり、いつのまにやら空になっていた焼き菓子も補充してやる。図々しいなこいつ。ノマちゃんみてえ。



「じゃあ話してやる。北方蛮族領にあるオークの一氏族、そいつの族長が代替わりをした。新しい族長、自分の力と威信を示すために戦いを欲してる。糧食や物資を買い込んで、南下の準備を始めてる。」


「西や東に行ってくれりゃあ良かったんだがな。南下ってことは遠からずこの王国領へ侵入してくるってぇ事か。大事じゃねえか、まいったねこりゃあ。」



たしかにこりゃあ人族にとっちゃ良い話とは言えない。オークってのは戦いの一族だ、先日のデーモン共との一戦は「隻腕」とかいう傭兵が敵将を討ち取った事で辛くも勝利をあげたと聞いちゃあいるが、脆弱な王国諸侯軍がその戦の疲弊から立ち直り切れているとも思えない。物資も人も足りていないはずだ。


これを迎え撃つためには王都から人員と物を送る必要がある。大規模な買い付けが必要になるだろうが、この王都も先日の化け物騒ぎのせいで細くなってしまった流通網は未だ元通りとは言い切れない。



と、くれば、俺達の買い込んだ保存食をはじめとした物資を放出する絶好の機会だ。かなり良い条件で売り払う事が出来るだろうし、嗜好品をかき集めて従軍商人として付き従えば、さらなる稼ぎを手に出来るだろう好機でもある。


ははは、良いねえ良いねえ、荒事は。善良なる王国国民の皆々様には申し訳ないが、俺達みたいな碌でもねえ商売人にとっちゃあまたと無い良い話だ。運が向いてきやがったぜ。



「なあ、メックルマックル。この話を聞いて俺がやろうとする事、当然お前にもわかってるんだろう?王国が蛮族であるオークと一戦交えようってのに、仮にも同じ蛮族であるお前らゴブリン商会が表立って物のやり取りをするわけにも行かねえから、俺を通して自分のところの在庫を売り払おうってえ腹づもりか。」


「話が早いな、サソリ。軍隊は物を消費する。国境沿いに大人数で張り付いて一か所に留まれば、それはそれは物を消費する。お前が抱えてる在庫じゃあきっと足りない。うちの分も買え。それであわよくばハンコ押せ。」


「懲りてねえなお前。そんなに食い下がらずともちゃんと情報料を払ってやるし、お前のとこから物も買ってやるよ。さーてこいつは忙しくなりやがるな、帳簿仕事なんてしてる場合じゃねえや。」



ぼきりと指を一つ鳴らし、舌で唇をぺろりと舐める。まずは他にこの話に感づく奴が出てくる前に、裏でご贔屓になさってくれているお貴族様へと情報をたれこんで、そんで物資の買い上げ元として食い込んでみせる必要があるだろう。


日持ちのする嗜好品の用意に、軍に追従するための商隊も手配しなきゃならねえし、こいつは本当に忙しくなるってものよ。いやあやる気が出てきやがった、やっぱり俺は机に齧りつくより現場仕事のほうが向いているらしい。


さっそく喜び勇んで部下共に指示を飛ばし始めたいところではあるが、しかしまだ早計だ。この話については気にかかるところがまだ残っている。



「なあ、メックルマックル。同じ蛮族とはいえ、王都に居るお前らがどうやってオーク共の動向を掴んだんだ?別にお前らゴブリン商会がそのオーク共に加担してるってわけじゃあ無いんだろう?」


「俺達、王国ゴブリン商会は違う。でもゴブリンはそうじゃない。」


「話が見えねえよ、もっとわかりやすくしゃべってくれ。」



そうして話を促せば、ゴブリンの小男は覆面の上からでもわかるくらいにぷふーと大仰に息を吐き、ことりと茶器を机に戻してひょいと肩を竦めてみせた。



「オークの裏、俺達と同じゴブリン商人がいる。そいつの名前、リーナヴォルスク。俺達大人の商売の仕方、伝統に縛られた古臭い代物と馬鹿にして、自分が新しいお金の稼ぎ方を見せてやると飛び出していった、若くて世慣れないゴブリンの娘。」


「はー。人族でも蛮族でも、若い奴の考える事ってえのは変わらねえもんだなあ。なんかこう、自分は優れた特別な存在だって思い込んで暴走しやがるんだよな、あいつら。」


「その筆頭のお前が言う事か、サソリ。別に俺達ゴブリン、リーナヴォルスクを否定しない。俺達の商売の仕方、爺様の爺様の爺様と同じだったとも思えない。大人と違って若い奴、行動力がある。良かれ悪しかれ、物事を変えるのは若い奴。俺達とリーナヴォルスクのどっちが正しいか、それは最終的に稼いだ銭の多さが証明してくれる。」



一息に言い切って、メックルマックルは焼き菓子を一枚ひょいと摘まみ上げる。よく水気を飛ばした焼き菓子はぽりぽりと小気味の良い音を立て、ゴブリンの口の中へと消えていった。



「ため息なんかついてた割には饒舌に喋るじゃねえか。一族から野心溢れる若手が出てきて内心は嬉しいんじゃねえのか?」


「否定はしない。で、そのリーナヴォルスク、オークの為に物資を手配してる。食料、燃料、武具、工具、大規模に買い付けてるが、蛮族領での話とはいえ、そんな買い付けをしたら当然目立つ。」


「で、蛮族共の間でそれだけの買い付けに対応できるのは同じゴブリンで、化け物騒ぎが収まって蛮族領から戻ってこれるようになったお仲間のゴブリン商人からお前らはこの話を買い取った、と。つまりそういうわけか。」


「察しが良いな、サソリ。話が早い、俺も気分が良い。もう少し菓子を寄越せ、もっと話を売ってやる。」



短い手で長机をぱしぱしと叩いて催促をするゴブリンの奴に、自分の分の焼き菓子を放ってやる。あー、畜生。余ったら明日の朝食代わりに摘まもうと思ってたってえのに。


余程に菓子が気に入ったのか、メックルマックルは焼き菓子を一枚摘まんで頭上に掲げ、しばらくしげしげと眺めると、やがてくふくふと声をくぐもらせて笑ってみせた。



「リーナヴォルスク、詰めが甘い。自分はこれだけのでっかい取引が出来るんだと酔いしれて、物事はその規模、大きくなればなるほど、周りから隠すのが難しいと気づいてない。そして多分オーク達、その事をわかってる。」


「あん?自分達の侵攻が人族側にばれるかもしれねえってのに、それをわかってて見過ごしてるとでも言うのか?」


「さっき言った。新しいオークの族長、自分の力と威信を示すために戦いを欲してる。オークは戦いが好き。あいつらにとって戦いは手段じゃない。戦いが目的。戦う事が目的。勝ち負けすら多分あいつらは興味無い。」



くれてやった焼き菓子が、一枚また一枚とゴブリンの口に消えていく。俺はその様子を眺めながらすっかりぬるくなってしまった茶をひとくち、口に含んで舌の上で転がした。



「あー、なんだ。その、俺も詳しい訳じゃねえが、オークってのはそんなにアレか?アレなのか?」


「アレが何を指すのかわからん、でも言いたい事、わかる。オークはアレだ。一族揃ってアレな連中だ。俺達ゴブリン、一族揃ってアレな商人であるのと同じように。くふふふふ。」



なんっつー、迷惑な連中だ。だが考えようによっては、つまり連中は王国諸侯軍と一当てして満足してくれれば、その勝敗に関わらず引いてくれる可能性があるという事。少なくとも村や町を襲って略奪し、王国領土が荒廃するという心配は無さそうだ。


むしろ問題は、それで諸侯軍が壊滅しようもんなら再びデーモン共の南下を招き、そこに付け込んで東の衆国あたりが同盟国保護の名目で本格的にこの国に介入してくるかもしれねえって事なんだろうが、まあそこはお偉いさんの考える話だ。


俺様が頭を悩ませたってどうにかなるもんでもねえし、そもそもにしてそれはそれで別に困らねえ。



なんせ、別に俺達にとっちゃあ王国にしがみつく必要は無いのだから。話が通じて商売が出来るのならば、相手が衆国だろうが蛮族だろうが構わないのだ。その点で、あらゆる勢力を渡り歩いて相手を選ばず商売をするゴブリン達は、商人の理想とも言えるかもしれない。


あの銀髪の小娘がこの場に居たのなら、菓子を頬張りつつ顔をしかめてこう言った事だろう。さすがは死の商人ですね、と。



「オーク、戦いを欲してる。リーナヴォルスク、オークを炊きつけてでっかく稼ぐを欲してる。サソリ、お前はどうする?人族、お前たちはどうする?」


「そうだな、俺の腹づもりはもう決まっているんだが、とりあえずは差し当たり…………。」



ちらりと衝立の後ろに目をやって、次いでごっちゃごちゃの机の上に目をやって、それから茶器を脇に避け、俺はこう言ってやったのだ。


「お前らの商会でよ、人材派遣ってやってねえか?銭勘定が得意な奴が二、三人欲しいんだが。」




言いながら一つ舌打ちをしたその瞬間、重みに耐えかねたのかついに衝立の支えが決壊した。そして帳簿の山は雪崩の如く波打って、苦笑いをする俺とゴブリンの足元を埋め尽くし、部屋の中いっぱいに広がったのだった。


おいこら、帰ろうとするんじゃねえ、メックルマックル。



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― 新着の感想 ―
[一言] あら、そんな感想書かれてたんですね 私は好きですよこの作品。それこそブクマしてる中で一二を争うくらいに。 設定がどストライクなのもありますが
[一言] 筆者さんが仰るように、私も幼稚な性格の主人公と思っておりました。いや、今も思っております。 けど、それは賢い部分の描写不足?(いや、私の読解力不足?)が原因だったのですね。 1つの人格の…
[良い点] うん? 子供っぽい大人ってダメなの? 矛盾を孕んでない人格なんて嘘っぽいと感じるのは少数派なのか? 予め決められた反応しかしないRPGじゃあるまいし、時には主義や信念と違った対応をしちゃう…
感想一覧
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