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異世界転移のバツバツさん  作者: カボチャ
32/152

狩る者

 私が最初の方だけぶいぶい言わせた会議の結果、化け物退治のその出立は、三日の後と相成った。参加人数は戦闘要員、支援要員を合わせて約百名。奇しくも先日敗北したと聞いた、国軍の百人隊とやらと同数である。


大人数で行動を始めるのに準備期間が三日とは、いささか性急に過ぎるのでは無いかとも思ったが、たかが三日、されど三日。その三日の間にも件の化け物は犠牲者を増やし続け、王都に残された物資は困窮へと傾き続けていくのである。あまり時間を置いてしまえば、纏まった食料の買い付けに支障をきたす可能性もあるだろう。急がざるを得ないも已む無しというところか。



そうと決まれば私達も出来る準備をというわけで、翌朝早く、ゼリグとキティーは例のはぐれと接触したという百人隊の生き残りから話を聞くべく出かけて行った。件の化け物の情報は、会議の席でマリベルさん達からも聞いてはいたが、当人から生の話を聞くのはまた違うという事だろう。情報の精度についての裏取りにもなる。


そして当の私はお留守番である。「お前が居ると話がややこしくなる。」と言われてぷくっとむくれはしたものの、まあ致し方あるまい。尋ねる相手は死線を乗り越えて命からがら帰ってきた兵隊さん、子連れで訪れ、ましてや子連れで討伐に向かうつもりであるなどと、話そうものなら神経を逆なでするに決まっておろうて。


家計簿仕事とお料理の仕込みを終わらせて、二階の鎧戸から顔を出す。帽子を被り忘れた事に気づいたが、空は雲が厚く立ち込めた曇天で、街に落ちた暗い影は、真綿で締め上げられていく今の王都の状況を暗示しているかのようにも見えた。



ぼへっと通りを眺めつつ、道行く人を眺めて暇をつぶす事しばし。にわかに通りがざわつき始め、野次馬が壁を成し、私の鼻は血の匂いを嗅ぎつけた。


牛馬や鶏からは感じない良い香り。人間の血の匂いだ。視線を向ければ幾人かの男達が、布に包まれた何かを手に持ち、あるいは引きずり、避けていく民衆の中を掻きわけて通りをぞろぞろと歩いていく。人の血の匂いこそすれ、その何かは明らかに人間の形をしていなかったが、それが何であるか等と聞くまでも無い。


城壁の外で殺されたものは大抵が野に晒され、獣の餌になるものだそうだが、稀にいる幸運な犠牲者はあのように帰ってこられるものらしい。化け物や獣を呼び寄せて二次災害に会う恐れもあろうに、その危険を押して連れ帰ってくれる人に出会えるとは運が良い。だが惜しむらくは、それ以上に彼らは不運であったという事か。



耳を澄ませて音を拾い集め、野次馬の話に耳を傾ける。私のチートボディーは実に便利なものだ。望めるのなら、もっと楽しい事にこの力を使いたかった。


うわさ話は大分錯綜していたが、彼らが主に食材を扱う商家の者であることはなんとなくわかった。日持ちのする乾物をロバに積み、街道を歩いていたであろうところを白昼堂々、何者かに襲われて全滅していたという。


物資が不足しつつあるこの状況を、逆に商機と見た業突く張りが危険に飛び込んだか、それともこの状況にあってなお、民衆の腹を満たさんと義憤に燃えて蛮勇を振るった結果であったのか、それはわからない。だがいずれにしても、彼らはなんとか流通を維持しようとし、その結果として犠牲になった事は確かである。



件の化け物は、確認出来た限りでは一匹であるらしい。で、あるならば、襲われるのは運の無かった奴なのだ。商隊が十組いれば、死ぬのは一組。おまけにライバルが減った分だけ儲けは増える。


その考えが悪いとは言わぬ。そのような考えの者が少なからず居てくれるからこそ、王都は表面上、いまだ平静を保っていられるのだから。だがそれもいつまで持つものか、食糧の不足が表面化し始めれば、暴動の一つで済むとも思えない。



顔も知らぬ仏さんに手を合わせ、黙祷を捧げつつ見送った。かの化け物を排除せねば、このような催し物を何度見せられる破目になる事か。何か行動を起こしたいが、今はお留守番しか出来ぬこの身がどうにももどかしい。


出立まであと二日。それまでこの通りを、これ以上死者が渡る事の無いよう祈りたいものである。




 結局お留守番を任せされたまま二日が立ち、出立の日となった。幸いにもあれ以上、私が人間の包まれたズダ袋にお目にかかる機会は無かったが、王都のどこかではきっと誰かが遺体をその手に、嘆き悲しんでいたはずである。不愉快だ。この討伐が無事に成功してくれることを願いたい。


朝早くから、城壁近くに集まったのは傭兵団「火炎獅子」と、同じく傭兵団「鷲獅子」の約百名。そこにドーマウス家の使用人であるシャリイちゃん、マッドハット家の家政婦マリベルさん、助っ人参戦のゼリグとキティーを加えて討伐隊の完成である。あとおまけでこの私。



ちなみに今日の私の服装は、メイド服に麦わら帽子である。これから大捕り物をおっぱじめようというのになんでメイド服なんて着てんだよと言うなかれ、私とて別に、好き好んでこんな面白おかしい恰好をしているわけでは無いのだ。まあしかしながら、残念な事にその原因は大体私のせいではあるのだが。


私の普段着といえば以前にキティーの買ってくれたお高い服で、野外活動には到底向かぬ。ということで何か汚しても良い服を探していたのだが、そこに声をかけてくれたのがシャリイちゃんであった。


ちょうど丈の合いそうな服があると言うので、これ幸いと乗っかったは良いものの、いざ当日、わざわざ出発前にキティーの家まで来てくれた、シャリイちゃんが持ってきてくれたものはメイド服であったのだ。屋外で戦闘を行うのにメイド服を着て行けとな!?ちなみにシャリイちゃんが着てきたのは動きやすそうな皮鎧である。自分は皮鎧を着ていくのに私はメイド服を着て行けとな!!?



「あの、シャリイさん。なんでメイド服なんでしょうか?」


「え、だって汚しても良い作業着をというので、余っていた当家のお仕着せを……。」


「あの、化け物退治の為に屋外で活動するのですから、なにかこう、厚手の旅装のようなものを想定していたのですが……。」


「え?」


「え?」



うん、確かに野戦用とは言ってなかったね。ごめんねシャリイちゃん。確かに彼女からしてみれば、私はあの桃色女の身の回りの世話をする為に買われた使用人としか思えないはずである。汚しても良い服とだけ聞かせられれば、屋内用の作業着を想像しても已む無しか。まあ実際、私が普段やってる事を考えれば、使用人というのは当たらずも遠からずではあるのだが。


とはいえ貰ったものにケチは付けれぬ。黙ってメイド服に袖を通し、日除けの麦わら帽を被って姿を見せれば、赤毛と桃色は二人揃って「は?」って言いながら二度見したものである。やっぱそうよね、あかんよね。



だが残念な事に時間が無かった。既に朝一番の鐘は鳴り、集合せねばならぬ刻限は間近。別に旅装を用意するような時間は到底なく、私はメイド服のまま引きずられて作戦参加と相成ったわけである。


そういう訳で、今日の私はぶっちぎりバトルメイドヴァンパイヤーノマちゃんである。よーろーしーくーねー。幸いにしてキティーのドーマウス家嫡出子という肩書が役に立ったか、彼女の従者と見做されたらしい私は、服装についてそこまで妙な目を向けられること無く済んでいる。出来ればこのまま目立たず隅っこで暮らしたいが、まあ無理ですよね。



しかしまあ、揃いはしたもののワイワイガヤガヤと騒々しい。手に手に槍やら剣やらを持った傭兵達はあっちにふらふらこっちにふらふら。さすがに軍隊のようにビシっと整列とはいかぬようで、早いところだれか仕切り始めてはくれないものかと端っこのほうで見守っていると、ゼリグが声を張り上げた。



「聞いてくれ!アタシが今回の頭を任された「隻腕」のゼリグだ!火炎獅子と鷲獅子の連中には初対面も多いだろうが、ひとつよろしく頼む!!」


ヒュー!ゼリグさんカッコイイー!!なんで私が頭を張らなきゃあならんのだとベッドの中ではぶつくさ文句を言っていたものの、やはりそうと決まればキメてくれる女である。惚れちゃいそうだ、毎日味噌汁を作ってあげたい。



「ああ!?噂の「隻腕」が率いるって聞いちゃあいたが、女だぁ!?それも二十も行ってるかわかんねーようなガキじゃねえか!!聞いてねぇぜ団長!俺ぁこんなガキの下に付くなんて御免だ……ぎゃああああああああああああ!!!?????」


まあやっぱそうなるよな。両傭兵団の団長さんは了承こそしてくれたものの、なんか見た目ヒャッハーなおっさん共にしてみれば、実力もわからぬ若い女の下につくなぞ面白かろうはずも無し。さてどうしたものかと腕を組んで見守れば、キティーがすすすとえらくスピーディーに近づいて行っておっさんの右腕を掴むと、人差し指を逆側に折り曲げて圧し折った。せめて最後まで言わせてあげて。



「て!!?ってめえ!!??このクソ女!!なにしやがっっっげぎゃあああああああああああ!!!!」


「はーい中指ー。今回ゼリグが頭をやることは、団長さん二人も首を縦に振ってくれてるんだからねー、今更ぐだぐだ言ったりしないのー。わかったーぁ?」


「そ、その桃色の髪に神官服!あんたもしかして「指砕き」か!?わ、わりい!あんたの連れだとは知らなかったんだ!!たのむから許してくれってあぎゃあああああああああああああ!!!!!」


「はーい、素直に謝ったから許してあげるわよー。でもとりあえず右手の指全部折ってからね。ちゃんと治してあげるから安心しなさい。」



上がり続ける悲鳴に思わず顔を逸らす。そっかー、キティーも異名なんて持ってたんですね「指砕き」とかめっちゃストレートっすねあはははは。「はーい小指ー。」やめたげて。


ゼリグがこめかみに手をやって、シャリイちゃんは「さすがですお嬢様!」と手を叩いて喜び、マリベルさんはスルーの構え。そして部下を制しようと手を上げかけたドワーフとエルフの団長さんは、その手で胃を抑えて呻き声をあげた。胃に穴が開いてもキティーが治してくれるだろうから安心して欲しい。穴を開けるのもアイツだろうが。


だがまあ生贄が捧げられた事に効果はあったようで、両傭兵団の傭兵達はそれ以上文句をつけることも無く、ゼリグの前に並んだ団長達のそのまた後ろにびしりと並んで場が整った。白目を剥いてぶっ倒れるさっきのおっさんを助けようとするものは一人としていない。迂闊に危険に飛び込まぬが傭兵の基本と聞くが、彼らはその基本に忠実に従うプロフェッショナルなのだ。南無。



「あー、まあ、なんだ。確かにアタシは若輩者だ。だから名目上はアタシが頭だが、実際は火炎獅子の旦那と鷲獅子の旦那が場を仕切る。練達の傭兵である団長達には学ばせてもらう事も多いだろう。それでもまだ、私が頭を張る事に不満があるようなら、今この場で言ってくれ。」


頭をがりがりと掻きながら、そう言うゼリグの腰は低い。が、さっきのアレを見せられた後で何を言えと。キティーもめちゃくちゃ良い笑顔で指を鳴らすのやめーや。もう完全に恐怖政治である、出発前の団結式がこんなんで大丈夫だろうか。



「さて、みな既に話は聞いていると思うが、今回の目標は王都を騒がせるはぐれの化け物を排除する事だ。息の根を止められることが最上だが、少なくともやっこさんを痛い目に遭わせる事が出来れば、この近辺での活動が割に合わないとみた奴が、他国の領土に出ていく事も期待出来る。」


こほんと咳払い一つ。ゼリグが演説だか、認識合わせの為の説明だかを始めれば、ぼそぼそと続いていた話し声もしんと治まって静かになった。うむお行儀が良い、さすが恐怖政治。


「正直言って危険極まりない大仕事だが、なに、アタシらにとっちゃあ生きるか死ぬかの綱渡りなんて慣れたもんだろう、上手くいけば報酬はたんまり弾むとお貴族様も約束してくれた。ここにいる全員で、高い酒を浴びるほど飲める日を楽しみにしている。アタシからは以上だ、あとは各々の団長殿の指示に従ってくれ。」



少々たんぱくではあるものの、まあこんなものだろうか。ゼリグにとっても大人数の指揮など初めての事であろうからして、言葉を詰まらせずに堂に入った態度を見せることが出来ただけでも大したものである。出来ればもっと血沸き肉躍るような演説を期待したかったが、自分に出来ないものを他人に求めるもんでも無かろうて。


散開し、各々仕事に取り掛かる。どさりどさりと荷を積まれたロバがぶるると不満気に声をあげ、蹄でぼくぼくと地を蹴った。百人程度と言うなかれ、軍行動としては小規模なれど、されど百人。腹は減るし水も飲む、食糧だけでも大荷物なのだ。幸いにして街道は森に沿うように敷かれている、これで足りなきゃ現地調達だ。まあ猪くらいは獲れるだろうと期待したい。



皆が忙しなく動く中、さて私は何をお手伝いしたら良いだろうときょろりきょろりとしていると、ぐいっとゼリグに手を引かれ、城門近くまで連れてこられた。目の前には物資を満載したどでかい荷馬車。ただし馬も牛も無し。


なんとなく、わかった。赤毛女を見上げてみれば、にこりと笑顔を向けられて、私の身体に革紐が括りつけられる。そっすか。私が馬の代わりっすか。そっすか。いや、メイド服を着た幼女が革紐で荷馬車に括りつけられて馬車をひくってどんな状況だよ。つーん。



「まあ、そんな睨むなよノマ。荷駄は必要だがロバも馬も大喰らいでな、お前が荷駄獣の役をしてくれるなら水も食い物も大分余裕が出来るんだよ。なぁに別にずっと荷をひかせようってわけじゃない、仮拠点を設営するまでの話だ。すまねえがちょっと頼むわ。」


まあ必要であるなら仕方が無い。仕方が無いが、絵面がなんだか家畜か奴隷のようで少々腹に据えかねる。いっそ荷馬車を引っ張って時速100キロくらいで爆走してやろうかとも思ったが、砕け散った荷馬車ごと食料がぶちまけられて、後でひもじい思いをするのが目に見えている。止めときましょう。


試しにふんぬと引っ張ってみれば、さすがに動きにくくはあるものの、案外あっさりと前に進むことが出来た。まあこんなもんなら別によかろう、大して重いわけでも無い。ただし絵面のやばさはお察しである。ほら、周りの傭兵さん達だって私を見て、ひそひそ小声で話しているでは無いか。



「おいおい、隻腕の野郎、子供を荷馬車に括りつけてやがるぜ。正気かよあいつ。」


「いや、よく見ろよ。あの子一人であんな大荷物を積んだ馬車をひっぱってやがるぞ。どんな筋力してやがんだありゃあ。」


「どっちにしたってヒデエ事には違いねーって、あんな女の子を家畜扱いしてやがんだぜあの女?みろよ、体中に革紐を括りつけられちまってよぉ、かわいそうに。」


「正直興奮する。」


変態が混ざっていたので全力で石を投げてやる。私の投げた小石は変態の足元に着弾し、ドカンと爆ぜて巻き上がった土砂と一緒に男達が吹っ飛んだ。あ、巻き込んだ。すまん。



「はあ。ノマさん、貴方がすごいのはわかりましたから、出発前にむやみに兵隊を減らすのは止めて頂きたい。わかりましたね?」


「あ、はい。ごめんなさい。でもほら、キティーが治してくれますから……。」


「そういう問題ではありません。体の傷は治っても心の傷は残るものなのです。貴方もですよ!聞いているのですかキティーさん!言う事を聞かせる為とはいえ兵の指をぽきぽきと!使い物にならない者が出て戦力が減れば、そのツケは私達自身が支払うことになるのですからね!!」



さすがに傍若無人が過ぎたか、つかつかと寄ってきたマリベルさんにぺしぺしと叱られてしまった。ごめんなさい。あとキティーと同列にされたのは地味にショックです。


固まる私のその横で、ぷいっと顔を背けた桃色に、先端に鉄球のついた金棒のようなものを担いだマリベルさんが食って掛かる。いやマリベルさん、あんたそんな凶器を担いでさっきまであれこれ指示を出してたんですかね。私達と同類じゃ無いんですかね。



「ちょっと!使用人の分際でお嬢様に不敬では無いですか!あぁ!?動脈掻っ切ってやりましょうかこの眼鏡!!?」


「おだまりなさい、ドーマウスの犬が。キティーさんの生まれがどうであろうと、この鉄火場で勝手な真似を許すつもりはありません。ここでは私の指示に従って頂きます。」


「いや、頭は一応アタシって話になったじゃねーかマリベル。指示を出すにしてもアタシを通してだなー……。」


「あらー?ノマちゃん良い恰好してるじゃないのー。首輪も飽きちゃったから次は皮紐を使ってみるのもいいかも知れないわねー。」


もうぐっだぐだである。シャリイちゃんが真っ黒に塗られた短剣を抜き、マリベルさんが金棒片手にくいっと眼鏡を上げ、ゼリグは間に入ろうとして、そしてキティーはそれらをガン無視して私を抱き上げて頬ずりをする始末。ええい!みんな仲良うせなあかんよ!?



「のう、鷲獅子の。あれ、放っておいていいんかの?」


「俺らは俺らの仕事をするだけです。むしろあの脳筋眼鏡……いえ、女共五人で固まってくれてるならこっちに被害が出なくていいってもんですよ。さっさと準備を整えてしまいましょう。」


「そ、そうか。まあお前さんがそう言うんであれば、儂は別にこれ以上は何も言わんがの……。」



私達がどんちゃんしているその間にも、団長二人の指示で出立の準備は進んでいく。この二人が居てくれて助かった、なんとも貴重な常識人枠である。でも何気に私まで纏めて一括りにしましたね貴方たち。ちゃんと聞こえてましたからね、石投げますよ石。ふしゃー。




 結局女五人で睨みあいをしている内に準備が整ったようで、お天道様が昇り切る前には出発と相成った。ある者は槍を担ぎ、ある者はロバをひき、ぞろぞろと列を成して街道を歩いていく。ちなみに私は最後尾で一人、ひーこらと荷馬車をひく身である。酷くなーい?


最初のうちこそ事情を知らぬ傭兵の皆さんが、一人で大荷物をひく私を驚愕の目で見つつも気の毒そうに声をかけてくれたものであったが、歩くペースの遅さにたまりかね、荷馬車をかっ飛ばした私が最前列の騎馬の皆さんをぶち抜いて、いえーい!と親指を立てながら慣性に負けた馬車にぶぎゅると轢き潰されてからは誰も声をかけてくれなくなった。


いやすまん。ちょっと楽しくなっちゃったのだ。



先日の曇天は嘘のように晴れ渡り、陽射しはそこまで強くは無いものの、麦わら帽越しにじりじりと肌を焼く日光が恨めしい。文字どうり焼けちゃう。燃えそう。


「ゼリグさーん、けっこう歩きましたけど、仮拠点ってまーだですかー?」


「まだしばらくかかるな。この街道沿いにしばらく進むと、視界の開けた広い空間に出る。そこまで行ったら荷物を降ろして設営を始めるから、もうちょっとがんばってくれ。」


「それなら、ノマちゃんがまず先に行って現地で荷物を降ろしてねーぇ。今度は戻ってきて乗せれるだけ物を詰め込んでもらって、そうやって往復して貰うのはどうなのかしらぁ?きっと早いわよ?楽ちんだし。」


「素晴らしいお考えですお嬢様!さすがドーマウス家本家の血筋であらせられる方はモノの考え方が違います!ノマさんなら何百往復させても平気そうですし!!」


「ヒドクナイですか。」


「却下します。先行して降ろした食料が獣でも呼び寄せたらどうするおつもりですか。なによりも先ほど見た通り、迂闊にノマさんに走らせようものなら荷馬車ごと木にでも激突して、積み荷と馬車を駄目にするであろう事は目に見えています。それで無事に帰ってくるのはノマさんだけですよ。」


「ヒドクナイですか。」



おうおう、言いたい事言ってくれるじゃあ無いの。ちなみに何が一番酷いって、やいのやいのと地図を片手に話し合う彼女らが腰かけているのは、私のひく荷馬車に積まれた満載の小麦袋の上なのである。歩けやお前ら。ノマちゃんなら力持ちだから大丈夫だって?いやあそうかなー、照れちゃうなー。


ともあれまあ、仮拠点までの辛抱か。その開けた場所とやらで物資を降ろし、拠点を設営して夜を明かしつつ、例のはぐれを迎え撃つのである。生きるか死ぬかのやり取りが待ち受けているのだ。出来る事なら帰りの道でも、このような馬鹿話を聞きたいものよ。



私達の作戦はこうである。件の化け物と交戦した生き残りに聞いたという話では、やっこさんは人の背丈を優に超える猿のごとき体躯をしており、身軽に木々を飛び回って頭上から攻撃を仕掛けてきたのだとか。国軍の精鋭百人隊とやらも上を取られてはたまらなかったようで、木々の枝が邪魔をして反撃もままならず、一人また一人と殺されていったという。


で、あるならば、まずはあやつと交戦に入るポイントは、奴が頭上を取る事の出来ぬ開けた場所が望ましい。そこに人員を配置して待ち構え、誘い込んだはぐれを取り囲んで叩くのである。


その誘い込むお役目は、両傭兵団からわずかながら抽出できた、乗馬技術を持った者達が引き受けてくれた。馬もスポンサーである両貴族家が飛び切りの駿馬を用意してくれたとの事で、全くもってお金持ち様様である。



開けた場所に仮拠点を組み、そこを中心に即席騎馬隊が数人一組で森の近くを走り回る。そしてはぐれを吊り上げたらすぐに逃げを打ち、拠点へと戻ってくる手筈になっている。


拠点まで奴を誘い込んだら、本来は騎兵の突撃を防ぐ為に使うのだという長大な長い槍。石突を地に突き刺して使うこのでっかい代物で件の化け物を取り囲み、動きを封じて殺すのだ。



素人考えではあるものの、不安な点は二つある。この作戦、騎馬隊の面々は生餌に等しい。釣った化け物を引き連れて一人でも戻ってこれたら良いという点で、もはや決死隊と言っても良いだろう。馬車に引き潰された私を、はむはむと齧って助け起こそうとしてくれたお馬さん達ともまた会えるであろうか。


それでも彼らがこの危険な任務を引き受けてくれたのは、彼らが乗馬と言う特殊技能を持っている事に由来する。彼らは元々国軍にいた軍人であり、色々と故あって傭兵に身をやつしてしまった者達なのだ。


ほぼ壊滅したというかの百人隊も同じ国軍、犠牲者の中には見知った顔もあったのか、彼らの復讐心は憎悪の炎となって目に見えるほどで、例え自分が死のうとも、件の化け物を誅殺出来るのでならば本望であると息巻いていたらしい。と、会議の席で団長さん達が言っていた。



もう一つ、囮を出したところで奴が食いつくかどうかは完全に賭けであるということだ。なんせこの近辺にやっこさんが潜伏しているという確証も無い。拠点を変えつつ何日か粘ったところで、完全に空振りに終わる可能性すらある。


だが完全に当てが無い訳でも無い。私が件の化け物であれば、豊富な餌の詰まった王都という餌箱から離れる事などしないであろうから。しかも危険を冒して城壁の中に忍び込まずとも、生活の為、必要に駆られて城壁を出入りする人間は必ずいるのだ。そこを狙って後をつけ、適当なところで襲って喰らえばよい。なんなら城壁から離れるほどに、あやつの潜んでいる確率は減るのでは無いかとも思えるくらいだ。



最後に、上手く槍衾で奴を囲い込めたところで、そのまま封殺できるかどうかであるが……いざその時となれば私の出番であろう。世の為人の為、明日の美味しいご飯の為、ノマちゃんの拳の錆にしてくれるわ。




 ジャブ!ジャブ!アッパー!!と頭の中の脳内ノマちゃんを活躍させていたところで、全隊がぴたりと止まった。先頭の方からは何やら怒号が聞こえ、隊全体がざわつき始める。およ、なになに?もしかしておはぐれ様が出た?


にわかに騒がしくなった様子に目を白黒させていると、ゼリグ達が小麦袋の山からしゅるりと滑り降りてきて、私を革紐から解き放ってそのまま掻っ攫うと隊の前方に向かって走り出す。



「ゼリグさん!!何があったんですかこれえ!!?」


「荷馬車の上から見えた!コッケントライスだ!でかいぞ!!」


コッケントライス?コッケントライスってなんだ…………あ、コカトリス?


「コ、コカトリスって、それモンスターじゃないですか!?もしかしてそいつが例のはぐれなんじゃあ!!?」


「っは!あんなもん只のでっけえ鳥だよ!炙り焼きにすると美味えんだこれが!!嘴に石化毒をもってやがるから気をつけな!!」


「石化毒って!石になっちゃうんですかあ!!?」


「まさか!食らっちまった奴はな、石みたいに身体をこわばらせて死んじまうんだよ!!っと、ほら見えてきやがったぞ!!」


ただの神経毒かよ!!ファンタジーの欠片もねえ!!いやそんなアホな事言ってる場合じゃ無かった。真面目に命にかかわる話である。私の身体も物理には強いが毒の類は効きそうであるからして、食らったら痛いじゃあ済まんだろう。



早速役に立ったどでかい槍、たしかパイクと言うのだったか。そのパイクに行く手を阻まれ、けたたましく鳴き声を上げていたのは軽自動車ほどもあろうかというどでかい鳥。いや鳥?爬虫類?


その肌はぬめってテカリ、翼はおろか羽毛すらない。巨大な二本の脚で地を踏みしめ、長い嘴を振りかざしながらこちらを威嚇する様はさながら怪獣の如し。


走りに走って槍衾の隙間から飛び出せば、どでかニワトリは都合よく獲物が飛び出してきたとばかり、「コッカカカカカ!!」と鳴き声を上げて私達のほうへ突っ込んできた。なんだお前その鳴き声、舐めてんのか。



私達と一緒に飛び出したシャリイちゃんが、横っ飛びに転がりながら短剣を投げつけてコッケントライスの右目を潰す。


片目を失って狂乱し、目測を誤ってパイクの槍衾に突っ込んだ大鳥は、その衝撃力で槍を圧し折りながらなお暴れるも、鉄球のついたトゲ金棒、メイスを振りかざしたマリベルさんに横合いから頭を殴りつけられて体を硬直させた。


「このまま槍で押し包みなさい!出血させて弱らせるのです!!」


「いいや!マリベルさんよ!もっと手っ取り早い手があるぜ!!」



手荷物を放り投げ、折れたパイクが突き刺さって倒れた傭兵に代わり、槍を押さえたゼリグが言葉を投げる。ちなみに放り投げられた手荷物であるところのノマちゃんは、コッケントライスの頭に当たってぼてっと落ちて、腹いせとばかりに地団太を踏んだ鳥野郎にぶちっと踏みつぶされた。マジでひどくないっすか?


「ノマさん!?ゼリグ!あなた何てことを!!」


「あいつはあれくらいでどうこうなりゃあしねえよ!!おらノマぁ!!お前が強えところ見せてやれ!!!」


赤毛から檄を飛ばされ、身を起こしながら巨体の脚を持ち上げて、えいやっと投げ飛ばす。ずるいなあ、ゼリグ。その言い方はずるい。ノマちゃんはお調子者なのだ。そんな言い方をされたら張り切らざるを得ないでは無いか。



残った左目を怒りに燃やし、身を起こしたコッケントライスが突っ込んでくる。めきりと拳を握りこんで迎え撃つが、巨体を前に思わず体が震えてしまう。なんせ自動車が正面から突っ込んでくるようなものなのだ、内心恐ろしくてたまらない。


もう一つ恐ろしかったのは、今から私は、この大鳥君を殺そうとしているという事である。殺す殺すと息巻きつつも、私がこの世界で生まれ変わってから奪った命は初日のお犬様くらいのもの。あとはゴッキーとハエくらい。


いま再び私は、自分の意思で血を流す生き物を殺そうとしているのだ。こんな事を言うとゴッキー君から叱られそうだが、命の価値はそのものの主観で変わるもの。血と臓物を流す生き物を特別視するのは致し方あるまいて。



殺すのか、殺せるのか。いや……殺す。すでに味方の傭兵には血を流し倒れているものが出ているのだ、殺さねば被害が広がってしまう。なによりコッケントライスの肉は美味いとゼリグは言った。ならばこの大鳥君はこの後私達のお腹に収まるのであろうからして、これは虐殺では無い。屠殺である。


息を吸い、吐く。もうコッケントライスは目の前だ。私の背中、槍衾の向こうから、誰のものともつかぬ悲鳴があがる。覚悟は決めた、私は今から君を殺す。せめて痛みを感じないよう、安らかに逝けますように。



私が大鳥の巨大な脚に跳ね飛ばされる、その間際。私の振るった拳はコッケントライスの嘴を砕き、頭部を捉え、なにか硬いものが砕ける手応えと共に大鳥の頭が爆散した。


眼球が飛び、脳の腑が潰れ、背後の木々に砕け散った嘴と頭蓋の破片が散弾銃のごとく突き刺さる。長い首は半場から千切れて凄まじい量の血を吐き出し、それでもなお力を失うことなく蛇のごとく暴れ回った。



返す刀と言わんばかりに拳を翻し、手のひらを頭上に掲げる。くいくいと指で手招きをしてみせれば、コッケントライスの首から溢れた血液は宙に川を作って舞い上がり、私の手のひらに殺到して流れ込み始めた。


血を奪う。奪う。奪う。流れ出た血だけでは無い、傷口から無理やりに血液を引きずり出して、その最後の一滴までも奪い去り、やがてすっかり血抜きが終わってやせ衰えた大鳥は、ずしりと大地にその身を横たえた。



南無阿弥陀仏。これぞノマちゃん第一の必殺技、「生命強奪」である。接触の瞬間に精気吸収で体力を奪い、傷が付こうものならその傷口から根こそぎ血を奪い去る。この必殺技をもってして、私は数々の血抜きに失敗した鶏を美味しいお肉に変えてきたのだ。なお技名は恥ずかしいので叫びません。


殺し合いに使ったのは初めてであったのだが、難点は御覧の通り。まあなんだ、ぶっちゃけ追加効果を発動させるまでも無く相手が死ぬ。即死する。でも屠殺と同時に血抜きまで完了できるのだから、今回のように食肉を相手にする場合はまあ便利か。



「終わりましたよ。強い所、見せれましたか?」


ぺろりと舌なめずりをしながら振り向けば、目に入ったのは顔を蒼白にしたマリベルさんと、エルフとドワーフの団長さん以下傭兵さん達。シャリイちゃんに至っては、先ほど砕けた槍が刺さって倒れた傭兵の治療をするキティーの前で、彼女を守るように短剣を構えながら震えていた。あるぇー。



「ゼリグさん。やり過ぎましたかね?」


「やり過ぎだ……殴ってぶっ飛ばすだけで良かったのに、この馬鹿……。」


そっかー、やり過ぎちゃったかー。まあそうだよね、調子に乗るんじゃなかった。


目の前で顔を覆う赤毛と二人、頭を抱えてはふーとため息を一つ。助けてあげたんだからいいじゃんかねー。駄目ですかね。



「……ノマさん。緑の神の加護を受けているとは聞いていましたが、その、力は?」


いち早く立ち直り、私に声をかけてきたはマリベルさん。さてどうやって誤魔化そうか。



「神様パワーです。」


「緑の神の加護に血を奪うものがあるなどと、寡聞にして聞いたことがありませんが?」


「奪ったり吸ったりするのは黒の神様の領分であると本で読みました。たぶん黒の神様も力を貸してくれてるんじゃないでしょうか。」


「複数の神から力を賜るなど、そのような話聞いたことも……。」


「では私が前例になったという事ですね。私は神様に選ばれし子なのです。」


エッヘンと胸を張る。正直これまた調子に乗ってぶち上げ過ぎた気もするが、煙に巻くには自信満々にわけのわからん事を言ってのけるが良いのである。言ったもん勝ちなのだ。この手に限る。



ふんぞり返った私を前に、マリベルさんは口元に手をあて黙り込んでしまったが、やがてゼリグにちらりと視線を向けて、彼女に言葉を促した。視線を受けたゼリグがひょいと肩を竦めて受け流すと、彼女はため息を一つ吐き、それで話は終わったとばかりに傭兵達にコッケントライスの解体を指示し始める。


ゼリグもそれについて歩いて、時折私の方を窺いながらもマリベルさんと共に行ってしまった。ふいー、どうにか乗り切れただろうか。



内心冷や汗をかいていると、入れ替わりでやってきたは怪我人の治療を終えた桃色と、彼女に首根っこを掴まれてぶら下げられつつ、それでも彼女を守るように短剣を構えたシャリイちゃん。


「あらまー。やっぱり強いわねノマちゃん、私は何にもお仕事なかったわ。」


「いや、キティーさんは治療がお仕事でしょう。先ほどコッケントライスがパイクに衝突した際、何人か倒れられてましたが大丈夫そうですか?」


「幸い命に別状は無いわね。でもしばらくは安静にする必要があるわ、手足はすぐに生えてくるものだけど、お腹が傷つくと厄介なのよ。内臓の損傷って奴はね。」


手足だって普通は生えてこないもんだと思うが、まあ癒しの第一人者が言うならこの世界ではそうなのだろう。早速数人脱落してしまったのは痛いものの、死者が出なかったというなら幸いである。



「お、お嬢様!お逃げください!!このような得体の知れぬ娘にそのように無警戒に近づいてはなりません!!ここは私が食い止めます故!!」


ふーふーと猫みたいに息を荒げ、割って入ったはシャリイちゃん。なにやらすっかり怖がられてしまったご様子で、メイド服を融通してもらった際は割と親しく話せていただけに、この状況は胸に刺さるものがある。ぐすん。


「だいじょうぶよー、シャリイちゃん。まあノマちゃんは、ちょっと化け物っぽいっていうか実質ほぼ化け物みたいなもんだけど、それでもむやみに人を襲ったりしない良い化け物なんだからねー。」


「や、やっぱり化け物なんじゃないですかぁ!?まさか例のはぐれと結託して私達を罠に嵌めようと!?」


いや確かに化け物みたいなもんだけど、あんまりバケモンバケモン言わないで欲しい。地味にぐりぐり心に刺さるのだ。別に私は人を襲って食べたりしない、襲うのは女の子だけである。血液的な意味で。



「まあまあ、落ち着いてくださいシャリイさん。」


「あんなものを見せられてどう落ち着けと言うのですか!そ、そんな笑顔を向けられたって騙されませんからね私は!!」


「確かに私の力は化け物も同然かもしれません。ですが私は、おぞましきこの力が、ドーマウス本家の一員たるキティーさん、いえ、キルエリッヒお嬢様のお役に立てることを誇りに思っているのですよ。この力があったからこそ、私はお嬢様に出会うことが出来たのです。この気持ち、シャリイさんにならわかりませんか。」



左手を胸にあて、右手を差し出してしゃらりと申し上げてみれば、何やらぷるぷると震えて感極まった様子のシャリイちゃんに、がしりと両肩を掴まれた。


「ノマさん!私は貴方の事を誤解しておりました!そうです!そうなのです!さすがドーマウス本家の血筋だるキルエリッヒお嬢様!ノマさんのように異形の力を振るう者すら、お嬢様の素晴らしさの前にはひれ伏してしまうのですね!貴方と私は同士です!今日から心の友と呼ばせてください!!」


めっちゃ早口で言いきられた。手のひらくるっくるですね、ちょろいわこの子。しかしちょっとキティーを持ち上げるだけでこれとはよほどドーマウスの家に心酔していると見える。先ほど見せた身体能力やナイフ捌きといい、正直言って闇しか見えてこないのだが。


私に抱きつくシャリイちゃんをべりっとはがしてキティーに預ける。私までもが、既に袂を分かったドーマウスの者であることについて言及したせいか、彼女は若干頬を膨らませつつもじたばた暴れる金髪少女を受け取ってくれた。ちょっと機嫌を損ねたか、あまりこのネタは多用しないようにしよう。



周りを見やれば、解体されたコッケントライスのお肉を傭兵さん達がえっさほいさと運んでいくのが目に入る。あまり時間も無いという事で、脚周りの解体しやすい部分のみが取り外されて、内臓をはじめ残りのお肉は打ち捨てられた。ああ、ハツや砂肝が恋しい。もったいなひ。


しかしまあ、おかげ様で今日は美味しいお肉にありつけそうである。出来れば熟成期間が欲しかったものの、まあそこまで望むは野暮というものだろう。


そうこうする内、バラされたお肉には縄が通され、次から次に荷馬車の脇に括りつけられ、あるいは積み上げられて、がちりと固定された。あ、私が運ぶんですね。そっすか。はい。くそう、後で腹いっぱい食ってやる。




 ややあって、全隊は行軍を再開し、どうにか日が暮れぬうちに拠点の予定地へとたどり着くことが出来た。伸びていく影の中、ゴロゴロと荷馬車をひいて、開けた野原へ足を踏み入れる。


みなが悲鳴を上げて脚を止めるものだから、なんぞやと思いつつも隊列の前に出ていけば、なるほど。どうやら、私達は件のはぐれとすれ違いにならずに済んだらしい。



目の前の野原には、壊れた荷車と干し肉をはじめとした食料品が乱雑に散らばって、その中に混じって荷駄獣と思しき蹄のついた脚と、半ばからもぎ取られた人間の手足が転がっていた。


胴体は見当たらなかったが、そこかしこにぶちまけられた血だまりからは絨毯のごとく赤い跡が伸びており、引きずられていったと思しきそれは森の中へと消えている。



気になる点はただ一つ。残された遺体は、未だ獣に喰われておらず、蟲も沸いていないという事。この惨劇からそう時間は立っていない。奴は、この付近に潜んでいるやも知れぬ。


荷馬車と繋いでいた革紐を外して放り捨て、森の奥を睨みつける。先日といい今日といい、不愉快なものを見せつけおって、癪に障る。ああ、くそ、不愉快だ。人の形をしたものの死骸を見せつけられるなぞ、不愉快極まる。気に入らない。


さあ、餌が来てやったぞ。お前の餌が、百人も来てやったぞ。さっさと姿を見せい。



私が、お前を殺してやる。



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