16、捨てられたワンコのふたり
VTRのコーナーが終わり、カメラがスタジオに戻って来た。
司会者が改めて、口上めいた口調でスタジオとお茶の間の人間に語りかける。
「さて、霊媒師、占い師による実際に行われた犯罪被害を見て参りました。
しかし先ほど先生方がおっしゃったように、こういったインチキや詐欺行為は、ごく一部の悪質な人間によって起こっている物であります。 我々だとて、全ての霊媒師、占い師がインチキだとか、偽物だとかもうけ主義だとか、そういう事を言うつもりは毛頭ありません。
と、いうことで、これからの30分間は、ここにお集まりになった優秀な占い師の方に、実力のほどをお見せ頂こうと思います。 もちろん、霊媒師の方の中で、ご自分も挑戦したいとおっしゃる方は、ご一緒に参戦していただいて結構です。
実はですね、大変困ったことが起きているのです」
「なにか事件ですか?」と南海。
「そうです、誘拐事件です。 こちらのパネルをご覧ください」
中央の特大パネルに大写しになったのは、黒いシルクハットのイラストが入った、いかにもステレオタイプの犯罪告知文だった。
『スタジオ内の、怪しげな職業の面々に告ぐ。
これは我輩、怪盗トクバーンからの挑戦状である。
諸君らが馬鹿面を緩ませて呑気にビデオ鑑賞をしている間に、我輩はこっそり客席に忍び込み、女性をひとり拉致して某所に監禁しておいた。
時間は15分。 諸君がこの女性の居場所を突き止めて解放出来ればよし、出来なければ諸君の無能さは全国に知れ渡り、今後営業が出来なくなるばかりか、拉致された女性も闇から闇へ葬られてしまうであろう。
諸君らがいくら自分の有能さをその軽すぎる口で吹聴しようとも、実際に人の役に立つ情報を提供できなければただの詐欺師と変わらない。 せいぜい頑張って、局内を走り回ってくれたまえ。
尚、占いに必要と思われる情報は、客席のどこかに残されている。 諸君らは自分に必要な情報を各自で選び取り、奮起して真実に迫って来るがよい。 ……怪盗トクバーン』
「ものっすごーく古式ゆかしい挑戦状ですね。 明智小五郎シリーズみたい」
南海がまぜっかえすと、里田も、
「うーん、トクバーンって名前も今一歩なんですが、はは、ははは」
わざとらしくヤラセをアピールした。
「で、一緒に入っていた写真がこれです」
画面に、さっき小部屋で撮影した、赤いチュニック姿のあたしの写真が入って来た。 両手を椅子に縛られている上半身。 客席がにわかにざわめく。
「つまりこの人は、これまでこの客席のどこかにいらっしゃったお客さんだという事です」
「やだー、大変じゃないですかあ! わざわざスタジオにお越しいただいたお客様に」
「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。 心よりお詫びして番組を終わらせて頂きます」
「里田さん、違うでしょ! 私たちがこの女性を救出しなきゃって話でしょう」
「なるほど。 この文面だと、テレビ局内に監禁していると言う感じですからね。 みんなで探しに行きますか?」
「じゃなくてっ! 占い師さんたちへの挑戦状なんですよ。
挑戦状には客席にヒントが残されていると書かれてます。 それを見つけて、局内に不案内な占い師の方々をお手伝いしながら挑戦していただきましょうよ」
「なるほどー!」
そこでまず、客席を撮影したVTRが流された。
そこからあたしの席を見つける。 赤いチュニックを着たあたしの姿は、なるほど画面によく映えて、すぐに見つかった。
里田は、マイクを片手に自分でその席までやってきて、座席の上や周辺を調べ、座板の裏側に貼り付けられた白い封筒を発見した。
中身は、さっき質問されたあたしのプロフィールだ。 個人情報なので公開できないということで、直接ひな壇に持ち込んで、占い師さんたちに見てもらうことになった。
それは珍妙な光景だった。
カメラは、情報を元に独自の方法で占いを始めた、奇妙な人たちの姿を次々に捉える。
筮竹、水晶玉、タロットはまだいいが、中には電卓を使う奴、コーヒーを息で吹き飛ばす奴、サイコロを口に入れる馬鹿などへんてこりんなのがいっぱいいた。 小学校の自習時間にこんな奴いたなあ、と、あまりのアホらしさにあきれ果てた。
中には、「こんなことで易者の実力が測れるか!」と文句を言う輩もいて、マジシャン側がそれに応戦するとたちまち論争になる。 攻撃側は、喋らずにいると暇なもんだから、すぐにタッグを組んで、全員で一人の人間を攻撃する。 言葉の袋叩きだ。
要するに、動かずにいる占い師は、無能者呼ばわりされる姿をお茶の間に流されてしまう仕組みなのだ。
これはたまらんと思った占い師たちは、局内の見取り図を司会者からひったくって、あたふたと搜索に出かけて行った。 無能者のイメージが流されるのも怖いだろうが、普段、泰然自若としている占者が、顔を真っ赤にして他人を罵倒しているシーンを流されるのもあまり有り難くないだろう。
霊能者席のゲストからも、捜索参加者が相次いで出てきた。
彼らだって、スタジオに残ったら槍玉に挙げられるだけなのだ。 当てずっぽうでもなんでもいいから、頑張って仕事してます的な姿を放映された方が、なんぼかマシだろう。
封筒が発見されて3分も経つと、ひな壇の右半分はほとんど空っぽになってしまった。
でもあたしの魔術師は、まだそこを動いていなかった。 退屈な授業を聞き流す学生みたいな格好で、視線を自分の指先に落としてじっとしている。
「如月さんがまた冬眠に入っておられますが」
ウィズの気分に大きなムラがあることを把握したらしい司会者が、我が意を得たりと弄りにかかる。
「時間に限りがあるのをお聞きになってましたか?
如月さん、あのー。 頼むから仕事してくださーい」
会場からクスクス笑いが起こる。
攻撃側からは、あたしの個人情報を「仕込ん」で来たのに、先に公開されたから動けないんだとか、ひとりでカメラを独占する作戦なんだとか、勝手なことをほざく人間も現れた。
ウィズは多分、時間いっぱいまでサボっているつもりだったのだろうけど、あまりにうるさいのでやれやれと立ち上がり、客席の方へ降りて来た。
そしてあたしが最初にいた席に近づき、シートに手を当てた。 形だけでもやってる風にしとこうという事らしい。 カメラが嬉しそうについて来る。
ウィズがハッとしたように顔を上げた。 その視線が一瞬、あたしとぶつかる。
あたしが変装してここに移動してることを、今更気づいたわけでもあるまいに、何を驚いてるんだろう。 あたしはあの席にいる時、何かとんでもない思念を残しちゃったりしたろうか?
魔術師はそのまま席の間を通って、まっすぐあたしのとこへやって来ると、あたしの席のすぐ脇の通路に、不意にべったりと座り込んでしまった。
もう! ウィズったらまた!
背広でその辺に座り込むなって、何度言ったらわかるのよ。
しかもいつの間に買ったのか、ダンヒルの高級品着てるし!
睨みつけた視線が、またウィズとぶつかる。 びっくりするほど子供っぽい表情で、彼はあたしを見上げていた。 捨てられたワンコはあたしだったはずなのに、この魔術師の顔と言ったら、公園の隅で箱に入って鳴いてる、子犬みたいじゃないか。
「立ってよ。 背広汚れるよ」
根負けして掛けた言葉が、我ながら可愛くないくらいふて腐れている。
カメラはスタジオの外へ出て行った連中の報道に移っていて、今なら注目度は高くない。 それでもなるべく口を隠して、あさっての方を向いてしゃべった。
「……聞くけど」
ウィズが千切れたセンテンスで、突然話しかけてくる。 彼もカメラに拾われないように、顔を伏せたままだ。
「別れたいとか考えてるわけじゃないんだよね?」
「はあ?」
「嫌われたんじゃないんだね?」
「何馬鹿なこと言ってんの……!」
天然ウィズのとんちんかんぶりは、今に始まった事じゃないけど、そんな大切なことが判らないほど、勘が鈍るなんて考えられない。 これまでだって、あたしの気持ちはいちいち口に出さなくても、ストンと伝わったのに。
「一体、なんでそんなことを考えたのよ」
「そうか、わかった。 ……美久ちゃんの携帯が故障してるんだ!」
「えっ!!」
あたしは仰天して、自分の携帯を確認した。
液晶は生きてる。 メールも電話も、毎日何件か送信されてる。
でも、受信欄を見て愕然とした。
メールも電話も、最後の日付は、まどかとミヤハシ父の追跡をした、あの日を最後に誰からも入ってないのだ!
ウィズだけじゃなく、誰からも。
「そう言えば、おととい、まどかにかけても留守だったわ……」
「さっき、目の前でかけても反応なかったから、おかしいなと思ったんだ」
「さっきって、携帯没収された時?」
「そう」
「あたし何十通も送ったよ?」
「僕もだ」
あたしの携帯は、階段から落ちる直前に、若松に取り上げられ、警察を経由して手元に戻って来たものだ。 その経路のどこかで、送受信の機能にトラブルが起こったのかも知れない。 液晶が無事だからと、疑いを持たなかったあたしも迂闊だった。
ウィズがホッとしたように吐息をつき、次いでくすくす笑い出した。
「笑い事じゃないわ。 ウィズったら、なんで嫌われたなんて思い込むのよ?」
「吸血鬼みたいな真似をしたから、引かれちゃったかと思った」
「引いたわよ、思いっきり。 でも嫌いになるのとは別でしょ」
百発百中のくせに、相変らず気弱なやつ。
読み取れなかったあたしの思いを探しあぐねて、ひとりで迷子になっていたウィズがとても愛おしかった。
久しぶりの晩だった。
あたしは母の許可を貰って、ウィズの泊まっているシティホテルの部屋に外泊した。
短い夜の半分は、服を脱ぎ捨てた互いの肌に、自分のぬくもりを残すことに熱中した。 あたしたちは、まだそう言う快楽に熟達してるわけじゃなかったけど、相手の体を充分に受け入れられたと実感できるまで、抱き合っていたいという気持ちは、習熟度に関わらず強かったのだ。
そして、その後の残り時間は、ふたりであきれるほど深く眠りこけた。
これまでろくに味わえなかった深い眠りは、短時間で心と体を洗い流してくれた。
けれど、幸せな時間に翻弄されて、あたしは忘れていたのだ。
いや、忘れようとしていたのかも知れない。 心のどこかで釈然としていない思いを感じていたのに、意識の外に蹴り飛ばそうとしていたのかも知れない。
「別れたいとか考えてるわけじゃないんだよね?」
百発百中の預言者である彼が、何の根拠もなく、そんなことを言い出すはずがないってことを。




