10、南極でひとりぼっち
ウィズの予見通り、ミヤハシ父は、その晩病院で死亡した。
その情報をくれたのは、沖と言う若手の刑事だった。
あたしはこの刑事にべったり懐かれ、事件のことを根掘り葉掘り聞かれていたのだ。
「寝ててもオキです」
自己紹介は、面白くもなんともないダジャレだった。
沖刑事は小柄で童顔、マンガみたいにデコラティックな顔で、耳の大きい独特の風貌だった。
ミヤハシと若松に暴行された話をすると、すでに若松が自供している内容と同じだとうなずいた。
ベレッタ刑事やまどかの供述と合わせても矛盾がないことから、暴行についてはすでに調査が終わっているようだった。
「終わってないのは、放火の方です。
放火のほうか、って、あっ下らんこと言いましたね」
ホントにくだらないので黙っていたら、寝ててもオキはぼりぼりとおでこのあたりを掻いてから続けた。
「とにかく1階の方は謎だらけなんです。
1階に転げ落ちた宮橋さんは、肩を骨折しておられました。
あッ、骨折して折られましたって、これはシャレのつもりじゃなかったんですが」
「……はいそれで?」
「えー、とにかく、死に至るほどの重症じゃなかった。
そのあと火傷のために亡くなっているわけですが、結局誰が火をつけのかがわかってません。
今のあなたのお話だと、宮橋さんとあなたは一緒に階段を落ち、先にあなたの方が一旦意識を取り戻している。 その時に赤ちゃんが視界に入った、と言う話ですが、赤ちゃんが一人であそこに住みついているのはおかしいですよね?」
「あ、だ、だからそれはもしかして幻覚だったかも……」
あたしは急いで言った。 実際、そのあたりは現実感に自信がないのだ。
「幻覚をみた、で、そのあとは空白で、気が付いたら既に消火が終わっていた、と」
寝ててもオキはうなずいた。
「しょうか(そうか)」とか言い出さないうちに、大慌てで話を変えなければならなかった。
ウィズの供述では、彼が駆けつけた時、すでにミヤハシは炎上し、あたしは意識を失っていたらしい。
「実は、如月さんがパイロキネシスで火を点けた、という説が、一瞬浮上したんです」
沖刑事はいたずらそうな表情で、ひやりとするようなことを言った。
「パイロキネシス?」
「自然発火を引き起こす超能力です。 いや失礼、もちろんこいつはジョークですが。
あの人結構、火事に巻き込まれてるじゃないですか。 所轄じゃ有名な話だ」
「ウィズが疑われてるんですか」
「いや、だからジョーク。 今回は灯油使ってるから、自然発火じゃないしね」
「灯油!」
「階段の下でノビてる宮橋さんの顔面に灯油をかけて、そこに火の付いたティッシュをポイ」
郵便受けの時と同じ手口だ!
胃の中がずっしり重くなった。
ウィズが「自分が火を点けたんじゃない」と言ったのはホントだったんだ。
だのに、あたしは信じてあげなかった。
すぐにウィズの携帯に電話をしたけどつながらない。
沖刑事の話だと、ウィズはこれから仕事だと言って、一足早く帰ったらしい。
仕事中なら仕方ない。
ひとまずメールを送って置いて帰宅することにした。
帰りは沖刑事が車で送ってくれた。 そこまでしてもらうほどの距離はなかったんだけど、要するに車内でまだ話をしたかったらしい。
警察はこの時点で、ウィズを容疑者から外しているように見えた。
自然発火云々の話はともかく、普段から傍で見ているまどかとベレッタさんが、犯人は絶対ウィズじゃないと言い張ったためだ。
「あの人は美久が最優先!」
すでにひっくり返っていたミヤハシをわざわざ殺して使い物にならなくしてから、あたしを助けるために2階の若松からエネルギーを吸引するくらいなら、最初からミヤハシから洗い浚い吸い取ってしまえばいいのだ。
それだけの理性が残ってなかったと言うのなら、そもそも灯油をかけてから焼くと言うのが迂遠なやり方に見える、スッキリしない、というわけだ。
「僕も、如月さんは違うと思います」
寝ててもオキが断言した。
そこまで聞いて、ようやくあたしは、自分こそが第一容疑者なのだという事に気付いたのだった。
ただし、「外部から誰かが入って来た可能性」についても、警察はちゃんと考えていたようだ。
「作業所のシャッターが開いてましたよね。 あれは最初からですか。
あなたが訪ねて行った時、もう開いてましたか。
ドアはどうです? パーテーションに鍵付きのドアがあったでしょう。
あれが閉まってたかどうか覚えてませんか」
そういうことを、いやに詳しく聞かれた。
次の日、朝からテレビの報道番組が大騒ぎを始めた。
あたしたちが遺体を発見した、あの子の事件の続報が出たのだ。
ウィズが告発したあの母親が、子供の殺害を自供したというニュースだった。
あたしの魔術師の顔は、何度も何度も画面に登場した。 発見時のVTRだ。
その後ろに半分隠れるようにして立っている自分自身の姿を、あたしは呆然と見ていた。
自信たっぷりにしゃべるウィズの後ろにいるあたしは、半人前以下の子供みたいにオドオドして、ひどく頼りなげに見えた。
大学の講義に出てから、帰りに彼のマンションに寄ってみた。
群がる報道陣を苦労して誤魔化して、やっとの思いで部屋まで行ったのに、ウィズは留守だった。
もう一度携帯に電話したが、やっぱり取らない。 メールをもう一度送って見るが、なしのつぶて。
喫茶「ウィザード」に行き、喜和子ママと話をして、やっと事情が分かった。
ウィズはあまりに報道陣が騒がしいのに閉口して、パソコンと財布だけつかんで、衝動的に市内のホテルに退避したらしいのだ。
「相当頭に来てたから」
喜和子ママはアールグレイティーを淹れながら、いつものようにため息をついた。
「それにしても、困った子ね。
美久ちゃんには知らせとかなきゃ、だめじゃないの。
どこのホテルにいるのかは、わたしも聞いてないのよ。 ごめんなさいね」
あたしはあわてて首を振った。
それから視線をテーブルの黒に落とした。
もしかしたら、あたしはウィズを怒らせたのかもしれない。
連絡がないのは、会いたくないという意味なんじゃないだろうか。
ウィズに連絡が取れないまま、3日間が経過した。
あたしは毎日、大学の講義が終わると、ウィズのマンションに立ち寄って、何時間かをそこで過ごした。
彼がいないのは分かっていたけど、他にどうすることもできなかったからだ。
4日目の夕方、ウィズの部屋でぼんやりしている時。
何気なくテレビを点けたら、いきなりウィズにお目にかかってしまったのだ。
それも生放送のニュース番組で。
「はい、コメントを頂けるという事で、こちらでお待ちいただいてます。
如月吹雪さんです。 如月さんよろしくおねがいします!」
どこかのホテルの中庭みたいなところで、ウィズはインタビューを受けていた。
あまりミーハーな報道にならないようにとの配慮なのか、比較的年配の男性アナウンサーがマイクを持っている。
「母親が犯行を自供したという事で、殺害の状況などが、だんだん明らかになって来てるんですけど。
如月さんは、殺害の様子が頭に浮かんだりとか、そういうことがあるんでしょうか」
「ありますね」
「今、母親が自供している内容に嘘はないですか」
「ないと思います」
「で、捜査が進んでいくと、今後はどういう展開になるんでしょう」
「さあ」
「さ、さあ?」
「わかりません」
ウィズはてんで相手の空気に合わせようとしない。 予定外なのだろう、アナウンサーの方が慌てている。
「わ、わからない。 ええと、如月さんにも読めないとおっしゃるのですか」
「いえ、予想すること自体、もうやらない事にしてるんです。
この件は済んだことなので、あとは警察にお任せします」
噛み合わない会話に、スタジオの司会者が助け船を出した。
「如月さん、そんな風にいつも警察と、協力体制を取っておられるんでしょうか」
「いいえ」
ウィズが殴りたくなるほどそっけなく首を振る。
誰だよ、こんな奴にコメントの時間をやったのは。
「違うんですか? 一部報道ではそんな風に……。 違う、はあ、そうですか。
では、今後そういう活動をされたりはしないんですか? アメリカなんかだと、行方不明者の捜索に霊能者が力を貸したりしてるようですが」
「僕は霊能者じゃない」
そこだけ即答。 何とかならんかこの男。
「はい、ええとそのあたりのお話はですね、今週の木曜日の特番を見て頂くと、詳しくわかるんじゃないかなーということなんです」
今度はウィズの横にいるアナウンサーが助け船を出す番だった。
「実は如月さんも出演されるんですよね!」
「はい、そうです」
ウィズがうなずくと、スタジオでざわめきが起こった。 司会者が目を剥く。
「えええ? 如月さん、もしかして番宣に出て来られたんですか⁉」
「はあ。 急に出演が決まったので、僕もよくわかってないんですが。
さっき突然、こんなものを持って来られて」
ウィズは一枚のボードを胸元に掲げた。
“その目で見ろ! 驚愕スペシャル
霊能者・超能力者の真実を暴け! 緊急生放送!!”
「な、なんだかハードそうな番組ですね」と司会者。
「はあ、よくわからないんですが無茶な企画だそうです」と、ウィズが整った顔に苦笑いを浮かべると、画面にパッと花が咲いたような明るさが宿った。
「かわいー」
スタジオから声が起こる。
「大丈夫なんですか? 如月さんはこれまであまりメディアに顔を出されなかったですよね。
それがいきなりこういう爆弾番組って、あの、何か心境の変化とかあったんでしょうか」
「いえ、それほどの物は。 ただ、今までは家にこもってたんで、それだけなんです。
今回は、運命の人に出会えそうな感じなので、出演させて頂こうかと思いました」
「運命の人!」
スタジオが騒然とする。 主に騒いでいるのは、若いアシスタントの女の子と中年独身の女性コメンテイターだ。
「そ、それって恋人とか、そういう出会いがあるってことですかあ!」
ウィズは曖昧に首をかしげて答えなかった。
「何よ。これ!」
思わず立ち上がって、あたしは叫んだ。
彼がテレビ出演するなんて、あたしは何も知らなかった。
運命の人とかそういう話も初耳だ。
何も教えてもらえなかった。
テレビのスイッチを切り、飾り気のないウィズの部屋の中を見回した。
広すぎる窓、食器の少ないスタンドキッチン、あたしと一緒の時しか使ってないベッド。
出会ってから、もう8年。 2日とあけずに一緒にいた。
ウィズのことなら、何でもわかってるつもりだった。 だのにこうして、彼のお仕事用のパソコンが見当たらないだけで、明日彼がどこで何をするのかさえもわからずにいる。
でもきっと、ウィズの方はわかってるんだ。
あたしがここにいること、ウィズの帰りを待ちわびていること、会いたくて気が狂ってしまいそうなこと。
噛みしめた唇から、小さな嗚咽がこぼれた。
そうだ、そういうことなんだ。
あたしが会いたがってることをウィズが知らないわけはないのだ。
つまり、ウィズはわざとあたしを避けてる。
会いたくない、と言ってるんだ!




