焦がれ堕ちた者
長編にするには短すぎるし、短編にするには長すぎる絶妙な長さの英雄譚を書き残していきます。
かつて人類は、滅亡の危機に瀕していた。
突如現れた怪人達の組織が、人類すべての粛清を宣言し、人類へ侵攻。一億人以上の死者が出た。
だがそんな中、立ち上がった者達がいた。それが後に、《ヒーロー》と呼ばれる特殊な者達だ。
《ヒーロー》と《ヴィツィオ》の戦いは苛烈を極めたが、最終的に《ヴィツィオ》の首領の討伐により長きに渡る戦いは終わった。
「誰かヒーローに連絡を‼︎」
「とにかく急いで逃げろよ‼︎」
それでも、まだ世界は平和になってはいない。怪人の残党は、怪人発生の原因である未解明の臓器を人に対して埋め込んでいる。
「またか……結局、繰り返す」
その中でも悲劇的なのは、《ヴィツィオ》の怪人達の子孫達だ。抗えない人肉欲と支配欲に生まれ、人間社会に紛れ込みながらも結局暴れ出し、ヒーローに倒される。
俺もそんな哀れな奴らの一員だった。
「私の名は、アポロジャイズ・ワン‼︎ あ、すみませんですがここのビルとそこのビルは退かせていただきます。邪魔なので」
目の前でビルを退かしているのが、超謙虚ヒーローと呼ばれているアポロジャイズ。いつもは普通に会社員をやっているらしく、ちょっと絵面が面白い。
わずか1分で四つのビルを退かした。
「あ、すみません。礼儀がなってませんね……変身‼︎」
アポロジャイズは変身ヒーローっぽい見た目をしているが、普通と違って変身した姿はいつもの超人的な力を封印する装置らしい。
噂によれば、アポロジャイズは子供の頃から力が強すぎるせいで様々な悲劇が起こったらしい。
「すみません殴ります。すみません吹き飛ばしますか。痛くないように、すぐに倒させていただきます」
「とっくの昔に……‼︎ 心も体も痛い……‼︎」
恐らくこいつも、俺と同じく怪人の子孫なのだろう。怪人はその特性も遺伝しやすく、親がどういう怪人だったのかが分かるという。
雰囲気的に、こいつもこいつの親も強い怪人だったみたいだが、アポロジャイズと戦った事が運の尽きだな。
「誠に申し訳ありません……激突土下座‼︎ 」
土下座をした余波で全てを薙ぎ飛ばす必殺技らしい。
「殺してしまって、申し訳ありません‼︎」
察した者もいるだろうけど……そう。俺は怪人なのにヒーローのファンである。
かつて《ヴィツィオ》の最後の戦いの時、まだ三歳の俺を人間だと思ってヒーローが助けてくれた事が始まりで、あれからずっと俺はあの姿に焼かれ焦がれている。
「いくら脳を焼かれ焦がれたって、ヒーローになんか成れるわけないのに」
思春期辺りから強くなってくる渇望するほどの欲求と、どうしようもないほどの誰かを守りたいという感情が、俺の中を段々と歪めていく。
怪人は、恐らく普通の人間より三大欲求が歪んだ上で強くなっている。人肉欲も食欲の延長線だと考えれば、根底はやはり人間と変わらない。
そもそも《ヴィツィオ》の首領が自己を改造して自分を化け物にしたのが始まりだから当然だが。
「お、来じゃん。おはよう‼︎ 風邪は治ったか?」
説明が遅れたが、俺の名前は轟来。
思春期に入って怪人に近づいてるのか頭痛が酷く、風邪を偽って休んでいた。
「もう大丈夫だ。心配してくれてサンキュ」
俺の事を心配してくれたこいつは、葛城幸多。
すっごいざっくり言うと、俺の親友だ。
「もう……心配したんだからね」
「うん……すまん」
こっちはもう一人の親友の、秋山柚子。
柚子も幸多も人間で、俺だけ怪人だった。だけど疎外感を感じる事がないほど、二人は俺と仲良くしてくれた。
それなのに俺は、俺の正体を未だに二人に明かせずにいる。俺は怖がっているのだろう。もし二人に拒絶されたらと、ずっと怖がっている。
「さっきさぁ〜、登校中にアポロジャイズ・ワンが目の前を通ってったんだけど、スキップしててめちゃくちゃ面白い光景だったんだよね」
「アポロジャイズ・ワンは、ヒーローではあるけど会社で働いてる時が一番らしいからな。けど大抵、怪人を倒して遅刻しているらしいから、今日は間に合いそうだったって事じゃないか?」
「お〜。やっぱり来は詳しいね〜」
ヒーロー好きなのはあんまり主張してない。非日常が日常となった今では、自然とヒーローの話をするし、二人は詳しいな〜くらいに思ってるはずだ。
「最近、怪人事件を見かける機会が増えたな」
「そうだな‼︎ ま、沢山のヒーローが頑張ってるんだ。とっとと怪人なんて全部やっつけてくれるさ‼︎」
「そうだね。いつか、怪人がいなくなって……皆んなが普通に暮らせる日々が来るはず」
普通の人は、そう思うのだろう。と言うか当然だ。人を襲う怪人は、いなくなった方が人の為になる。
いつかこの命も、ヒーローに壊される運命なのだろうと自分でも思う。
「……いつか来るさ。多分」
いつか来る未来には、俺は存在しない。
「そこはカッコよく決めた方がいいんじゃないか?」
「うん。賛成‼︎」
「……もうどうなってもいいや」
「おやおや〜、私から逃げようだなんてそうは行きませんからね? 逃走不可絶対笑という事です」
「今笑ったな? というか、怪しい宗教の勧誘か異世界への誘いか、大穴でマントルまで突っ込む会への勧誘か知らないけど、俺はとっとと帰りたいんで、どいてください」
学校からの帰り道。突然、高身長白髪に路地裏に押し込まれつつ壁ドンされている。俺にはそういう趣味はない。
まあそれはそれとして高身長白髪の上にイケメンだし、なんかセリフとか含めて残りの全てが胡散臭い事を除けばモテるんだろう。だがとにかく胡散臭い。
「貴方は何がしたいんですか」
「私は、かつての《ヴィツィオ》を継ぐ《ツヴィオ》という怪人組織を立ち上げようとしている者です。ああ、私の名前はトルギスと申します。以後、お見知り置きを」
「《ツヴィオ》か……俺に入れと?」
トルギスは俺の問いには答えず、微笑みながら不意打ち気味に俺の首に優しく噛み付く。
「吸血鬼みたいだな……それがお前の怪人としての力か」
「蝙蝠怪人ですよ、私は。まあ、その延長線として生まれた能力です。ちょっと拡大解釈気味ですが」
トルギスは俺の顎に優しく触れながら、真っ直ぐ俺を見つめる。
「それで、私達の仲間になる気はありませんか?」
「……ならない。俺は、怪人として生きるつもりはない。俺はヒーローに焦がれたから」
「人間として生きるつもりですか? それは不可能です」
「何故?」
「運命からは逃れられません。ただし、私たちと一緒に戦ってくれるなら、この怪人に待ってる絶望の未来を変えれるかもしれませんよ? ……貴方と私でなら」
「何度でも言うが……」
根気強く断ろうとしたその時、遠くから聞き覚えしかない大きな声が聞こえて、トルギスが蹴り飛ばされた。
「大丈夫か⁉︎ 勢いで蹴り飛ばしたが、蹴り飛ばして大丈夫だったか⁉︎」
「幸多‼︎ すまん、助かった。蹴り飛ばしても大丈夫だ」
「とにかくとっとと逃げ……」
瞬間、トルギスから伸びた手が幸多を吹き飛ばした。
「……たった一人。しかもヒーローでもない学生が加勢に来ただけで、形勢が変わると思いましたか?」
どうする……? 俺はどうすればいい。こいつらの味方になるなんて論外だが、このまま安全に幸多を逃す為には回避不能じゃないのか?
俺はどうすればいい……?
教えてくれよ、ヒーロー。
「じゃあ、ヒーローがいれば……形勢は変わるね?」
誰も気づいていなかった。恐らく、トルギスですらその誰かに気づく事は出来ていなかった。
およそ一秒後、再びトルギスは蹴り飛ばされていた。そこに刺さっていたのは、クナイのような投擲武器だった。彼女の名を、俺は知っている。
「ムーン・ナミス‼︎」
「お、私の事知ってるなんて物知りだね。それとも、私もそこそこ有名になってるのかな?」
ムーン・ナミス。潜伏能力に長け、クナイを武器に戦う新米ヒーローだ。スタイリッシュな彼女の戦闘は、男の俺も惚れてしまいそうだ。
「ムーンスラッシュ‼︎」
ムーン・ナミスの攻撃により、トルギスは普通の人だったら致死量となる程の血を流していた。
血の匂いは苦手だ。
「流石に、引かせていただきます‼︎」
トルギスは、何か煙幕で目隠しをするとかでもなく全力疾走で逃げていった。マジか。そんなありかよ。
「あ……私もまだまだ甘いね。反省反省‼︎ あ、そっちの少年は手当するからちょっと待ってね」
ムーン・ナミスは、幸多の手当てを完了させた後、何故か俺に向けてウインクして帰っていった。
「俺は、何処へ行くんだ……? 何処へ行きたい……?」
何も出来なかった俺は、ただ天を仰ぐ事しか出来なかった。
柚子と書いて「はす」と読む。意味があるわけではない。




