第7話 タイムスリッパーの悩み
3月に入った。
駿府高校女子サッカー部のメンバー5人が、戦国時代にタイムスリップしてから早くも3か月が経過。
緩慢な攻めとはいえ、実際に兵士が死ぬところを目撃した彼女たちはショックを受けたが、人間は環境に慣れてしまう。
すでに、すっかり戦国の世に馴染んできた彼女たちだったが、しかし。
「暇!」
根っからの陽キャで、明るい高原奈緒は、早くもこの世界に飽きてきていた。
何しろやることと言ったら、たまに氏真に呼び出されて、リフティングや簡単なシュートやパスを伝授するだけ。
しかも、この城はずっと徳川軍に取り囲まれていて、食糧の心配すらある状態。
今でこそ、本格的に徳川軍が攻めてこないから、まだ持っているが、これが長期化し、食糧が尽き始めると、地獄絵図になることは明らかだった。
スマホは、緊急時以外は使わないため、基本的に電源を落としている。
「まあ、そう言うな、高原。戦に巻き込まれて、命の危険がある状態より全然マシだろ」
リーダーの中田がなだめるように発する。
「でも、確かに高原さんの言うこともわかりますわ。スマホが使えないとこんなに退屈なのですねえ。むしろスマホがない時代の人たちは、どうやって時間を潰していたのでしょうねえ」
現代人らしく、スマホ依存症気味の川口が、のんびりした口調で述べる。
「だからこそ、こうして本を読んでいるんです」
そう短く発し、手元の書物に集中していたのは、意外にも1年生の中村だった。彼女は、氏真から好きに読んでいいと貸し与えられた、漢字だらけの本に目を通すのが日課のようになっていた。
「俊は、よくそんな難しい本を読んでいられるわね」
井原が感心するくらい、この中村はある意味、勉強熱心なところがあった。彼女の集中力は普段から養われていた。
「ああ、パフェ食べたいですわ。クレープ食べたいですわ」
さすがに飽きてきたのか、川口がそう言って、天を仰いだ時だった。
「”ぱふぇ”? ”くれーぷ”。それらは何ぞ?」
「うわっ。びっくりしましたわ」
見上げると、千早が可愛らしい笑顔を浮かべたまま、この部屋に入ってきたところだった。
「マズいですね、井原さん。どうします?」
小声で彼女が問いかけたのには理由があり、スマホを管理しているのは、井原だったからだ。
恐らく好奇心が強いこの千早には、口で説明してもわかってもらえないだろう。
そのことを付き合いから察した、井原は渋々ながらも、スマホを取り出し、電源をつけた。
その瞬間、
「おお、前から気になったおったが、その方らが持っておるその板。光るのか? 何とも面妖なものじゃのう。どのようなからくりじゃ?」
そのまま、千早は食い入るように、スマホみ集中し始めた。
「おい、いいのか。過去の人間に干渉して、スマホなんて現代技術を見せても」
高原がひそひそ声で、中田に声をかけていたが、その中田は、
「構わないだろう。どうせわからないだろうからな」
彼女は、そう解釈して、そのままにしていた。
そして、井原がスマホを持ち、スワイプして、写真が載っているページを表示する。
そこには、色々な写真があったが、かつて部員たちと食べに行った、チョコレートパフェとクレープの写真が残っていた。
それを表示すると。
「おお、かような綺麗な食べ物がこの世にあるのか? 私は初めて見たぞ」
千早は、夫と同じく「サッカー」に対して強い興味を示していたが、まつと同じように「未来」のことにも、強い興味を示しているようで、結局、その後、井原がチョコレートパフェと、クレープの写真を見せて、説明をしていた。
「なるほどのう。確かまつ様も、先の世のことを知りたいとおっしゃっておられた。今度、呼んでも構わぬか?」
「ええ、構いません」
結局、彼女たちは、千早と、そして氏真の妹であるまつと、未来の話やサッカーの話をして、時間を潰すことが多くなっていた。
時は、進み、三月二十三日。
一向に本格的な攻撃をして来ない、徳川軍から城内に使者がやって来た。
それは、「和睦」のための使者だった。つまり、今川家に降伏勧告に来たのだ。
この、今川家の運命を決める和睦交渉に、もちろん部外者である彼女たち5人は呼ばれてはいなかった。
だが、後で聞いた話によると、氏真は降伏してもいいと言っていたらしいが、朝比奈泰朝が強硬に反対。
結果、交渉は決裂したという。
それを聞いて、
「いやいや、まだ戦争をする気なのか、あのおっさんは」
高原が毒づいていた。
「面子というのがあるのだろうなあ。まなか、史実では今川家が降伏するのはいつだっけ?」
「確か、今年の5月頃だったはずだわ」
「あと2か月か」
中田に対し、歴女の井原が答えていたが、残りの3人は不服そうだった。
「マジで。あと2か月もこんなに暇なのかよ」
「早くサッカーがやりたい」
「私も早く帰って、パフェでも食べたいですわ」
メンバーの中に、不満が溜まってきたのを見て、リーダーである中田も何とかしたいと考え始めていた。




