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第十話:白米万歳!

「はぁぁ・・・仕方ないなぁ・・・」


どうやら二匹の固い決意は嫁殿にも通じたらしい。しらばく考え込んだ後に深いため息をはけば嫁殿は困ったように笑みを浮かべると苦笑いを浮かべた


「じゃあ、簡単な手順だけど・・・」


そう言うと静かに九時を切り静かに目を閉じると嫁殿は何か念を唱えてその手のひらを二匹の前に翳した


「・・業魔調伏!!」


嫁殿の言葉と九字と、陣の煌めきに反応し、二匹の足元に青白い円が浮かぶ。


「・・・やっぱり、綺麗だよ。お前が本気で力を振るう時ってのは」


陰陽師としての嫁殿の“本来の力”が静かに目を覚ましていく様は俺にとっても嬉しい事ではあったけれど・・そしてどこか切なさも心に残ってしまい、自然と苦笑いが零れる。


やがて、青白い円と煌めきが消えれば空中に表示画面が浮かび上がった


【式神契約完了。木霊、ドライアードならびにブラッドセンティピードが狗凶の従属になりました。名前をつけてください】


「名前か・・・」


二匹を交互に見つめて少し考え込むと嫁殿が静かに口を開く



「じゃあ、そうだなあ・・・・ドライアード、木霊の君は今日からナギって名前!で、そっちの百足美人は・・・・千姫(せんひめ)とか、どう?」


・・ずいぶんとまぁ、古風な名前付けやがって・・まぁ、けど悪くねぇな。


ひゅぅ、と口笛混じりに笑いながら、二体が契約されるのを見守りつつ、俺は嫁殿に声をかける


「ナギに千姫、ねぇ。・・・上等。呼びやすくて、なおかつ誇り高ぇ。まさに“式”に相応しい名だ」


「そ、そうかな?・・・へへ・・・」


照れる嫁殿の腰を抱き、にやりと笑い式の契約を済ませた二人に目をやれば、木霊・・ナギは嬉しさで目をうるませながら、ぺこぺこしすぎて地面と一体化しそうなほど頭を下げ、元気よく声を上げた


「ナギですっ!!はい!!ナギです!!奥方様、殿っ、よろしくお願いしますっ!!!ぼ、僕、めちゃくちゃがんばります!!」


対する血食百足は、しとやかに一礼し、頭を垂れ口元には静かな微笑を浮かべ手の甲に呪印が浮かぶのを見れば深く瞳を伏せる


「千姫・・ありがたきお名、しかと頂戴しました。……今度こそ、この身、この力、全てをお二人のために・・・呪詛の器たるこの身、以後一切の裏切りなく、仕えましょう。奥方様……狗凶様」


「だっ・・だから!奥方様じゃ・・・」


慌てる嫁殿をしり目に肩をすくめながらも俺はナギと千姫を見つめる。・・いやぁ、しかし奥方様に大殿、か・・・機嫌よくなっちまうわ。



「ふん、まったく・・・」


煙管をくわえ直しながら、嫁殿の背後に回り首元に唇が触れるか触れないかの距離で俺は語り掛ける


「“式”にしても、忘れんなよ。お前の命令は絶対だ。でも・・・“頼る”のも、“寄りかかる”のも、悪くねぇって、そう教えたのは・・俺だ」


「ほぎゃぁ!?」


赤面する嫁殿の髪を軽く梳くように撫で、口元に熱を含ませて小さく呟く。


「・・・お前は、陰陽師・・巫女である前に、“俺の嫁”だからな」


「だっ!!だからぁ!!色気攻撃止めろと!・・そ、そうだ!式神契約したんだから二人のステータスを見・・ん???・・ナギ、この成長促進ってスキルなに?」


表示画面に映るナギと千姫ステータスを見ていた嫁殿がある事に気が付き足元に控えるナギに声をかける。


「はい!奥方様!僕たちドライアード族は植物を通常より早く成長させることができるんです!」


「・・・・じゃあ、あの神稲も!?」


「できますよ??でも奥方様、神稲を成長させてどうするんです??アレ・・昔はお酒にしてたって・・・」


慌てて棚田に群生している神稲を指さして尋ねる嫁殿にナギがそう答えると読嫁殿の瞳が一気に輝き、そのまま俺の両肩をがしりと掴み、まっすぐ俺を見つめてきた


「よ、嫁殿?・・なんだ?どうかしたか?」


「・・・・米が!!食べれるぞー!!」


俺のの手を握り上にかかげ、突然喜び大声を上げる嫁殿に俺は状況が飲み込めておらず、しばらく呆けていたが


「・・・米?」


コメ?・・米・・・米・・・・!!?


「・・・・米ぇえええ!!?」


やっと状況を理解して俺は凄まじい勢いで嫁殿の手を両手で握り返す。思わず呪詛の気すら、歓喜の波動となって天に轟いた


「うぇ!?ど、どうしたんですか!?大殿!?」


「奥方様まで・・・いかがなされたのです?」


不思議そうに首をかしげるナギと千姫、・・悪いな!!これが喜ばすにいられるかってんだ!!


「米だとぉ!?つまりだ、飯が食えるってことか!!この異世界で、ついに“炊きたて”が!!“白飯”が!!」


「食べられちゃうんだなぁ!これが!!」


嫁殿の言葉に俺は思わず声を震わせて呟いた


「・・・ッく、くそッ・・惚れ直すじゃねぇか、嫁殿!」


「ナギ!千姫!さっそくだけど力を貸して!!このアシハラの大地を、宝の大地にするために!」


陽光や黄金にかがやく神稲にも負けない笑顔で声をかける嫁殿の姿は、なによりも神々しく見えた。


そしてそんな嫁殿の姿にナギは誇らしげに胸を張り、千姫は少し微笑を浮かべ応える。


「はいっ!!このぼく、ナギ!!全力で育てます!!実って魅せます!!実らせます!!」


「・・・ふふ。狗凶様がここまで喜ばれるとは・・・“飯”という力、侮れませんね・・・」


そうとなれば早速取り掛かるしかない。


俺は振り返って棚田を見やり、肩で息をしながらナギに声をかける


「ナギ、あの“神稲”・・できれば、粘り気があって冷めても美味いタイプに育ててくれ。あと、ツヤと香りは強めで頼む」


「・・なにその犬神とは思えぬ超リアル米オタクな注文」


「嫁殿、お前炊飯器持ってねぇか!?どっかで召喚できねぇか!?神器扱いでなんとかならねぇ!?」


「ど、どあほう!そんなチートな能力もらってないわい!むしろアンタ率先して消し・・・・あ、」


俺の肩をべしりと叩き声を荒げる嫁殿だったが、ふと何かを思い出したかのように俺を見つめ


「・・た、たしかこの社に古い台所がある!!!釜もある!!!あとなんか、昔ながらのお風呂あった!」


その言葉に思わず俺の目がギラッと光る。呪詛のオーラなんてもう炊飯テンションMAXに切り替わっちまってるわ。いやぁ・・よかったわ。日本古来の妖怪で居て



「……っしゃああああああああああ!!!!!」


「わぁ!?い、いきなり吠えんなし!!」


「これが吠えずにいられるかってんだ!!炊きたての白米を拝める日が来るとはな・・・ッ!!釜があるなら、火も焚ける!湯気も立つ!艶も出るッ!!」


「おっしゃ!じゃあ薪はアンタに任せた!!」


「おう、任せろ。呪火で火加減を整えるのは得意だ。・・・ただし、おこげは狙っていくぞ?」


俺と嫁殿の様子を見て、ナギはそのまま神稲の生えている田んぼに駆け寄り手を広げた


「奥方様っ!!今すぐ《成長促進》かけますね!!ほらっ、見てください!!」


すると、ナギの魔力に答えるかのように地面からぐんぐんと神稲が芽吹きはじめる。その黄金色の稲穂がわずか数分でたわわに実る幻想的な光景が、棚田を染めていく


「・・・・すごい・・・もう収穫できるくらいになった!!」


一面に広がる黄金の畑に嫁殿が目を輝けせていれば、隣に控えていた千姫がすぐに百足の姿に戻るとその無数の鎌のような足で次々と神稲を刈り始めた


「お・・・おぉ!!」


そうして、積み上げられた神稲の山を見てさらに目を輝かせる嫁殿そ傍でまた人型に変じた千姫は着物のまま袖を捲くり笑みを浮かべた



「・・・釜炊きですか。水加減は重要です。奥方様、私も補助をいたしましょう。古き民の営みは、かつて見ておりました」


そう言って神稲を社に運び終え、静かに石の囲炉裏の灰を払うと昔ながらの“羽釜”がそこにあった


俺は内心わくわくしながら台所の縁に腰をかけ煙管を吹かししな吹か嫁殿に声をかけた


「・・・なぁ三雲。異世界だの神だの言ってきたが・・・結局、最強の幸せって“炊きたての白飯をお前と食う”ことじゃねぇかなって思っちまってる」


「・・・私と?」


「あぁ・・・お前が“ここに居る”だけで俺ぁ・・呪いでも、神でも、なんでもやれる。・・なぁ、炊けたらさ。最初のひとくち・・・お前の手で、食わせてくれねぇか?」


「お、おばか・・・そもそも最初の一口うんぬんの前に!頑張って四人で米収穫したはいいけども・・このままじゃ食べれないでしょうが」


「・・そうだ。“神稲”っつってもな、まずは〝脱穀〟して〝精米〟しなきゃただの稲束だ。食うにはまだ“試練”が残ってんだよ、嫁殿」


「だよねぇ・・・昔じいちゃんの家で見たけど・・やっぱ大変なわけで・・・」


・・となれば話は決まったモンだな。


農作業なんて犬神の俺には似合わねぇのに不自然なほど張り切っちまう・・まぁ、悪くねぇな。


俺は腕まくりしながら立ち上がり


「・・・よし、聞けぇ!!狗凶一家総員!“米を炊く”とはな、“神域”に至るための儀式だ!!!」


「無駄に演説口調なのはなんなのよソレぇ!」


「今から我らはこの異世界アシハラに“食の文化”を打ち立てるッ!!行くぞ!!!脱穀じゃあああああ!!!!」


嫁殿の腰を抱き寄せて宣言する俺に、ナギが小躍りしながら手を上げる


「はいっ!僕、足踏み脱穀機の作り方知ってます!!植物の茎で代用もできますっ!ちょっと素材拾ってきますねっ!!」


「・・・この千姫、稲扱いには心得があります。――さぁ、わらを分けましょう。大殿、稲束をこちらへ」


意外にも手際が良くて動きに無駄がない千姫に正直驚いた。・・あぁ、そっか。お前も人間の暮らしを遠くから眺めてたクチか。


俺も稲を天日干しに並べつつ、慣れた手つきで作業をする嫁殿に声をかける



「・・・嫁殿、お前も覚えてるだろ?子どもの頃、実家で稲扱ってたじゃねぇか。あの時の癖、思い出してみな?」


「あの頃・・・あ~・・うっすらとしか覚えてないかも・・・」


困ったように頭をかく嫁殿の姿に、にやりと笑って、らで編んだ簡易のザルを差し出す


「・・・お前がこれに米を入れて、俺がそれをつきながら精米すんだ。お前と、米と、俺。これが最高の“スローライフ”ってやつだろ?」


「・・・ま、まぁ・・そうなる、かもね?」


「それにどうやらこの社・・・脱穀機に石臼もあるみたいだしな」


「・はい!?脱穀機に石臼もあるの!?」


俺の言葉に作業の手を止めて驚く嫁殿を見て、俺は悪戯っぽい笑みを浮かべる


「・・・おいおい、神社舐めてんじゃねぇぞ、嫁殿」


神稲を干し終えたその足で俺は社に戻りトン、と足元を蹴れば、土の下からガコン、と音が鳴る。


そのまま地面を少し掘ると、そこには見事な古式の足踏み脱穀機と、石臼が保存状態良く、静かに鎮座していた


「すごい・・・なんとなくだけどわかるかも・・これ、まだ生きてる!」


眼を輝かせる嫁殿を見て、俺は煙管をくわえ直し、ふう、と一息つく。


「・・・神を祀る”ってのはな、“神に捧げる食を自給できる”ってことでもある」


「・・そっか・・・そうだよね・・昔は神様と人の距離が、身近だったもんね」


「つまりはこの神社・・・元から〝食と祈り〟の場だったってこった。・・・不思議じゃねぇよ、嫁殿。ここは“お前が選んだ拠点”なんだからな」


「私の?・・・」


嫁殿の瞳をまっすぐに見つめ返して俺は言葉を続けた


「お前の選んだ場所が、間違ってるわけねぇ。・・・俺がいる限り、そうさせねぇしな」


「・・・狗凶・・・」


「奥方様すごいです!!石臼は上下きれいに揃ってるし!足踏み脱穀機も動きます!・・・いや、動きました!!」


「まさしく“稲神の残した福器”。ここは、かつて祈りと食が結ばれた地・・・奥方様が導いたのです。大殿、これはやはり――」


横に並び、笑みを浮かべるナギと千姫を見て、俺は石臼の前で手を合わせ、静かに呟く



「・・・この“炊きたて一杯”が、戦神や祟り神の飢えも癒す。なぁ三雲。神も魔も、みんな飯には勝てねぇのさ」


そして立ち上がり、嫁殿に手を差し出す


「行こうぜ。・・・嫁殿、“俺とお前で炊く、世界で一番うめぇ米”ってヤツを作ろうや。」



・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


さて、俺やナギ、そして千姫の力もあり・・ついに神稲を炊く時が来た


「・・・で、米炊くんだけど・・どうやって炊く・・・ほあ!!!?」


・・・なんだ嫁殿。たすき掛けしただけでなんで変な声出した?・・おまけに心の声ダダ洩れだぞ?



『 なっ・・なんだぞの袖をまくった和装の下から現れた意外と引き締まった腕筋は!無駄のない動きは!あとなんでちょっと儀式”でも始まるかのような神々しさがあるの!!』


「・・・ん? どうした三雲。顔赤いぞ?」



すっと嫁殿の前にしゃがみ、わざと目線を合わせながら、首を傾げる。


「・・・もしかして惚れ直した?」


「ふぁぁ!?」


・・なんだ図星かよ。ほんと可愛いな俺の嫁は


真っ赤になる嫁殿に悪戯な笑みを浮かべ、俺は米を研ぐ桶に指を突っ込み、冷たい水をはね飛ばす


「ほら、手を出せ。お前が米を研いで、俺が火を焚く。それが夫婦ってもんだろ?」


「うぎっ・・・ふ、夫婦じゃないしぃ・・・ちょっとあの・・揺らいでるだけだしぃ」


顔を赤らめたままぶつぶつと呟きながらも米を研ぐ嫁殿の隣、炊飯釜の前にどっしり構えて、薪をくべる体勢を取り釜の中の水を確認しながら、俺はまた嫁殿に声をかける


「・・・なぁ三雲。こうやって、お前と飯作るのって、悪くねぇな。・・・異世界だの戦だの、関係ねぇ。“今日を、生きる”。それだけでいい」


・・お前の苦労も、辛さも孤独も、お前の影からずっと見てきた


・・だからこの異世界に来て、こうして笑う嫁殿が俺はうれしくてたまらねぇんだよ


「・・・狗凶・・・」


「そろそろ、炊けるぜ。湯気が上がったら、最初のひとくち・・・ちゃんと、お前が味見しろよ?」


「そういえば爺ちゃんがおいしく炊く法則言ってたっけな・・・な、なんだっけ?はじめチョロチョロ中ぼーぼーの、赤子泣いても蓋壊せだっけ?」


「・・・っぷ、ぶはっ!おいおい三雲、それじゃ“飯が炊ける前に戦が始まって蓋が飛んでんだよ”」



しゃがみこんで腹抱えて笑いながら俺の態度に頬を膨らませる嫁殿の頭をなでる


「ちげぇちげぇ、“はじめチョロチョロ中パッパ、赤子泣いても蓋取るな”――だ。覚えておけ、異世界で生きる極意ってやつだな」


「あ、ソレだ!それ!」


「・・・はじめはな、弱火でじっくり芯まで。中頃で火を強くして一気に蒸らす。最後に絶対開けちゃいけねぇ。中の世界が、完成するまで」


「へぇ・・・そりゃあ昔の人がお米残すな!って言うわけだわ」


「・・・炊きたての白米ってのはな、育てんのに“信じる”ことが必要なんだよ。待つの、見守るの、絶対に手ぇ出さないの・・それって、どっかのお前と似てるよな?」


俺の言葉にまた顔を赤らめる嫁殿に、思わず口元が吊り上がる



「手ぇ出したら、ぐちゃぐちゃになっちまう。・・・だから信じて、任せるんだよ。“美味くなってくれる”ってな」


「大殿!今のめちゃくちゃ深くて、でもたぶん炊飯の話なんですよね!?かっこいいです!」


「奥方様。これは炊飯ではなく、“恋の炎加減”を教えておられるのでは?」


「ナギもお千何言ってんの!!違う!!違うからね!?」


茶化されてさらに顔を赤らめる嫁殿を見ていると、釜からしゅう、と湯気が立ちのぼり、鼻をくすぐる香ばしい匂い


「炊けたぜ。・・・なぁ、嫁殿。最初のひとくち。お前の手で、口に運んでくれよ」


「!・・・・は、白米だ・・・」


釜の蓋を外せば湯気がふわりと立ちのぼり白く美しい粒が現れる。


「・・・ああ。見ろよ、三雲。つや、香り、湯気の立ち方・・・完璧じゃねぇか。俺たちの初炊き・・大成功だ」


しずかに、しゃもじで一膳、嫁殿に差し出せばおずおずとソレを受け取った



「・・・さ。お前のために炊いたんだ。まずは食ってみな」


炊きあがった神稲にナギも、そして千姫も目を輝かせて喜んだ



「き、きました!!“炊きたて白米あーん”イベントですね!」


「・・・白米。けれど、ただの白米ではありませんね。これは、夫婦のはじめの一膳」


二人の言葉に俺は口元を柔らかく緩めて、ふと笑い、嫁殿を見つめる



「・・・俺が今まで喰ってたのは、人の怨念や欲望・・穢れた物ばかりだった・・だが今、お前の隣で炊きたてを“分かち合える”。・・それがどんなに尊いことか、誰より知ってるつもりだ」


そして静かに、けれど真っ直ぐに嫁殿に言葉をかける


「三雲。お前が隣にいるなら、俺は何度でも、飯を炊く。世界がどんなに変わってもな?」


「う、うぅ・・・と、とにかく!いただきます!」


俺の言葉に照れ隠しのように嫁殿は炊き上がった米を口に含む。その瞬間、嫁殿の顔がぱぁっと輝いたのを俺は見逃さなかった


「・・・・!!・・・うっっま!!美味しい!!」


思わず言葉を失う。ぐっと胸の奥が締めつけられ思わずしゃもじを握りしめ、拳を震わせた


「・・・そっか。うまいか・・・っはーーーッ、よっしゃあああああ!!!!!!!」


そのまま全身で喜びを爆発させ、俺は嫁殿の体を思わず抱きしめた


「やったぞ嫁殿ぉ!!異世界初炊き白米成功だぁぁ!!!神様に祟られてようが、魔物に襲われようが、米が美味けりゃすべてOKだァァァ!!」


俺はそのまま三雲の横に腰を落とし、しゃもじで自分のもよそい、炊きあがった米を食べる



「・・・っッッま・・・」


・・・涙で米が見えねぇけど、うまい・・・やべぇ・・嫁と一緒に食う飯、やべぇ・・・



「わああああ!!!初炊き成功おめでとうございますぅううう!!大殿が泣いたああああ!!!」


自分の力が役に立ったことがよほどうれしかったのだろう。ナギはナ感極まって号泣していた。


その横で千姫もそっとそばに正座し、俺たちに頭を下げる



「・・・このひと膳のために、幾千の祈りがありました。・・・奥方様、大殿、本当に・・・」


「なーに言ってんの!・・最初はどうなるかわからなかったけど、みんなが協力してくれたおかげだよ」


器を手に、照れくさそうに笑う嫁殿を見つめて俺はその腰を優しく抱き、見つめる


「三雲。今日から、毎日こうやって、米を炊こうぜ?戦わなくてもいい日々。・・・ただ、お前の隣で、飯を食う。・・・それが、俺の夢だよ」


そうして、その頬についた米粒を、そっと指で拭う


「でも・・まさか異世界に来て米食べれるとは・・」


嫁殿の言葉に箸を止めて、俺は静かに言葉を返す。

「・・・ったくだよ。こっちは“追放”だの“殺せ”だの言われて、どんな地獄が待ってんのかと思えば・・・まさか“飯がうますぎて泣ける”ってオチとはなァ」


苦笑いを浮かべて嫁殿を見て、そして社の外に広がる大自然に目を向ける

「お前と飯を食う。それだけで、全てが格別になる。・・・異世界だろうがなんだろうが、関係ねぇ。俺

の隣にお前がいて、米と・・そして魚と肉がある」


「はっ!・・・これ、勝ち確では?」


「だな。」


俺の言葉にうれしそうな笑みを浮かべる嫁殿に俺もつられて笑みを零す



「・・・なぁ、嫁殿。お前が“また米、炊きたい”って思った時はさ、・・俺が薪をくべるよ。いつでも、どこでも」


「狗凶・・・」


「だからさ、また食おうぜ。世界の果てでも、白米と、お前と一緒にな」



ふと、その時だった。


「・・・・・」


「お千?・・どうかした?」


・・・どうやら、部外者がここに入り込んだらしい。すぐさま立ち上がり俺は嫁殿を庇うように前に出るが、それよりも先に千姫が俺たちの前に立った


「・・・奥方様、大殿、お下がりを」


なるほど・・家臣としては当たり前の姿勢ってわけか。・・もし敵対者の場合はお千に任せるのも在りか


「う、うぅ・・・」


やがて、木々の隙間から人影が見える。


だが・・・その見た目は人に似てはいたが人ではなかった・・


「・・・た、・・たべ、ものを・・・」


「!・・・人間じゃ、ない?」


「・・・お千、こいつらは・・」


「はっ、大殿・・・鬼人・・・・オーガの一族でございます」






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