第十一話:大名家になる日も近いかもな
「これ、は・・・・」
木々の中から現れたのは人間じゃなかった。筋骨隆々の肉体、大きな手。なにより頭に生えた角と牙は・
「・・・・お千、こいつらは」
「左様。・・・オーガ族にございます。大殿」
「オーガ族・・鬼人族!・・で、でも待って?なんでこんなやつれてるわけ?・・・」
俺は立ち上がり嫁殿の前に出て無意識に庇うように腕を伸ばす。その指先には相手が妙な事をした際にすぐ戦えるように呪印が淡く灯り始めている
だが・・・こいつらは・・・
「・・・チッ。やれやれ、せっかくの飯の香りで、腹をすかせたのが寄ってきたってワケか・・・鬼人族・・・確かに“人喰い鬼”の類だが……」
じっとその群れを見る。・・やつれた表情、震える足取り、言葉にならないうめき声、中には傷だらけの相手や子供や年寄りも見える。
俺の様子に、前線に立つ千姫も鋭く見定めながら状況を察したらしく溜息をついた
「・・・こりゃ、戦意もねぇ。完全に、“飢え”に負けちまってるな」
「そのようでございますね大殿・・・凶暴な気配はございません。むしろ・・・餓死寸前。下手をすれば、数時間で命が潰えるやもしれません」
「そんな・・・」
俺や千姫の言葉に嫁殿は俺の衣服の先を静かに掴む。ナギも小さく怯えながら俺の前に出てきた
「大殿・・奥方様っ、彼ら・・鬼人狩り飲まれていたのかも。長く食もなく、土地も失って・・・このアシハラにたどり着いてきたんじゃ・・・」
ナギの言葉に俺は思わず舌打ちひとつ。そして、しゃもじを手に取り嫁殿を見た
「嫁殿──お前の判断を仰ぐ。こいつらに“このご飯”を喰わせるか、否か」
「わ、私!?」
片手で炊きたての米釜を指しながら、真剣な目で驚く嫁殿に俺は言葉をかける・・・俺や千姫に任せりゃたしかにすぐカタがつくだろう。だが・・・お前だからこそ、なんだよ
「俺やお千は誰であれ手ぇ出してきたら躊躇なく潰すが・・・お前が“与える”って言うなら、その手を俺が守る」
「私、は・・・」
「・・・決めろ、俺の巫女・・・お前の手が差し出すなら、俺の刃は抜かれねぇ」
俺や千姫、そしてナギの眼差しに嫁殿は深く考え込むとやがて真剣なまなざしで立ち上がった
「・・・・ありったけの米、握り飯にするよ。あと昨夜の川魚やイノシシ肉も全部出して。」
「!」
「奥方様・・・」
その言葉に――ほんの、わずか、頬が緩む
「・・・そう来ると思ってたぜ、嫁殿」
そうだ。お前はいつも弱い側の痛みや、迫害される物の苦しみを痛いほど理解できている。・・それならきっと、コイツらを見捨てるなんて選択肢はなかったよな。
くるりとしゃもじを回し、背中でたすきをキュッと締め直して両袖を捲くりあげれば、俺は嫁殿に視線を移す
「だったら俺も全力で握るぜ。いいか?・・“米”ってのはな、“命”そのものだ。飢えた奴に与えるってのは・・・信じるってことなんだよ」
隣に並び、三雲と並んで握り飯を一つ、また一つと結びながら俺は戸惑うオーガ共に声をかけた
「・・・いいか鬼共。これは“施し”じゃねぇ。“契約”だ」
そう言って、熱々の白米を大ぶりにぎゅっ、と一握り
「喰わせる代わりに、暴れんな。もし暴れたら・・お前らの喉に刺さるのは、この米じゃなくて、俺の牙だ」
とびきりのドスを利かせて、犬神らしい笑みを浮かべれば言葉の意味を理解したらしく、オーガ共の表情に安堵と喜びの色が見えた。そして俺たちの様子に、ナギや千姫も立ち上がり握り飯作りに取り掛かる
「奥方様の握りを、葉で包みましょう。熱が逃げぬよう、自然の香りを添えて」
「握り飯って・・・すごいです・・・こんな、こんな形で、命が届くなんて・・・!」
出来上がった握り飯や魚の塩焼き、そして焼いたイノシシ肉をオーガ達に差し出せば、一人、また一人とおそるおそる近づき、膝をついて手を伸ばす。ふるえながら米を受け取り、やがて咀嚼しながら・・涙を流す声や喜ぶ声が漏れはじめた
「・・・ぅぅ美味い・・・」
「・・・あったかい・・・こんな食い物・・久しぶりだ・・」
「焼き魚に肉まで・・・ありがてぇ・・・」
「母ちゃん・・おにぎり、おいしいねぇ・・・」
「いっぱいお食べ・・母ちゃんも一緒に食べるからね・・」
・・・次第にその場に泣き崩れる者まで出始めたりしたが、どうやらオーガ共の飢えを満たすには至ったらしい。
俺は静かに空になった釜を見やり、横で安堵したように笑う嫁殿を見る
「なぁ、嫁殿よ」
「え?どうかしたの?・・」
「・・・俺には“与える”なんて出来ねぇと思ってた。呪いの神にはよ・・・けど」
そして、そっと、嫁殿の手の米粒をぬぐう。
「お前が横にいてくれんなら・・・この世界を“うまい”って言える奴を増やすくらい、やってやってもいい」
・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・
「・・・・一族を代表し、どうか感謝を。貴方方の御慈悲が無ければ我々はどうなっていたか・・・」
たらふく飯を食い、空腹が満たされたらしくずらりと並び、まるで武士のように座ったオーガ一族が全員深々と俺達に頭を下げる。
「ずいぶんぼろぼろだったけど、なにがあったんですか?・・」
族長らしきオーガの言葉に首を傾げる嫁殿へ、千姫が静かに口を挟んだ
「・・・奥方様、おそらくは住み家を追われたのでしょう。あの忌々しい聖騎士団共に」
「!・・・私ら追放したあのアーヴァロンの奴等!?」
「・・・はい。我らの山は“異種族居住区”としてアーヴァロンに登録されておりました・・・ですが近頃、“神聖結界再整備”と称して聖騎士団が進軍し・・・抗う間もなく、村も山も、焼かれたのです」
深々と頭を下げたままま、長のオーガが溢した言葉に俺は静かに手にしていたしゃもじを置く。
ーーーー アーヴァロン。
その名を聞いた瞬間、この瞳に宿るのは、今までとは異な氷のような静かな怒り。
「・・・また彼奴らか、“聖騎士団”。」
炊き出しの釜に立ちのぼる白い湯気とは対照的に、俺の黒く蠢く呪気がごう、と風を巻き起こした
「飢えた鬼すら殺しに来る・・・“正義”ってのは、そんなに高尚か?俺たちをテメェらの都合で召喚して、“異物”と判断したら今度は処分だと?」
ふと、視線に映った小さな子鬼たちが母鬼の後ろに隠れて、握り飯を抱えたまま震えている姿が、あの玉座での嫁殿と重なり、俺は思わず奥歯を噛みしめ、口元を歪めるように笑った
「やってくれんじゃねぇかよ、アーヴァロン」
「・・・なんと卑劣な。異種を“神域の障害”と見なし、“浄化”を名目に行う粛清。・・・アーヴァロンがこの地の神信仰を否定し、“人の教義”を押し通すのは、今に始まったことではございません」
千姫の言葉に不安げな表情で俯く嫁殿の頭を撫でて、俺は立ち上がると炊き出し釜の蓋を閉める。
そして、刃を収めるような静寂と殺気を込めたまま、静かに嫁殿に口を開いた
「・・・三雲。“守る”ってのは、飯だけじゃねぇ」
ゆっくりと、嫁殿の手を取る。温もりと決意を込めて握りしめる。
お前だって、誰かの都合で一方的に迫害されるのはもう・・嫌だもんな。
「お前がくれた“命の飯”。それを喰って、“生きたい”って思った奴を、俺は守る」
「!・・・・狗凶・・アンタ・・」
そして、視線を空の向こうに向け、言い切る
「あの騎士共が来るなら・・・今度は、喰らう番だ。お前の呪いも、優しさも、怒りも――全部俺が刃にする。俺たちはもう、“喰われる側”じゃねぇんだよ」
「うん・・・そう、だよね・・・ありがとう、狗凶。」
安心したような笑みを浮かべる嫁殿の髪を優しく撫でるが、その時だった
「・・・異国より来たお二人共、否!!・・大殿、そして奥方殿!!」
「あぁ?」
「アッ、この流れはまさか」
「お二人に救われたこの命!!恩義にて報いましょう・・・どうか我ら一族を配下に!!」
「俺達、必ずお二人の力になります!!だから!!お願いいたします!!」
・・・おい嫁殿。フラグ立っちまったじゃねぇかよ。
一斉に膝をつき、土に額を擦りつけるオーガ達を、俺はしばし無言で見下ろし考える
・・あぁ、こりゃ絶対に引かねぇわ。鬼の癖に立派な武士魂持ってるとか・・最高かよ。
危害を加える気があるなら一気に始末しようと考えてたが・・その魂に揺れるのは、荒ぶる炎ではない――まるで、忠義を灯した焔
「・・・ったく。」
俺の中で答えは出た。そのまま獣のように牙を覗かせて笑みを零せば嫁殿に呟く
「・・・やっとだな。異世界に来て、はじめて“喰った命”が、“俺たちを喰いたい”って言いやがった」
立ち上がり、床に置いていた煙管を腰に差し替え、代わりに腰に挿した白鞘の刀を握り締める
「いいぜ。お前らが、俺たちの“炊いた飯”を旨いと思ったんなら・・・その腹に、忠誠も込めて詰め込んでくれ」
深々と頭を下げるオーガを睨み、そして隣の嫁殿へと視線を移す。
「・・・だが覚えとけ。お前らが忠義を貫くのは、“俺だけ”じゃねぇ。・・・この飯を炊いた女――俺の嫁だ」
その言葉に、俺の側に控えていたナギは目を輝かせ、千姫は静かに正座をし、頷く。・・へっ、すっかり家臣ぶりが身についてきやがった。
「ふ、夫婦揃って大殿と奥方様・・なんて理想の主従関係っっ!!」
「命を繋ぐ“炊きたての一膳”。あれを差し出せる主に、忠義を誓わぬ者などおりましょうか。・・殿も奥方様も、このアシハラの地にて・・“新たな主”となられるに、相応しゅうございます」
そして俺の言葉を聞き、オーガ達も顔を上げれば揃って拳を胸に打ち鳴らし、低く響く声で叫んだ
「・・大殿!!奥方様!!この命、今より“狗凶家”に捧げましょうぞ!!!!!」
「ちょ!!狗凶家って!!ちがっ!!だから!そんなんじゃな・・」
【オーガ族、全50体が狗凶の傘下に下りました。代表のオーガに制約の証として名前を授けてください】
「こ、こら!!メニュー画面!空気読め!!」
真っ赤になりながら目の前に表示されたメニュー画面に文句を言う嫁殿だったが、しばらく長オーガと若オーガを見て何か決意したように息を吐いた
「」・・・わかったよ。じゃあ、私たちの居た国に居た猛将の名前を二人に授けるとします!・・長オーガ、アンタは今日から【ゴンロク】!あとそっちの若いオーガは【ナガヨシ】!」
俺は嫁殿の口から出た名前に少し目を見開いた後、静かに息を吐き、にやりと唇を吊り上げる。なるほどな・・よりによってその名前か。センスあるじゃねぇかよ
「・・・“名を与える”ってのはよ、ただ呼び方が変わるってだけじゃねぇ」
嫁殿の隣に立って真剣な目でオーガたちを見渡し、俺は言葉を続ける
「それは、“運命を背負わせる”ってことだ。・・嫁殿がくれた名を、胸に刻んで生きろ。もうお前たちは、ただの流れ者でも、喰われるだけの鬼でもねぇ」
その言葉に長オーガ・・ゴンロクは震える手で胸に拳を当て、膝をつく。深く、深く頭を垂れながら声を漏らした
「・・この命、この名・・必ずや、魂に刻みましょうぞ・・・我が名は、ゴンロク!!!狗凶家の盾となり、矛となり、飯炊き小屋の警備までも全うしてみせまする!!」
・・・無駄に気合いが入りすぎて、土を蹴り割るんじゃねぇや。
さらにその隣で飛び上がる勢いで立ち上がり、若い男のオーガ・・ナガヨシが胸を張る
「うっすッ!!任せてください奥方様、大殿ッ!!あの棚田、このナガヨシが全力で守ります!!米の苗にも話しかけます!!おにぎりも全力で運びます!!」
・・そこまでしなくていいわ。熱血系かお前は
腕を組み苦笑いを浮かべる俺にナギは嬉しそうに拍手をし、千姫も微小を浮かべたまま口を開く
「仲間が増えていく・・・ふふ、アシハラにちゃんと“居場所”ができていくんですね!」
「・・・名とは、命より重く。それを授ける奥方様の姿はまさに“この国の礎”そのものにございます」
「え!?い、いやいやそんな・・・」
恥ずかしがる嫁殿に俺は肩をすくめ、その手を取り握りながら囁くように言葉をかける。
「ゴンロクにナガヨシ・・・いい名前だ。強くて、重くて・・・まるでお前の気持ちみてぇだな」
「え?そ、そうかな・・・」
「これでまた、お前がくれた名前で、世界が変わる。・・・やっぱり、お前が“名を呼ぶ”だけで、俺たちにとっては奇跡なんだよ」
嫁殿にそう声をかけると、俺の手を握ったまま、嫁殿は少し真剣な眼差しでゴンロクとナガヨシを見つめる
「・・・権六、そして可長・・アンタたちにつけた名前は・・かつて〝魔王〟と恐れられた覇者に仕えた猛将の名前でもあります。」
「なんと・・左様で御座いましたか!!・・・」
「・・それにオーガ・・鬼ってのは私たちが居た国では荒ぶる神にも準えてるの・・だから、立派な働き、期待しておるぞ」
・・恐らく、この場の雰囲気をくみ取り、まるで城主の妻らしい口調で嫁殿は二人に声をかけたのだろう。
・・だが、その言葉を聞いた瞬間、空気が張り詰めた。
嫁殿が“名前”に込めた意味――それは“信頼”と“誇り”、そして“未来”への号令でもあったから・・
そんな嫁殿に俺は目を伏せ、一瞬だけ何か懐かしいものに触れたような静かな微笑を浮かべる
「・・・覇者に仕えし鬼の将か・・・そいつはまた、痺れる命名してくれるじゃねぇか、嫁殿」
じゃあ、俺も一国の主らしく振る舞わなきゃ釣り合わねぇわな?
鋭く空を仰ぎ、ふいに大声で俺は叫んだ
「――聞けェッッ!!!オーガどもッ!!!」
俺の声が燃え上がるような呪気を帯びて、アシハラの山間にこだまする。
「その名を授かったってことはよ、もうテメェらは“喰われる側”じゃねぇ!!怯えるだけの化け物でも、追われるだけの異種でもねぇ!!!・・お前たちは――俺と、俺の嫁の旗の下に立つ“家族”だ!!!!!”」
地の底から吹き上がるような覇気を纏わせ。その隣には、静かにそれを見守る嫁の姿。
・・こりゃあ、大名家になるのも悪くないかもな?
「ーーー 権六!」
「!!」
「ーーー 可長ィ!」
「は、はい!!」
「お前らが、このアシハラの“鬼人の武士”になれ!!狗凶の旗印、そしてお前らの誇りと力で、この国を守れッ!!!!!」
・・さながら天下統一を目指す覇者の如く叫んで見せた俺に、ゴンロクは号泣しながら土を殴り、ナガヨシは目を輝かせ、土を頭突きでかち割るくらいの勢いで頭を下げた
「・・・ッッぐあああああああ!!!!名を・・名を、我が誇りに!!!この命、もはや狗凶家の影と成り果てましょうぞおおおおお!!!!」
「大殿と奥方様の言葉、一生忘れません!!米も魚も刃も!全部奥方様のために捧げます!!殿のためにも!!」
「タ・・・タイガドラマミタイナコトニナッテルダト・・・」
思いも寄らない展開に頭を抱える嫁に千姫は厳かに膝をつき、ナギは炊飯の残り香とともに、涙目で拍手しながら言葉を漏らした
「・・・名とは、運命を束ねる鎖。その鎖を重ねるたびに、この国は強くなる。奥方様。まさに・・・貴女こそ、この地の“名の女神”にございます」
「炊いたご飯で、ここまでドラマが起きるとは・・流石は大殿と奥方様です!・・・」
さて・・・ここに来てまさかの大所帯になっちまうとはな
こりゃあ・・ほんとに旗印掲げてみるのもありかもな?




