国…それは演説「憤怒」より IX
なんとかぬいぐるみの道を切り抜け、階段を上り、宮殿の入り口の前にたどり着く。鉄格子が上に上がったまま、降りてきていない。
ハナエさんは大きな扉を、両手で押し開けた。ハナエさんの後に中へ入る。
中はやはり広かった。外見の輝かしい雰囲気に対し、中は天窓があるものの薄暗く、涼しく、落ち着いた雰囲気であった。ゆっくりと時間が流れているようだった。
入ってすぐのここは大広間のようで、左右には上へ上がるための階段が両側に2つ対称的に並んでいる。
天井にはシャンデリアが吊るされ、天井壁の隅々まで絵が描いてある。まるで教会だ。
私は思わずその絵に見入ってしまった。
空の水色に肌の白いニンゲンたち。中には羽の生えたニンゲンもいる。
太陽、月、幾多の惑星…そしてあの真ん中に象徴的に描かれているニンゲンは…神様だろうか…
「気に入ったのかい?」
気にいる…それとは少し違う気がした。
「なんというか、吸い込まれるようで…見入ってしまうんです」
ハナエさんも横で天井を見上げた。そしてぶっきらぼうに言い放つ。
「私はいつ見てもこの絵は好きにはなれない」
「…」
ハナエさんはそう言うと、そそくさと階段を上って行ってしまう。私も小走りで後を追う。
階段を上り、反対側まで移動すると、またも大きな扉がある。
国門にあった鎧の騎士の像が二体、この部屋を守るように配置されている。
王室なのだろうか。どちらにせよ、お偉いさんの部屋であることは予想できた。
ハナエさんは構わず片方のドアを開け、中へと走っていく。中へ入ると、初めに少し強い風が私たちを迎えた。
白色、金色、赤色を基調とした一風豪華な部屋だった。ベッドは大きく、カーテンがかかっており、机や椅子、ドレッサー…全てゴツくて、金色が眩しい…。壁は白く、ベッドの近くに肖像画がかかっている。椅子に座る、失礼だがかなり小柄な国王のようだった。
ここには、やっぱり入ってはいけないような気がする…
開け放たれたバルコニーの扉は強風でカーテンが暴れている。
ハナエさんは倒れているお兄さんの肩を支え、近くのソファへと座らせている。
「兄さん、しっかり…!」
ハナエさんのその声には先ほどの余裕がない。
「ロト!」
「大丈夫ですか?」
コイさんとカシさんは、布でロトさんと呼ぶ男の人の汗を拭いている。
「今、水と食べるモン持ってくるから!」
ハナエさんは猛スピードで通り過ぎ、外へ行ってしまった。私は呆然と目で追うことしか出来ない。
えっ……と、これは、どうすればいいんだろうか。手伝った方がいい気がする。いや、かえって邪魔になりかねない…
「すみません、サマヨイ様。扉を閉めてはいただけないないでしょうか。風が強いもので」
「あ、はい!」
コイさんの言葉で我に帰った私は、肩からずれていた荷物を担ぎ直し、風で暴れるカーテンを掴み、片方ずつ扉を閉める。
ガラス張りであるため、閉めても外はよく見えた。風でガタガタと音を立てて揺れ、隙間から風が入ってくる。
「ありがとうございます。助かりました、私たち軽いのですぐ飛んでいきそうになるんです。」
コイさんが足元まで来て微笑みながらお礼をしてくれた。
「いえ」
一言だけ、返事をした。
ふと、掠れた小さな声が聞こえた。私はゆっくり後ろを振り向く。
「お客様かな…?こんな格好で申し訳ない。………あれ…ッ!君は!ゲホッゴホッ」
ロトさんは私を見るなり驚いたのか、目を見開いた。
「ロトっ!!水が来るまで大声出しちゃダメだって!!!」
「ハハッ…ごめんごめん。ケホッケホッ」
声の出しすぎで喉を痛めたらしい。
「お気になさらず。あなたのことはハナエさんから伺っております。今はゆっくりと休んでください。カシさん、私に何かできることはあるでしょうか」
カシさんは汗を拭きながら答えようとする。
「じゃあ!えーっと、えーとっ」
バンッ!!
扉が勢いよく開く音がした。お盆を両手で持ち、扉を蹴って開けたハナエさんだった。
「兄さん!持ってきたよ!」
ハナエさんはこぼさないように小走りで駆け寄る。
「ごめん…遅くなったうえに、また、同じスープと水しか…」
ハナエさんはお盆を机に置き、ロトさんの前にしゃがむ。
悔しそうなハナエさんに、ロトさんは頰に優しく触れた。
「兄さ…」
「また、痩せたんじゃないのか…?」
ハナエさんはブンブンと首を振り、笑顔を作った。笑顔を…
そして、頼もしそうに言う。
「ううん、私のことは気にするな。ちゃんと食べてるから」
「本当なのか…?ハナエまで倒れたら、俺は…」
「だから大丈夫だって!ホラ、食べなきゃ、冷めるよ」
「…あ、ああ」
私はこの2人の様子を後ろで静かに見守っていた。彼女も珍しく、一言も言葉を発さない。
2人の空気を邪魔したくなくて、1つも物音を立たせまいと、全く動かずそこに佇んでいた。
強い絆で結ばれているであろうこの兄妹は、どちらも悲しそうな…不完全な笑顔を作る人たちだった。




