河川敷
「さむいなー!」
「コート前、全開にしてるからだ」
「おっと、こりゃ失礼」
バーガーを食べ、ある程度おなかも落ち着いた頃、僕らは別れた。
少し土色に濁った河川敷の川を眼下に歩く。
夕方よりはすでに夜の温度で、吸い込む空気が冷たい。
「あ、あそこらへんだよな。この間崩れたの」
「……そうだったな」
有川の言葉に顔を上げれば、崩れた堤防や民家が見えた。
数か月前、僕らの市では地震があり、いくつもの大きな火災が発生した。
何人も死んだと聞いている。
幸い僕の知り合いに死人は出なかったが、大きな被害だった。
僕の家でも、母が怖いわとぼやいていたのを思い出す。
今では復興があらかた終わっているが、このようなはずれでは未だ地震の影響あとが残っている。
「お、祈りの像か。祈ってくか?」
道端にある祈りの像には誰が添えたかわからない花が飾ってあった。たぶん、死者に向けてだろう。
僕は首を振る。
「いや」
祈ったところで変わらない。
違う、僕は祈っても叶わないことを知っているんだ。
だって、神様は助けてくれなかったから。
――誰を?
その問いを深く考える前に聡が腕をまわしてくる。
「冷たい奴だな。死者に失礼だぞ!」
本当にそうだろうか。
僕などが祈ったところで死者は喜ぶのだろうか。
模範的にいい子でいるのは難しいことじゃない。誰かと同じことを同じようにしていればそれが正解だ。
けれど、今の僕にはこの像に祈る心がない。
わびしい奴だと自分でも思いながら、首を振る。
「なあ聡、この前の地震で死んだ人の墓碑とかないのかな」
「ないだろ。身元がわからない人もまだいるって話だぞ」
「そうか」
白いケープの少女が指す、《死者》がもし地震で死んだ人のことなら、なにができる。
いや、僕にはどうすることもできない。
彼らが蘇っていて、もし僕のそばにいたとして、なにができるっていうんだ。
死者を生かしてはいけないと言われても、ではどうすればいいのだと反対に問いたくなる。
もう一度殺せばいいのか?
そんなこと、できっこない。
死者が顔見知りであるのなら、なおのこと。
「どうした恭介、深刻そうな顔して黙って」
「いや、寒いなって」
「そーだな。帰ってなにか食べるか」
「さっきバーガー食べただろ」
「あんなの食べた内にはいらない」
ふんぞり返って言う聡。
僕は道端に落ちてある小石をけりながら歩き出した。
「なぁ、そーいえばさ、あの写真展、いつまでだった? ほら。お前の行きたがってた」
「12月までだよ」
「ならまだ余裕だな。いつか行こうぜ」
「興味ないくせに」
聡は芸術に興味などない。
それでも、古いよしみと付き合ってくれる。そんなところは結構感謝している。
「写真展で素敵な出会いがあるかもしれないだろ?」
「どうせ相手にされないよ」
「言ってろ、絶対美女をゲットしてやる」
「期待してない」
そんなかる口をたたいていると分かれ道に差しかかり、聡と別れる。
一人での散歩。
空を見上げると雲は去ったのか、よく晴れていた。けれど、星は出ていなかった。