風
神埼がカメラを撮るたび光るフラッシュライトに目を細めて有川は肩から力を抜いた。
「なに笑ってるの?」
「笑ってませんよ」
言って有川はレフ板をずらす。
「うそ、笑ってた」
言って神埼はまたシャッターを切った。
基本、神埼が写真を撮っているとき有川はしゃべらない。自分の声が神埼の集中力を邪魔すると知っているのだ。
なので、らしくもないがおとなしくレフ板を指示通りに動かす作業に集中する。
そうしていると、神埼がカメラから顔を外した。
「……ね、有川、ここら辺って出るって噂、知ってる?」
「幽霊ですか。香奈枝先輩はそういう類の信じない人だって思ってましたけど?」
「信じてないんだけどね。久住くんの写真には決まってあるモノが登場するから、気になってね」
再びカシャリと音がし、神埼のカメラが無機物を捉える。
有川は少し空を見上げて問いかけた。
「恭介の写真に登場するのって、生きてるもの? それともそれ以外」
「それ以外の方かな」
短い会話の中に入るシャッター音。
「彼、気にしてる?」
「さあ、俺にはなんとも。ガキの頃からの付き合いですけど、さすがにもう慣れたんじゃないですか?」
短い神埼の髪が揺れた。体勢を横に傾けている。気になる被写体でもいたのだろう。
「じゃあさ、最近変なモノ、見なかった?」
「というと?」
有川は黙ったままレフ板を持ち続けている。
神埼は静かに口を開いた。
「人間でないもの、とか」
「それはジョークですか? それとも真面目に答えた方が……よさそうですね」
神埼の雰囲気から真面目な話だとわかると有川は肩にレフ板を乗せ、楽な体勢をとった。
神埼は手持ちの体勢から三脚を使う撮影スタイルに変更するのか、三脚の足を伸ばしている。
「正直、俺はそういうの見えないんで、わからないんです」
「そっか。久住くんのそばにいれば、そういうのに慣れるのかと思ってたけど、違うのね」
くるくると三脚の足を伸ばし、地面に設置すると頷き、一枚パシャリと、音が響く。
低い神埼の声が響いた。
「死者を見つけ出せ」
「え?」
「今朝、私の家に手紙が届いたの。差出人不明でね。内容はこうよ。《死者を見つけ出せ》ね、意味不明でしょ」
懐から今朝届いた手紙をちらつかせ神埼は不機嫌気味に口をとがらせる。
「いたずらなんじゃ」
有川は笑いながらそれを受け取る。
「ならいいわね。私の家、神社なの。神様に対して死者を見つけ出せって手紙よこすなんて、冗談にしてはタチ悪いと思わない?」
神に死者を見つけ出せという、まるで見落としを注意するかのように。
「……久住には?」
「言ってないわ。彼、この手の話嫌いでしょ」
「まぁ」
神埼も有川も久住が自身の写真を嫌っているのは知っている。幽霊や化け物類の話まで嫌悪していることも。
本人は否定するが顔が心情を雄弁に物語っている。
神埼は髪をかき上げながら明るい調子で言う。
「見てないならいいわ、聞かなかったことにして」
「先輩が言うなら――」
「ダメよ」
「うわ!?」
いきなり聞こえた高い声に有川は足を滑らし、そのまま倒れた。
神埼はシャッターの手をとめ、有川のもとへ走る。
「有川くん!」
「な、な、お前、いつのまに出てきたんだ?」
有川の目の前には白いケープを着た少女がいる。
長い睫に微動しない表情。雪のように白い頬。黒く長い髪が風に吹かれて揺れている。
「死者は生きていてはダメなの。きちんと還して。生かしてはダメよ」
「貴方、誰?」
神埼が問いかけるその向こうで、久住が走ってくる。有川が手を振って居場所を告げる。
「おーい、有川ー、部長ー」
少女は小さく答える。
「私は、涼子」
「……涼子」
神埼が復唱すると少女は小さく微笑んだが、それも一瞬のことだった。少女は冷めた目でこちらを見つめている。
「彼に伝えて、死者を生かしてはダメ。これ以上長引くと、貴方たちも――」
一陣の強風が吹きさると、少女は神埼たちの前から消えた。